ようこそ!喫茶 神河へ   作:師走F

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第1話:ここはカードゲーマーの聖域です

 西都(せいと)電工(でんこう)大学。

 陽出山(ひのでやま)駅からほど近い場所にある工学系の大学であり、在籍する七割を男子学生が占めている。

 

「ここが……」

 

 そんな大学のすぐ近くに、カードゲーム系のコンセプトカフェがあると聞きつけ、工学部機械工学科の一年生、桜井弘は講義帰りに立ち寄ることにした。

 

「見た感じ、コンカフェには見えないけど」

 

 スマホの画面と看板を何度も見比べる。

 喫茶 神河と書かれた看板は、一般的な硬派な喫茶店と見紛うほどに飾り気がない。

 

 店の前に置かれた黒板に貼られた女の子の写真や『女の子とガチ対戦できる!』『18歳未満の方の入場はご遠慮ください』などの文言が、辛うじてコンカフェであることを主張している。

 

「……よし」

 

 意を決して扉を開く。

 カランという鐘の音と共に、店内の賑やかな声が流れ込んできた。

 

「いらっしゃいませ!」

 

 およそコンカフェには似つかわしくない明朗な挨拶と共に出迎えたのはメイド服姿の少女だった。

 自分と同い年くらいに見え、短いスカートから太ももを大胆に覗かせ、太陽のような笑顔を向ける彼女に、弘は思わずたじろいた。

 

「あ、えーっと、僕はその……」

「ご新規さんですね。じゃあアタシが解説するよ」

 

 そんな弘にも嫌な顔一つせず、彼をカウンター席へ案内した。

 

「ここ喫茶 神河は、ズバリ、遊び相手のいないボッチカードゲーマーが、女の子とイチャイチャしながら遊べるお店よ!」

「す、ストレートに言うんですね」

「あ、もちろんボッチじゃなくてもオッケーだよ」

 

 何に気を遣ったのか、彼女は親指を立ててそう言う。

 

「アタシはこの店の店長。花道色葉、一応は源氏名もあるけど、ほぼ本名で通してるから」

「どうも。桜井弘です……その、カードゲームといっても色々ありますけど、マイナー寄りとか、中堅どころとかも遊べるんですか?」

「担当タイトルはキャストの女の子次第ね。お店としては、MTG、デュエマ、バトスピ、遊戯王、ヴァンガ、ヴァイス、ウィクロス、ラッシュまで何でもござれ。もちろん、店長のアタシは、どれでもオッケー!」

(よかった。バトスピもある)

 

 自分のやりたかったTCGの名前を確認して、弘は胸を撫で下ろした。

 

「チャージ料金は1時間2000円で対戦し放題。ちょっと高いけど、対戦中のキャストの拘束時間を加味した価格だから、そこは理解してね」

「は、はい」

「それから飲み物のメニューはこっち。卓はドリンク必須じゃないけど、頼んでくれるとアタシが喜ぶ」

 

 手渡されたメニューは、コンカフェにしては比較的リーズナブルなものだった。

 

「コーヒーを飲みながら遊べるってことですか?」

「は?」

 

 何気ない一言に、色葉の眉間にシワが寄る。

 

「カードにシミがついたらどうすんの?」

「す、すみません……」

「いい?飲食はここのカウンター席」

 

 十席ほどのカウンターを指差す。

 

「で、デュエルスペースはあっち」

 

 対してデュエルスペースは、ざっと数えても二十席以上、下手なカードショップよりも多いくらいだった。

 

「それとうちでは女の子に釣られて店に入った非カードゲーマーに布教するために、各タイトルの構築済みデッキを定期的に仕入れているわ。当然ブースターやその他サプライも完備。手ぶらでも始められるわよ」

 

 壁にかけられた多種多様な商品の数々に、弘は思わず感嘆の声を漏らした。

 

