異世界帰りのTS転生ロリババア、ひ孫のヒロインになる   作:ひさなぽぴー

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第二話 彼だった彼女いわく 4/4

 対峙する優一が魔力を身にまとったならば、こちらも応じるしかない。再度俺も体内の魔石を励起させて魔力を呼び起こし、身にまとう。

 優一の黒に対して、俺の魔力は白。これは邪悪だとか神聖だとかではなく、単に魔石の色の違いでしかない。

 

 だから原理自体は同じだ。()()()()魔力は体内の魔石から生まれるものだから。

 

「なあセティ、こういうのはやめようぜ。僕はただ絵が描いてたいだけなんだ。そこをどいてくれよ、なあ?」

「ダメだ。今のお前は何をやらかすかわからない。制御装置がいつ効果を発揮し始めるかわからん以上、好きにさせるわけにはいかねぇんだよ」

「ううん……セティみたいな僕の好みど真ん中な女の子と殴り合うのは、本当に嫌なんだけどな……!」

 

 座った目でこちらを見据えてくる優一に、俺は一瞬思考が白くなる。

 

 はあ? 俺が好みのど真ん中? 正気か?

 

 だって、今の俺はガキの……大体九歳頃の姿をしているんだぞ。百三十センチちょいしかない、どこもかしこも細いし、肉付きがいいわけでもない。

 もう五、六年後くらいの姿なら話も変わってくるが、一体どういう趣味してるんだこいつ?

 

 しかしそんな小さな混乱も、突っ込んできた優一を見れば吹き飛ぶというもの。遠慮のない拳をいなしながら、懐に入り込む。

 だが優一は胸元に伸ばした俺の拳を逆の手で払いのけると、泳いだ身体を慣性をうまく利用して立て直しつつ俺の横に回り込んだ。

 

 この一瞬のやり取りだけでわかる。やはり優一は、何かしらの格闘術を修めている。

 

 あの日、自身を拘束していた悪魔に見事な柔術をかけたことからわかってはいた。しかしこうして正面から見ると、随分と実戦的な動きに見える。

 少なくとも俺は軍隊時代、ここまで動けた覚えはない。

 

 しかし内心で舌を巻きながらも、俺は肩でぶちかましてきた優一を正面から受け止めて見せる。格闘そのものの技はともかく、こと魔法や魔力に関しては俺に一日の長がある。

 表出させている魔力を増やし、攻撃が来る場所周辺に多く注ぎ込む。そうすれば、そこは通常よりもさらに高い防御力を発揮するのだ。

 これをいかに早く、精密にできるかは魔力を用いた戦いにおける基本であり、奥義でもある。

 

 激しい打音が響き、俺たちは拮抗した。これに優一は驚いた様子を見せたが、俺もまた苦々しく眉をひそめる。

 

 普段なら、こんなことにはならないはずだ。俺は本来、もっと多くの魔力を出せるからだ。

 精度も速度も俺のほうが上だ。踏んできた場数が違う。にもかかわらず、拮抗とは。

 

 だが原因ははっきりしている。俺が過剰励起による魔力枯渇から目覚めたばかりで、ろくに魔力を練れていないからだ。そのうえで、先の手術でそれなりに魔力を消費しているのも痛い。

 

 さらに言えば、彼我の体格、体重などの差も大きい。俺のこのガキの身体では、大人かつ体格もいい優一相手に正面切って戦うのは、非常に不利ってことだな。

 魔力はこの差を埋めてはくれるが、何事も限界というものはある。この状況は、そうした複数の要因が引き起こしているのだ。

 

 そしてここまでのわずか数秒にも満たない攻防を経て、俺は確信する。このままでは埒が明かない。

 

 恐らく負けることはないと思う。この程度しか魔力を出せなくても、やりようはあるから。

 ただ、まっとうに殴り勝つには相応の時間がかかる。一刻も早く浄化装置を稼働させて、魔石の意思を鎮めたい今、それはまずい。室内も荒れるだろう。

 

