ある日、
「10円玉しかない……」
弘は自販機で飲み物を買おうと、財布を覗き込んでため息をついていた。
(思い返すと、先月は神河とバトスピに使いすぎたかも)
諦めて財布をしまい、スマホを取り出した。
立ち上げたカレンダーアプリの右下には『中間試験』と記載されていた。
(今月はしばらく我慢。そして)
中間試験の次の日付へと目をやる。
(その次は給料日。さらに翌週にはバトスピの新弾も発売される。バイト代が入ったらまた遊びに行こう)
財布をしまい、弘が図書館へと移動した。
しかしテスト勉強を開始してから1時間と少し経過したところで、気付くと弘は神河のカウンター席にいた。
(結局来てしまった……)
「コーヒーお待たせ」
キャストのネムリがコーヒーを持ってきた。
「ありがとうございます。今日はお客さん少ないですね」
店内にいる客は弘を含めて3人。卓ではルナと店長だけが対戦している。
いつもは大人気のアリスやネムリも、担当タイトルの客がいないのもあって暇そうだ。
「平日だし、どこの大学もテスト期間だからね」
「ああ、西電の学生が来ないから」
「西電以外にも、この辺は学生街だから、メインターゲットは大学生なんだよ」
言われて思い返してみれば、客の年齢は自分と近しい人が多い。
「ていうか、あんたはまさに来週末テストでしょ?こんなとこいていいの?」
同じ大学のアリスの鋭い指摘に、弘は顔をしかめる。
「べ、勉強に行き詰まったので息抜きに」
「ふーん」
「あ、アリスさんは、テスト勉強順調そうですか?」
アリスの視線に居たたまれなくなり、矛先を逸らす。
「私は先週末から店長に頼んでシフト減らしてもらって、勉強時間を確保してるから。ついでにユリカのシフトも強制的に減らさせた。あの子、私が言わないと勉強しないから」
(お母さん?)
「だから、今日みたいにキャストが四人揃うこともあんまないんじゃない?」
「学生組不在の間は、アタシとルナさんが引き受ける!」
「ここは私たちに任せて先に行け!」
19歳店長と24歳フリーターが、椅子越しに肩を組んでガッツポーズを決めた。
「大丈夫なんですか?」
「客も減るからなんとかなるんじゃない?そういうわけだから、あんたもほどほどにして勉強しなさいよ」
(前から思ってたけど、この店ほんと商売っ気ないな……)
「ていうかネムリはいいの?テスト勉強。あんたシフトの組み方あんま変わってなかったけど」
「私は普段からちゃんと勉強してるから、テスト前に特別に勉強する必要はないのだよ」
(意外だ……)
キャストの中では、なんとなく一番遊んでいそうな雰囲気があったので、弘は内心驚いていた。
「名門大の学生は違うわねー」
「名門……ネムリさんってどこの大学なんですか?」
弘の質問に一瞬、虚を突かれたような顔をしつつも、すぐさま彼女はニヤリと笑う。
「もう、私のプライベート探ろうってことぉ?えっち」
「あ!す、すすみません」
弘は立ち上がって頭を下げた。
「大げさだって。悪気なかったのは分かるよ。今普通に世間話する空気だったし。でも駄目だよ?私たちキャストは、君の友達じゃないんだから」
現実を突きつけられたような感覚になり、弘は少し落ち込んだ。
「まあお店の雰囲気的に、友達っぽい感じではいたいけどね。私もお客さんと話したり対戦したりするのは楽しいし。でもお金もらっちゃってるわけだからさ」
「すみません」
席に座り直し、すっかり暗くなった弘を見かねてか、ネムリは横に座る。
「夢壊しちゃってごめんね~。お詫びに、勉強詰まってたとこ見てあげよっか」
「いいんですか?」
「全然いいよ~。あ、でも私文系だから、理系の科目はわかんないかも」
「詰まってたのは実は英語で……」
「お、それなら得意だよ」
ネムリに促されて、弘は鞄からノートとレジュメを取り出した。
「これ高一レベルじゃん」
「英語苦手で……」
「ふふん、そんな弘くんにもバッチリ教えるからね。明日には弘くんも、海外文学をスラスラ読めるようにしてあげる」
「そ、そこまでですか……」
「論より証拠。この
どや顔で胸を張るネムリに、周囲の視線が集まる。
(
そんな弘のツッコミにも気付かないネムリこと、金剛来華なのであった。
◆
「ここは仮定法過去だから、現在の話をしてても動詞は過去形になるんだよ」
「ああ、そっか」
「英語の過去形の考え方は、心理的な遠さを表現するものだからね」
さすがは名門大学生といったところで、単に文法だけでなく、なぜそうなるのかのロジックを分かりやすく教えてくれた。
