藤丸立香が異星の使徒になる話   作:大田シンヤ

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12.カルデアの捲土重来/南米での再会(初対面)

 シャドウ・ボーダーの内部は、かつてないほどの重苦しい沈黙に支配されていた。

 エンジン音だけが虚しく響く廊下を医療用ポッドの駆動音と、慌ただしく行き交う職員の足音が切り裂いていく。

 

 カルデアが誇る最高戦力、Aチーム。

 その双璧とも言えるキリシュタリア・ヴォーダイムとデイビット・ゼム・ヴォイドが、同時に戦線を離脱した。

 この事実は、残されたメンバーの心に敗北以上の暗い影を落としていた。

 医務室の奥では、オフェリア・ファムルソローネがキリシュタリアのベッドの傍らに跪き、一刻も休むことなく眠るキリシュタリアの傍に居続けている。彼女の瞳には、かつての冷静さは微塵もない。

 カルデアの医療担当のトップを預かるロマニ・アーキマンは、運び込まれた二人の治療に全力を注ぐため、司令室との通信を断ち、医務室に籠り切りになっている。

 

「……信じられないわ。あのキリシュタリアが」

 

 司令室のモニターを見つめたまま、オルガマリー・アニムスフィアが震える声で漏らした。その指先は、指揮官としての威厳を保とうと強く握りしめられているが、隠しきれない動揺が全身から溢れ出している。

 彼女がキリシュタリアへ向ける感情は、一言で言えば複雑だ。

 自身を差し置いて、オルガマリーの真の後継者と呼ばれたり、仮にカルデアではなく時計塔に所属していれば新しい13番目の学科を作る可能性もあったと言われるほどの天才中の天才。

 父であるマリスビリーに目を掛けられていたこともあり、良い感情を抱いてはいなかったが、尊敬の念もあったのも事実。

 だからこそ、実際に目の前で起きたことだとしても、あれは悪い夢なのではと思ってしまう。

 

「キリシュタリアだけじゃない。デイビットまであんな状態になるなんてね。万が一あるかもと思っていたけど、早々に戦線離脱を余儀なくされるとは思わなかったよ」

 

 レオナルド・ダ・ヴィンチが、いつもの余裕を消して眉をひそめる。

 

「あーあ、最悪ね。アシュヴァッターマンもやられちゃったし……」

 

 スカンジナビア・ペペロンチーノが、いつもの軽口を叩こうとして失敗し、力なく肩を落とした。彼のサーヴァントは、藤丸の召喚した女神の宝具によって反撃の機会すら与えられずに消滅した。

 霊基グラフによって再召喚は可能とは言え、何度も死ぬ姿を見たい訳ではない。

 

「あの子、何であんなにサーヴァントを従えているのかしら? パールヴァティなんてかなりの格の神霊よ。簡易召喚ってことは、一度は正規の召喚で呼び出したことがあるってことでしょ?」

 

「契約自体は出来るだろうね。ただ、呼び出す術があったとは思えない。藤丸立香君が根城にしているブリテン異聞帯は他の異聞帯とはまるっきり違って「人」ではなく「妖精」の世界だ。人類史の守護者たる「英霊」はそもそも存在していなかった」

 

「それじゃあ、どうしてあいつは召喚術を使えているのよ。しかも、よりによって! お父様が御三家の召喚システムを基礎としつつ、独自に発展させたカルデア召喚術と似ているものを!!」

 

 怒髪天、と言うほどではないが、瞳に怒りを込めオルガマリーは拳を握る。

 尊敬する父が作り出したシステム――に似たもの――をよりによって世界を滅ぼした輩が悪用していることが、彼女には我慢ならなかった。

 

「カルデア式召喚術が元になったのは間違いない。ふむ、となると藤丸君がカルデア式召喚術を異聞帯に持ち込み、改造したということかな」

 

 魔術回路の数も質も平凡で、特殊な異能も何も持っていない。魔術と何の関わりもなかった一般人だが、ビーストの協力があったのなら、カルデア式召喚術を盗み出し、術式を改造するのもお手の物だろう。

 

「ッ……今の警備状況はどうなっているの。こちらが保有している聖杯や魔術礼装がまた盗まれたりはしていないでしょうね」

 

「そっちは大丈夫さ。レフ教授の爆破事件があってから警備も防衛システム強化したからね。念のため確認もしたし、何も盗まれたりはしていないよ」

 