 さらに言うなら、戦いのさなかに優一が魔法に目覚める可能性がある。どんな魔法に目覚めるかはまだわからないが、魔石に適合した以上は時間の問題。仮にそうなったら、勝ち負けすらわからなくなるかもしれない。

 

 だからやるなら今だ。たとえ身体に甚大な負担をかけるのだとしても、力の出し惜しみはするべきじゃない。この状況で、あんな失敗をするわけにはいかんのだ。

 過剰励起の魔力枯渇、からの連続過剰励起はやったことはないが……優一を助けるためだ。それくらいの危険、呑み込んでみせるとも!

 

 単純な力による押し合いの中の一瞬で、俺はそう判断した。

 

 と同時に優一の身体を蹴り飛ばす形で、彼から距離を取る。そして空中を跳び退りながら、俺は体内の魔石を過剰励起させるべく、意識をそこに向けた。

 この俺の意思に応じるように、体内を駆け巡る魔力の量が爆発的に上昇し始める。

 

 たちまち全身の肉が、骨が、きしみ始める。まるで高い重力の中にいるような負荷にさらされ、思わず出そうになる苦悶の声を飲み込む。

 だがまだだ、まだ過剰励起には至っていない。まだ、一時的に魔力量を増やしただけなのだ。この程度、通常の運用の範囲内でしかない。

 

 既にかなり全身が痛く、その規模も普段の過剰励起より上だが……ここでくじけている場合ではない。優一が何かやらかす前に、ことを終わらせなければ。

 大丈夫。俺は一度、全身を蜂の巣にされて死んだことのある女だ。これくらい、どうということはないさ。

 

 だから歯を食いしばり、肉体の中で魔力を瞬間的に何度も何度も衝突させ、さらに増幅させる。

 そこまでして練り上げた魔力は物質的な質量を持つに至り、身体そのものを。さらには身にまとう衣服すらも一時的に変質させるのだ。

 

 これにより、俺の姿は一瞬で変化した。身体をぴったりと覆う、ゴムのような見た目の戦闘服。背中から生える二対の翼。後光もかくやに輝く、頭部の光輪を持つ姿へと。

 

「おおっ、かっこよくてかわいい! やっぱり変身は華があって実にいいね!」

 

 この姿に喜色満面を浮かべる優一。よほど気に入ったのか、完全に動きをとめた。

 何がそんなにいいのかよくわからないが、動かないなら都合がいい。

 

 何せ、過剰励起で魔力枯渇した直後の過剰励起は、死ぬほどしんどかったからな。

 途中の段階でもうめちゃくちゃ痛かったのに、今はもう本当に、下手したら身体の内側から爆ぜるんじゃないかってくらいの負担がある。魔石まで悲鳴を上げているような気さえする。

 

 だから俺は先手必勝とばかりに魔力を回し、宣言する。優一の声には当然応じない。そんな余裕は欠片もないのだ。

 

「『タイム&ディメンション』」

 

 頭の回る優一を警戒して、日本語でも英語でもなく、あっちの世界の言葉で紡がれた瞬間である。この室内の時間が止まった。

 比喩ではない。文字通りだ。

 

 俺はちょっとした小細工によって、二つの魔法を使うことができる。時間を操るタイムと、空間を操るディメンション。

 今はその魔法二つを同時に発動している。部屋自体を一時的に実空間から切り離し、その内部を対象に時間を停止させた状態だ。先日、獣人の悪魔を叩きのめしたのもこれらの魔法によるものである。

 

 ご覧の通り極めて強力な魔法だが、二つの魔法の同時発動は過剰励起中でなければできない。過剰励起は命に関わる危険な技だから、この同時発動もそうそう頻繁にやれるものではない。

 タイムの魔法一つで、世界全体の時間を停止させられればこんなに身を削る必要なんてないのだが。まあ、世の中そうそう都合よくはないということだな。

 

「……なんて理屈も、もしかしたらお前はすぐに見破っちまうのかもな」

 

