東方米花帖 作:椪柑
遅筆なので現時点で大体書けている次話以降は亀更新となりますが、それでもよろしければお楽しみください。
幻想郷――それは、日本の何処かに存在するとされている秘境である。
科学により殆どの事象が説明づけられる現代に於いて、架空や神話など……文字通り『幻想』と片付けられ排他された、神や妖怪、技術や生物、概念などの存在が最後に行き着く、小さな郷。
その小さな『箱庭』は、基本的には人間と妖怪が相互にバランスを保って共存しているのだが……主に妖怪サイドの実力者――大妖怪連中の様々な陰謀や自分勝手な思惑などによって、幻想郷の広範囲に渡って影響を与える事件――『異変』が起こることも稀によくある。具体的には一年に四回くらい。
……と。そんな見てくれだけは綺麗で幻想的な隠れ里・幻想郷で、妖怪退治と異変解決を生業にしている巫女――『博麗霊夢』が、道中立ちはだかる障害やその元凶となった存在を弾幕でぶちのめしながら異変を解決していく……
――という世界観の超人気弾幕ゲームシリーズである、『東方project』の世界に転生してしまった一般男子高校生です。どうしてこうなった。
――東方という世界観……正確には幻想郷では命の価値は非常に軽い。
二次創作関係でも特に有名なのは、紅魔館に住むフランとレミリアのスカーレット姉妹だろう。
吸血鬼という種族故に、彼女達は人間を食料とするなんていう設定が原作からして存在していたりするし*1、そういったネームドキャラに限らずとも、人里の外には人間を襲い喰らう本能しか持たないような知能の低い妖怪が蔓延っている。
つまり、仮に俺みたいな何処にでも居る一般高校生が幻想郷に転生したところで、殆どの原作キャラには会おうと思っても会えないし、環境の過酷さ故に前世の年齢を超える前に命を落としてもおかしくない。
幻想入りした自称一般人が、原作キャラ達と関わりを持ったり関係を育んだり……果てにはまぁゴニョゴニョと……アレやコレやするような二次創作も前世では多く見たものだけど、実際はそんなことあり得ないって訳だ。
まぁだからと言って、間違いなく木っ端妖怪に殺されるようなことは無いであろう原作キャラに転生――所謂成り代わりをしたとしても、罪悪感やら気苦労やらでメンタルが大変なことになりそうだ……
なんて、前世ではその手の二次創作を読み漁りながら呑気に妄想したりしてたんだけどな。
「――それで、お目当ての魔導書は見つかったの?」
「あぁ、助かったぜパチェ。お蔭で長年の悩みが解決できそうだ」
「あら、意外。『
「……なんかその言い方、『この能天気が』みたいな意味も込もってないか?」
『……さて、どうかしらね?』なんて小さく笑いながらティーカップを傾けるパチェ――『動かない大図書館』ことパチュリー・ノーレッジに溜息を零し、抱えていた数冊の魔導書をテーブルに置いて彼女の正面側の椅子に腰掛ける。
この圖書館の司書……というよりは主に小間使いをやっている、パチェの使い魔である小悪魔――
……前世からの嗜好で、普段家で飲むのは専ら緑茶や麦茶ばっかだけど……パチェやアリスと会う時は大体こうして紅茶を出して貰ってるからか、今はこの味も結構楽しめるようになってきた気がするぜ。
――さて。多分今までので大体察しただろうけど、この辺りで改めて自己紹介を。
今世の俺の名前は霧雨魔理沙。原作に於いて、博麗霊夢に並んで二人目の主人公とも称されていたキャラクター ――に、成り代わってしまった元一般人だ。
本来の霧雨魔理沙という少女は、竹箒に跨って空を駆け、トレードマークの鍔の広い黒色のとんがり帽子を常に被っているという、古典的なイメージの魔法使いらしい恰好をした金髪の美少女で。
男勝りな口調*2と性格がかっこかわいいと人気なキャラクター ――だったんだけど。
この世界じゃ中身が俺なもんだから言動も男勝りどころか普通に男そのものだし、普段から男物の洋服*3ばかり着ている上、髪型も常に原作妖々夢のような肩に掛からない程度の短髪にしてるから、初対面の相手には男と勘違いされることも少なくない。
そりゃ、俺の意思では無いにしろ本来の魔理沙の人生を奪い取る形になってしまったんだから、せめて役割は全うしようと頑張ったけどな?
