【桜蘭高校ホスト部】代打。   作:振槍

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プロローグ

 *

 

 

「おい、いつまで寝てるつもりだ」

 

 どこかから涼やかな低音が落ちてきて、まだ思考が泥濘から上がりきっていない紫雲英は目線だけをゆっくりと男の方へ向けた。

 

 麗らかな日脚の元に晒され、硝子面がその光を反射する。黒髪で背の高い男が、表情の読めぬままそこに立っていた。それは紫雲英のよく見知った顔であった。

 

幾分の間を持って、再び寝に入ろうとすると、今度こそ男はこちらが乗っていた木の根っこの方をげし、と蹴りあげるので紫雲英は眉を寄せて腰を傍に持ち上げた。

 

「人が上に乗ってるってのに蹴る奴があるか」

「どう考えてもこちらを一瞥しておきながら二度寝しようとするお前が悪いだろう」

「鏡夜がぼくの所に来る時ってのは、大抵碌な事がないんだよ」

「あたかも自分に非がないような言い方をするんだな。ついでに言っておくが、俺だって来たくて来てる訳じゃない」

「じゃあ来んな」

 

 

 紫雲英が吐き捨てるようにそれを言い切った途端、スコン、と硬い何かが自身の顔へと直撃した。予期せぬ衝撃に怯みバランスを崩した体はぐらりと傾き、紫雲英は蛙を潰したようなぐえ、という呻き声を上げながら地面へ落下した。それに合わせて、男の足音がどんどんこちらに距離を詰めてくるのがわかった。

 ジクジクと熱を持ち始めた額と、転げ落ちたことによる全身を駆け巡るような鈍痛に気を取られる間もなく紫雲英は額をそっと抑えた。突発的な防御反射である。

 

「い、幾らなんでも物を投げるのはなしだろ! 暴力反対!」

「……はあ」

 

 ガサガサと芝生草を踏み、紫雲英の前までやってきた男__鳳鏡夜__はその様子に深く息を吐いて、慣れた動作で眼鏡のブリッジを押し上げて言った。

 

「よく見てみろ、俺がお前に投げたのはその辺の枝や棒きれなんかじゃない」

 

 ピシッと鏡夜が指差す先を紫雲英の視線が追いかければ、目に飛び込んできたのは青々とした芝生の上にのさばった漆のような黒の筒であった。そこに金継ぎの如くあしらわれた鰐柄の模様で、ようやくそれが証書などを収めるための丸筒だと気づいた。

 

「……鏡夜、もしかして一足先に卒業したのか?」

「まさかお前がこれ程までに馬鹿だとは」

 

 半分冗談で訊き返すや否や、鏡夜は軽く首を振って答えた。おまけにいつもの憎まれ口もセットでついてくるので、何となくその丸筒を抱き寄せて柄の部分を指の腹で撫でてみれば、エンボス加工特有のゴワついた感触が直に伝わってきた。

 

 加えて「お前のだよ」とあっさり断言されてしまっては、それまでの空気が一気に凍てつく。

 

「ぼくの? なんで?卒業どころか、進級できるかも怪しいってのに」

「いい加減卒業証書から離れろ。この中に入っているのは賞状だ。本来、お前が、今日の表彰式で受け取るはずだったもののな」

「あ? ……あー」

 

 語気を強めて言われて、紫雲英はようやっと合点がいく。そういえばコンクールに出展した絵が県の審査でなんたら、と言う話を担任からされたような気がする。といっても先週の話であるので覚えてすらいないのが現状なのだが。

 

「授業を欠課するのは百歩譲って、せめて表彰式くらいは出たらどうなんだ? 折角の最優秀賞も、こんな奴が描いたと知れば主催者側は大損だな」

「いちいち皮肉を言わないと生きていけないのかあんたは」

 

 絵で人格を否定するのか、と抗議をすれば絵画自体の否定はしていないだろうと返ってくる。

 

「お前のその変なところで意固地になる性格にはもう慣れたつもりだったが、万一にもうちの部の面子ってのがあることを忘れないでいただきたい、別に咎められる訳じゃないんだ。誉めそやされていることの何に不満が?」