(このサービス、1時間800円で受けてもいいんだろうか)
下手に金銭が絡んでる分、質の高い家庭教師のようなことを破格の値段でしてもらうことに罪悪感が芽生えた。
すると、ちょうどそこへ一人の客が来店した。
「加藤さん、いらっしゃい」
以前店に来て、店長とMTGで戦った30代の男性、加藤だった。
「いい大人が平日なのに……」
「サボりぃ?まさかのニートぉ?」
「ニートが
アリスとネムリというギャル二人に煽られて、加藤は大声で返す。
「で、店長は……って、今取り込み中か……」
卓の方を見ると、色葉は客とデュエマをしていた。
「あ、なら私やるよ」
「君が?」
「私もMTGプレイヤーだから」
左の二の腕部分に装着したデッキケースからMTGのデッキを取り出した。
「そういうわけだから弘くん、勉強はまた後で見たげるね。一応キャストは
「あ、はい。どうぞ」
そうしてネムリは対戦卓に座った。
「じゃあよろしくお願いしまーす」
「あ。ああ。よろしく頼む」
ダイスを振り、先攻はネムリに決まった。
ターン1
「《森》をセット。タップして緑1マナ、ソーサリー、《切なる想い》。パワー1、タフネス1のクリーチャートークンを生成するよ」
ネムリはデッキの脇に置かれた束から、女性のイラストが描かれたトークンカードを場に出した。
「その後、このカードは出来事だから、追放領域に置く」
そして唱えたソーサリーを、墓地ではなく山札の上側のエリアに置いた。
「出来事?」
「バトスピで言うなら【アクセル】だね」
弘の疑問に即座に色葉が答えた。
「出来事はデュエマのツインパクトみたいに、ソーサリーとかインスタントの面と、クリーチャー面に分かれてるんだけど、ああやってソーサリー面を唱えた後は追放領域に置いて、追放領域からいつでもクリーチャーとして召喚できるんだ」
続く後攻の加藤ターンでは、
「《僧院の速槍》を召喚。アタックだ」
ネムリのライフを1点削って終了。
「それじゃあ私のターンね。まずは土地カード、《ウィローラッシュの境界》をセット。《森》をタップして緑1マナ、《エッジウォールの亭主》を召喚」
エッジウォールの亭主
クリーチャー — 人間・農民
あなたが出来事を持つクリーチャー呪文を唱えるたび、カードを1枚引く。(出来事を経験している必要はない。)
1/1
(出来事のクリーチャーの側を唱える度に手札を増やせるドローエンジンか。それにマナの色は緑と青。デッキタイプはティムールアドベンチャーってとこか?)
「私はこれでターンエンド」
ターン4 加藤
「いずれにしても、そいつは放置できないな。インスタント、双雷弾」
双雷弾 (1)(赤)
インスタント
1つか2つを対象とし、2点分を割り振る。双雷弾はそれらにその割り振った点数のダメージを与える。
「エッジウォールの亭主と人間トークンに1点ずつダメージ!」
タフネス1のクリーチャー2体に1点のダメージが入ったことで、ネムリのクリーチャーは2体とも破壊された。
「さらに僧院の速槍の効果!クリーチャー以外の呪文を唱えるごとに、そのターン中、パワー+1/タフネス+1修整!」
僧院の速槍:1/2→2/3
「おおーやるー」
「アタックだ!」
ネムリ:19→17
ターン5
「それじゃ、あたしのターン!《山》をセット。土地3枚をタップして3マナ、追放領域から《恋煩いの野獣》を召喚!」
恋煩いの野獣 (2)(緑)
クリーチャー — ビースト・貴族
あなたが1/1のクリーチャーをコントロールしていないかぎり、恋煩いの野獣では攻撃できない。
5/5
切なる想い (緑)
ソーサリー — 出来事
白の1/1の人間クリーチャー・トークンを1体生成する。(その後、このカードを追放する。あなたは後で追放領域からこのクリーチャーを唱えてもよい。)
「これでターンエンド」
ターン6
「《僧院の速槍》をもう1体召喚。フルアタックだ」
「やだ~♡5/5のブロッカーいるのにちょー積極的的~♡」
言いながら、ネムリは加藤の戦場にあるアンタップ状態の赤マナを見る。
「いいよ。受けたげる」
ネムリ:17→15
(乗ってこないか)
加藤の手札には、クリーチャー1体に+3/+0修整を行い、先制攻撃を与える《確実な一撃》があった。
これをブロックされた方の《僧院の速槍》に使えば、自身の効果と合わせてパワー合計5となり、《恋煩いの野獣》のタフネス5に届く。。
本来、МTGの戦闘ではお互い同時にパワー分のダメージを与え合うが、先制攻撃を得ることで先にダメージを与え、タフネス0になったクリーチャーは、その戦闘でダメージを与えることができず、同じパワー/タフネスでも一方的に勝つことができる。
