12月の中頃、世間はクリスマスムードに入っていた。
そんなイベント一色の商店街を、30代独身の加藤大輔は一人、気だるげな顔で歩いていた。
「やっぱこの時期は混んでるな」
いつも行く喫茶チェーンの席が埋まっていたことで、加藤は途方に暮れていた。
フルリモートで仕事をしている彼は、午後は息抜きがてら喫茶店で仕事をすることが多かったのだが、満席ではそれもできない。
仕方なく自宅に戻ろうと歩いていると、ふと、商店街を抜けた路地裏に一軒の店が目に留まった。
「こんなところに喫茶店があったのか」
看板に書かれた店名は『喫茶神河』。
レンガ風のタイルと、セピア調の木目の純喫茶然とした佇まいに惹かれ、加藤は扉を開いた。
「いらっしゃいませ」
鐘の音と共に、目の前に飛び込んできたのは外装のイメージとはかけ離れた服装の店員だった。
歳は加藤よりも下で、おそらく20代前半か中頃だろう。
全体的に肉付きがよく、しかし太っているわけでもない絶妙に男受けしそうな体型。それを彩るのはペラペラの生地の安っぽいミニスカメイド服。その安っぽい素材が、むしろ彼女の艶体を強調していた。
(ここコンカフェだったのかよ。くそ騙された)
心の中で毒づいたものの、ここで踵を返すのも目の前の店員に申し訳ないと思い店内を見回す。
テーブル席にはそれなりに人が集まっており、学生と思われる年代の者が、何やらキャストとカードゲームに興じていた。
(あれは遊戯王か。あっちはデュエマだよな)
「あのー」
目の前の女性が挙動不審な加藤を不思議そうに見る。
「ああすみません」
「いえいえ。当店は初めてですよね?ではご説明します。ここはカードゲーム系コンセプトカフェ、喫茶神河、ご覧のようにキャストとTCGで対戦できるお店です。チャージ料金は1時間2000円と少し割高になっていますが、その分、キャストとの対戦回数に制限はありません。といっても、混んでいる時は待たせてしまうんですけど」
2000円という金額には少し驚いたが、彼女の丁寧な説明と、デメリットもしっかり伝える姿勢には好感が持てた。
(どうすっかな。仕事はしないといけないが……)
時間単位で席代が取られる場所でリモートワークなどできない。
しかし、加藤には確かめたいことがあり、目の前の店員────名札を確認すると、『ルナ』というらしい────に尋ねる。
「あの、店名の神河ってのは、もしかしてMTGの?」
「あ、MTGプレイヤーの方だったんですね。ちょっと待ってくださいね」
ルナはテーブル席でちょうど対戦を終えた様子のキャストに声をかけた。
「よっしゃぁっ!」
歳は20と少しか、下手をすれば10代にも見える。
客の前でガッツポーズを決める様子は、まるで小学生の子供のような純粋さを孕んでいる。
「店長、MTGのお客さんが来たわよ」
「あ、今行く」
彼女は立ち上がり、加藤の方へ歩いてきた。
「お待たせしました。全タイトル担当店長の花道色葉です!」
「ど、どうも」
勢いに気圧されながらも、加藤は訝しげに彼女を見た。
(こんな若い
「なぁ、店名の神河ってのは?」
「もちろん神河ブロックの神河だよ。私の生まれ年に出たエキスパンションだから」
「やっぱり」
「あ、フレテキガチな人?やっぱり戦国時代風の内装にした方がよかった?それともネオンギラギラ?まあそこまで拘ると予算なくて。何よりうちの店はマジックだけじゃなくて、すべてのカードゲームが交差する次元だから」
(世界観までおさえてんのかよ)
店名に使用するくらいだからもしやとは思っていたが、少なくともこの店長は、商売だけでMTGをやっているのではないらしい。
「じゃあ対戦をお願いしたいんだけど、対応フォーマットは?」
自営業ゆえに仕事は裁量でどうにかなる。
それよりも加藤は、今目の前にいる得体の知れない少女との出会いを大事にしたかった。
「えーっと、スタンダード、パイオニア、モダンまでかな。レガシーとかヴィンテージは、プロキシデッキなら一応用意してるけど、テンプレ構築だから、そんなに本格的なのは期待しないでね」
