異世界帰りのTS転生ロリババア、ひ孫のヒロインになる 作:ひさなぽぴー
『ならこいつはどうだい!』
答えは──凄まじい勢いで地面を蹴り、えぐられた地面の土砂をまき散らした、だ。
地中でダイナマイトでも爆発したのか、というくらいの勢いだった。想像以上の規模と音にめちゃくちゃビクってなったし、それで開いた口にこっちにまで飛んできた砂や土が入ったせいで、ひどいことになった。
延々と唾がわいてくるし、口の中じゃりじゃりするし、そもそも気持ち悪いしで、散々だよ! 僕が一体何をしたって言うんだ!?
というかあの蹴り、そんな威力があったのか……。怖……よくセティはそれをほぼ無傷で受けられるな……。
にしても、巻き上げられた土砂の量がなかなかに多い。一時的にだが、兎の獣人の姿が見えなくなっている。
だがそれが目的だったのだろう。要するに、煙幕の代わりと言うことだ。
僕はそう思ったのだが、すぐにそれだけではないらしいということに気づいた。セティを生き埋めにするくらいの勢いで、土砂が彼女に降り注いでいたからだ。
セティは小さい。彼女を埋めるために必要な土の量は、間違いなく僕より少ない。
彼女もそれは承知のようで、一瞬横に跳ぼうとして……けれどすぐにハッとしたように、バックステップで僕のほうにやってきた。つまり後退した。
なぜ、と思ったけれど、これもすぐにわかった。土砂を避けようと横に動いてしまうと、兎の獣人から僕へ向かうラインががら空きになる。セティはそれを嫌ったのだろう。
その気持ちはとても嬉しいけれど、僕がいるせいで思うように彼女が戦えないことに対して思うところもある。僕も魔法が使えたらな……彼女と一緒に戦えるのに。
「大丈夫か優一?」
「こっちのセリフだよ! 見た目幼女がバチボコに殴る蹴るされてる様子を、ただ見るしかない僕の身にもなってくれ!」
「そりゃすまんかった。けど、本当に大したことないから心配しなくていいんだからな」
もどかしく感じて密かに唇をかんでいた僕に対して、彼女は軽口を叩きながらも僕を守る位置に立つ。
先ほどの攻撃が恐らく煙幕も兼ねていると思われるからこそ、奇襲が頭にあるのだろう。警戒を怠っていない。小さい身体が頼もしい。
実際、彼女の懸念は正しかった。巻き上げられた土がひとしきり落ち着いたとき、兎の獣人は姿は元の場所にはなかったから。
じゃあ相手はどこに? あそこの周りに隠れる場所はない。透明になるとか、地面に潜るとかの能力がない限り、考えられるのは……。
「上か!?」
その可能性に気づいて僕が声を上げるのと、セティが僕を蹴り飛ばすのは同時だった。
「すまん優一!」
「ぉうわっ!?」
そして僕が無理やり距離を取らされた直後。僕がいた場所に、兎の獣人が猛烈な勢いで着地した。あまりにも派手すぎるストンピングだ。
爆発でも起きた? と思うくらいの轟音が響く。あまりに音が大きすぎるからか、離れていても全身で振動が感じられる。
おまけに地面には、クレーターめいたへこみができている。どんな威力だよ……いやもう、マジで怖い。
だと言うのに、兎の獣人にはケガがない。それどころか、ダメージを受けたような様子すらない。一体どれだけ頑丈なんだ……あんまり物理法則ちゃんのこと、無視しないでもろて……。
まあそんなことを考えている間、僕は蹴り飛ばされた勢いに逆らわずに地面を転がっていたんだけれどもね。
もちろんただ転がっていたわけじゃない。下手に立ち上がるより、転がったほうが早く相手から離れられると思ったんだよ。転がる勢いを活かして起き上がることはできるしね。
ただ、相手が悪かった。体勢を立て直そうと立ち上がったときには、もう兎の獣人の足が迫っていたんだよね。
間近で見て改めて理解する。これの直撃を食らったらまず死ぬだろう。終わった……。
けれどそう思った瞬間、思考だけが加速して時間の感覚がものすごく遅くなった。いわゆるタキサイシア現象というやつだ。
初めての感覚だ。なるほどこうなるのか。いい経験ができた。これは漫画のネタに使えるかもしれない。
いやそれはともかく。緩やかに流れる時間の中、後ろ回し蹴りの要領で、足を振りぬく兎の獣人の姿が僕には見えていた。体勢はかなり無理やりだけれど、それもそのはず相手の頭上はセティのハイキックが通り過ぎたところだった。
二つの性質が異なる風切り音が聞こえてくる。引き延ばされた時間の中で感じるそれは驚くほどに重く、余計に死が目の前に迫っているという気にさせた。
時間がゆっくりだからこそ、なるほどと理解が及ぶ。
つまり、狙いを僕に移してきたわけだ。僕とセティの間に割り込むような位置に来たのも、それが理由だろう。
ある程度の近さであれば、セティが僕を守る位置に移動することも阻めるもんな。頭いいじゃないか。
とか言ってる場合じゃない。セティが血相を変えて何かを叫んでいるのが見える。音は届かないけれど、その様子だけでわかる。ここをしのげないと、マジで本当に死ぬ。
でもそれは、ごめん被るんだよな! まだ死ぬわけにはいかないし、僕のピンチをこんなにも心配してくれるセティはきっと悲しむだろう。そんなことはしたくない。
くそう、動けよ僕の身体! こんなところで終わってたまるかってんだ!