数々の異変を乗り越える為という使命感……と憧れに好奇心に
あと、幻想郷という閉鎖集落で他人に嫌われたら普通に詰みなので、数々の人外美少女達相手に原作知識と無いに等しいコミュ力を振り絞って人付き合いにも気を使って……
……その結果として、美少女がごまんと居る幻想郷で一番気が置けない仲になった友人が香霖――森近霖之助なのは、自分でもちょっとどうかと思うけど。
いやでも、体が女になっても恋愛対象は変わらず女の子のままだから。別にホモではないんだぜ。
――とまぁ、そんなこんなでとにかく色々頑張っては来たものの、流石に女の子らしい格好で生活するのまではちょっと……っていうな。
少なくともガワは魔理沙なんだからそりゃ似合うだろうけど、中身の俺は男だし。それくらいの原作改変は許してほしい。
なお、そもそも関わらないって選択肢はハナから存在してないものとする。そんな事してたら今頃幻想郷が滅びるか霊夢が過労死してるから。
……幻想郷っていう土地柄、そして博麗の巫女という役目がどれだけの重荷なのかなんて、前世じゃ考えもしなかったけど。
霊夢にとって気の置けない同年代の親友――
……閑話休題。
色々と言ってはいるけども。なんだかんだ言って、東方キャラ達と実際に会って話せることにはテンションが上がっていたのも事実ではある。
――けど、何も初めからそんな風にミーハー心全開だったという訳でもない。
そもそも何故東方の世界に転生したのか。そして、俺が転生してしまった結果、本来この身体の持ち主だった筈の『霧雨魔理沙』はどうなってしまったのか。
そんな疑問が常に頭にあり、特に俺が転生したせいで本来の魔理沙が消えてしまったんじゃないかと考えて、まともに眠れなかったり悪夢に魘される夜も多々あった。
そんな中、春雪異変――原作で言う妖々夢の後の宴会の折に、冥界を治める西行寺幽々子なら転生や魂関係に詳しいんじゃないかと考えて訊いてみたところ、後日家に来た妖夢を通じて色々なことを教えてもらった。
――彼女の話によると、俺の魂は
曰く、どうやらこういった事象は俺の件以外にも古代から稀とは言えど時々発生することがあるとのこと。
結果として、本来魔理沙として生まれるはずだった魂はそのまま別の身体で幻想郷の外で生まれ落ち、今も普通に暮らしているらしい。……生まれ育ったという町が、なんか凄い治安悪いらしいのは気になったけど。
兎に角、俺が転生したせいで本来の魔理沙の魂が消滅してしまった訳では無かったと知って幾許か救われた気になり、冥界の秩序を不本意とは言え乱してしまっていたことを妖夢に謝罪して……
お詫び代わりとしてはなんだけど、食いしん坊的なイメージが強い幽々子にと幻想郷にはまだ無かったオムライスのレシピを教えておいた。
そんな感じで一番の懸念が解消されて、こうなった以上はもう仕方ないと、自分なりに霧雨魔理沙としての人生を歩む覚悟を決めた――のが、今から5年ほど前のことになる。
それからは、もう色々吹っ切れて好き勝手に生きてきた。言っちゃなんだけど自分でも少しハジけすぎたかなと思うくらいに。
それまでは原作キャラには本来の魔理沙以上に深く関わらないようにしなきゃっていう強迫観念みたいなものがあったから、
――流石に10歳ぐらいの女の子が一人で暮らしてるのを放っておける訳無かったけど!
