ある日の午後、弘が学食へ向かって歩いていると、
「ん?」
前方に、二人組の女子学生が見えた。
(あれって、アリスさんとユリカさん)
神河のキャスト二人が、私服姿で仲睦まじく談笑しながらこちらへ近づいてくる。
(同じ大学だったのか。どうしよう。キャストに店外で声かけるのはマナー違反かな。でも見かけたのに無視するのも失礼な気がする……)
「あ、サクじゃん」
迷っているうちに、アリスの方が声をかけてきた。
「ど、どうも。アリスさん、ユリカさん」
(いつの間にかあだ名つけられてる)
困惑しつつも、軽く会釈する。
「店の外で源氏名呼ばないでよ」
「いや、僕お二人の本名知りませんし」
「それもそっか。まあ同じ大学だし、教えてもいっか」
アリスはユリカの方を見る。
ユリカは何のことかあまり分かってなさそうな顔で首を傾げた。
「
「
(ユリカさんって、本名まんまなんだ)
「あ、僕は工学部機械工学科一年です。よろしくお願いします」
改めて二人に頭を下げた。
「なんか前から思ってたけど腰低すぎない?」
「そうですか?」
「まあ節度を守るのはいいことだけど、キャストに対して他人行儀過ぎる感じがする」
「すみません」
(工科高校出身だから、女の子とまともに話すの中学以来なんだよな……)
目の前の美少女二人が、いかに自分の世界とは縁遠い人物かを再認識した。
「サクもこれからお昼でしょ。一緒に食べる?」
「え?いいんですか?」
アリス改め時雨の提案に、弘は目を見開いた。
「別に構わないわよ。ね?」
「ん」
ユリカ改め百合花も短く頷いた。
「でもお二人にとって僕って、お金を払って同じ席に座らせていただく立場ですよね?」
「あんたやっぱり腰低すぎるわよ」
「2000円払った方がいいですか?」
「人聞き悪いこと言わないでよ!」
「大丈夫。お店の外でお金は取らない」
弘の言動に時雨は苛立ったようにため息をついた。
「はぁ。そんなに言うならいいわよ。百合花、こんなやつほっといて行くわよ」
「い、いえ行きます!ご一緒させてください!」
結局弘は時雨と百合花と学食で一緒になった。
弘は豚肉の炒め物をメインとしたA定食、時雨と百合花は手作り弁当を食べていた。
「二人はお弁当、自分で作ってるんですか?」
「私はそうね」
時雨は自慢げに語る。
「私はお母さんが作ってくれる」
「ああ、じゃあ百合花さん……ではなく氷室さんは実家暮らしなんですね」
「何で言い直したの?」
百合花は首を傾げた。
「察してやりなさい。私たちみたいな可愛い女子を名前で呼べないのよ」
「なんで?」
「そういう病気。病名はドウテ────」
「そ、そうだ!兎川さんは遊戯王担当なんですよね?始めたきっかけとか」
「あ、誤魔化した。彼氏がやってるから、付き合って始めた感じね」
そのあっさりとした物言いに、弘は疑問符を浮かべた。
「……店外とはいえ、キャストがそういうこと明かしていいんですか?」
「平気よ。だって店でも普通に言ってるし」
「あ、そうなんですね」
「初めからワンチャンないって分かってる方が、あんたらも気兼ねなく話せるでしょ?私は無駄な期待させる色恋営業はしてないの」
時雨は冗談めかしく笑った。
「百合花さんは、始めたきっかけとか」
百合花は話を聞いていないのか、弁当箱のミートボールと格闘していた。
「ん~?」
箸で掴んでも落ちてしまうミートボールに首を傾げている。
「……えっと、お二人は店が大学のすぐ近くですけど、当然僕以外の客とこうして大学で出くわしたり、なんなら店で知り合いと会ったりもしますよね?」
「そりゃね。なんなら同じ学科に常連いるし」
「それ気まずくなったりしないんですか?」
「そんなこと気にするなら最初から大学の近くのバイト先選ばないわよ」
「ん」
二人はなんてことないような顔で返す。
「まあ最初は、同じ学科のやつらが冷やかしに来ることはあったけどね」
「今は来なくなったと」
時雨は頷く。
「店長のおかげでね」
◆
それは4ヶ月ほど前のこと、喫茶神河の店内で、学生グループが卓を一つ占領していた。
「あんたらカードやんないの?」
「いいよ。俺らはここで見とくから」
彼らはニヤニヤと下卑た笑みを浮かべて、アリスの短いスカートからのぞく太ももに視線を送っていた。