 

 その言葉に自分でも表情が歪んでいくのがわかった。それが鏡夜なりの注意であること、しかし紫雲英の心情を飲み込み切れないこと、感情と事実を別にして、論点を引き出そうとしている。食えない男であった。

 

「ぼくは単に好きだから絵を描いてる。それに価値を決めるのは個人であって、この紙じゃない。賞状の文言で一概に括られちゃ、堪らないね」

 

「なるほど、評価によって作品を多面的に見られなくなる(作品にレッテルを貼られる)ことが嫌なのか。いかにも芸術家の言いそうなことだ。それでこの俺が直接これをお前に届けるよう言われてさえいなければ、完璧だったな」

 

 丸筒から取り出した賞状をしかめっ面で眺めている紫雲英は、隣で佇む鏡夜と筆で書かれた『最優秀賞』の文字を交互に見比べてから、賞状をぐしゃぐしゃに丸めて地面に投げつける。

 

思ったよりも軽い紙の跳ねる音に終止符を打つべく、上からローファーで踏みつけようとして、やめた。

 

 鏡夜は冷たい瞳で見てくるだけで文句のひとつもつけなかったばっかりに、紫雲英としてもなんだかバツが悪くなってしまったのだ。

 

「例え鏡夜であろうが誰が何を言おうがぼくは賞状なんて受け取らない。この紙が作品の冒涜でしかないんだよクソッタレ……!! って、選考者に伝えとけ」

「そう易易とお前個人の意見が通るわけないだろう、ここの主催は我が鳳グループの出資先でもあるからな。それに、こうして毎度毎度庭園にまで出向いて探すのは骨が折れる。俺も暇じゃないんだ、お前もなるべく社交性を身につけておくべきだと思うが?」

 

 暗に言葉の裏を汲み取らせようとしてくるあたり、鏡夜も意固地なやつだとは思う。紫雲英は鋭い目つきを更に細めて口をへの字に結んだ。

 

「それもこれもお前が勝手に応募するように仕組んだせいだ」

「お前の実績作りと、お前の絵を借りて部の知名度を上げるためだな。なにか文句でも?」

「しかねーわ」

 

 ダイヤモンドの原石を磨くだけに飽き足らず、加工して指輪にした挙句、それを売り出して得た利益で再び原石を買ってそれを磨いてまた売る……とループになりかねないことをしそうな鏡夜である。それを想像してふ、と鼻で薄笑いをこぼすと目の前の男はそれこそ絵に書いたような嫌悪を滲ませた表情で呟いた。

 

「……何を考えてるのかについては敢えて言及しないでおいてやる。それより、少なくとも週に一度くらいには部活にも顔を出すようにしておけよ。環が寂しがってるぞ」

「環は、まあ……って、寧ろ週一でいいの。鏡夜のことだからてっきり毎日来いって言うかと」

「お前はレアリティが高いからな。稀にしか会えない方が客足が増える。所謂排出率0.001パーセントのSSRみたいなものだ」

「なにそれ」

「さあな」

 

「それに、この頃は面白いものが見れるぞ。環のやつが部内で犬を飼い始めた」

「えっ、鏡夜それ許したの。マジで言ってる?」

「ああ。雑務もこなせるし環よりもずっと賢いぞ、世話代はかかるがその分客を取ってくれる従順な犬だ」

「それ本当に犬か」

「そんなに疑っているなら実際に見て確かめてみろ。百聞は一見に如かずと言うだろう」

 

 それにお前と似たところがあるしな、とさり気なく失礼な捨て台詞と共に鏡夜はその場を後にした。歩き方までこうも洗練されているのさえ、無性に腹立たしく思えてくるまである。

 

 紫雲英がほんの些細な反骨心からんべ、と舌を出して両まぶたを下へ引っ張って挑発をすると気づいているぞ、と眼鏡を直す傍らに遠くから声が聞こえた。それにびくりと肩を震わせた紫雲英は、奴の背中には目がついてるのだと一人納得することでその場をやり過ごしたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 





読み返して思ったけどあかんべの下り完全ノンタンじゃねえか。
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