「なんか飲食もできるカードショップみたいですね」

「まあそういう側面もあるわね。でもシングルカードの取り扱いはないわよ。そこまですると本当にカードショップになっちゃうからね。ここはあくまでカードゲーマーの遊び場なのよ。ちなみに物販の購入でチャージ料の割引クーポンを発行するわ」

「へぇ、品揃えもいいですね」

 

 スペースの関係か最近の商品に絞られているものの、品揃えは大手カードショップと遜色ないものだった。

 

「どう?何か買ってく?」

「えーっと、とりあえず対戦お願いしてもいいですか?」

「オッケー。じゃあお先にお支払いお願いしまーす」

 

 レジで会計を済ませてから、色葉の案内で空いている卓に座った。

 

「タイトルは?」

「バトスピでお願いします」

「オッケー」

 

 色葉は太ももに装着したいくつものデッキケースを卓に置き、そこから一つを手に取った。

 

(でも店長は全タイトル担当とか言ってたけど、バトスピってルールもギミックも取っつきにくい部分があるのに、ちゃんとプレイできるのかな)

 

 プレイシートを準備し、デッキをシャッフルしながらそんなことを考えていると、

 

「掛け声は分かってる?」

「え?掛け声?」

 

 問われて一瞬何を言っているのか分からなかった。

 すると、

 

「「デュエル!」」

 

 隣の卓でキャストと客が声を合わせて叫んだ。

 それを聞いて、弘も色葉の言葉の意味を理解した。

 

「は、はい」

「じゃあせーの────」

「「ゲートオープン、界放!」」

 

ターン1 先攻 弘

 

「ネクサス、《旅団の摩天楼》を配置。配置時効果でデッキからカードを1枚ドローします。ターンエンド」

 

 バトルスピリッツ、通称バトスピ。

 その最大の特徴は、コアと呼ばれる小さな宝石のようなカウンター。これがこのゲームにおけるコスト支払いのためのリソースとなる。

 

ターン2 後攻 色葉

 

「まずは1コスト支払って」

 

 色葉はリザーブ(使用可能なコアの置き場)から1個をトラッシュ(使用済みのコアの置き場)へ移動させる。

 

「《紅蓮の雷皇龍ジークヴルム》を召喚」

 

 さらにリザーブからもう1個、今度は盤面に出した赤いドラゴンのカードに乗せる。

 

「さらにネクサス、《太陽石の空中要塞》を配置。これでアタックステップ、ジークヴルムでアタック!アタック時効果、自分のカウント+2!」

 

 脇に置かれたケースからコアを2つ摘まんで、右上のカウントエリアというスペースに置いた。

 

「そしてアタシのライフのコア1個をトラッシュに置くことで、自分のデッキの上から3枚をオープン。その中からカード名「紅蓮」と「ヴルム」と「クシナ」をそれぞれ1枚ずつ手札に加える。さらに《太陽石の空中要塞》の効果で、カウントをもう1個増やす!」

「ライフで受けます」

 

 弘はライフに置かれているコア5個のうち、1個をリザーブへ移動させた。

 

「ターンエンド」

 

ターン3

 

「では僕のターン、《冥相棒カミュ》を召喚。アタックステップ、カミュでアタック!アタック時効果で、カウント+2」

 

 弘もカウントエリアのコアを増やす。

 

「そして手札から、系統「血晶」を持つコスト7以下のスピリットカード1枚を手元に置くことで、そのアタック時効果を使用します。僕は《魔神令嬢ヴィヴィアーヌ》の効果を使用。カウント+1して、相手のスピリットのコア2個をリザーブに置く。《ジークヴルム》のコアをリザーブに」

 

 色葉は《ジークヴルム》に乗せていたコア1個をリザーブに戻す。

 一部の例外を除き、フィールドのスピリット(このゲームにおけるモンスターやクリーチャー)を維持するために、1つ以上はコアを置かなくてはならない。

 

