カルデアの廊下を白い髪を靡かせた女性が1人で歩いていく。
その表情は何処か硬く、覚悟を決めたようにも見える。
カルデアの所長――オルガマリー・アニムスフィア。
彼女は、人理を脅かした犯罪者の所へと向かっていた。
辿り着いたのは謹慎室。
反省室とも言い、規則などを侵した職員を一時的に隔離するための小部屋ではあるが、今は改造してとある人物を拘束している。
中に入るには科学、魔術両方の厳重な警備システムを通過しなくてはならず、入るのも一苦労の場所だ。
しかし、それは全て中にいる人物を警戒してのこと――。
最後の扉を開けてオルガマリーは部屋の中へと入る。
人理修復し、世界を救った人理継続保障機関フィニス・カルデア。
だが、幾度もなく行った許可のないレイシフトによって今は少々危険な位置に立たされている。
明日には魔術協会と国際連合から派遣される査問団体が到着し、職員及びマスター達の尋問を受けることになっている。
カルデアが解体されることはないだろうが、これまで以上に外部の人間がカルデアに入って来ることになるだろう。
内側に敵を抱えることになり、動きづらくもなる。本格的にあの魔術協会と政争が始まるのだ。ゆっくりできる時間はもうないだろう。
何より、同時に今カルデアで捕らえている彼を引き渡すことになっている。
だからこそ、この日が彼と顔を合わせる最後の機会だった。
「……レフ」
――レフ・ライノール。
近未来観測レンズ「シバ」を造ったカルデアの顧問だった魔術師。
医療担当のロマニ・アーキマンの学友であり、オルガマリー・アニムスフィアにとってカルデアで最も信頼していた人物。
そして、カルデア爆破事件の犯人であり、2016年以降の人類史を沈めた黒幕に手を貸した人物――否、魔神柱。
彼はいつものモスグリーンのタキシードとシルクハット姿ではなく、灰色の拘束衣に身を包んでいた。
四肢だけでなく、視界や口にすらも拘束具が付けられている。
周囲にはキャスターの術式が散りばめられており、少しでもレフ・ライノールが可笑しな行動をすれば直ぐにその術式が発動するようになっている。
その結果、何が起こるのかは語るまでもない。
「おやおや、こんな所に一体何の用かな。人理救済を成した英雄たちを率いたカルデアの所長殿?」
レフ・ライノールの口には相変わらず拘束具が嵌められている。
それにも関わらず、オルガマリーの耳にはレフ・ライノールの声が届いた。
「……もうすぐ、査問団体が来るわ。その際に、あなたを魔術協会に送る部隊も到着する」
「ほう、この私を魔術協会は受け取って何をするつもりだ? いやいや、言う必要はないな。魔術師共が考えそうなことなど直ぐに分かる。大方私の肉体を研究材料にでもしたいのだろう」
「そ、そんなことさせないわ!」
「フハハハハハハハッ!! させないだと? まだ私に親愛を感じているとでも言うのか? 愚か、実に愚かだなオルガマリー!! 私がカルデアで何をしたか忘れたのか、特異点Fで貴様を殺そうとしたことを忘れたか!?」
空間にレフ・ライノールの笑い声が響く。
「まさか、これまで君に親切にしてやっていたから恩を返そうとでも言うのか? 伏魔殿である魔術協会には送り出す癖に、研究材料にはさせない? それは叶わぬ願いだオルガマリー! 人理修復の旅の最中も貴様はカルデアの所長でありながら、何一つとして役に立っていなかった!! 現地のサーヴァントへの交渉も、緊急事態への対処も全てキリシュタリア・ヴォーダイムが熟していた。そんな貴様が魔術協会を相手に世界を破滅させた相手を庇えるとでも思っているのか!?」
「…………えぇ、そうね。確かに、私が人理修復の旅でできたことなんてAチームに比べれば微々たるものだった」
作戦内容はダ・ヴィンチが、特異点のマッピングや道案内はカルデアの職員が、メディカルチェックはロマニ・アーキマンがそれぞれ行っていた。
やっていたことと言えば、安全な管制室から最終的なGOサインを出すぐらい。
人類史を救ったAチームを率いたカルデアの所長。
外の世界ではそんな声もあると噂では耳にしている。だが、オルガマリー自身はそれに自分が見合うとは思っていなかった。
「――――」
僅かにレフ・ライノールが身動ぎをする。
「でもね、私はカルデアの所長なの。Aチームは最前線で戦うことから逃げなかった。なら、私は職員を守るために私の戦場から逃げる訳にはいかないのよ」
人理修復の旅で最も危険な場所にいたのはAチームだった。
その間に所長である自身は最も安全な場所にいた。なら、今度は自身が危険な場所(政争)に赴くべきだろう。
何故ならば――私は人理保障機関フィニス・カルデアの所長なのだから。
Aチームの戦いは一段落したが、所長である自身の戦いはこれからだ。
何としてでも、この場所を——皆を守ると言う決意を胸に秘める。
暫くして、オルガマリーは張り詰めた空気を緩める。
「ごめんなさい。こんな話をしに来たんじゃない。本当は、お礼を言いたくてここに来たの」
一呼吸、息を吐き、再び口を開く。
「いままでありがとう。あなたがいてくれたおかげで、私はここまで来られた。例えそれが、私を利用するためだったとしても、あなたの言葉が心の支えになったのは事実……だから、ありがとう」
そう口にして柔らかな笑みをオルガマリーは浮かべる。
レフ・ライノールに返事はない。
身動きもせずに、ただ黙ったままだった。先程のけたたましい声が響くことはない。
元よりお礼を口にするために来ただけの、別れを済ませるためだけに部屋に訪れただけだ。
用の済んだオルガマリーは踵を返す。
部屋には再び静寂が戻って来る。
拘束され続けているレフ・ライノールは憐みの言葉を吐く。
「全てが終わったと思っているのか、オルガマリー。どちらにしろ、君はこのカルデアを、カルデアスを失う。2016年の絶滅の回避は予定されていたことだ。ここからが本当の冠位指定だ。あの男が動き出す。だが、君達は戦いの土俵にすら上がれない。全てを失うが、君達は傍観者でしかいられない。精々、心構えをしておくのだな」
その言葉は誰の耳にも入ることなく消えて行く。
その不気味な言葉は2017年12月26日に実現される。
その日、人理保障機関フィニス・カルデアは謎の敵勢力の襲撃を受ける。
キリシュタリア・ヴォーダイムと仮契約をし、霊基を無理やり呼び起こしたマシュ・キリエライトが善戦するも多勢に無勢。
カルデアスはその機能を停止させ、カルデアは閉館される。
レオナルド・ダ・ヴィンチが万が一にと用意していたシャドウ・ボーダーに全カルデア職員とAチームは乗り込み、その場を辛くも脱出する。
その最中、彼等は空から降って来る巨大な隕石を見た。
理屈を無視してまっすぐ落ちて来る七つの隕石。
驚くカルデア職員を余所に一つの通信が外部から入る。
「俺の名は藤丸立香――
「既に世界は漂白された。カルデアの職員、そしてAチーム。あなた達はこの世界で最後の生き残りだ」
「だからこそ、通達する――
Åチームが経験した特異点は藤丸がいたカルデアが修復した特異点と同じ。
ただし、亜種特異点は魔神柱がいないので、発生した特異点は下総国のみなので、新宿、アガルタ、セイレムは経験していません。