 オルガマリーが大きく深呼吸をする。

 怒りはあるが、周りに当たり散らさないために怒りを飲み込む。そんな動作だった。

 

「それでどうするんだ? 今回の敗因は明確だ。俺たちが、あいつを……藤丸立香の持っていた手札を甘く見ていた。今後は対策をしていく必要があるぞ」

 

 カドック・ゼムルプスが、先程の戦いを思い出し、尋ねる。

 フラガラックによるカウンターにアシュヴァッターマンの人間関係を上手く使った不意打ち。藤丸立香に戦う力はないと思い込んでいたからこその敗北に歯噛みする。

 

「それについては大丈夫だろ。もう手の内は分かったんだ。真名看破もカルデアの霊基情報使えば簡単だろ?」

 

 カドックの問いに対し、壁に背を預けていたベリル・ガットが、退屈そうに爪を弄びながら口を挟む。

 手の内さえ分かれば対策は容易であり、カルデアが持つ霊基情報を使えば、召喚されるサーヴァントの真名看破など造作もないはずだと、ダ・ヴィンチへ向けて確認の言葉を投げる。

 向けられた問いに、レオナルド・ダ・ヴィンチは自信に満ちた笑みを浮かべて頷いた。

 

「あぁ、既にスタッフたちに頼んで召喚されたサーヴァントの真名看破ができるようにプログラムを組んでもらっているよ。藤丸君がサーヴァントを召喚したとしても今後はすぐに情報を君たちに送れるはずだ」

 

「なら、こっちは召喚術で相手が戦ってくることも想定して戦闘シミュレーション、か」

 

 カドックがそう結論づけると、ダ・ヴィンチは既にその準備も万全であると告げた。万能の天才によって導き出された対処法は、あとは実戦形式の訓練で体に叩き込むだけの段階にまで仕上げられていた。

 だが、それだけでは足りない。

 あくまでこの対処法は藤丸立香という個人に対して。

 まだ、事前に異星の使徒であるラスプーチンから貰っていた情報以上の戦力である妖精騎士への対処も必要だ。

 

 これまでの戦闘データから弾き出される予測値は、こちらの想定を遥かに上回っている。汎人類史の英霊という枠組みすら超えた未知の脅威を前に、単なるシミュレーションの範疇では拭いきれない緊張感が漂い始めていた。

 その重苦しい沈黙を破るように、ダ・ヴィンチは視線をコンソールから外し、この場の指揮を執る人物へと向き直る。

 

「……さて、所長殿。これからどうするつもりだい?」

 

 ダ・ヴィンチの問いに、オルガマリーは深く息を吐き、毅然と顔を上げた。

 

「決まっているわ。……確かに私たちは一度敗走した。けれど、決して勝てない戦いではないことも分かったはずよ。現に、あと一歩でキリシュタリアは異聞帯の王を打倒できるところだった。なら、今の私たちに足りないのは、そのあと一歩を埋めるための明確な戦力よ」

 

 感情に流されるのではなく、冷徹に戦況を分析してみせる。その強気な姿勢に、キリシュタリアやデイビッドがやられて意気阻喪していた職員たちも僅かに顔を上げる。

 

「汎人類史の命運を背負っている以上、立ち止まる暇なんてないわ。まずは戦力を立て直す。キリシュタリアとデイビットの復帰を最優先としつつ、カルデア召喚でサーヴァントを確保します。ダ・ヴィンチ、魔力を生成する電力の方は問題ない?」

 

「大丈夫、太平洋異聞帯でシャドウ・ボーダーを大幅に強化できたからね。発電機関も十分強化できたよ。英霊召喚は問題なく可能だ」

 

「そう、それなら良いわ」

 

 オルガマリーがそれで話を打ち切り、次の議題へと移ろうとしたその時だった。

 

「あぁ、それともう一つ、耳寄りな情報があるんだ」

 

 ダ・ヴィンチが少し声を潜めながら、しかしはっきりとした口調で彼女を呼び止める。

 

「魔力レーダーがね、通常の英霊を遥かに凌駕する特殊な霊基反応をキャッチしたんだよ。おそらくは、冠位(グランドクラス)のサーヴァントだ」

 

 その驚くべき報告に、会議室の空気が一瞬で張り詰めた。

 冠位サーヴァント――それは、世界の決戦魔術として、最高峰の七つの霊基を与えられた英霊。

 通常の召喚式では決して呼び出すことのできない、ただひとつの時代において、その時代の最高峰の存在にのみ与えられる人類守護の最高位の座だった。

 