「じゃあパイオニアでお願いします」
「オッケー。それでは
色葉に案内されて、空いているテーブル席についた。
「おじさん、お名前は?」
「加藤だ」
「加藤さんね。よろしく。とりあえずマッチ戦でいい?」
「いや、シングル戦にしてくれ」
(マッチ戦までやるとサボりすぎだからな)
色葉は少し不服そうにする。
その様子はまるで父親にかまってもらえなくて不貞腐れる子供のようだった。
ターン1
「俺のターン、《山》を出す」
加藤は手札から赤色の山脈が描かれたカードを場に置いた。
MTG(マジック・ザ・ギャザリング)において、プレイヤーは次元を渡り歩く魔法使い、プレインズウォーカーとなり、魔法を操って20のライフを削り合う。
「《山》をタップして赤1マナ」
プレイヤーは土地と呼ばれるカードをタップ(横向きの行動済みの状態)にすることで、土地から
「《僧院の速槍》を召喚」
そして生み出したマナによって呪文を唱え、クリーチャーを召喚、あるいは魔法によってゲームに干渉する。
「《僧院の速槍》は速攻を持つので、召喚酔いせずに攻撃できる!僧院の速槍で攻撃!」
赤い魔力を帯びた槍を構え、地を蹴る僧侶が描かれたクリーチャーカードが、色葉のライフを削る。
色葉:20→19
「ターンエンド」
ターン2
「じゃあアタシのターンね。《島》を出してターンエンド」
対する色葉は、土地を出すだけでターンを終えてしまった。
ターン3
「俺のターン、《山》を出してタップ。赤1マナで2体目の《僧院の速槍》。さらに残りの山もタップして赤1マナ、《攻め立てられる槍護衛》を召喚。これでフルアタックだ!」
3体のクリーチャーをタップして、一気に総攻撃をかける。
「対応なし」
色葉はそれを受け止め、一気に3点のダメージを食らった。
色葉:19→16
「ターンエンド」
「エンド前。島をタップして青1マナ。インスタントタイミングで、インスタント、《考慮》を使うよ」
色葉は場の土地をタップして、手札からインスタントを使用した。
MTGでは相手ターンにも、インスタントタイミングで使えるカードや能力で行動できる。
その代表例が使い切りの呪文のうち、インスタントと呼ばれるカードタイプである。
「まずは諜報1を行う。デッキトップ1枚を確認してから、任意で墓地におけるよ」
デッキを捲って出てきたのは、土地カード、《島》だった。
「じゃあこれは墓地へ。そして1枚ドローする」
不要なそれを墓地へ置き、さらに色葉は山札からカードを引いた。
ターン4
「アタシのターン。《グルームレイクの境界》を出す」
グルームレイクの境界
土地
(T):(青)を加える。
(T):(黒)を加える。あなたが島や沼をコントロールしていなければ起動できない
「これでターンエンド」
(動かないな。クリーチャーも出さないし、黒青のコントロール系デッキか)
ターン5
「《山》を出す。そして赤2マナ、《熾火心の挑戦者》を召喚」
熾火心の挑戦者 (1)(赤)
クリーチャー — ハツカネズ・戦士
速攻
果敢(あなたがクリーチャーでない呪文1つを唱えるたび、ターン終了時まで、このクリーチャーは+1/+1の修整を受ける。)
雄姿 ― 熾火心の挑戦者が各ターン内で初めてあなたがコントロールしている呪文や能力の対象になるたび、あなたのライブラリーの一番上にあるカード1枚を追放する。ターン終了時まで、そのカードをプレイしてもよい。
2/2
「これでフルアタックだ!そして手札からインスタント、《巨怪の怒り》!《熾火心の挑戦者》を対象にパワー/タフネス+修整!さらに《僧院の速槍》と《熾火心の挑戦者》の果敢誘発!パワー/タフネスをさらに+修整だ!」
「じゃあそれに対応!《ロースワインの嘲笑》!《熾火心の挑戦者》の-3/-3修整!」
MTGにおいて、能力や唱えた呪文は一度スタックと呼ばれる領域に置かれる。