 俺以外のすべてが停止した音のない世界で、そんなことをつぶやいてみる。もちろん、これに対して返事が来ることはないが。

 けれどなんとなく、優一なら見破れるんだろうなというほとんど根拠のない自信があった。これまで色々と、俺の予想を上回ってくれた男だもんな。

 

 そんなことを考えながら、俺は輝かんばかりの笑顔の状態で停止している優一の目の前まで移動する。

 あとは胸元に組み込んだ魔石浄化装置に魔導石を入れるだけだが、時間ごとすべてが停止しているこの状況だと、触れることはできても動かすことはできない。

 

 だから浄化装置だけを時間停止の対象から外す。このままだと、フタを開けることができないからな。

 ここから特定のものを時間停止の対象外にするのは、なかなか難しいんだが……何十年も魔法を鍛えた俺なら問題ない。普段以上に身体の状態は悪いが、それは気合でねじ伏せる。

 

 実際特に何かが起こるということはなく、俺は順当に浄化装置のフタを開き、魔導石を組み込み終えた。フタを閉じ、改めて優一から距離を取りながら魔法を解除する。

 

 同時に、過剰励起も終了だ。姿も元に戻る。

 それでもなお全身には鈍痛が残ったし、大きな疲労感がのしかかっている。目覚めたばっかりなのに、もう眠い。

 

 ここまでの負荷は初めてだな。やはり枯渇を挟んでの連続は、まずかったかもしれん。後悔はしてないが、キツいものはキツいぜ。

 

「あれ!? なんで元に戻っちゃうかな!」

 

 これに対して不満をあらわにする優一。俺は苦笑することしきりである。

 

 いやお前さぁ、もっと他に言うべきことがあんだろ。一瞬で立ち位置が変わったこととか、そういうやつが。そんなにあの姿が気に入ったのか?

 呆れたが、時間を浪費してくれる分にはありがたい。浄化装置の効果が、即座に現れるわけじゃないからな。

 

 なので適当に応じることにした。肩をすくめて手を開いて見せながら、さっきまで手術台代わりに優一を寝かせていたソファへどっかと座り込む。

 座るというか、崩れ落ちるというほうが正しい気もするが、ソファは俺の体重程度で悲鳴を上げることはなく、正面から受け止めてくれた。

 

「こないだ魔力使い果たした直後に気絶したの、見てただろ? これめちゃくちゃ消耗してしんどいんだよ……」

「つまり一種の副作用フォームということか。……ん? じゃあなんで一瞬だけ変身したんだい?」

「その一瞬で十分だったってことだよ。やるべきことはもう終わった」

「終わった? それは一体どうい……う……」

 

 俺がこっそり息を整えながら会話に応じていると、優一は不意に言葉を途切れさせた。彼はそのまま身体も硬直させて、目をしばたたかせていたが……やがて口元を引きつらせながら、おずおずと別の言葉を投げかけてくる。

 

「……なあセティ。もしかしなくても、僕はおかしくなっていたね?」

「おう。ったく、手間かけさせやがってよぉ」

「だよなぁ!! うわあ、すまない! マジで絵のことしか頭になかった!」

 

 そうして俺が頷いてやれば、彼は猛然と土下座してきた。そのあまりの勢いに、思わず焦り出してしまう俺。

 

「い、いや、仕方ないって。魔石に寄生されるってのは、そういうことなんだからよ」

「でもあの変身、ものすごく大変なんだろう? 今だって脂汗がすごいし、息だって荒いじゃないか! そもそも寝起きのセティにそこまでの無理をさせたのは、録画したいだのなんだの言ってた僕のせいだろうし……」

 

 その土下座の姿勢から顔だけを少し上げて、俺を心配そうに見上げてくる優一。

 

 気遣ってくれるのは嬉しい。魔石の意思に飲まれかけていたときには見えていなかった、俺の消耗にすぐ気づいてくれたことも。口元が思わず緩むくらいには嬉しいよ。

 だがこの件については、別に優一が悪いわけじゃないだろう。何が悪いかと言えば、それは魔石なんだからな。

 