 世界の破滅を招く巨悪を討つためだけに抑止力によって遣わされる彼らの戦力は、通常の英霊たちとは文字通り次元が異なる。

 もし、そんな規格外の存在を自分たちの陣営へと迎え入れることができれば、これまでの絶望的な戦況を引っくり返すほどの最大の切り札になることは間違いなかった。

 

「もし彼らを味方に加えることができれば、私たちの戦力は大幅に強化される。未知数の異聞帯を攻略する上でも、これ以上ない強力な味方になってくれるはずさ」

 

 オルガマリーは迷いのない足取りで中央の指揮官席へと向かい、高らかに声を張り上げた。

 

「まず向かうのは冠位英霊の反応があった異聞帯! 次の戦いに備え、現地で可能な戦力を確保するわよ!」

 

 その号令と共に、艦内に活気ある声が響き渡る。断固たる決意と反撃への意志を乗せて、シャドウ・ボーダーは極寒のロシアへと舵を切った。

 

 

――――――

――――

――

 

 

 一方、戦火の収まった妖精國キャメロット。

 玉座の間へと続く回廊で、藤丸立香は一人、静かに空を見上げていた。

 魔術回路の酷使による倦怠感が全身を襲っていたが、その表情は凪のように静かだった。

 

「……リツカ。少しは休んだらどう?」

 

 背後から声をかけたのは、この異聞帯の王、トネリコだった。彼女は心配そうに藤丸の横顔を覗き込む。

 

「いや、大丈夫だよ。まだまだ元気! それに、まだやることがあるしね」

 

 藤丸は手元の通信機を操作し、ある人物へと回線を繋いだ。

 

()()、聞こえる?」

 

『おやおや、お疲れ様かね、マスター。声色に張りがないよ。少しばかり休んだらどうだね』

 

「……トネリコにも言われたんだけど、そんなに分かりやすいかな」

 

 困ったような表情で頭を掻く藤丸に、通信機の向こう側の人物は楽しげにくっくっと喉を鳴らした。

 

『君は隠すのが上手いが、分かる者には分かるものさ。さて、わざわざ私に回線を繋いだということは、例の件かね? 進捗なら伝えていたはずだが……』

 

「催促じゃないよ。ククルカンから連絡があってね。南米に行くことになったから、向かうのが遅れるって連絡」

 

『あぁ、なるほど。彼を見つけたのか。しかし、本当に会いにいくつもりかい? 出会った瞬間にズバー!っとやられることは考えないのかい? 今の君の立場を考えるとそれが普通だと思うんだけど、パパ心配』

 

「その時は全力で逃げるよ。でも、彼なら話を聞いてくれる気がするんだ」

 

 藤丸が苦笑交じりに答えると、通信機からは「やれやれ、相変わらずだ」と呆れたような、それでいてどこか満足げな溜息が漏れた。

 

『いいだろう。君がそう言うのなら、止めることはできないだろうね。こちらは万が一の事態……そう、文字通り死にかけるような事態になっても、すぐさま治療して繋ぎ止められるよう準備しておこうじゃないか』

 

「ありがとう。なるべくそうならないようにするよ」

 

『私もそれを望んでいるさ。それに、君が死にかけると泣いてしまう娘が多いからね。あぁ、そう言えば泣いてしまう娘と言えば、あの娘が一番泣いちゃうかもね。パパ気になっていたんだけど、あの戦乙女との関係は――』

 

「それ以上言うと腰に飛び蹴りかますよ。それじゃ!」

 

 不穏な世間話の予兆を敏感に察知した藤丸は、迷うことなく終話ボタン押した。

 さっきまでのシリアスな空気感が嘘のように、色恋沙汰を嗅ぎ回る親の追及を強引にシャットアウトした子供のような手際だった。

 

 プツリと通信が切れ、ようやく回廊に静寂が戻る。藤丸は脱力したように息を吐くと、通信機をポケットの奥へと押し込んだ。

 やり取りを横でずっと眺めていたトネリコが、どこか呆れ果てたと言いたげな視線を送りながら、再び口を開いた。

 

「あの子といい関係気付けてるんだ。へぇ~……」

 

「ちょっと待って、トネリコまでその空気に乗っからないでよ! さっきまでの真面目な話、どこに行ったのさ……」

 