「スタック解決。まずは《ロースワインの嘲笑》からね」
そしてスタックは一番最後に置かれたものから逆順に解決していく。
この場合、《ロースワインの嘲笑》は、《巨怪の怒り》のタフネス修整よりも先に解決されるため、熾火心の挑戦者はタフネス0になって死亡する。
「そしてライフ2点回復」
色葉:16→18
「《僧院の速槍》の果敢解決。パワー/タフネス修整だ」
僧院の速槍A:1/2→2/3
僧院の速槍B:1/2→2/3
「《巨怪の怒り》は対象不在により不発。だが、残りのクリーチャーで本体に5点だ!」
色葉:18→13
「ターンエンド」
ターン6
「アタシのターン。まずは《沼》を出すよ。そのままタップして黒1マナ!エンチャント、《望み無き悪夢》!これは場に出た時、対戦相手の手札1枚を捨てさせ、2点のライフを奪う!」
「くっ」
加藤:20→18
加藤はここで初めてライフを削られたが、苦い顔をした理由はそこではない。
加藤の手札は、それで最後の1枚だったのだ。
「さらに《グルームレイクの境界》をタップして黒1マナ。《暗黒騎士、セシル》を召喚!」
暗黒騎士、セシル (黒)
伝説のクリーチャー — 人間・騎士
接死
あんこく ― これがダメージを与えるたび、そのダメージに等しい点数のライフを失う。その後、あなたのライフ総量があなたの初期ライフ総量の半分以下なら、これをアンタップし変身させる。
2/3
「さらに青1マナ、《幽体の船乗り》を召喚」
幽体の船乗り (青)
クリーチャー — スピリット・海賊
瞬速(あなたはこの呪文を、あなたがインスタントを唱えられるときならいつでも唱えてよい。)
飛行
(3)(青):カードを1枚引く。
1/1
「これでターンエンド」
ターン7
「俺のターン……このままアタックだ。3体で攻撃!」
「《僧院の速槍》の攻撃は《セシル》でブロック。それ以外は通すね」
クリーチャー同士の戦闘では互いのパワー分だけ、相手のクリーチャーにダメージを与える。
この場合、《暗黒騎士、セシル》のパワー2が、タフネス2の《僧院の速槍》に入り死亡。逆に《暗黒騎士、セシル》へのダメージは《僧院の速槍》のパワー1分だけなので、タフネス3のセシルは場に残る。
そして色葉に残りのクリーチャー2点分のダメージが通り、残りライフ11。
「《セシル》により、アタシのライフは《僧院の速槍》に与えたダメージ分、ライフを失う」
色葉:11→9
「この瞬間、アタシのライフが初期値の半分以下なら、セシルを変身!」
色葉は《セシル》のカードを裏返す。
禍々しい暗黒騎士の裏面に描かれていたのは、頂で剣を掲げる勇猛な
覚醒のパラディン、セシル
〔白〕 伝説のクリーチャー — 人間・騎士
絆魂
プロテス ― これが攻撃するたび、ターン終了時まで、これでないすべての攻撃クリーチャーは破壊不能を得る。
4/4
「た、ターンエンド」
ターン8
「ねぇ加藤さん。最後の手札、土地でしょ?」
「っ!」
加藤の視線が自身の手札へと注がれる。
その先にあるのは色葉の指摘通り、《山》のカードだった。
「ど、どうしてそう思うんだ?」
「だって加藤さんのデッキ赤単アグロでしょ?クリーチャーなら出すだろうし、火力かコンバットトリックなら、《セシル》にブロックされた時点で使ってる。アタシはマナ使いきってるんだから、出し惜しむ理由もない。まあ一応このタイミングで使えないカードの可能性もあるけど、それならそれで問題ない」
(こいつ、だから瞬速持ちのクリーチャーを自分のターンに出してマナ使いきったのか……)
図星をつかれて、加藤は黙り込む。
「色葉、じゃあ改めてアタシのターンね。まずは沼を出してタップ。黒1マナ、《漆黒軍の騎士》を召喚。そして他の呪文を唱えたことでマナコスト軽減、青2マナ、出でよ、《猛嵐のタイタン》!」
猛嵐のタイタン (4)(青)
クリーチャー — エレメンタル
このターンにあなたがこれでない呪文を唱えていたなら、この呪文を唱えるためのコストは(3)少なくなる。