いまだ感覚が間延びし続ける中でそんなことを考えつつ、思考速度についてきてくれない身体をどうにかこうにか動かす。少しでも蹴りの軌道から逃れるべく、上半身をひねる。
咄嗟の機転がうまくいったのか、向こうの体勢がよくなかったからか、あるいはその両方か。
ともかく僕は、ギリギリのところを回避することに成功した。代わりに背負っていたロールバッグは吹き飛んで、入っていたものが周りにまき散らされたけれど、財布以外は大したものも入っていなかったし、命に比べれば安いものだ。
安いったら安い。たとえバッグが限定品のアニメグッズであったとしても、命に比べれば……比べれば……。
悪い、やっぱつれぇわ。
そんなことを考えられるくらいほっと一息つけたからなのか、時間の感覚が元に戻ってきた。思った通りに身体が動くって、すごくありがたいことなんだなって思う。得難い経験ではあったけどね。
しかし、直後のことだ。元に戻った時間の中、改めて体勢を立て直そうとしていた僕の胸に、激痛が走った。
「ぐ……ッ!?」
痛みと共に襲ってきた衝撃に身体を押し出されて、僕の視線が自然と下がる。そうして一瞬だけ見えたのは、僕の胸に刺さる何か。
勢いに任せてすぐに胸の奥にまで入り込んでしまったそれは、兎の獣人の角と同じ黄色をしていた。
同時に理解した。先ほどの崩れかけた体勢からの回し蹴りは、これを投げつけるためでもあったのか……!
「優一!!」
僕のうめき声に、セティの悲鳴じみた声で叫ぶ。しかし彼女の行く先を、兎の獣人が阻んだ。
一方僕は衝撃を受けた勢いでたたらを踏み、木に背中からぶつかっていた。
結構な痛みがあってしかるべきぶつかり方だったものの、そんなことより投てきの直撃を食らった胸のほうが痛い。
マジで死ぬほど痛い。これに比べれば、木にぶつかった痛みなんてそよ風のようなものだ。
痛みの根元に、ほとんど無意識に手を伸ばす。生暖かくて、ぬるりとした感触が伝わってきた。
血。血の感触だ。それがどうしようもなく気持ち悪くて、恐ろしい。
同時に理解した。このままだと、僕は死ぬ。これはそういうケガなんだろう、と。
肺がやられた感じはしないのは、不幸の中の幸いかな。おかげで呼吸に支障はほとんどない。たぶん。死ぬにしても多少時間はかかるはず。たぶん。
まあそれがわかったところで、じゃあ何ができるんだって話ではあるんだけれどね。
ただ、それでも僕はあえて楽観的に考える。それでもセティなら……セティならなんとかしてくれる……!
他力本願なのはわかってる。でも今の僕がすがれるのはそれしかないし、いるかどうかもわからない神様に祈るよりは、よっぽど現実的じゃないか?
