異世界帰りのTS転生ロリババア、ひ孫のヒロインになる   作:ひさなぽぴー

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第二話 彼だった彼女いわく 1/4

 胸が痛い。死ぬほど痛い。

 

 当たり前だ。何せ胸を撃たれたんだ。痛くないやつがいたら、そいつは化け物か何かだろう。

 血も止まりそうにない。それほど勢いがあるわけじゃないが、止まらない時点で十分すぎるくらい重傷だ。

 

 これで気絶せずに動けているのは、単に極限状態で意識が覚醒しきっているからだろう。何かの拍子に緊張の糸が切れたら、そのときが俺の最期になる。そういう確信があった。

 

「こ、コウさんっ」

 

 荒く、浅い呼吸を繰り返す俺を、今ここにいる唯一の同僚が介抱しようとしてくれている。ありがてぇ話だ。

 

 ただ、だからと言ってどうにかなるもんじゃない。これも当たり前の話で、俺たちは医療道具を何一つ持ち合わせちゃいないのだ。

 

 それだけじゃない。今の俺たちは、服もろくに身に着けていない。海にジャングルにと敵から逃げ回っているうちに、みるみる摩耗して今やふんどしくらいしかないという有様だ。

 

 銃だけはきちんと持っているが、中身は空っぽ。大半は海に飛び込んだ時に使い物にならなくなっちまったし、数少ない残りもつい今しがた、俺を撃った敵兵に反撃して使い切っちまった。

 向こうからの反撃がないのを見るに俺の応射は見事決定打になったのだろうが、俺も死にそうだから結局は相打ちだ。何も誇れたもんじゃない。

 

 ……とまあ、そんな状況だ。これじゃあどんな名医だって、できることなんて何もないだろうよ。

 それがわかっているから、俺は慌てふためく彼を制した。

 

「……モッさん、俺ァもうダメだ。これはダメなやつだ」

「そんな! ここまで来たやないですか! もう少し、もう少しで友軍と合流できるはずやのに!」

「モッさんだけで、行ってくれ。俺はここに残る……」

「で、でも……! 奥さんと子供が待ってんでしょう!? コウさんは死んだらアカンやろ……!」

「し、しんがりは、武士の花道だぜ、モッさん。……ま、うちは別に武士でもないが……日本男児として生まれたなら、それくらいは、やってみせねぇとな……! あいつも、わかってくれるはずだ……」

 

 絶対痛みで顔は歪んでいるだろうなと思いつつ、それでも俺は強がって笑った。青ざめた顔のモッさんの肩をつかんで、ふらつきながらも立ち上がる。

 

「この傷だ……どのみち助からねぇ。なら、まだケガのないモッさんのほうに米兵どもが行かないよう、足止めするのが合理的だろ……!」

 

 ん……? 豪兵だったっけか……? あいつら、見た目じゃ区別つかねぇからわかんねぇんだよな。

 

 まあ、どっちだっていい。どっちにしたって今は敵であることに変わりゃしねぇんだからよ。

 

「だから、その間にモッさんは、はあ……っ、友軍に、合流するんだ……!」

「コウさん……」

「……生きてくれよ、モッさん。俺の分までさ……。……なっ」

「う、うう……! ううううう……!」

 

 メガネの向こう側、いつも大らかですっとぼけたところのあるモッさんの目から、大粒の涙がこぼれていた。

 

 彼の気持ちは嬉しい。それだけ俺に友情を感じていてくれたってことだろう? 俺はダチに恵まれたよ。

 

 けど、すまねぇ。本当にすまねぇ。

 このままじゃ二人揃って無駄死にだ。それだけは避けなきゃならねぇ。

 

「さあ行けモッさん! あとは俺に任せな!」

「うっ、ううう……っ! どうか、どうかご武運を……!」

「ああ! そっちこそ、いつものヘマだけはすんじゃねぇぞ!」

 

 そうして俺たちは、むせるような湿気に満ちたジャングルを、それぞれ反対のほうへと駆け出した。

 

 とはいっても、俺の足取りは軽くない。死の瀬戸際なんだ、軽くなるはずがない。

 呼吸もどんどん乱れていく。キツい。しんどい。

 

 それでもこの身体は日ごろの訓練で身に着けた動きを、緩慢ではあるがきちんとやってくれた。銃剣の確認と構えに至っては、これはもう反射だな。

 

『あった、血の跡だ! 裸で弾丸を受けたのだ、そう遠くは行っていないはず! 探すぞ!』

 