 藤丸が脱力したように肩を落とすと、トネリコは唇の端をわずかに吊り上げ、どこか悪戯が成功した子供のような、それでいて慈しむような瞳を向けた。

 

「……ふふ。少しは肩の力が抜けた? さっきまでのあなたは、今にも折れてしまいそうなほど張り詰めていたもの」

 

 彼女の言葉に、藤丸はハッとして顔を上げる。

 魔術回路の過負荷、そしてかつての仲間たちとの戦い。無意識のうちに限界まで自分を追い込んでいた心を、彼女はあえて下らない痴話話に付き合わせることで解きほぐしたのだ。

 その意図に気づくと、藤丸の口元からも自然と微かな苦笑が漏れた。張り詰めていた胸の奥が、温かな空気で満たされていくのを感じる。

 

「……ありがと、トネリコ。おかげで少し、楽になったよ」

 

 藤丸は一度深く息を吐き出し、落ち着きを取り戻してから、真剣な眼差しを彼女に返した。

 

「でも、これだけは言っておくよ。さっきの話、本当になんにもないからね? あの子は大切な友人だけど、教授が言ってるような関係じゃないから」

 

 そう断言する藤丸に対し、トネリコは「そう」とだけ短く答えた。その声が、納得したものなのか、あるいはさらなる追求を秘めたものなのかは判然としなかったが、彼女はそれ以上その話題に触れることはなかった。

 

 丁度その時二人に一人の騎士が歩み寄る。

 全身鎧に身を包んだ騎士はトネリコに一礼する。

 

「トネリコ様。先程捕虜とした敵の一人の身柄についてですが……いかがいたしましょうか」

 

 その報告を聞いた瞬間、藤丸の瞳にわずかな揺らぎが生じる。

 それを隣にいたトネリコは見逃すことはなかった。

 

「……リツカ君、どうしたい?」

 

「俺が、決めていいのか? 俺のわがままを聞き入れるような形で処遇を決めてしまって…異聞帯側にとってカルデアは敵だろ」

 

 藤丸立香にとってカルデアは敵ではない。敵にはならない。

 しかし、異聞帯にとっては自分たちの存在そのものを消そうとする敵だ。

 だからこそ藤丸は、マシュの処遇を巡ってトネリコと真っ向から意見が衝突するかもしれない、と覚悟していた。

 

 だからこそ、トネリコから投げかけられた言葉は、あまりにも予想外だった。

 

 申し訳なさと戸惑いの混じった藤丸の問いに、トネリコは今さら何を言っているのかしら、とでも言いたげに肩をすくめて見せた。

 

「ええ、構わない。確かに彼らカルデアは私たちにとっては敵ではあるけど、あなたにとっては違うのでしょう。円卓の一人としては牢獄に入れておくべきって思うけど、あなたが望まないなら、そちらを優先する。だって、私たちの恩人だもの。お礼としてわがままの一つや二つ何でも叶えさせて」

 

 その優しさに背中を押されるようにして、藤丸は一つ頷き、胸の内にある願いを言葉にした。

 

「彼女を手荒には扱いたくない。できれば、この國を見せて欲しい」

 

「ふふ、そう。なら、お客様の待遇でお城に招待しなくちゃね」

 

 トネリコはそう言って朗らかに微笑むと、控えていた騎士へ迷いのない口調で指示を出す。

 騎士たちがその場を辞したのを見届けてから、トネリコは名案を思いついたように藤丸を振り返った。

 

「さて、彼女に國を案内するなら、ガイドが必要ね。私やあなたが付きっきりというわけにもいかないし……そうだ、バーヴァン・シーに任せるのはどうかな?」

 

「バーヴァン・シーに?」

 

 予想外の提案に、藤丸は少しだけ目を丸くした。奔放で毒舌な彼女が、自分たちを攻めてきたカルデアの者を案内する姿がすぐには結びつかなかったからだ。

 

「ええ。あの子なら、私やあなたの意図を汲んで、必要以上に客人を傷つける真似はしないはず。それに、あの子にとっても良い刺激になるでしょう? 同年代の女の子とお喋りするのは、きっと悪いことじゃないと思うの」

 

 トネリコの言葉には、マシュへの配慮だけでなく、娘のように可愛がっているバーヴァン・シーへの親心も透けて見えた。藤丸は少し考えた後、ふっと表情を和らげて頷く。

 

「わかった、トネリコ。……彼女ならきっと、マシュにこの國のことをうまく伝えてくれると思う。それに互いに良い影響を与えてくれるはずだ。お願いしてもいいかな」

 