……なんか思考が取っ散らかってるな? 冷静っぽく見えても、結構混乱してるっぽいなコレ。
まあでも、しょうがないか。何せ実際の僕は、身体をろくに動かすこともできず木によりかかったまま、ずるりと座り込む形になるしかないんだからさ。
『ヒヒヒヒ、これでアイツはもうすぐおしまいだ! どうするんだいグレンセイ! このままアタイと戦い続けて、本当にいいのかい!?』
『……なるほど、どうやらよっぽど早死にしたいみてぇだな』
痛みに耐えながら、どうにかこうにか顔を上げる。何やら短く言葉のやり取りがあったようだけれど、相変わらず何を言っているのかはわからない。
ただ、セティが怒り狂っているわけではないらしいということは、なんとなくわかった。怒りは相応にあるものの、必死にそれを抑えている感じの声色だった。
かすかにぐらつく視界の先で、セティの顔が見える。何かをこらえるかのような、半分くらい泣いたような。老成した大人の顔と、未熟な子供の顔が入り混じるような、そんな顔。
そこに決意の色をにじませて、セティが異世界の言葉で何かを言う。
『なら望み通り、さっさと終わらせてやるよ……!』
直後のことである。セティの身体が発光した。文字通り、まばゆい光を放ったのだ。
『やなこった! どうやらアタイじゃアンタの守りは抜けないみたいだからね、仲間を増やしてからまた来るさ!』
その光を見て、兎の獣人はなんと逃げを打った。これまで全面的に押し出してきていた、すぐにでも殺してやるとでも言いたげな態度はなんだったのかと思うくらいの逃げっぷり。
一周回ってすがすがしさすら感じる。なんていうか、一瞬痛みが引いたような気すらしたぞ。
いや、理にかなってるとは思うよ。たぶんだけど、僕という足手まといを負傷させることで、追手がかからないように仕向けたんじゃないかな?
だが残念ながら、逃げることはできない。それを僕は、身をもって知っている。
だから、まだ現実を知らないらしい兎の獣人を嘲笑うように口を歪める。お前はチェスや将棋で言うところの、詰みにはまっていたのだってね……!
ところがそんな暗い愉悦も、光が晴れた直後のセティの姿を見たらどうでもよくなってしまった。
なんで? セティの姿が変わっていたんだよ。ロボットもののパイロットスーツを思わせる、ぴっちりとした……どことなくSFな雰囲気が漂うボディスーツに。
その背中からは、光そのもので形成された純白の翼が合計四枚、二対。さらには頭の後ろには、これまた純白に輝く輪っか。
総じて、天使と言うに相応しい様相に、いつの間にか変わっていたのだ。
思わず……本当に無意識に、僕はスケッチブックとシャーペンを構えていた。
地面を蹴り転がされても、死に至るだろうケガを負ってもなお、手放さなかった僕の商売道具だ。ここまで来たら一蓮托生。最後まで付き合ってもらおう、の精神だ。
こんなことをしている場合じゃないことはわかっている。けれど……ああ、けれどもさ。僕はどうしようもなく絵を描くことが大好きで、こんな状況であってもそれをしてしまう人間なんだよ。
痛みがじわじわと鈍くなっていく感覚がする。これも一種のトランス状態だろうか。
自分の血でかすかに汚れた白紙に、絵を描いていく。するとすぐに感覚でわかった。今までで一番と確信できる、そんな出来栄えになると。
あるいはこれが、命を削るような、と表現すべき状況……感覚なのかもしれない。ああ、またしても新しい経験ができた。これもまた、僕の作品の糧になってくれるだろう。
けれど今はそんなこと、正直どうでもいい。純白の翼をたなびかせ、兎の獣人に向かう愛らしい天使の姿を、是が非でも描かなければ。そういう、ある種の使命感のようなものがあったのだ。
そんな僕をよそに、戦いは一気に終わりに向かっていく。兎の獣人は案の定、セティの魔法に阻まれて外に出られないでいた。
『なんだいこれは!? どうなってる!? グレンセイの魔法は超加速じゃなかったのかい!?』
見えない壁に張り付いて、外に出ようとしながらわめく兎の獣人。けれど次の瞬間、何かを見たのか慌てて大きく跳躍した。
直前まで相手がいた場所には、いつの間に移動したのかセティの姿があった。
最初、空中に投げ出された僕を助けてくれたときと同じだ。まばたきをする間もなく、一切の音を感じさせることもなく、彼女は一瞬で移動を完了している。
それが瞬間移動なのか、ただの超スピードなのかはまだわからないけれど……ただ、これが非常に強力な技……もしくは魔法だろうということは、間違いない。
ペンを動かし続ける僕の視線の先で、セティがすぐ後ろ上空に顔を向けた。その目は、空中に退避した兎の獣人を追っている。
『バカが。翼のないやつが空に逃げたらもう、それ以上の逃げ道はねぇんだぞ』
そうしてセティがにやっと笑い、異世界の言葉で何かしらをつぶやいた、次の瞬間である。
跳躍後、落下を始めていた兎の獣人の真下に、セティが唐突に出現した。先ほどと同じように。
『な!?』
『おらよ!!』
驚く兎の獣人。
けれどセティはそんなことはお構いなしに空中を踏みしめると、ハイキックで相手の身体をさらに上空へと蹴り上げる!