 と、言っても優一は納得してくれなかったので、俺はここまでずっと言えないままだったことを言うことにした。

 

「そもそもの発端は俺だ。悪魔どもをこの世界にまで連れてきちまったのもそうだが、俺は元々魔石の研究をしてたんだ。魔石や魔法の性質は、よく知っている。

 だから俺は、お前の体内に魔石が入れられる前に、なんとしてもあの悪魔を倒さないといけなかった。だが結果はこの有様だ……俺がドジ踏んだせいでお前は死にかけたし、今も暴走しちまった」

 

 俺が万全ではなかったとか、ここしばらく戦いの場から遠ざかっていたとか、色々要因はある。だとしても、それを言い訳になんてできるはずがない。

 ようやく戻ってきた日本で、縁が繋がったひ孫に致命傷を負わせてしまったこと。それが情けなくて、それをした悪魔に腹が立つ。

 

 しかし実のところ、あのとき俺が何より腹が立ったのは自分に対してだった。防げたはずの事態を防げなかったことが、あまりにも情けなくて。

 激昂することは抑えたが、それでももう遅かった。そこから過剰励起をしたとしても、その状態で魔法を全力で使ったとしても、俺に世界そのものの時間を戻すことはできないのだから。

 

 しかも戦闘後、俺にできたのは致命傷をなくすことだけだった。あの時点であれば、まだ魔石の摘出はできたはずなのに。

 だができなかった。あのときの俺には、それだけしか魔力が残っていなかったからだ。これは完全に、戦闘における魔力の消費配分を見誤った俺の不手際という他ない。

 

 要するに、俺は最初から最後まで立ち回りを間違えたのだ。出し惜しみなどせず、最初から過剰励起を使えばよかったのだ。魔力を使い切ったあとのことなど考えて躊躇せず、最初から全力で戦っていればあんなことには……。 

 

「……だから、お前は悪くない。悪いのは俺だ。すまない優一……俺のせいで、お前をこんな目に遭わせてしまって……」

 

 それらを隠すことなく話し、俺は頭を深く下げた。

 

 謝罪したら謝罪し返された。この状況を飲み込むのには、さしもの優一も時間がかかったらしい。しばし無言の時間が続く。時計と思われる音だけが、しばらく室内に響いていた。

 

「……わかった、謝罪は受け入れたよ。許す。それでお互いチャラってことで」

 

 ところが頭を下げ続ける俺に対して、やがて頭上から降ってきたのは随分とあっけらかんとした声だった。

 思わず顔だけを上げれば、そこにあったのは穏やかな顔の優一。被害を受けたにもかかわらず、それを気にしていないと言いたげな顔であった。

 

 俺はあっけにとられた。だがそんな簡単に許すなんて……と思った俺の心境を見抜いてか、その顔が苦笑に変わる。

 

「結果はどうあれ、僕をがんばって守ってくれたことは変わらないだろう? 今だってそうさ。それをとやかく言うほど、落ちぶれちゃいないつもりだよ僕は」

 

 彼はそう言いながら静かににじり寄ると、頭を下げるために腰を九十度に曲げっぱなしだった俺の身体を緩やかに起こした。

 

 その穏やかな言いようと、まっすぐ俺を見つめる視線にどきりとする。その涼やかな態度を間近で見て、どうやら本当に俺の失態を許していて、それどころか気にしてないらしいということがわかった。

 

「いいのか、本当に。さっきも言ったが、元を辿れば俺のせいなんだぞ。あいつらに研究所を襲撃されて、一か八か使った世界間移動で俺はあいつらごと……」

「いいんだよ、本当に。僕は今、こうして生きてるんだからそれでいいのさ」

 

 優一はそう言うが、それでもやはり、俺は自分を許せそうになかった。いっそ思いっきりなじったり、殴ってくれたほうが……。

 