それでも必要以上の深入りはしないようにしてたのを、吹っ切れてからは時々我に返って『通い妻みたいだなこれ』って自分でも思うくらいの頻度で、博麗神社に通い詰めてなんとか霊夢に生活力を付けさせようと四苦八苦している。なお結果は……まぁ、うん。
それと、霊夢と一緒に良く入り浸ってる古道具屋、香霖堂の主……さっきも少し触れた森近霖之助という人物は、無縁塚に漂着した外の世界の物を度々拾ってきては店頭に商品として並べているのだが、彼の持つ『道具の名前と用途が判る程度の能力』で得た情報を元にその高い知能と天然さから導き出される使い方は「どうしてこうなった!?」と言いたくなるような結論ばかりで。
昔、外の道具相手に四苦八苦していた香霖を見兼ねて思わず使い方に口を出してしまったことを切っ掛けに、それ以降彼奴の前では偶に外の世界の話もするようになったんだが……
風神録の異変の後。香霖が珍しく宴会に来たと思ったら『新しく拾った調理器具を試したくてね』とか言ってIHコンロを取り出したから、癖でいつも通り説明して使い方を実演していたら、背後から愕然とした様子で俺を見つめていた早苗に気づかなくて――。
……後はお察しの通り。俺が早苗と同じ外来人だと、強ち間違いでもない勘違いをされてしまった。
それ自体はまだ良いんだけど、度々家にやってきては、現代人同士としての雑談に加えて女子高校生らしい赤裸々な話とか愚痴とかを言ってくるようになったのはちょっとな……っていう。
滅茶苦茶反応に困るし、性別とかの意味でなんだか騙してるようで心が痛い。ここ最近の心労の要因を結構占めてるのもこれだったりするんだけど……
まぁ、早苗にとってはガス抜きになってる大事なことだろうから、やめてくれとも言えないのが中々辛い所だな……
「――っと、ちょっと、どうしたの魔理沙、急に呆けて」
「……っ、あ、あぁ。悪いな、パチェ。……ちょっと、改めてここ数年の出来事振り返ってみたら気が遠くなってさ……」
遠い目をしながらそう答えると、パチェは『あぁ、うん……そうね』と納得したように曖昧な相槌を打った。別にパチェも例外じゃ無いんだけどな?
紅魔郷の時は吸血鬼でもないのにハイになってextraくらいの苛烈さで弾幕を撃ち合ったじゃんか。しかもそのあとはスペルカードルールも知らない状態のフランと連戦する羽目になったし……裏技じみた方法まで使ってなんとか伸したけど、あの時は流石に死ぬかと思ったぜ。
……あぁ、それと。その直後にレミリアを下した霊夢が焦った様子で駆け付けてきて、一人で無茶したことを目茶苦茶怒られたっけな。
そん時は俺も少し気が立ってたから、ついムッとして『俺は守られるだけの存在じゃない!』なんて言い返してさ。つい口論に発展して、そっから珍しく大喧嘩……霊夢相手に『実力を証明する』なんて息巻いて、
……ま、なんとか一泡吹かせることくらいは出来たけど、結局は才能も技量も何もかも足りずに負けちまった。
……だけど、あの一件で霊夢も少しは俺の事を認めてくれたのか、それからは隣に立たせてもらえるようになったんだ。
実力的にはまだまだだけど、物理的には、な。
「――ところで、魔理沙……」
「……ん、どうした?」
――そんな調子で、今度は軽く思い出を振り返りながらティーカップを傾けていると。
それまで静かに紅茶を嗜んでいたパチェが、若干言い難そうにしながら呼びかけてきた。
小首を傾げながらパチェに視線を向けると、パチェは少しの間口ごもった後、目線を逸らしながらカップで口元を隠しつつ、微かに頬を染めながらおずおずといった様子で続ける。
「その……別に大したことでは無いのだけど……前のお茶会で貴方が持ってきてくれたお茶菓子、今日は……あっ、いえ、催促しているわけではなくてね? 今日は私も気が向いてビスケットを焼いてみたから、もし被っていたらどうしようかと思っただけ、で……」
「……」