 どこからともなく英語の大声が聞こえてきた。あいつらだ。遂に追いつかれたか。

 

 英語に応じるようにして、この辺りの原住民と思われるカタコトの英語も聞こえてくる。敵軍が現地で徴発したやつらだな。

 あいつらがいなけりゃ、俺も逃げきれたのかもしれねぇが……ま、それは言ってもしょうがねぇ。俺たちは戦争をやっているんだからな。

 

 俺は最後の力を振り絞って、木に登る。なるべく血が周囲につかないように慎重に、けれど急いで。

 

 こんな瀕死の状態でそれができることに、自分でも驚く。ろうそくは燃え尽きる直前が一番明るいとは言うが、そういうことなんだろうなと思わず自嘲した。

 

 そうして木の上で身をかがめ、銃剣を構えて機会を待つ。

 

 敵兵が眼下に現れるまでのわずかな間に、俺の脳裏には色んなことがよぎった。

 幼馴染で、今は夫婦になったあいつ。あいつとの間に生まれたらしい、男の子。故郷の景色。匂い。機織の音。

 

 それらを置いてけぼりにして、俺は今から、ここで死ぬ。日本から遥か南の島で、敵兵を殺して死ぬのだ……。

 

(……今!)

 

 そうした記憶や想いを振り払うように、俺はゆらりと木から落ちた。眼下に見えた敵兵、それも身なりのいい隊長格と思われる男の真上から。

 

 人間、意外と上のほうは意識の内にないもんだ。ましてや見通しの悪いジャングルの中となれば、こういう小細工は案外効く。

 

 だから俺は、見事にそいつのうなじに銃剣を思いっきり突き刺してやることに成功した。大きな悲鳴と共に、血が噴き出る。

 銃のほうを動かして、敵兵の身体から銃剣を引き抜く。その際に剣先が肉をねじったのだろう、嫌な感触が手に伝わってきた。

 

 本当に嫌な感触だ。この銃で既に何人もの命を奪ってきたし、それに慣れたとは今でも思えない。

 だが刃物で直に刺し殺すというのは、その何倍も嫌な感じだった。視界がブレたのは、死が近いだけじゃないように思われた。

 

 しかし、ここに来てからずっと薄々感じていたが……どうやら俺は、人を殺すのが苦手らしい。

 というか、なんなら荒事自体が得意じゃないようだ。だから殺すなんて、たとえ敵であっても何回やっても慣れられる気がしない。

 

 粋がって出征したくせにな。まったく、何を今さらって話だよ。

 最前線で、しかも死に際になってやっとそれに気づくとか、本当に情けない話だ。友人はもちろん、家族に顔向けできねぇよ。

 

 だけどここに来て、嬉しくない新情報だ。銃で撃つってのは、まだマシだったんだな。

 剣や槍でこんなことを日常的にしていた、戦国時代の武士たちはすごいよ。俺にはとてもできそうにない。

 

 刹那の間に、そんなことを考えた。自分でも、よくまあ次々に益体もないことを……と思う。あるいはそんなことでも考えてないと、ろくに敵と戦えないからか。

 

 だが、俺たちがやっているのは戦争だ。何より今、俺は同僚を逃がすためにこいつらと戦っている。

 であれば、俺の生理的な嫌悪など飲み込むべきだ。残り少ないこの命、一人でも多くの敵を道連れに!

 

 けれど、そううまく行くなら軍隊なんていらないってなもんだ。そこにあるのは、いつだって冷徹な現実だけ。

 手負いの俺にできたのは、せいぜい敵兵二人を派手に転倒させたくらい。とどめを刺そうと銃剣を振りかぶったところで、さっきの感触が思い出されちまって……躊躇しちまった。こっちも死に際だってのに、何をやってるんだか。

 まったく、俺ってやつはどうしようもないやつだ。これで相手が見逃してくれるわけもないのに。

 

 四方八方から向けられた銃口。そこから弾丸が一斉に放たれるのは、すぐだった。

 

 十発近い弾丸が、俺を順番に貫く。てんでばらばらの方向から与えられた複数の衝撃を受けて、俺の身体は踊るかのように勝手に動いた。

 歩兵銃が先に、地面に落ちる。続けて無様に仰向けに倒れた俺の視界に、草木で狭められた南国の空が飛び込んできた。

 

 ──ああ。きれいだな。あの空の色は、日本の空と同じ色なんだろうか。この青を、あいつらも見ているのだろうか。

 