 そんなことを考えたときだった。優一の目が一瞬、「仕方ないな」とでも言いたげに細められた。

 だがすぐに弛緩した。先ほどまでとは少し異なる色合いの微笑みと共に、彼は改めて口を開く。

 

「それに、本気で死にかけるなんて貴重な経験ができたからね。あんなケガをして無傷で生還なんて早々できるもんじゃない。これは次の漫画のネタに活かせそうだ。僕にとってはそれだけでおつりが来るってものさ!」

 

 今までよりも饒舌に言い切った優一に、俺はもう一度あっけにとられる。

 そんな俺を見て、彼はにやりと笑みを浮かべた。その表情を見て、どうやら気を遣われたらしいと察した俺もまた、ぎこちなくだが笑みを浮かべる。

 

 ……気遣いだよな? 死にかけてなお絵を描き続けていたやつだから、ただの本音という可能性を否定しきれない。

 うん。気遣いだということにしておこう。そう思っておいたほうが、色々と気が楽だ。

 

 そう思ったら、肩の力が抜けた。日本に戻って来るための目印にした血縁者が、優一になってよかった。素直にそう思えて。

 

「……ありがとな、優一」

「こちらこそ。守ってくれてありがとう、セティ」

 

 ほとんど反射的に礼を言えば、同じようにして礼が返ってきた。

 ……なんだよ、いい男じゃないか。これでこいつが独身だって言うんだから、今の時代の女どもは目がないんだなぁ。

 

「……いやーそれにしても、魔石って本当に怖いな。二十七年生きてきたけど、正真正銘一番怖かったよ。あんなシームレスに自分が自分じゃなくなるとか、この世にあっちゃいけないもんだろ?」

「……まったくもってその通りなんだわ」

 

 その後少し強引に話題を変えるべく、わっと話し始めた優一に心からの同意を込めて頷きなおす。

 

「そんな魔石を、そこら中にまき散らして仲間を増やそうとするのが悪魔だ。あいつらの行動原理はすべてそこに帰結する」

「悪魔ってこの間の兎の獣人だよね。僕、よく生きてたな……!」

 

 獣人については、まだ何も説明していなかったはずだが……まあいつもの超理解だろう。大まかなところは把握してそうだから、あえて説明はしなくてもいいかな。

 

 だが、これは言っておかなければならない。この先のことを考えるなら、まず何よりもと言ってもいいくらいに重要なことだから。

 

「あんなのが、まだ最低でも四体いると言ったらどうする?」

 

 すると優一、完全に硬直してしまった。俺は時間停止は使っていないはずだが、予想通りの反応俺は思わず苦笑する。

 

 そりゃあな。大事(おおごと)をいきなりたたきつけられれば、思考も止まるってもんだ。

 ここまで説明してきた通り、あるいは先日の攻防を見ればわかる通り。魔石はもちろん、悪魔というのは脅威だからな。

 

「嘘……を、言ってるわけじゃないんだね」

「ああ。今言ったろ? 研究所をあいつらに襲撃された、一か八かで世界間移動したって。俺の研究をとめるために結構な数の悪魔が乗り込んできて、派手に暴れてくれてなぁ……最後は五体の悪魔に取り囲まれたんだ」

「……なるほど。未完成の魔法だったから、対象の選定にミスがあった。あるいは思っていた以上に効果範囲が広くて、その取り囲んでいた悪魔たちも一緒に移動してしまった……そんなところかな?」

「相変わらずの名推理だな。ああそうさ、その通りだ」

 

 ぽん、と手を叩きながら言った優一に応じた俺は、弱く頭をかきむしりながら応じる。

 

 まずい、とは思ったんだ。魔法を発動させた瞬間、俺以外の悪魔どもまで及ぶほどの光があふれたからな。そりゃあ嫌な予感しかしなかったさ。

 それでもこっちの世界に降り立ったとき、周りに悪魔どもはいなかった。だからもしかして、運よく俺だけが転移したのかもしれないと一縷の望みを抱いたんだが……ああやって悪魔と戦うことになった以上は、あのとき俺を囲んだ連中は全員来ていると見ていいだろう。

