人理保障機関フィニス・カルデアが襲撃を受けてから三ヶ月後──。
カルデアを取り囲んでいた襲撃者達の包囲網をシャドウ・ボーダーによる虚数空間への潜航によって脱出したカルデアは今正に、反撃の準備を進めていた。
「ようやく揃ったわね、Aチーム」
シャドウ・ボーダーの
そこに人理修復を成したAチームのメンバー。
そして、カルデアの所長であるオルガマリー・アニムスフィア、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ロマニ・アーキマンが顔を付き合わせていた。
「やぁ、皆。体調に異変はないかい? こんな環境での生活だ。少しでも不調があったら言ってくれよ? 僕も出来るだけのことをするからね!」
「ロマニ、黙っていて頂戴。あなたが喋ると気が抜けるのよ」
操縦席に入って来たAチームの面々にロマニが気を使って口を開くが、所長であるオルガマリーに注意される。
気を落とすロマニを視界の端に納め、オルガマリーは再度口を開く。
「まぁ、それでもあなたの言っていることは間違いじゃない。前線で戦うのはあなた達なのだから、少しでも不調があるのなら言っておきなさい。我慢をしてコンディションが最悪──何て目も当てられませんからね」
「それについてなら問題ないさ。人理修復中はこれ以上の環境で一夜を過ごすこともあったからね。皆、君が思っている以上にタフだよ」
「そう、あなたがそう言うのならそうなのでしょうね。キリシュタリア。流石カルデアが誇る世界を救ったAチームだわ」
レイシフトシステムの失敗に備えたセカンドプランとして用意されていた
魔術により内部の空間が二倍以上に拡張されているとはいえ、カルデア職員全職員の生活を保障するほどの設備はない。
多くの職員に負担をかける生活は既に三ヶ月続いている。
人理修復のために集められた選りすぐりの魔術師と言えど、肉体は人間。疲労も感じれば、精神的に苦痛を感じることもある。
それらを考えて、ロマニはAチームを気遣った発言をしたとオルガマリーもちゃんと気付いていたから、再度Aチームの面々に尋ねた。
戦いに赴く者の体に万が一があってはならない。
だが、心配は杞憂だった。
返って来たのは自信に満ちた回答だった。
「そう、それなら、今後とのことを話すわ。ダ・ヴィンチ──」
「了解、任せたまえ!」
オルガマリーに名前を呼ばれたカルデア技術顧問であるレオナルド・ダ・ヴィンチが一歩前に出て来る。
「さて、我々カルデアは謎の襲撃者の包囲網を虚数潜航で突破し、虚数空間の中に潜伏中だ」
最初に口にしたのは現状の確認。
次いで出たのがカルデアを襲撃について──。
「こんな所に逃げ込む原因になった襲撃者達の姿は様々だ。騎士、妖精、黒尽くめのマスク——職員の報告ではオプリチニキと言われていたらしい。そして、その黒幕と思われるのは、異星の神の使徒を名乗る人物、藤丸立香だ」
「フジマル・リツカ、ねぇ。名前からして日本人か。こんなことをしでかした人物なんだ。相当ぶっ飛んでる奴だろうな!!」
「そのリツカ・フジマルの人格は兎も角、彼について分かっていることはあるのですか? このようなことを仕出かせる人物には限りがあります。ですが、一度も聞いたことのない名前です」
自分達を襲撃した人物がどのような者なのかを想像し、ベリルが面白そうに笑い、オフェリアが手を上げて質問をする。
「そうだね。調べた所、魔術世界とは全く関りのない一般人のようだ。カルデアに来る前は日本の学校に通う高校生。レイシフト適合者のスカウトをしていたハリー・茜沢・アンダーソンによって見つけられ、ここに来たらしい。特に目立つようなものはないけど、レイシフト適正は100%と高いね」
「スカウトですって。しかも、一般人の中から? 私はそんなことを頼んだ覚えはないわよ?」
部下がいつの間にか一般人をスカウトしてきていたことに呆れを感じ、オルガマリーが溜息を付く。
「一般人……魔術に何の関りもない素人がカルデア襲撃の黒幕なのか?」
「カドック、君の疑問も分かる。襲撃者は明らかに神秘を帯びていた。それを素人がどうやって集めたのか。そもそも平和な国で育って来た少年が人を殺すような決意が出来るのか。大組織の長でも難しいことを彼はしたんだ。素人だと言われてもピンとこないだろう。でも、現状出ている証拠ではその可能性が高い」
「……ならば、私達がすることは彼──藤丸立香の目的を阻むこと、か」
「その通り。彼の目的は未だに不明だ。虚数潜航する前に見た七つの隕石が何なのかも分からないが、絶対に良いものじゃないのは確かだ」
キリシュタリアの言葉にダ・ヴィンチが頷く。