「……ちょっと、何。そんなニヤニヤして」
「んふふ……いやぁ、べっつにぃ? 楽しみにして貰えてたみたいで嬉しいな、って思ってただけだよ」
頬を赤くしながら上擦った声で平然を装ったように捲し立てるパチェに、自然と笑みが溢れて。
最終的にはジト目気味に俺を見据えてきたパチェに対して、俺は揶揄い混じりに誤魔化した。
「〜〜っ! だ、だからっ、別に私は楽しみにしていた訳じゃ――」
「分かってる分かってる。……あーっと、そういや、今日は朝にスコーンを焼いてたんだったな……しっかし、これが我ながら中々良い出来でさ。誰かに振る舞いたいって思ってたとこなんだが……」
そう言いながら俺は懐に手を入れ、そこを起点として繋げた『空間』*4から、今朝焼いてきたイングリッシュスコーンを入れた紙袋と自家製のジャム、そしてクロテッドクリームを取り出す。
「……おっと、丁度良い所にお茶会中の魔女仲間が一人……これは是非とも食べてもらうしか無いな? あぁでも、タダって訳にも……」
「…………はぁ、まったく……そうね。そういう事にしておいてあげる」
「ちょっと、まだ途中なんだが」
パチェは困ったものを見るような笑みを浮かべて俺のセリフを軽く流すと、ナイトキャップの中に手を入れて彼女自身の『空間』からビスケットが入っているであろう小袋を取り出した。
あんまりな対応には思わない所が無いことも無かったが……ま、まぁ、魔理沙っぽくはあるだろうけど我ながら結構恥ずかしいことを言ってる自覚はあったので、唇を尖らせながら小さく文句を垂れるだけにしておく。
――と、そんな俺を余所目にパチェはビスケットを二つの皿に取り分けると、微笑みを浮かべながら片方を此方へと差し出し……
そして、俺の目を見据えて確りとした口調でささめく。
「……貴方にお茶菓子を用意してもらう為の対価として、ではなくて。私が、貴方に食べてもらいたいと思ったから作ったの。……ねぇ、魔理沙。食べてくれるかしら?」
「……お、おう」
なんか急に空気がジメッとしてきたな……
い、いやまぁ、十中八九気の所為だとは思うけど。
……ただ、一瞬パチェの目がドロリと濁ったように見えたような気がした上に、セリフ的にもなんだか
「……こほん……それとはまた別として、貴方のそのスコーンも貰えると……その、嬉しいのだけど」
パチェの様子に思わず冷や汗を拭いながらぱちくりと瞬きをしてみれば、いつの間にかパチェは普段通りの……と言うには若干恥じらいを帯びたような表情を浮かべていて。
……まぁ、うん。やっぱ気の所為かな!
「……それじゃ、お互いに贈り合い、だな」
さっきのパチェの姿は……取り敢えず見なかったことにして。
俺はずっと右手に持っていたスコーン入りの紙袋を揺らしてパチリと一つウインクし、パチェと俺の両方の皿にスコーンとジャムとクリームを取り分けた。
……ん、良い感じかな。
パチェのビスケットは、端的に表せばどれも完成度が高い綺麗な見た目かつ、手作り感の温かさも損なっていないというとても美味しそうな品だ。
普段料理をするようには思えないが、そこは長い人生経験が関係しているのだろう。高級店に並んでいても遜色の無い高級感も漂っている。
そしてその傍に並べた俺作のスコーン。料理歴なんて今世からだからまだまだ拙いもんだけど、大分前から一人暮らししていて食事は基本自炊だし、こういうお茶菓子系に限っては何度も作って試行錯誤してきたからな。
どちらもシンプルな物だから、レシピ通り作れれば見た目的にはそこまで失敗のしようがない、というのもあるとは思うけど……パチェのこのビスケットと並んでも、そこまで場違い感のある出来にはなっていないと思う。
「それじゃあ、改めて……って、何してるの、魔理沙」
「ん? あぁスマン、ちょっと写真を……」
心做しか嬉しそうな微笑みを浮かべながらスコーンを手に取るパチェの前で、俺は『空間』から取り出した
「……それ、アリスに?」