 

 最低でも四体、というのはそういう意味だ。つまり、緊急事態である。

 

「さっきも言ったが、悪魔は周りに魔石を配り歩いて繁殖する。そのためならなんでもするから、必然侵される側とは衝突するが……優一も影響を受けたんだ、魔石は間違いなく地球でも繁殖できるはず」

「放っておくと、こっちでも猛威を振るいかねないってことだね。完全に侵略的外来生物だな……放っておくと泥沼の生存競争まっしぐらってわけだ?」

「生存競争……ああ、まさにその通りだ。これは種としての存続を賭けた戦いになる。だがお前も見た通り、悪魔は魔法がなくとも尋常ならざる力を発揮する。地球人じゃまず勝てない」

 

 いや、この言い方は正確じゃないな。戦車や爆撃機くらいまで行けば、さすがに話は変わってくるだろう。戦艦の大砲まで行けば、まず一撃で殺せるはずだ。

 だがそんなものが町中にあるはずない。あったとしても、使うわけにはいかないだろう。

 

 何より悪魔どもの最大の問題は、潜伏に専念されるとどこにどれだけいるかがわからないことだ。戦いの場に出てこず、ひたすらこっそり魔石を配り歩かれたら、ほぼどうにもならない。水面下でひっそりと悪魔が増えていき、気づいた時には手遅れというわけだ。

 異世界の歴史上、()()()()()()は何度も起きている。土壇場で持ち直して事態を収束させた例もないわけではないが、大体は国が滅ぶ結果になるのがほとんど。

 なんなら十年くらい前にも起きていて、大量にあふれかえって周辺諸国へ進攻するという大事件になっている。あのときは悪魔の大軍を押しとどめるべく連合軍が発足し、半ば隠居していた俺も召集されたほどの大戦争で……いや、今はその話は置いておこう。

 

 ともかくそういうわけで、悪魔に対抗するのは非常に難しい。特に魔法を持たない地球人では、ほとんど不可能に近い。

 

 ()()()()()()()()()()()

 

「今この世界で正面切って対抗できるのは、魔法が使える俺だけだ。潜伏されても、色々と調査する魔導石持ち合わせている。……何より、悪魔どもをこの世界に連れてきちまったのは俺だ。この尻ぬぐいは俺自身がしなきゃならんだろうさ」

 

 戦うのは苦手だが。正直言って、好きでもなんでもないが。

 それでも、これは俺の責任だ。俺の罪と言ってもいい。であれば、他ならぬ俺がやらねばならんだろう。

 

「……俺だけだ、なんて穏やかじゃないな。もう一人いるだろ? ここにさ」

 

 ところが、そんな俺の覚悟を笑う男が目の前にいた。優一は得意げに笑みを浮かべて、ここにいるぞと自分の胸を指で叩いている。

 

 言っていることの意味はわかる。わかったが、しかしそれでも、俺は何を言っているのかよくわからなかった。知らず大口を開けて、ぽかんとするしかない。

 

「細かいことはわからないけど、なんとなくわかるよ。こいつが魔法の源なんだろ? じゃあ、今の僕なら戦力になるはずさ」

 

 だが優一がそう言って、俺の前で掲げた手のひらにささやかながら黒い魔力をまとわせる様を見せたところで、ようやく思考が追いついてくる。

 

「ば……バカ言うな! 間違いなく殺し合いになるんだぞ!? お前は巻き込まれただけなんだ、そんなことはしなくていいんだよ!」

「バカ言ってるのはセティのほうだろ。今は二十一世紀だぜ? セティが……ひいじいさんが生きてた時代とはまったく違う世界なんだ。八十年前の人間が、今の何を知ってるって言うんだよ?