4/4
「《覚醒のパラディン、セシル》と《幽体の船乗り》でアタック!」
ブロッカーもマナもない加藤はそのまま攻撃を受ける。
加藤:18→13
「《セシル》の絆魂を発揮!ダメージを与えた分だけ、ライフを回復する!」
色葉:9→13
「これでターンエンド」
◆
その後、手札を使いきった加藤は《セシル》を処理できず、開き続けるライフの差を覆せずに敗北した。
加藤は休憩のためにカウンターに移動した。
「いやー、まさかコンカフェ店員にここまでやられるなんてな。正直ちょっと舐めてたよ」
「ふふふっ、思い知ったか」
「店長以外もみんなこのレベルなのか?」
「そこはタイトルやキャストによってまちまちかな。でもMTGはできるキャストがアタシの他にもう1人いるけど、その子もちゃんと強いから、油断しない方がいいよ」
「肝に銘じておくよ。えーっとじゃあ注文は……」
加藤はメニュー表を開く。
サンドイッチやオムライスといった定番のカフェメニューが並ぶ中に、一際目立つ名前を発見した。
「め、めらんじぇ、すてーく……」
「
そこへ厨房から一人の女性が出てきた。
スラッと伸びた長身、メイクは最小限に抑えた端整な顔立ち、見た目は20歳前後で若そうに見えるが、それにそぐわない落ち着いた雰囲気がある。
そして衣装は色葉たちのようなミニスカメイド服ではなく、どこか高級感のあるコックコートだ。
「えっと……」
「はじめまして。当店の厨房専門スタッフをしています。
御厨が指差す先には、大きな楕円形のハンバーグと、付け合わせの鰹節か何かが乗ったポテトサラダと思われるものが写っている。
「
「な、なるほど」
「こちらセットでパンかライスかもお選びいただけますが、いかがなさいますか?」
「ああ。じゃあせっかくだからライスのセットで」
「かしこまりました。お時間少々いただきますのでご容赦ください」
丁寧にお辞儀をして厨房に戻っていった。
「厨房専門って珍しいな」
「うちはカードメインで、対戦中はキャストが卓を離れられないから、専門スタッフを置いてるんだ」
「あー、なるほど。そういや話は変わるが、店長はMTG歴長いのか?」
「そりゃもう物心ついた頃から」
「それは嘘だろ……」
堂々と胸を張る彼女に、加藤は呆れ気味なため息をついた。
「でもそれなら、大会とか出ないのか?俺は少なくとも、この辺のショップであんたの顔を見かけたことないけど」
「あー、昔は出てたんだけど、お店の準備とか忙しくて。最後に大会出たの、中三の時だったかな」
(中三の時って、高校の頃は出てなかったのか?まあ女子高生はカード以外にもやりたいことあっただろうし、そこ突っ込むのも野暮か)
加藤はそこで話題を変えた。
「ちなみに、統率者戦とかもできるのか?」
「うーん、できるけど、さっきも言ったようにMTGできるキャスト2人だけだし、その2人が揃ってシフトに入ることってあんまりないからな~。あ、でも加藤さんがお友達連れてきてくれたら、できると思うよ」
「商売上手だな。分かった。気が向いたら知り合いに声かけてみるよ」
そうしているうちに、料理が運ばれてきた。
「おおー、これが……」
湯気が立つ肉からは香ばしい匂いが漂い、30代の胃が若返ったように錯覚する。
柔らかい肉を切り一口。
「うまい!」
「そりゃそうだよ。何てったって御厨さん、うちに来る前は高級レストランで働いてて」
「いや、何でそんなやつがコンカフェに……なんでもない」
言いかけた疑問を引っ込めた。
そうしてゆっくり時間を過ごした後、加藤は退店した。
「またお越しくださーい」
店を出た後、ふと加藤は色葉の顔を思い浮かべた。
「……やっぱ変だな。ただでさえ女子のMTGプレイヤーは珍しいのに、全くの無名なんてことあるのか?」
加藤は受け取った名刺を改めて見る。
────最後に大会出たの、中三の時だったかな
「花道色葉……19歳ってことは4年前か」
名刺をポケットにしまい、加藤は店を去った。