「お? よく分かったな」
なんだか微妙な表情で問いかけてきたパチェに答えながら、写真に『パチェとお茶会中 なんと今日はパチェから手作りのビスケットも貰ったぜ!』と添えて、アリスが持つ携帯へとメールを送信する。
ま、どうせアリスはいつもみたいに人形制作でもしてるだろうから、返信が来るとしても今夜辺りになるだろうけど。
……てか。改めて考えてみたら、幻想郷に
いやまぁ、コイツも元々は無縁塚に流れ着いていたガラケー……を何台か共食い整備して修理した奴、つまりは幻想郷に存在している物由来の代物だから、幻想郷的にはそこまで異端って訳でも無いんだけど。
……中々同じ型番の物が揃わなくて、修理に手間取ったのも記憶に新しい。
まぁ、それは兎も角。当然ながら、ただ修理しただけでは電波塔やら通信局やらが有る筈も無いこの幻想郷じゃメール送信なんて出来る筈もない……のだが。
『――あのさぁ……』
ガラケーの送信完了画面が表示された所に、中性的な容姿のSDキャラが、呆れたようにジト目で此方を見ながら画面下からぴょこんと飛び出す。
――服装や耳元など、体の各所にどこかサイバー感を感じさせる機械パーツを装着していて、サラサラと流れる紺色のショートボブの髪には時折電子回路を思わせるような光の流線が描かれている……
そんな彼女の名は
アリスの携帯*5にメールが送れるのも、憑雲がその力で通信機能を再現してくれているから。
由来が由来なだけあってか、
この幻想郷ではその力の大半は宝の持ち腐れだろうが……だからこそ、一端の妖怪として周囲と交流が取れているという側面もあるからな。
今の状態が幸か不幸かは、それこそ当人のみぞ知るところだろうか。
『……魔理沙ってさ、ホント人の気持ちとか分かんないよね』
「はぁ? 何だよ藪から棒に……」
憑雲について思い返していると、憑雲は肩をすくめて両手を上げ、首を左右に振りながら呆れたように零した。
……ちょっとイラッとするな、その仕草。
『送信する時少し中身見たけどさ、アレは無いよアレは……』
「だから何がさ。……あ、友達に対して別の友達と遊んでる所の写真を送るのはおかしいって奴か? ……いや、でもお互い面識の無い相手に送るなら兎も角、パチェとアリスは普通に友人同士だし別に良くね……?」
『そういうことじゃ……いやそれもあるけど。本題はそこじゃないんだよ』
「んー……? いやでも、普段からこういう感じの連絡はちょくちょくしてるだろ?」
……と言うか、基本のんびりスローライフなこの幻想郷じゃ、何気なく連絡できるような話のネタが誰かとのお茶会くらいしか無いんだよな。
しかも現状で携帯電話類を持ってるのは、元々スマホを持ってた早苗と憑雲が居る俺……あとは俺が修理した奴を贈ったアリスと霊夢、香霖と
んでもって、早苗とのやり取りは当たり障りのない高校生らしい物ばっか、香霖とは偶に連絡取ってるがそれもほぼ業務連絡染てるし、霊夢はまだ使い方を教えてる段階。にとりは……まぁ、有効活用してくれてるだろ、多分。
だからまぁ、こっちから雑絡みで連絡出来るような相手は、現状アリスしか居ないって訳で。
『…………』
「なんで『こいつマジか……』みたいな顔でこっち見てくんの?」
『こいつマジか……』
「口にまで出した」
いつもとそんな変わらない筈だけどなぁ……と悩んでいる俺を、まるで信じられないものを見るような目で見てくる憑雲と、遠い目でどこかを見ているパチェ。
……そんなにか? 確かに親しき仲にも礼儀ありとは言うけど、アリスと連絡取る時は普段からお互いこんな感じだし……改めて文面を確認してみても、特段差はないと思うんだが。
『……ボク、しーらない』
「あ、ちょっと」
頭を掻きながら何件かメールを遡って確認しようとしていた所で、憑雲は呆れたようにそう言い放ち、突然依代のガラケーごと俺の懐へと飛び込んで『空間』の中に戻ってしまった。
……結局、何が駄目だったんだ?