(まあ2点通ったなら結果オーライだ)
ターン7
「うーん、ここはこの子かな。《不幸なキャベツ売りの商人》を召喚」
不幸なキャベツ売りの商人
クリーチャー — 人間・市民
このクリーチャーが戦場に出たとき、食物トークン1つを生成する。
あなたが食物1つを生け贄に捧げるたび、「あなたのライブラリーから基本土地・カード1枚を探し、タップ状態で戦場に出す。」を選んでもよい。これによりあなたのライブラリーからカードを探したなら、このクリーチャーをオーナーのライブラリーの一番下に置く。その後、ライブラリーを切り直す。
2/2
「ん?」
「効果で食物トークンを生成するよ」
食物トークン
アーティファクト
(2),(T),このアーティファクトを生け贄に捧げる:あなたは3点のライフを得る。
「うーん、ターンエンドでいっかな」
「珍しいカードだな」
「えー、そんなにー?」
「ああいや、そのカードが珍しいってより、ティムールアドベンチャーに入ってるのが珍しいなって」
その台詞を聞いて、ネムリはしたり顔をする。
「な、なんだよ」
「いやー、別にー?ささ、おじさんのターンだよ」
「なんだよ。俺は《火の技の学び手》を召喚」
火の技の学び手 (1)(赤)
クリーチャー ─ 人間・モンク
果敢(あなたがクリーチャーでない呪文を1つ唱えるたび、ターン終了時まで、このクリーチャーは+1/+1の修整を受ける。)
火の技X。Xは、このクリーチャーのパワーに等しい。(このクリーチャーが攻撃するたび、(赤)をX点加える。このマナは戦闘終了時まで残る。)
1/2
「《僧院の速槍》2体でアタック!」
「ここは《恋煩いの野獣》でブロックかな」
「インスタント、《確実な一撃》!ブロックされている《僧院の速槍》に+3/+0修整と先制攻撃を付与!」
「おっと、じゃあこっちもインスタント、《些細な盗み》!」
厚かましい借り手 (1)(青)(青)
クリーチャー — フェアリー・ならず者
瞬速
飛行
厚かましい借り手は、飛行を持つクリーチャーのみをブロックできる。
3/1
些細な盗み (1)(青)
インスタント — 出来事
対戦相手がコントロールしていて土地でないパーマネント1つを対象とし、それをオーナーの手札に戻す。(その後、このカードを追放する。あなたは後で追放領域からこのクリーチャーを唱えてもよい。)
「その《僧院の速槍》には手札に戻ってもらうよ」
「くっ、だがもう1体は果敢により、+1/+1修整!」
ネムリ:15→13
ターン9
「食物トークンの能力起動。2マナ払って自身を生け贄にすることで、3点ライフ回復」
ネムリ:13→16
「《不幸なキャベツ売りの商人》の効果。食物が生け贄になるたびに、デッキから基本土地カードをタップ状態で戦場へ。《島》をセット」
効果解決後、《不幸なキャベツ売り》は自身の効果でデッキの下に戻る。
「さらに《池の預言者》を召喚。効果で1枚ドロー。これでターンエンド」
ターン10
「《僧院の速槍》を再召喚。赤1マナで英雄譚エンチャント、《熊野と渇苛斬の対峙》を唱える」
加藤は縦に長い
「なんですか?あれ」
異質なカードの登場に弘は色葉に尋ねる。
「英雄譚エンチャント。ターン開始ごとに伝承カウンターっていうカウンターを置いて、その数に応じて異なる効果を発揮して、継続的にアドを稼ぐのよ」
「なるほど」
弘は盤面に視線を戻す。
「効果で対戦相手に1点ダメージ!」
ネムリ:16→15
「さらに《僧院の速槍》2体と、《火の技の学び手》は果敢により、それぞれ+1/+1修整!」
僧院の速槍:1/2→2/3
火の技の学び手:1/2→2/3
「3体でフルアタック!」
「全部通すよ」
「ならここでインスタント!《巨怪の怒り》!」
巨怪の怒り (赤)
インスタント
クリーチャー1体を対象とする。ターン終了時まで、それは+2/+0の修整を受ける。怪物・役割トークン1つをそれについた状態で生成する。(あなたがコントロールしている役割がすでにそれについていたなら、その役割を墓地に置く。エンチャントしているクリーチャーは+1/+1の修整を受けトランプルを持つ。)
「《僧院の速槍》1体のパワーをさらに上げる!」
僧院の速槍A:2/3→5/4
「さらに果敢により+1/+1修整!」
僧院の速槍A:5/4→6/5
僧院の速槍B:2/3→3/4
火の技の学び手:2/3→3/4
「本体に12点!」
「きゃっ♡」
ネムリ:15→3
「ターンエンド」
ターン11