 この場合、コアを失った《ジークヴルム》はフィールドを離れる。

 通常のスピリットであればトラッシュに、そしてデッキに1種類だけ入れられる特殊な契約スピリットである《ジークヴルム》は魂状態となってフィールドに残る。

 

「この効果で相手のスピリットが消滅したので、僕は1枚ドローします」

「ライフで受ける」

 

 色葉もライフのコア1個をリザーブへ置く。

 こうやって互いにライフを削り合い、先に相手のライフを0にした方が勝者となる。

 

 一見シンプルだが、破壊されたライフがリソースになること、盤面のスピリットの維持にもコアが必要なこと。

 これらのリソースの分配が、バトスピ独自のゲーム性を生み出している。

 

ターン4

 

「じゃあ行くよ!契約煌臨!自分のカウント3以上なので、手札からこのカードを出せる!竜に翼を得たるが如し!来たれ!《紅蓮の龍星皇メテオヴルム》、魂状態の《ジークヴルム》に契約煌臨!」

 

 大袈裟なポーズを取って、色葉は盤面に勢いよくカードを叩きつけた。

 

(しょ、召喚口上?)

 

 現実でそんなことをする人間を初めて見たので、思わず周囲を見る。

 別に誰かが色葉を白い目で見るようなことはしていない。

 この店ではいつもの光景なのだろうか。

 

「余所見してる場合?さらに《紅蓮の竜星エリマキリザード》を2体召喚。ネクサス、《太陽石の空中要塞》をもう1枚配置!」

 

 色葉はさらにスピリットを2体、ネクサスを1枚追加し、盤面には合計5枚のカードが並んだ。

 

「アタックステップ!《メテオヴルム》でアタック!まずはアタック時効果。2枚の《太陽石の空中要塞》の効果でカウント+2。さらに契約煌臨元の《ジークヴルム》の効果で、カウント+2。さらに《メテオヴルム》のアタック時効果で、《カミュ》を破壊!」

「くっ、《カミュ》は魂状態でフィールドに残します。その攻撃はライフで受けます」

 

 弘:ライフ4→3

 

「《エリマキリザード》でアタック!」

「フラッシュタイミング!手札から契約煌臨!自分のカウント3以上なので、《デビルシューター・カミュ》!」

 

 弘も負けじと契約煌臨によって、《冥相棒カミュ》の上に重ねてスピリットを呼び出す。

 

「煌臨時効果で、カウント+1。そして手札からブレイヴカード、《神魔銃エクセンクティー》をノーコスト召喚!」

 

 弘はさらに、手札からカードを《デビルシューター・カミュ》の右斜め上に重ねるようにして出す。

 ブレイヴ、いわゆる装備カードで、スピリットに合体(ブレイヴ)することによって、真価を発揮する。

 

「この効果でブレイヴを召喚した時、相手のスピリットのコア2個をリザーブに置く。アタックしていない《エリマキリザード》のコアを除去」

 

 エリマキリザードは消滅して、トラッシュに置かれた。

 

「そして攻撃中の《エリマキリザード》は《デビルシューター・カミュ》でブロック!」

 

 さらにもう一体の《エリマキリザード》も返り討ちにして破壊し、色葉の猛攻を凌いだ。

 

「やるね。ターンエンド」

 

ターン5

 

「《魔銃使いアルタヴァール》を召喚。召喚時効果で、手札から《魔銃使いミネルヴァーナ》を手元に置くことで、デッキの上から3枚をオープンし、系統「血晶」を持つカード1枚を手札に」

 

 手札に加わったカードを見て弘は頷く。

 

「アタックステップ、《デビルシューター・カミュ》でアタック!アタック時効果で、カウント+2して手札から《血盟十三候ザントワネット》を手元に置いてアタック時効果使用。《メテオヴルム》のコア2個をリザーブに」

 

 《メテオヴルム》のコアが残り1個となる。

 

「《神魔銃エクセンクティー》の合体(ブレイヴ)中効果、カウントの数だけ相手のコアをリザーブに!」

 