(2000円払って太もも拝みにくるなんて、余裕があって羨ましいわ)
そんな彼らの視線に冷めた感想を抱いていると、色葉は彼らに近付いた。
「ねぇ君たち、暇だったら一緒にどう?」
色葉は両手に持ったデッキを掲げる。
「いや、俺らはいいよ。ルール分かんないし」
「ルールなら大丈夫。アタシが教えるから。せっかく席代払ってくれたんだから楽しまないと。あ、デッキもここにあるやつ好きなの使っていいよ」
色葉はそう言って、次々と大きさのバラバラなデッキを並べ始めた。
「どれがいい?ポケカ?遊戯王?デュエマ?バトスピ?あ、小学校の頃に流行ってたやつとかある?」
「い、いや、だから……」
「そうだ!アタシ含めてちょうど4人だし、統率者戦やろうよ!」
すると、今度は分厚い100枚近い束のデッキを四つ、取り出した。
「あ、あのー……」
「あ、ごめんごめん。いきなりマジックは難しかったよね。じゃあデュエパーティは?それか遊戯王とかバトスピでタッグマッチでも」
「その……」
「あ、アタシばっかり話しちゃってごめんね。で、どれにする?」
その時、三人は立ち上がった。
「し、失礼しました!」
いたたまれなくなったのか、彼らは逃げるように店を飛び出した。
「あ、ねぇ待ってよ!あ~、行っちゃった」
色葉は残念そうに肩を落とす。
「ちょっと強引過ぎたかな……」
そんな色葉の様子を見て、アリスはため息をついた。
◆
「そんなことが……」
「冷やかしをカードだけで追い払って、少年漫画の主人公みたいでしょ?」
「本当に、純粋というか……あ!」
そのエピソードを聞いて、弘は先日の出来事を思い出した。
「そういえば、あの怖い人、東島さんでしたっけ?あれからあの人は……」
「来てないわよ」
「あの人って、その……」
「"ヤ"のつく自営業でしょうね」
「大丈夫なんですか?店長、手を出してましたし、目をつけられたんじゃ」
「ほんとあのバカ店長、カードのことしか考えてないんだから」
時雨は思い出して怒りがこみ上げてきたのか、残りの唐揚げを一気に口に入れた。
「ま、私たちが気にしてもしょうがないわよ。いざとなったら恵さんがなんとかしてくれるし」
「恵さんって、前に裏から出てきて東島さんを追い払った女の人ですよね」
「そ、うちの事務兼経理兼レジ打ち兼配膳兼研修兼送迎担当の人ね」
「肩書きが長い……って、オーナーってわけじゃないんですか?」
「オーナーは店長よ」
「え!?」
思わず上げた大声に、周囲の冷ややかな視線が集まった。
「す、すみません……」
「まあ驚くわよね」
「えぇ、僕とそんなに歳が変わんないように見えたので」
「そんなにどころか同い年よ。あいつ今19歳」
「19歳……」
「若手起業家ってやつね。詳しくは聞いてないけど、恵さんとは昔からの知り合いらしくて、開業に協力してもらったんだって。確か、書類上は恵さんも共同経営者扱いだったかな。融資は恵さん名義だったし。でも、テナントの名義人は店長だから、やっぱりオーナーは店長よね」
まだ高校も出て間もない頃の色葉の開業を手伝ったという事実に弘は疑問を覚えた。
(何でそんなリスクが高いことを……)
自分が借金を背負う一方で、経営権を一回りも年下の相手に譲るなんて、恵には何のメリットもない。
まして成功するかどうかも分からない10代の少女主導のビジネスに乗っかるなど、リスクしかないように思えた。
「理由は知らないわよ。店長のある意味でのカリスマ性を見抜いたのか、まあその辺はいいわよ」
「そうですね」
「二人とも、もうすぐお昼終わる」
いつの間にか食べ終わっていた百合花が、立ち上がって指摘した。
弘の定食も、時雨のお弁当もまだ半分近く残っていた。
「ヤバ、喋るのに夢中で……」
時雨は弁当の蓋を閉めて片付ける。
「じゃあねサク!また後で!」
「あ、は、はい!」
弘も大慌てで残りのおかずを口に詰め込んでお盆を返し、次の講義室へ向けて駆け出した。
今回は短いため、本日19時に第4話を更新いたします
よろしければそちらもご覧ください
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