『ぐぅえッ!?』
蹴りは腹に直撃。空中にいるとは思えない、強烈な力の込められた蹴りだった。
そしてインパクトの瞬間に鳴り響いた音は、これまで両者が繰り広げてきた攻防の中でもひときわ大きく、また重々しい音。爆発音と錯覚しかねないほどの轟音であった。
『まだまだ!』
『ぎゃあッ!?』
だがセティの攻撃はまだ終わらない。
これまた突然、空に打ち上げられた兎の獣人の真上に出現。そのままプロレスで言うところのダブルスレッジハンマーが、兎の獣人の頭に叩き込まれる。
空中でそれを回避できるはずもなく、直撃。轟音と共に、相手は地面に向けて叩き落された。
かと思えば落下の途中、横に出現したセティに蹴られ、さらに蹴り飛ばされた先でまた上に跳ね上げられ……を繰り返す。相手は着地することを許されないまま、空中で次々に攻撃が決まっていく。
先ほどまでとは、正反対の展開だ。しかし命中時に響く音からして、攻撃力においてもセティが相手を上回っていることは間違いないだろう。
何せ兎の獣人の姿が、みるみるうちにボロボロになっていくのだ。素手だから血はあまり出ていないものの、ないわけじゃない。さらにはあちこちひどく腫れ上がっているのだから、それはもう満身創痍まっしぐらだ。
『なん……っ、なんで……!? やだ、やめて……! もうやめてぇ……っ!』
この短時間で早くも絵を仕上げつつある僕の耳に、兎の獣人の情けない声が聞こえてきた。
何を言っているのかはわからないけれど、何をしたいのかはわかる。あれは懇願だろう。先ほどまであんなに自信満々だったのに。
その落差に対して、えげつな……と思う。思うけれど、それ以上の感想はあまり浮かばない。
何せ相手は、僕に瀕死の重傷を負わせた張本人だ。喝采を上げこそすれ、同情なんてする余裕は今の僕にはない。本当に冗談抜きにない。
むしろざまぁみろという感想しか出てこないってものだ。
セティも似たようなものなんだろう。彼女が攻撃の手を緩めることは、最後の最後まで一切なかった。
『これで!』
そうして二ページ目のスケッチに取りかかった頃だった。
もう何度目かもわからない、強制空中遊泳の果て。セティが兎の獣人の真上に出現した。そして相手の足首をわしづかみにすると、思いっきり地面に向けてぶん投げる。
『終わりだぁ!!』
さらに自身は勢いよく空中を蹴り、相手の落下に追随。途中でくるりとひねりを入れて、豪快すぎるかかと落としを、相手の胸に直撃させた。
背中から地面にたたきつけられた直後のことだ。兎の獣人はもはや悲鳴もなく、ただ血反吐を吐くことしかできない。
そのすぐ近くに、セティが着地して残心する。
凛々しい横顔に、思わず見惚れてぼうっとする。ここまでずっとペンを動かしていた右手が、このときだけは止まっいた。かすみ始めた視界が、急に鮮やか色彩を帯び始めたような気がした。
直後のこと。兎の獣人の角から、禍々しい黄色い光が消えた。
「……ふぅ。なんとかなった、か……。結局過剰励起するしかないとは……情けねぇ、だいぶ鈍ってんな……」
それが戦闘不能ということなんだろう。セティはため息交じりにそうつぶやいた。
今度はちゃんと日本語だ。ただ、聞きたいことが増えていくなぁなんて思う。
けれど僕がそれについて言及するより早く、天使のような装いが光になって空中に溶けていく。残滓が細かい純白の光として、夜空にキラキラと舞い散っていく。
ああもったいない、と思った。バトルヒロインさながらの、かわいらしくもかっこいい、スタイリッシュな姿をもっと見ていたかった。