 《メテオヴルム》はコア0個になり消滅した。

 

「さらに自分のカウント6以上なので、《デビルシューター・カミュ》は回復」

 

 《カミュ》のカードが起き上がり、再攻撃可能な状態となる。

 

「ライフで受ける」

 

 色葉:ライフ3→1

 

「けど、攻撃はここまで!自分のライフ減少により、手札から《絶甲氷盾》をノーコストで使用!アタックステップを強制終了させる!」

「くっ、ターンエンド」

 

ターン6

 

「アタシのターン!」

 

 ドローしたカードを見た瞬間、色葉が立ち上がった。

 

「紅蓮の星より生まれし龍よ!来たれ!契約煌臨!《紅蓮の超神星龍ジークヴルム・ノヴァ》」

 

 腕を振り回し、天高く振り上げたカードを盤面に叩きつけた。

 先程の召喚口上以上に、ともすれば痛々しくも見えるそれを、周りのキャストや客たちは気に留めないどころか、歓声すらあげていた。

 

「さらに《紅蓮の雷皇龍ジークヴルム》をもう1体召喚。アタックステップ!《ジークヴルム・ノヴァ》でアタック!《空中要塞》の効果でカウント+2!そして《ジークヴルム・ノヴァ》のアタック時効果!最もBPの高い相手のスピリット1体を破壊する!合体スピリットを破壊!」

 

 弘の場で最もBPが高いのは《デビルシューター・カミュ》。

 よってそれは破壊される。

 

「そして自分のライフが5になるように、ボイドからコアを追加!」

 

 色葉のライフが1から一気に5まで回復した。

 

「そして《ジークヴルム・ノヴァ》には、自分のカウント9以上の時、増えたライフの数だけ、相手のライフを破壊する効果がある」

「けど僕は、魂状態の《冥相棒カミュ》によって、僕の手元に系統「血晶」を持つカードが2枚以上ある限り、相手の効果でライフは減りません」

 

 弘の手元には3枚のカードがある。

 今、《ジークヴルム・ノヴァ》の効果を発揮してもライフは削れない。

 

「知ってる。アタシはさらに煌臨元の《紅蓮の雷皇龍ジークヴルム》の効果。アタシのライフのコア1個をトラッシュに置き、デッキの上から3枚をオープン」

 

 色葉はデッキから捲ったカードを見て微笑む。

 

「アタシは《星の巫女クシナ》と《紅蓮の雷皇龍ジークヴルム・ノヴァ》を手札に」

「不味い……《魔銃使いアルタヴァール》でブロック。フラッシュタイミング!手元の《魔神令嬢ヴィヴィアーヌ》を2コスト支払って召喚することで、トラッシュの《神魔銃エクセンクティー》の効果をコピー!」

 

 ブロックされた《ジークヴルム・ノヴァ》のコアはすべて取り除かれて消滅した。

 

「じゃあ《紅蓮の雷皇龍ジークヴルム》でアタック!アタック時効果で自分のライフのコア1個をトラッシュに置くことで、デッキの上3枚からカードを手札に!」

「《魔神令嬢ヴィヴィアーヌ》でブロック!」

「フラッシュタイミング!手札から《星の巫女クシナ》を召喚!召喚時効果で、手札から《紅蓮の超神星龍ジークヴルム・ノヴァ》を魂状態の《ジークヴルム》に重ねて契約煌臨!」

「相手の召喚時効果発揮により、手元の《血盟十三候ザントワネット》をノーコスト召喚!」

 

 2体目の大型スピリットの煌臨に、弘は手元に置かれたカードを効果でフィールドへ出す。

 

「へぇ、それ使っちゃっていいんだ?」

「え……あ!」

 

 弘の手元のカードは1枚となり、《冥相棒カミュ》の効果による保護は受けられなくなった。

 

「続けて《ジークヴルム・ノヴァ》でアタック!アタック時効果で自分のライフが5になるように回復!」

 