 そんな空に震える手を伸ばして、最期に思う。想う。

 

 ──ああ。最後にせめて、あいつと子供の顔が見たかった。

 

***

 

「ああぁぁっ!!」

 

 悲鳴と共に、一気に意識が覚醒した。ほとんど反射的に上半身が起き上がる。

 先ほどと同様に荒く、浅い呼吸を繰り返しながら、無意識のうちに胸元へ手が伸びた。

 

 ほんのりとした薄闇の中、手が触れたのはあのときとは違う身体。厚い男の胸板ではなく、細く、柔らかな幼女の胸だ。

 それを認識して、ようやく俺は一息ついた。

 

 ああ、そうだ。俺は、今の俺は、違う。あれはもう、終わった過去だ。

 

「……いつもの夢か……」

 

 もう何度見たかわからない夢だ。しかし何回見ても、慣れることのない夢でもある。

 

 たちの悪いことに、この夢を見ているときはそれが夢だと気づけない。毎回毎回、前世で体験した通りの死を、脇田光太郎としての死をじっくりと味わうのだから、たまったもんじゃねぇ。

 

 クソッ。過剰励起のあとに寝込むと、必ずこの夢を見る。ただでさえ身体に負担がかかるってのに、あとからこれだもんな。

 こちとら必要に迫られてやってるんだ、本当にやめてほしい……。

 

「セティ! 大丈夫か!?」

 

 前世で、そして夢で負った致命傷の場所をなでながら深呼吸をしていると、バタンと扉が開いて優一が姿を見せた。先ほどの悲鳴が聞こえたんだろう、焦った様子だ。

 

 それと同時に、部屋に明かりが灯された。ろうそくとかは何も見当たらないが、ものすごく明るい。

 思わず見上げてみれば、天井にくっついた丸い何かが、白く煌々と輝いていた。こっちの世界に戻ってきたときも思ったが、現代の電球ってのはすごいもんだよな。材質が違うんだろうか?

 

「……ああ……ちょっと、夢見が悪かっただけだ……」

「ちょっとには思えない声だったし、見えない様子だけどな……とりあえず、ほら」

 

 八十年分の変化を改めて実感しつつも、できるだけ気を遣わなくて済むように笑って見せたつもりだったが、できていなかったんだろう。優一は顔をしかめた。

 

 とはいえ深く探るつもりはないようで、手にしていた水筒のようなもののフタを軽くひねってから、手渡してきた。それを見て驚く。

 

 な、なんだこりゃ? 恐ろしく透明度の高い容器だ。前世はもちろん、異世界でもお目にかかったことがない。

 けどこれ、中身がわかりやすくていいな。中に入っているのは水だろう。これならある程度安心して飲めるな。もちろん、ひ孫の持ってきたものを疑うわけじゃないけどよ。

 

 そう思いながら受け取ったら、これまた驚いた。

 軽い。前世の兵士時代、支給されていた水筒は空っぽでも三百グラム近くあったはずだが。一体全体、この容器は何でできているんだ? ついつい好奇心が首をもたげてしまい、容器をしげしげと眺めてしまう。

 

 が、すぐに喉が渇いていることを思い出してやめた。今はそんなことをしている場合じゃなかったな。

 

 ということで、優一にならう形でフタをひねってみた。するとかすかな音と共に、フタが動いて外すことができた。

 優一の動作からしてこうするんだろうと推測したが、合っていたようで何よりだ。まあ、既にかなり緩めてくれていたようで、抵抗はほとんどなかったが。

 

 しかし開けたフタを見て、俺はみたび驚いた。フタの内側とそれが組み付いていた取り口にはネジ状の加工が施されていたのだが、これがまあとんでもなく精度が高いのだ。

 なんだこれ、何をどうしたらこんな加工ができるんだ? うーむ、さぞかし名のある職人の仕事に違いない……。

 

「……気になるのはわかるけど、まずは飲みなよ。喉渇いてるだろ」

「あ、お、おう。そうだな……それじゃ、いただきます」

 

 再び喉の渇きも忘れて、容器をまじまじと観察し始めた俺に優一が苦笑する。

 そりゃそうだ。興味が向いたものに対して、すぐ前のめりになるのは俺の悪い癖だなぁと久々に思う。

 

 けどまあ、指摘されれば俺も、改めて喉の渇きを思い出した。だから容器をあおる形で水を口に含んだのだが……。

 

「……! んぐ、んぐ……っ!」

 

