焦がれる白は空を知らない   作:瑠璃唐草@

11 / 11
魈視点→甘雨視点→魈視点の順で切り替わります!


焦がれる白は空を知らない 11

✱✱✱✱✱✱ 魈 ✱✱✱✱✱✱

 

 

「……じゃあ、私がいれば封印は無事なんですね」

 

誰も何も言えない沈黙の中で、とうの白が明るく言った。けれど握った手が震えている。

 

「ありがとうございます。今まで言わないでいてくれて」

 

微笑む白の、薄青の瞳が揺れる。思わず彼女の手を壊さないように握りしめた。

 

「……怖いならば、笑うな。死にたくないなら、受け入れるな」

 

萎縮させないようにできるだけ平静を装って言った。けれど、白は唇を引き結んだあと、瞳を潤ませながら口を開いた。

 

「私、貴方と歩いたこの町が好きです。貴方と生きたこの国が好きです。貴方が、貴方たちが大好きです」

 

たった数カ月の生に、思い出に、全てを擲つ覚悟を秘めて、白が泣きそうな顔で微笑んだ。その笑い方は似ても似つかないのに、否応なく花天の散り際を想起させて、帝君も甘雨も我も、息を飲んだ。

 

「でも、だからこそ」

 

弱い力で手が握り返された。盛り上がった涙が溢れて頬を伝って敷き布に落ちる。微笑みが僅かに泣き顔に転じた。

 

「おいていきたくない……」

 

覚悟と未練の間で揺れる薄青がこちらを見た。その色に、希望を見た。おそらく、帝君も甘雨もそうだった。彼女に至ってはようやく花天と白の差を理解でなく実感したのかもしれない。花天の時は止められなかった。あれは彼女の意思で覚悟だった。けれど、白は迷っている。楔になりたくないと泣いている。ならば、止める余地がある。

 

「白、絶対に他の方法を探してやる」

 

横で甘雨も頷くのが見えた。きっと、旅人も同じだろう。

 

「でも、当時は他に方法はなかったんでしょう?」

 

でなければ、花天は今もここにいて、自分はいなかったはずだ。

 

言外に告げられた言葉に、唇を噛んだ。無論、簡単なことではないだろう。それを肯定するように後ろから鍾離様の重い声が聞こえた。

 

「……確かに容易ではない。誰でもいいならと彼女は言っていたが、結果として、最も適していたのは彼女だった。天の生き物が空を捨てるという代償はそれほどまでに封印を安定させたんだ」

 

静かな声音だったが、重く胸の奥に落ちた。

 

「つまり、白さんにも同じことが……」

 

甘雨が色を失って零した。

翼を失っても、彼女が空に焦がれることに変わりはなく、構図は変わらない。事実、彼女が空を捨て、地上を選んだ瞬間に共鳴は起こった。白は目を伏せた。

 

「やっぱり、簡単なことじゃないんですね」

 

そして、笑おうとして失敗したみたいに白の顔が歪んだ。

 

「じゃあ、もしも他に方法がなかったら、そのときは、どうか」

「その先は、言うな」

 

自分でも驚くほどに低い声が出た。

 

「必ず、方法を見つけてやる。だから、言うな」

 

あぁ、また己は彼女に縋っている。それでも白は今度こそ微笑んだ。白い睫毛が震えて、小さく息を吸った。

 

「……信じます」

 

璃月と彼女を天秤にかけたなら、我らは前者を取らざるを得ない。だからこそ、絶対に探し出さねばならなかった。

 

 

✱✱✱✱✱ 甘雨 ✱✱✱✱✱

 

 

「……っ」

 

古文書の頁を捲っていた白さんが僅かに息を詰めた。その場の全員が手を止めて彼女を見る。

 

「大丈夫か、白殿」

 

鍾離様の声に微笑んだ白さんの顔色は悪い。

 

「はい、大丈夫です……少し、背中が痛んだだけで」

 

その場の空気が重くなる。白さんが慌てたように両手を動かした。

 

「でも、大丈夫です。前みたいに記憶がなだれ込んで来たりとかもないですし」

 

眉を下げて笑みを浮かべた彼女に、鍾離様が頷いた。表情は穏やかなのに、瞳の色がいつもより深く見えた。

 

「そうか。何かあればすぐに言うように」

 

その言葉を合図に皆手を動かし始めた。白さんが声を潜めて私を呼んだ。

 

「甘雨さん」

「何でしょうか?」

「その、皆さんに言えることなんですが、お仕事は大丈夫ですか?」

 

心配そうな表情をする彼女に、私は笑みを返した。一応、溜まりに溜まった休暇を取っていることにはなっているけれど、正直、今も机の上に重なっていっているであろう書類のことは考えたくはない。けれど、死を前にしながら他者を案じるこのひとを失いたくはなかった。

 

「ええ、大丈夫ですよ」

 

鍾離様は胡堂主に休暇を貰ったのだろうし、降魔大聖はたびたび妖魔退治のために姿を消す。旅人さんは知恵の神を訪ねに行っている。多少無茶をしてでも、皆この少女と璃月を天秤にかけたくないのだ。

 

「……なんだか、申し訳ないです」

 

白さんが睫毛を伏せた。きゅっと小さな手が机の上で握られる。

 

「白さん。これは璃月のためでもあり、私たちのためでもあるんです」

 

愛する白色を眼前で失った。あの日を二度と繰り返さない。

口にはせずとも誰もがそう思っていた。協力を求めた際に、なぜ白さんのことを知らせなかったのかと文句を言っていた留雲借風真君たちもきっとそうだ。色々と言いながらもその実、二度目の喪失を受け入れたくないのだ。

かつて私たちのための選択を己のためだと言った花天の笑みが脳裏によぎる。私は、私たちは、少しでも彼女に近づけただろうか。

白さんは薄青の瞳を丸くしたあと、泣き笑いに似た表情を浮かべた。

 

「……ありがとうございます」

 

彼女に微笑んでから、ふと視線を向けると、降魔大聖が一瞬だけこちらを、白さんを見ていた。その瞳がとても真剣で、私は慌てて文献に視線を戻したのだった。

 

 

 

✱✱✱✱✱ 魈 ✱✱✱✱✱

 

 

 

「花天が封印されるうちに身体と人格が分離して、身体の方に新たな人格が芽生えて、目を覚ました。それが白」

 

スメールから戻って来た旅人が言った。皆黙ったまま耳を傾ける。

 

「いま封印が保っているのは花天が繋ぎ止めているからで、翼がないのは花天が空を手放したからだろうって」

 

白がそっと自分の肩甲骨のあたりをなぞった。

 

「あと今、封印は白の形に穴が開いてるみたいなもので不安定になってるらしい。わかったのはこれくらいかな」

 

その言葉に、奥歯を噛み締めた。花天が今なお封印の楔としてあるという事実と、白までもそうなるかもしれない可能性が胸を突き刺した。

 

「一度、封印を確認するしかないだろうな」

 

鍾離様の言葉に、あの日の光景が蘇る。思わず呼吸が浅くなった。行かねばならない。花天を失った、あの小島に。

 

「私、行きます」

 

反射的に顔を向けた。白は真剣な顔をしていた。思わず出そうになった制止を噛み殺した。伸びそうになって握りしめた拳が力の入れ過ぎで震える。

 

「……我も行く」

「わ、私も行きます!」

 

甘雨の声は揺れていた。無理もない。あの場所はどうあがいても花天の喪失と結びついている。

 

「結局全員だね」

 

旅人が苦笑した。けれどその笑みは空気を和らげるには到底足りなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。