次に口を開いたのは、ペペロンチーノだ。
「それなら早く浮上した方が良いんじゃない。私達は先手を取られ続けている。これ以上敵に時間を与えたら不味いんじゃないかしら?」
「そうしたい所だけど、現状それが出来ないんだよ」
「出来ない?」
「より正確に言うなら、浮上出来る場所がないんだ。私達が今いる虚数空間から現実へと戻るには現実との『縁』が必要なんだ。本来なら、カルデア職員の誰かと関りのある何かがあれば、正しく虚数空間から抜け出すことは出来る。だけど、それが今は出来ない。つまり、地球は今──」
「漂白状態に陥っている、と?」
ダ・ヴィンチの言葉の先を予想したキリシュタリアが、答えを口にする。
ダ・ヴィンチは怒ることなく、首を縦に振って肯定した。
南極での通信を思い出す。
顔も見たこともない少年の──突き放す様な警告を。
もし、一度世界の終わりを経験していなければ、そんなものは嘘だと笑ったかもしれない。しかし、ここにいるのは世界の終わりを一度見た経験者達。
否定したい思いはあれど、誰もが予感した。
再び世界は終わったのだと……。
「それでも、手はあるのだろ?」
静かになった空間にキリシュタリアの凛とした声が響く。
その言葉にダ・ヴィンチは不敵な笑みを浮かべた。
「勿論だとも。今地上には私達と関係を持つものが幾つか存在するんだ。そう──カルデアを襲った軍隊だ。今浮上すれば。高い確率で彼等のいる場所に出ることが出来るだろう」
「なら、私達がすることは敵襲への備えか」
「ハハハ! 話が早くて助かるよキリシュタリア!! その通り、唯一浮上出来そうなのは敵の本拠地。浮上した瞬間に敵襲! 何てこともあり得るかもしれない。だから、君達を呼んだんだ」
ダ・ヴィンチが後ろにある霊基トランクを取り出す。
それはAチームの旅路でこれまで力を貸してくれた英霊達のグラフデータが保存されている代物だ。
「これから英霊召喚を行おう。そんでもって今度こそ見せてやろうぜ。君達の本領を、一度世界を救った力ってやつをね☆」
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────
──
―
「実数空間にアンカー固定! 実数証明完了しました!!」
「シャドウ・ボーダーの存在確立。ゼロセイルによる帰港に成功です!!」
カルデアは英霊召喚を実施した後、虚数空間から実数空間へ浮上する。
浮上するための『縁』としたのはオプリチニキだ。
問題なく浮上出来たが、浮上先は敵の本拠地。Aチーム、そして彼等が召喚した英霊達に油断はない。
襲撃をかけられ、仲間を失ったばかりだ。二度目は許さないと気を張り続ける。
カルデア職員もそれは同じだ。
浮上した瞬間にレーダーで周囲を索敵。魔術の隠蔽も行い、敵の目に見つからぬように策を施す。
その動作は手慣れており、幾度も危機を乗り越えた熟練の動きだった。
「周囲に敵影な──いや、今現れました!! 既に捕捉されています!!」
その言葉に操縦席に緊張が走る。
「敵の数は!!」
オルガマリーが現状を把握しようと指示を飛ばす。
敵に捕捉されているのなら、必ず襲撃がある。敵の数によっては逃げるか戦うかを選ばなければならないだろう。
だが、指示を出されたはずのカルデア職員は戸惑うだけだった。
「何をしているの。早く答えなさい!!」
苛つきながらもオルガマリーは催促する。
一度人理修復を熟した以上、この場合の対処についてカルデア職員が知らないはずがない。だからこそ、声に怒りが混じってしまった。
「え、えっと……取り敢えず、こちらをご覧ください」
言葉よりも見た方が早いと判断したカルデア職員はモニターに外の状況を映す。
そこには確かに戸惑ってしまうような映像が浮かんでいた。
そこにいたのは、カルデアに査問団体の一員として訪れ、襲撃者に指示を出していた敵の一人である言峰神父と──。
亜種並行世界の特異点で出会った千子村正に酷使した人物に胡散臭い表情をした黒髪の偉丈夫の三人の姿だった。
そこまでは良い。
亜種並行世界で出会い、共にAチームと戦った千子村正がいても、英霊は記憶を持ち越さないものだ。
言峰神父が横にいる以上、敵であると考えた方が良いだろう。千子村正の横にいる偉丈夫も明らかに胡散臭い顔だ。信用も信頼も出来ないと誰もが直感する。
明かに敵という存在が三名いるのだ。
襲って来るなら迎え撃つか逃げるだけ。迷う理由などない。ないのだが──カルデア職員が戸惑ってしまう理由はその三名の行動にあった。
その三名は──
──ようこそ、カルデア御一行様!!
そんな横断幕を掲げ、猛吹雪の中で笑顔をカルデア一行に向けていたのだ。