けれどやがて光が消えて現れた、元通りの女児服姿のセティを見るとこっちもいいな、なんて思う。人間は実に欲張りだなぁと、益体もない感想が脳裏をよぎる。
そんな僕をよそに、セティは兎の獣人に手をかざした。すると、相手の姿が一瞬で掻き消える。
消滅した? それとも、どこかに飛ばしたのだろうか。
「……これでひとまずはよし、と。優一! 生きてるか優一!?」
しかしそれに対する考えがまとまるより早く、セティは僕のところに飛んできた。
先ほどまでの戦いを見る限り、文字通りに飛んでくることもできそうではあるけれど、今回はシンプルに比喩だ。
「優一! おい、しっかりしろ優一!」
彼女は僕の被害を間近で目の当たりにして、声を荒らげながらも優しく抱き留めてくれた。
が、すぐに僕が描いていたスケッチブックを見て、大口を開けて唖然とする。それはそう。
でも、そういう顔もかわいいな。スケッチさせてほしい……けど、さすがにもう身体が動きそうにないか。
「……お前、おっまえ、バカじゃねぇの!? この状況でも絵って、何考えてんだよ!?」
「え、……描いてたら、意識た、もってい゛、ぃられる、っかな、って……思ってね……」
「一応筋は通っていなくもないのが腹立つな……!」
今死にかけの状態で考えた言い訳としては、なかなかのものだったのではないだろうか。
まあそれはそれとして、わりともう限界だ。視界がかすみ始めている。この状態から入れる保険が欲しいです。
「な、ぁ、せティ、これ゛、なんとかな、る?」
そう願いながら声をかければ、セティは改めて真剣な顔を向け直してくれた。
「あーもう! 大丈夫だ、すぐに治す! 治せる……治せる、が……いや、これについてはもう土下座でも切腹でもして謝るしか……!」
「セ、ティ……? 僕、は……」
「いい、黙ってろ! すぐに終わる! ──『タイム』!」
そうしてセティが手を伸ばし、英語で魔法と思われる宣言をした。
先ほどのものがディメンション……空間であるなら、今回のものは時間。ということはもしかして、さっきの怒涛のラッシュは時間停止の応用か……?
なんて思っている間に、僕の身体はケガを負わされる前の状態にまで戻った。ほんの数秒のことだった。
それだけでも驚きなのに、体外に流れ出たはずの血が元通り身体の中に戻っていく様子が不自然すぎて、思わず笑いそうになった。どう見ても映像の巻き戻しだったからね。
ただその過程に、痛みとかは一切なかった。違和感も。
本当に、「傷が治った」んじゃなく「時間が戻った」という表現がしっくり来る感じだ。少し遅れてそのことに思い至った僕は、改めて感嘆する。
「……すっご。マジで魔法なんだな……」
身体のあちこち……特に黄色い何かをぶつけられた胸のあたりを、重点的に触ってみる。
が、そこに穴はない。噴き出たはずの血すら、どこにも見当たらない。健康体そのものだ。
素晴らしい。人によっては不気味に思うかもしれないけれど、コンテンツを供給する側の僕からしてみれば、こんな刺激的な非日常はむしろテンションが上がる。
たぶん、オタクはみんな好きだろう? こういうの。
だけど……ちょっと待てよ? 身体の中に入ったあの黄色い何かって、出てきていないよな? 摘出はされていない……よな……?
外科手術で、ごくまれに体内にものを忘れる医療ミスとかあったりするけれど、これってそういう感じの状況では? 本当に大丈夫か?