「伝説クリーチャー、《インガとエシカ》を召喚」
インガとエシカ (2)(緑)(青)
伝説のクリーチャー — 人間・神
あなたがコントロールしているすべてのクリーチャーは警戒と「(T):好きな色1色のマナ1点を加える。このマナは、クリーチャー呪文を唱えるためにしか支払えない。」を持つ。
あなたがクリーチャー呪文を唱えるたび、それを唱えるためにクリーチャーからのマナ3点以上が支払われていた場合、カード1枚を引く。
4/4
「自分のクリーチャーにマナ生成能力を与えるクリーチャーか……」
「続けて、土地、《見捨てられた神々の神殿》をセット」
見捨てられた神々の神殿
土地
(T):(◇)を加える。
(T):(◇)(◇)を加える。このマナは、無色の呪文を唱えるためにのみ使用できる。あなたが7つ以上の土地をコントロールしているときにのみ起動できる。
「これでターンエンド」
ターン12
「《熾火心の挑戦者》を召喚。《熊野と渇苛斬の対峙》の伝承カウンター2つ目の効果で、《熾火心の挑戦者》に+1/+1カウンターを置く」
熾火心の挑戦者:2/2→3/3
「ターンエンド」
ここまで優勢だった加藤だが、手札を使いきり、大型のブロッカーが並ぶ盤面では、ターンを終えるしかなかった。
ターン13
「いやー、危なかったー。あと1ターン遅れてたらヤバかったよ~」
「なに?」
ネムリは手札から1枚のカードを見せる。
「《インガとエシカ》の能力で、あたしのクリーチャー3体をタップして青3マナ、《運送の魔道士》を召喚。デッキからマナ総量が4か5のアーティファクトを手札に加える。私が手札に加えるのはこちら」
「なっ!?そのカードは!?」
ネムリが見せたのは永久機関のような装置が描かれたカードだ。
「《パラドックス装置》。そのまま
パラドックス装置 (5)
伝説のアーティファクト
あなたが呪文を1つ唱えるたび、あなたがコントロールするすべての土地でないパーマネントをアンタップする。
「さてさて、もう分かるよね。この2枚が揃った意味、まずは余った森をタップ。緑1マナで《エッジウォールの亭主》を召喚。《パラドックス装置》の効果。呪文を唱えたから土地以外のパーマネントをすべてアンタップ」
マナ生成に使ったクリーチャー3体が起き上がり、再び行動可能になった。
「私のクリーチャー3体をタップして青3マナ!追放領域から、厚かましい借り手を召喚。《エッジウォールの亭主》の効果で1枚ドロー、さらに《インガとエシカ》の効果でもう1枚ドロー。《パラドックス装置》の効果!パーマネントをすべてアンタップ!」
「こ、これはつまり……」
「私の手札からクリーチャーがなくなるまで、出し続けることができるよ」
場にクリーチャーを出しつつ、ドローとマナ回復を繰り返して、ひたすらクリーチャーを並べていく。
「こ、これがネムリさんの戦い方」
「ネムリはコンボデッキが好きだからね。あのデッキは今回初めて見たから多分新作。名付けるなら────」
色葉の解説の横で、ネムリはカードを掲げる。
「《ケルドの急襲隊》を召喚!私のクリーチャーすべてに速攻を与える!」
「────チェインパラドックス」
「パラドックス装置の効果でパーマネントをすべてアンタップ!さらにクリーチャーを召喚!」
色葉の命名した名の通り、
「全員でフルアタック!」
膨大なカードをタップするかわりに、手のひらで前にスライドさせる。
「えーっと数えるの面倒だけど、なんか止められるカードある?」
「あ、ありません……」
ネムリのフルアタックが決まり、勝利が確定した。
「やったー!いえーい!」
ネムリは立ち上がり、色葉とハイタッチを交わした。
「そのカード捌き……思い出したぞ。あんた前にボックス争奪戦で優勝かさらったやつだな。確かハンドルネームは……茨姫」
ネムリは「ドヤッ」という効果音が聞こえてきそうな顔の目元でピースをした
「加藤さん、あの時いたんだ。ごめんね気付かなくて」
「いや、俺はあんたと対戦したわけじゃないからな」
「あー、やっぱカドショに美少女がいたら目立つよね~」
ネムリはうんうんと頷く。
「ネムリさんってそんなに有名人だったんですね」
「いやいや、あたしはそこまでガチでやり込んでるわけじゃないから。まあ美少女ってだけで注目されるんだけど。あ、ていうか弘くん、勉強の続き見てあげよっか?」
「あ、是非……でも加藤さんはいいんですか?」
「ああ。俺は店長とやるから」
「よし来た!やろやろ。今日こそはマッチ戦やりたい!」
まるで子供のようにはしゃいで席についた。