「……なぁ、パチェ」
「……さて、ね。私の口からはとてもとても……」
「パチェ!?」
顔を上げて頼みの綱のパチェへ目線を向けるも、パチェは我関せずといった調子でスコーンを口に運ぶばかり。
……パチェにまで見限られたとなれば、今はもうどうしようも無いか。
ここまで言われるんなら、流石に何か見直さなきゃいけない所はあるんだろうが……如何せん、自分じゃ分かんないしな。今度誰かに……香霖はこういう人の心系のことは疎いだろうし、霊夢か早苗にでも聞いてみるか。
……まぁ、取り敢えず今は置いておこう。
今日は折角のお茶会。お互い大体暇してるから頻度は別に低くはないが、だからと言って時間が無限に取れる訳でもないし、な。
――テーブルの端に積んでおいた魔導書の山に改めて目を向け、その背表紙に書かれているタイトルを確認しながら心の中で独り言ちる。
それらの殆どに含まれている『転生』や『輪廻』の文字……魔法使いの知的好奇心的には、俺の身に起きた『転生』がどういったものなのか解明するというのも大分気になる所だが……そっちもぼちぼち進めながら、今はこの時間を楽しむとするか。
それから暫く、談笑も交えてティータイムを楽しみながら魔導書を読み漁り……気付けば、いつの間にか数時間が経っていた。
もうそろそろ夕方……つまり、レミリアやフランが起き出して紅魔館が忙しくなってくる頃合い。
迷惑になってもいけないし、寝起きのフランに飛びつかれて首筋を甘噛みされるのも良い加減回避したいから、ここらでそろそろお暇しようかと思い席を立ち……
やっぱり、借りていく前にまだ読めてない本の中身は軽く確認しとこうかと、パラパラと魔導書を捲っては『空間』に仕舞っていくこと数冊目――
「――ッその魔導書……!? ちょっと待って魔理沙!!」
「えっ」
年季の入った革製の表紙と重厚な金装飾が施された、他とは違う雰囲気の漂う分厚い魔導書。
その表紙に手をかけた瞬間、パチェから物凄い剣幕で制止されたものの……勢い余って開いてしまった。
表紙裏には一面ラテン語で書かれた何かの文章が、そして1ページ目にはページ全体を埋め尽くすかのような魔法陣が書かれている――
「ぅわぷッ――!?」
――と思った直後、その魔法陣が眩く光り輝き、魔導書を中心に強い風が吹き荒れ始めた。
その風に呼応するかのように、以降のページも次々と勢いよく捲れ上がっていく。見た限り、その全てに気も遠くなるほど緻密な魔法陣がページ全面を埋め尽くす様に描き込まれているようだった。
……顔を引き攣らせながら、冷や汗が背筋を伝うのを感じつつ魔導書片手に立ち尽くす。
この十数年で、僅かばかり魔法の知識を身につけたが故に、分かる。判かってしまう。
明らかに普通の代物じゃない……というか確実にヤバいヤツだこれ。
魔法の指南書という意味での『魔導書』でも、ただ本という媒体に魔法が込められているというだけの『魔道具』でも無い。
コイツは、各ページに描かれた魔法陣を三次元的に重ねた多層魔法陣とかいう、その内一ページの僅か一ミリ以下でもミスがあれば忽ち本来の効力を発揮しなくなってしまう正気の沙汰とは思えない構造で、たった一つの魔法を発動することだけを目的に作られた化け物みたいな代物だ。
僅かにも掠れた様子の無い中身とは違い、保護系統の魔法は掛けられていないのか、それとも既に効果が切れてしまったのか。
いずれにせよ経年劣化が激しい表紙から辛うじて読み取れた
……それに、今も尚俺の周りに吹き荒れ続ける魔力の嵐の向こうから、必死な表情で何かを叫びながらこちらに手を伸ばして何か干渉しようとしているパチェの様子を見れば……その効果も想像に難くない。
恐らくは、使用者に強制的な転生を引き起こすもので……こうして発動してしまった時点で、それも既に手遅れに近いのだろう。
『――! ――ッ!!』
「……悪い、パチェ」
パチェの声を同じく風鳴りで聞こえやしないだろうということは理解しつつ、それでも気持ちだけは伝わるように、と。
俯いていた顔を上げてパチェの目を確りと見つめ、力強く宣言する。
「――これから何処に行ったとしても、俺は絶対
それがパチェに聞こえたかどうかは分からないが、彼女が一瞬呆けたような表情を浮かべた後、仕方のないものを見るような目で若干苦笑したのは見えた。
……いやまぁ、今起きてることも禄に確認せず手を付けた俺の自業自得でしか無いし、その反応も間違っては無いんだけど。その扱いは若干釈然としないと言うか……
「……ま、今は俺を信じてくれてるんだと思っとくか」
パチェの様子の変化は好意的に解釈することにして、苦笑を漏らしながら静かに瞼を下ろし。
途端に勢いが強まった魔力の風と共に、次第に五感が鈍くなっていくのを感じている内に……
やがて、意識も闇へと落ちていった。