 色葉はこのターンで《紅蓮の雷皇龍ジークヴルム》の効果でライフを減らしているので再びライフ3になっている。

 よってライフに置かれるコアは2個。つまり、

 

「《ジークヴルム・ノヴァ》の効果!相手のライフのコア2個をトラッシュに!」

 

 弘のライフが2つ吹き飛ばされ、残りライフ1になる。

 

「ら、ライフで受ける……」

 

 弘:ライフ1→0

 

「ま、参りました」

「よっしゃぁっ!」

 

 接客として対戦しているはずなのに、まるで大会の試合に勝利したように、色葉はガッツポーズを決めた。

 

「店長、強いですね」

「どう?うちはコンカフェはコンカフェでもガチ対戦推奨のコンカフェなの。カードゲームは遊び相手がいてこそできるもの。純粋な遊び相手が、勝たせるための接待プレイなんてしないでしょ?」

「なるほど。ところで……」

 

 卓の上に置かれた、重そうなデッキケースが四つも付いたガーターリングに視線をやる。

 

「なんでその、そんなところにデッキケースを?」

「え?カードアニメのヒロインはデッキケースを太ももにつけるものでしょ?」

(ヒロインへの認識が黄昏ミミとヴィオレ魔ゐで止まってる?)

 

 そうあっけらかんとした答えが返ってきて、心の中で突っ込んだ。

 

「まあ座るとき邪魔になるから毎回外すんだけど」

「もはや文字通りの足枷では?」

「ふっ、どんなに手札事故を起こしても、こだわりのオシャレ枠は外さない。つまりはそういうことよ」

 

 その返答に真のカードゲーマーとしての熱意を弘は感じ取った。

 

「さあさあ時間はまだあるんだし、まだまだバトルしよ!他にも試したいデッキがあって」

「はい。是非」

 

 ◆

 

 それから二、三戦ほどのバトルを経て、弘は休憩のためにカウンター席に移り、飲み物を注文した。

 

「どうだった?うちの店は?」

 

 すると色葉は彼の隣に腰を下ろした。

 

「えっと、楽しかったです」

 

 二戦目以降、店長は気を遣ってくれたのかデッキパワーを一段落としてバトルしてくれた。

 プレイそのものには手を抜かないが、ちゃんとカジュアルに遊べるように調整してくれていたのだろう。

 

「そりゃよかった」

「それにしても、さっき店長はどのタイトルでもオーケーみたいなこと言ってましたけど、そんなにたくさんのゲーム、お店のためとはいえ覚えるの大変じゃないですか?」

「いや全然、というかほとんど自分が遊んでたタイトルだし」

 

 色葉は弘の質問に逆に不思議そうな顔をした。

 

「うちのお父さんはMTGやってたんだけど、その影響で物心ついた時からカードで遊んでたのよね。そこから小学校に上がって、周りの男の子がデュエマとか遊戯王始めたからアタシも始めて、バトスピのアニメが始まったらバトスピもやって、中学に上がってからヴァンガード、ウィクロスにも手を出してって感じで」

「その時点で6タイトルも……」

「お父さんが、カードゲームなら気前よく買ってくれたから、それに甘えてあれこれ手を出してたのよ。お母さんからは宿題すっぽかして遊びまくって怒られてたわね」

「あはは。ちなみに店長以外は、やっぱり複数タイトル兼任してるんですか?」

「専任の子ももちろんいるよ。例えば……」

 

 色葉は視線を店内に巡らせて、ちょうど飲み物を手にバックヤードから戻ってきたキャストに目を向けた。

 

「ユリカ!」

「ん?」

 

 その少女は眠そうな目で色葉の方を見た。

 服装は色葉と同じ既製品のミニスカメイド服。

 背の高いモデルのような体型で、大きな胸が目を引く少女は、思考の読めない無表情で首を傾げた。

 

「この子はユリカ。担当タイトルはデュエマ」

「紹介されてる?」

 