……あ、もしかして治す直前に「謝るしかない」とかあれこれ言っていたのって、このことか? わざわざそう言ったってことは、取ろうと思っても取れないってことだろうか。
そのことについて聞いてみようとセティに顔を向けたものの、僕より先にセティが口を開いた。
「優一」
「ん? どうかした?」
「わり、さっきので完全に魔力使い切ったわ」
僕が自分の状態をあれこれ確かめている間、彼女はずっと無言で見守ってくれていたけど……この言葉はどこか割り込むような、少し焦ったような声色だった。
だからまた何か問題がやってきたのかと思ったんだけれど、どうやら今度のは少し毛色が違うらしい。
思わず「え」と声が漏れた。たぶん、僕は結構間抜けな顔をしていたと思う。
「ま、魔力を使い切ると、どうなる?」
「普通に使い切っただけだと、しばらく魔法が使えないだけなんだが……過剰励起までして、限界まで絞り出して……使ってたから……」
セティはそこで言葉を切ると、深い、とても深いため息を一つつきながら、ゆっくりと僕の腕の中に沈んだ。
後半の言葉は、かなり弱くなっていた。おまけにまぶたも半ばくらい下りはじめ、とろんとした目になっている。
必死に眠気に抗っているんだろう。何度かまぶたを上げようとしているのが見える……が。
「……いつもの感じなら、一日以上寝る。しばらく、頼むわ……」
結局セティは、それだけ言うと完全に意識を失ってしまった。
「ちょ!? おいセティ!? ……マジで眠ってるだけか」
急激と言えるくらい、一気に眠りに落ちたから少し焦った。慌てて彼女の身体を受け止める。
声をかけてみるが反応はなく、もしやと思って耳をそばだててみたところ、寝息が聞こえてきたのでほっとする。
たぶん、僕が落ち着くまでの間も我慢していたんだろうな。ごめんよ、突然現れたファンタジーに夢中で……!
「でも考えて見たら、そりゃそうだよな。異世界から転移してきて、まだ二時間も経ってないんだ。世界間移動で消耗してたみたいだし、その状態で戦い始めてガンガン魔法も使ったとなれば、こうもなるわな」
そんな状態だったにもかかわらず、彼女は僕を守ってくれた。前世の縁があるとはいえ、出会ったばかりの僕を一生懸命守ってくれたのだ。おかげで僕はほとんど無傷でいられる。
であれば、眠りについた彼女を抱きかかえるくらい、どうってことはない。
今度は僕が助ける番だ……なんてね。カッコつけたところで、別に見ている人なんていないけどさ。
でもしょうがないだろ。ただでさえ好みど真ん中の見た目なんだぞ。それで力を使い果たしてでも守ってくれる子とか、本気で入れ込むに決まってるじゃないか。
中身はひいじいさん? 関係ないね。生まれ変わったセティとの間に、直接的な血縁関係なんてないんだからね。
第一、好きだと思ってしまったんだ。であればひいじいさんがどうとか、そんなことは些細なことだ。そうだろう?
……あ、いやでも、そうか。ひいじいさんには紫乃ばあがいるんだったな。
既にこの世にはいない人だけど、子供の頃は世話になった人だ。たくさんかわいがってくれたし、遺産も残してくれたおかげで、僕は僕の仕事に適した家を実家とは別に建てることができたくらい、死後もお世話になっている。
まあその理由は、「光太郎さんに似ているから」という……その、今となっては愛が重い人だったんだろうなと思うものだったわけだけど。子供の僕は、ずっと旦那さんが……ひいじいさんが好きなんだなぁって思ってたし、それ自体は間違いないと今でも断言できる。
そんな人から、TSしているとはいえ旦那を寝取るのは……気まずいというか、さすがに罪悪感がある。
なんなら、あの世から祟られる可能性まであるんじゃないだろうか。今日はまさにファンタジーど真ん中なものをたくさん見てしまったから、普通にあり得る気がしてきた。怖い。
……今度墓参りに行ったら、きちんと謝ろう。それがいい。僕の精神衛生的にも。
そして許可を取るのだ。本当に紫乃ばあには申し訳ないけど、それまでは手出しはしないと誓うからどうか許してほしい……!
とはいえ、今日はもう帰ったほうがいいんだろうな。セティと一緒に食事はできなかったけれど、こればっかりは仕方ない。この場に居続けるわけにもいかないからな。
ということで、セティを抱えて公園をあとにする。
小さくて軽い身体の重みを感じながら、僕はぽつりとつぶやいた。
「……職質されなきゃいいけど」
なお、お巡りさんと鉢合わせることはなかった模様。よかった。
いや本当、ガチで。
ラスボスの能力をヒロインに持たせる暴挙。