「決まりね。あの子、きっと最初は文句を言うでしょうけど……あなたの頼みなら、結局は張り切って引き受けるはずよ」

 

「いや、俺の頼みだと普通に拒否してきそうなんだけど……」

 

 藤丸の心配を余所に、トネリコは楽しげに目を細めた。

 マシュの身の安全と、バーヴァン・シーの新たな役割。懸念していた事柄に道筋がついたことで、藤丸の心を満たしていた重苦しい霧が、わずかに晴れていく。

 やるべきことを済ませた藤丸は、穏やかな表情で、傍らに立つ女王へと向き直った。

 

「さて……それじゃあ、俺は行くよ」

 

「南米ね。ククルカンが首を長くして待っているわよ。あの人……じゃなくて神様か。一度火がつくと止まらないから、気をつけてね」

 

 トネリコはどこか楽しげに、意地の悪い笑みを浮かべてそう告げた。

 その言葉の裏には、一度藤丸への好意を自覚してしまえば、加減を知らずに愛を爆発させかねない熱烈さを揶揄する意図が透けて見える。

 

 そんなにやにやとした魔女の視線に、ククルカンに振り回される未来を予感して苦笑いしながら、藤丸は転移魔術の陣へと足を踏み入れる。

 

 視界が眩い光に包まれ、次の瞬間には、肌に纏わりつくような湿気と、猛烈な熱気が全身を包み込んだ。妖精國の清涼な空気とは正反対の、肌を焼くようなエネルギーに満ちたジャングル。

 転移した先は、紛れもなく南米異聞帯だった。

 

 鬱蒼と茂る木々を抜け、ディノス達の案内の元、冥界を下り、白の冥界イスタウキへと足を踏み入れた瞬間、藤丸は凄まじい衝撃に見舞われる。

 

「リツカー!! 待ってましたよ、本当に、本当に待ってたんですからー!」

 

 翡翠色の髪をなびかせ、眩いばかりの笑顔を浮かべたククルカンが、弾丸のような勢いで藤丸に飛び込んできた。

 凄まじい筋力によるハグ。藤丸の肋骨が一瞬で悲鳴を上げた。

 

「く、ククルカン……苦しい、死ぬ……」

 

「あはは、すみません! でも、キャメロットでの戦い、見てましたよ! すっごくカッコよかった! やっぱり私たちのマスターは最高ですね!」

 

 ククルカンは藤丸を抱きしめたまま、その顔を至近距離まで近づける。彼女の熱い吐息が肌に触れ、翡翠色の瞳が情熱的に潤んでいる。

 

「これは頑張ったご褒美を上げなければいけません、はい、チュー……」

 

 そう言って、彼女は吸い込まれるような唇を藤丸へと寄せた。

 その距離、わずか数センチ。

 

「……待って、ククルカン。気持ちは嬉しいけど、今はそれどころじゃないんだ」

 

 藤丸は顔を赤らめながらも、やんわりと彼女の肩を押さえて制止した。

 

「えー……。ちょっとくらい、いいじゃないですか。減るもんじゃないし」

 

 ククルカンは露骨に頬を膨らませ、寂しそうな表情を浮かべる。その姿は、最強の異聞帯の王というよりは、恋する一人の少女だった。

 

「ごめん。……それより、連絡をくれた件けど、『探し人』はどこにいるの?」

 

 藤丸が真剣な表情に戻ると、ククルカンも小さく溜息をつき、真面目な顔を作った。

 

「ぶー、分かりました。仕事熱心なのはいいことですもんね。あっちです。今リツカが来るのを待ってくれていますよ」

 

 ククルカンが指し示した方向。

 そこには、光すら届かないような深い霧が立ち込めていた。

 藤丸はククルカンと共にその霧の中へと歩を進める。

 

 一歩、踏み出すごとに、周囲の温度が下がっていく。

 生命の鼓動が消え、ただ静寂だけが支配する世界。

 その中心に、彼はいた。

 巨大な盾のような剣を地に突き立て、髑髏の仮面を被った、死そのものを体現したかのような巨躯。

 

「……山の翁」

 

 人類悪を討ち、人理を護るあらゆる英霊の頂点に立つ冠位(グランド)の一翼を担いし者。

 その名を呼ぶと、青い炎のような瞳が、ゆっくりと藤丸を捉えた。

 

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