 するとユリカは弘の方をジーッと見つめると、

 

「よろしく」

 

 抑揚のない声でそう短く言った。

 

「こう見えてデュエマのトッププレイヤーなのよ。全国大会出場経験もあるんだから」

「そんなにすごいプレイヤーだったんですか?」

 

 ユリカは無表情と無言でピースをした。

 表情が変わらないだけで、感情表現は豊かなようだ。

 

「もしかして店長だけでなく、キャストさん全員トッププレイヤーとか?」

「いやいや、さすがにそんなわけないじゃん。ユリカか私みたいな生粋のカードゲーマーもいれば、カジュアル勢とか、あとはコラボきっかけでカード集めてただけでプレイはしたことなかった子とかもいるよ。悲しいことに、女子のTCGの競技人口は少ないからねぇ」

「まあ、そうですよね」

 

 弘は普段行くカードショップの風景を思い浮かべた。

 

 その時、店に一人の男性が入ってきた。

 

「邪魔するで」

「あ、はーい。今行きまーす。ごめんね桜井くん。また後で」

 

 色葉は即座に応対に向かった。

 ユリカもいつの間にか、自分の客の元へ戻っており、デュエマを再開していた。

 

「忙しそうだな」

「そりゃ店長だからね」

 

 いつの間にか、弘の隣にポニーテールのキャストが座っていた。

 

「えっと……」

「私はアリスよ」

 

 アリスは胸元の名札を指差す。

 

「一応遊戯王担当だから、あんたと対戦することはないだろうけどよろしく」

「どうも」

 

 弘は来店した客に視線を移す。

 スーツ姿のがたいのいい男で、穏やかな顔で色葉と何か話している。

 

「あの人もカードやるんですか?」

「いや、カウンターで飲食だけよ。最近うちに来るようになった常連さんなんだけど、どうも怪しいのよね」

「こちらへどうぞ」

 

 男は色葉に案内されて、弘から少し離れたカウンター席へ腰かけた。

 

「コーヒー頼むよ」

「はいはーい。少々お待ちを」

 

 色葉はお冷を置いて裏に回る。

 その時、男がグラスに手をかけると、袖の隙間からわずかに覗くあるものが目に入った。

 

(あれって、刺青?)

「なんや兄ちゃん、俺になんか用か?」

「い、いえ、何も……」

 

 弘は慌てて目を背けた。

 

「はい。コーヒーどうぞ」

 

 色葉が刺青の男にコーヒーを運んだ。

 

「最近羽振り良さそうじゃねぇか」

「えぇ。おかげさまで」

「でも、繁盛してると、やっぱ厄介な客とかも来るんじゃねぇのかい?」

「いえいえ。カードゲーマーに悪人はいませんので」

 

 男は色葉から顔を背けて、わずかに不機嫌そうな顔を見せた。

 

「なら他の店から引き抜きとか、スカウトとかあるんじゃないのか?ほら、ここの子たちみんな可愛いし」

 

 男はアリスやユリカに視線を送る。

 

「それにほら。ここ開業してまだ半年も経ってないんでしょ?他の店はもっといい条件出せるだろうし」

「大丈夫です。うちのキャストの子はみんなカードゲームが好きなので。そう簡単には他店になびいたりしませんよ」

 

 色葉は誇らしげに胸を張る。

 

「ていうか東島さーん。本当に今日もコーヒーだけでいいんですか?」

「悪いな。俺も仕事の合間によってるだけだからよ」

「ならポケカやりません?サイド3枚の短縮ルールならすぐ終わりますよ」

 

 二の腕に巻いたデッキケースからポケカのデッキを取り出して、東島の顔の前に突き出した。

 

「いや、俺はなぁ」

「ポケカは興味ない?ならデュエマとか遊戯王とかもあるよ?ほら、東島さんだって子供の頃カードやってたでしょ?少年の心を思い出して」

 