 あまりのうまさに、そして喉を通り抜ける水の心地いい冷たさに、途中から勢い込んで飲み始める。

 この小さな口でそんなことをすれば、受けきれなかった水の一部が漏れて胸元を濡らした。

 

 しまったな、ちょっとはしたない。何よりもったいない。水は貴重だってのに。

 

「そんな慌てて飲まなくっても、水は逃げやしないって」

「ぷはあっ! ……ふぅー、そうだよな、すまねぇ。ちょっとこぼしちまったな……」

「気にしなくていいさ、ただの水なんだから。それより、少しは落ち着いたかい?」

「ああ、おかげさまでな。いやぁ、生き返るぜ」

「それは何より」

 

 俺の言葉を受けて、優一は小さく微笑んだ。

 

 しかしそのまま心配するように眉を寄せて、俺の顔を伺うようにそっとのぞき込んできた。

 

「身体の調子はどうだい? あれだけバンバン攻撃受けても堪えた様子はなかったから、ケガについてはあまり心配してないんだけど……最後のアレが気絶みたいな感じだったからさ」

「ああ、ただの魔力枯渇だ。問題ねぇよ」

 

 そうは言ったが、優一はまだ心配そうにしている。

 案外心配性なんだな。だけどその気遣いは嫌いじゃない。

 

「魔力が具体的にどういうエネルギーなのかよくわからないけど、枯渇して問題ないんだ?」

「おう。別に珍しいことでもねぇから、そう心配すんな。まあお前も見た通り、過剰励起で枯渇までいくと意識なくすからあまりやりたくはねぇんだが……世界間移動をしたときに大量に消費したばかりだったからよぉ……」

「え? でもその割には、結構たくさん魔法を使っていたじゃないか」

「しょうがねぇだろ、この小さい身体じゃ魔法使わないとろくに攻撃が届かねぇんだからよ。それに、腕力とかは見た目相応だからな。たくさん魔力を出さないと威力が出ねぇんだ」

 

 魔力による身体強化は、元の能力に乗算されるような形で発揮される。厳密には少し違うし、強化率にも上限はあるんだが、そこはさておき。

 

 そんな仕組みだから、元来腕力に優れた大男であればわずかな魔力で相当な威力を出せるんだが……このガキの身体じゃそうもいかない。

 おかげで戦闘になると、俺は他のやつより多く魔力が必要になる。もちろん魔法だって使うから、余計にだ。

 

 ただ、普段はそれが問題になることはない。ずっとそんなことをしていたからか、俺の魔力量は他と比べても圧倒的に多いからな。

 

「ああなるほど、元々消費の激しい戦闘スタイルだったから、消耗した状態で戦うとめちゃくちゃ大変なのか」

「そういうことだ。それでお前には大ケガ負わせちまった。言い訳のしようもない、俺の対応がまずかった。本当にすまなかった優一……」

「僕は仕方ないことだと思ってるし、気にしてないよ。この通り、今はすっかり五体満足だしね」

 

 優一はそう言うと、安心させるかのように胸を軽く叩いて見せたが……ことはそう簡単な話じゃないんだよな。何せあのとき、優一の胸に投げ込まれたものは……。

 

「……って、そうだ! それがあった! おい優一、俺はどれくらい寝てた!?」

 

 いけねぇ、こんな風に和んでいる場合じゃない!

 

「どうした急に。大体二日半ってところかな。日付的には三日後、時間は昼前ってところだよ」

「思ってたより長く寝てんな俺!? くそっ、早くしないとこのままだと大変なことになる!」

「た、大変なこと? どういう意味だいそりゃ?」

「いいか優一、よく聞けよ。このままだと、お前……死ぬ確率が高い。それも間もなくだ」

「な、なんだってー!?」

 

 俺が突きつけた現実に、優一は一瞬の間を空けて仰天したのだった。

 




この話を書くに当たって旧日本軍の階級について少し調べましたが、どうやら日本軍は欧米と異なり、士官学校を出ていないと大卒だろうとなんだろうと基本は一兵卒スタートらしいですね。
一応大卒なら志願して選抜で合格すれば下士官から始められるらしいですが、不合格の人ももちろんいるわけで。
というわけで、本作においてセティの前世こと光太郎さんの階級は兵卒です。さすがに二等兵ってことはないでしょうが。
仮に現実がそうだったとしても、こういうときのためにわざわざ「並行世界」タグをつけているのでね・・・! この世界ではそう、ということで一つ・・・!
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