 その状態で悪魔を倒すなんて、できるわけないだろ。調査する手段がある? どうだろうね、慣れない現代社会じゃ、それがあったとて見つけるのは難しいんじゃないか?」

「ぐ……、そ、それを言われると、確かにそう、ではあるが……!」

「それに、さ。責任を感じるのは無理もないけど、まずは悪魔を倒すことを考えようぜ。周りに被害を出さないことが一番大事だろ?」

「……死ぬかも、しれないんだぞ。怖くないのか。死んだらそれでおしまいなんだぞ! 俺みたいな例外なんて、普通あり得ないんだぞ!?」

 

 一度死んだことがあるからわかる。あれは、命が身体から零れ落ちていくあの感覚は、とても恐ろしいものだ。

 あんなことを、寿命以外で経験させるわけにはいかない。ましてやそれが、ひ孫だっていうならなおさらだ。

 

 これまでの言動から言って、あるいは死ぬことすら漫画のネタにできるとでも思っているのか? だとしたら……と思ったら、ついカッとなった。そのまま俺は優一に向けて声を荒らげていた。

 

 しかし。

 

「そりゃあ怖いさ。僕だって死にたくはない。まだ描いてないネタがたくさんあるんだ、全部描ききるまでは死んでも死にきれないよ。

 ──けどさ。殺し合いになるのは、セティだって一緒だろ。そんなの放っておけるわけないじゃないか」

 

 しゃがんで俺に視線を合わせながら、優一はそう言った。今までで一番優しく穏やかな顔と声色をしていた。

 おどけるような言葉遣いから、途切れることなく態度を一転させた彼に、俺は思わず言葉を失う。すぐに彼の顔を見返しはしたが、そこから声が出てこなかった。

 

 代わりに過剰励起の負荷から落ち着き始めていた身体の奥が、胸のあたりが、ぎゅうっと締め付けられたような感覚がした。

 呼吸が荒くなる。ほとんど無意識に、胸を押さえた。

 けれど不思議なことに、直前までずっと残っていた疲労感や鈍痛は消えていた。

 

 これは、なんだろう? 俺は魔法にでもかけられたんだろうか? 優一はもう、魔法に目覚めたのか?

 

 わからない。わからない、が。ただ、そんなことより今は、死の恐怖を俺への気遣いで乗り越えようとしてくれている、優一に応えてやりたかった。

 

 ……違うな。頼りたくなった。うん、そうだ。こっちのほうが正しい感情だ。

 

 俺は、俺は優一を、頼りたい。

 

「……いい、のか? 魔法ってのは、何があってもおかしくない……まさに悪魔の手法、なんだぞ。それでも……それでもお前は、一緒に戦ってくれるのか?」

「約束するよ。足手まといにはならないってね」

 

 優一はそう言いながらうんと大きく頷くと、握った拳から親指を立てて見せた。

 

 彼の力強い仕草と前向きな笑みに、思わず目頭が熱くなる。心が震えたんだと、はっきりわかった。

 

「……ありがとな、優一……。本当……ありがとうな」

 

 おかげで気の利いた言葉は思い浮かばなかったし、声も少し震えていた。俺としては笑っていたつもりだが、ろくにできていなかっただろうなとも思う。

 

 ああくそ、こっ恥ずかしい。こんな顔、ひ孫に見せたくなんてないんだが。

 それでもなんとなく、今さら顔を隠すほうが負けたような気がして、俺は優一を改めて正面から見据える。

 

 名前の通り、いっとう優しい……けれど精悍な男の顔がそこにあった。

 




ここまででひとまず、あらすじの範囲は網羅した形になります。
ここからがいよいよ本番・・・になるんですが、まだこの先を書けていないので、ここからは不定期更新になります。

まあその、素直に物語を進めるべきか、お風呂回を挟むべきかでちょっと悩んでいるんですが、正直お風呂回を書きたいので、たぶん本編じゃなくて幕間になるんじゃないかなぁ。
風呂に入れてもストーリー的な意味での進展はほぼない話にしかならんのですけど、別の面での進展は恐らくあると思うので・・・。
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