 言いながら、次々と別のデッキを取り出して見せる。

 

「あ、あのな。店長」

「ねぇカードやろうよ~。カードカードカードカードカードカードカードカードカード」

「……っ!」

 

 東島が振り払い、色葉のデッキが床に散らばった。

 

「テメェいい加減にしろやぁっ!」

 

 東島は立ち上がって、色葉を突き飛ばす。

 

「こっちが下手にでりゃ調子に乗りやがって!毎日毎日毎日毎日耳元でカードカードカードカードカードカード!お前のせいで夜中に幻聴が聞こえるようになってんだからな!」

 

 弘や他の客の視線が一斉に注がれるが、頭に血が上った東島はそれに気付かない。

 

「あ、アリスさん。これ不味いんじゃ……」

「シッ、落ち着いて」

 

 アリスは狼狽える弘を宥めて、そのままバックヤードへと駆け出した。

 

「うちのシマで商売してぇなら筋を通せ!ショバ代も出さずに居座れると思ったら大間違いだ!」

 

 今にも殴りかかりそうな勢いで一歩踏み出したその時、

 

「─────スクラップフィストォォッ!」

「ごふっ!」

 

 突然、色葉が東島にボディブローを繰り出した。

 

「え?」

 

 その場にいた全員が、困惑した様子で殴られカウンターに倒れた東島、そして色葉を交互に見る。

 

「あー大丈夫!?アタシのデッキ!!」

 

 その隙に、東島に踏まれていたカードを回収して愛おしそうに抱き抱えた。

 

「お、お前、よくも……」

 

 東島は腹を押さえながら凄むが、色葉はそれ以上の鬼の形相で睨み付けた。

 

「よくもアタシのデッキを……お前はそれでもデュエリストか!」

「い、いや、デュエリストじゃな────」

「リアリストならうちの敷居跨ぐんじゃねぇっ!」

 

 血涙を流して捲し立て、さらに中指まで立てた。

 

「こ、この……」

「はいはいそこまでよ」

 

 その時、バックヤードから妙齢の女性が出てきた。

 

「東島さん。うちの店長が申し訳なかったわね」

「そ、そうだ。こいつで慰謝料を……」

「でも」

 

 女性はスマホを取り出した。

 

『うちのシマで商売してぇなら筋を通せ!』

 

 そこには色葉を突き飛ばしてから、怒鳴りつける東島の姿がはっきりと映っていた。

 

「うちも大事にしたくないから、今日は手打ちってことで。どう?」

「チッ!」

 

 東島は荷物を手にして、そのまま足早に立ち去った。

 

「ふっ。悪は去った」

「何が悪は去ったよこのバカ店長!」

 

 どや顔をする色葉の頭を、アリスがひっぱたいた。

 

「このカードバカ!店長自らトラブル起こしてどうすんのよ!」

「だってぇ。アタシのデッキがぁ」

「あんたねぇ。あそこであいつが逆上して手出してたらどうするつもりだったのよ。あんた自分とカードどっちが大事なの?」

「カード」

 

 迷いのないその返答に、アリスは再度ひっぱたいた。

 

「恵さ~ん、アリスがいじめる~」

「店長は後でお説教ね」

 

 妙齢の女性、恵は呆れた顔でバックヤードに引っ込んだ。

 

「あはは……僕はもう行くので、お会計お願いします」

「ん」

 

 説教するアリスや、怒られて床に座り込む色葉に代わってユリカがレジに向かった。

 

「ん?」

 

 しかしいざレジに立つと、ユリカはいろんなボタンをポチポチして首を傾げた。

 

「ねぇアリス、これどうやるの?」

「あんたはいつになったらレジ打ちできるようになんのよ」

 

 結局アリスがレジを代わり、支払いを済ませた弘は店を出た。

 

「喫茶神河か……ちょっと変わった人たちだったけど、楽しかったな」

 

 看板を一瞥して、弘は再来を誓ってその場を後にした。

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