【桜蘭高校ホスト部】代打。   作:振槍

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今日から君はホストだ!

 **

 

 

 この私立桜蘭学院は一に家柄、二にお金。財あるものは暇を持つ。

 

 

 

 かくして桜蘭ホスト部とは、暇を持て余す美少年たちが同じく暇な女生徒たちをもてなし、潤わす、スーパー金持ち学校独自の華麗なる遊戯なのである。

 

 そして特待生である藤岡ハルヒは、不覚にもその門を叩いてしまった。今となっては誰も使っていない、南校舎の第三音楽室。そこにあった、たったひとつの花瓶が運命を左右したのだ。

 

 

 "郷に入っては郷に従え"、"金がなけりゃ体で払え"。ホスト部部長である須王環の指示で、ホスト部の犬となってハルヒは八百万もの弁償金を返済すべく奔走していた。

 

 

 といっても、やはりこの学園は上流階級が大多数を占めるだけあった。一癖も二癖もあるそれは、いわゆる庶民と揶揄される自分とは比べ物にすらならなかった。

 

 言われた通り買い出しをしてきたら、インスタントコーヒー一つで一喜一憂される挙句部長には庶民コーヒーと言われるわ、同学年の双子は突発的にボーイズラブを展開するわ。三年の二人は対照的過ぎて辟易するほどだ。

 

 

「僕のうさちゃん、大事にしーてねー!」

「は、はあ……」

 

 ハニー先輩から半ば押し付けられる形でピンク色のうさぎのぬいぐるみを受け取ったハルヒは、そのつぶらな瞳と目が合って状況が飲み込めないまま感嘆を返すしか出来なかった。そこへ、帳簿片手にやってきた鏡夜が悠然とした態度でハルヒの隣へとやってきた。

 

「うちの部は各自の特性を生かしお客さまのニーズに応えるのが方針でね。ちなみに環がうちのナンバーワン__キングだ。指名率七割だよ」

「世も末ですね……」

「まあ、といってもそれはいつもの話であって()()()がいる時はまた別だがね」

「アイツ……って、この他にもいるんですか部員の方が?」

「ああ、今日は来ていないだけであと一人いる。月に二、三回程度しか顔を出さないが、いる時の指名率は脅威の九割超え。どのみちアイツにとっては不本意な話に変わりないだろうがな」

「月に二、三回って、殆ど幽霊部員の間違いでは……」

「まあ良い、いずれは君とも出くわすだろう。ヤツは日中であれば学園内の木の上かバラ園にいることが多いからな。おおかた絵を描くか寝るか問題事を起こすかしかしない」

「へえ、そうなんですか」

 

 ハルヒはそれを聞いた瞬間こそ曖昧に相槌をうって流そうとしたが、少し間を置いてよくよく考えてみれば、いや、寧ろそうせずともそれがやっぱり滔々と話されるほど悠長なことじゃないのでは? と直感的に悟って、思わずえっ? と訊き返してしまった。

 

 けれども鏡夜は端からハルヒの反応などさして気にしていないのか、馬耳東風といったように和かに微笑んでは話題を逸らした。

 

「ところで、シャッキング八百万万一の君はとりあえ卒業するまではこの部の犬……あっ、失礼。雑用係だ」

 

 

 

 ___と、訳あって、ハルヒは桜蘭学院のホスト部に強制入部した……というのがこの話の本筋である。更にはこの直後に雑用係を卒業。後に性別を偽り客をとる形で正式部員として認められた日でもあった。

 

 

 

 

 そしてこれから数日後、まさか鏡夜の言っていた事が現実になるなど、夢にも思っていなかったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 窓から覗いて見えたのは、池の中に散乱する自分の荷物であった。文房具から教科書類は勿論、鞄含めての全てが水浸しになっているのが見えた。気がついたら鞄が無くなっていて、校舎外に目を向ければこの有様。誰がどう見てもいじめと答えるだろう。

 

「環様のおかげで小綺麗になれて良かったわね。

 ついでに、育ちの悪さも直したらいかがかしら?」

 

 ハルヒ自身、犯人の目星は気がついていた。態々こんなことをすれ違いざまに言われるくらいだ。数日前に部長である環の傍にいて、環がハルヒの方へ近寄る度に鋭い目線が突き刺さってくることから、妬み嫉みの醜い感情を持たれているだろうということも。

 

 どんな理由であれ、相手がしたことは許されることでは無い。いくら家が裕福だろうが、地位がある人間だろうが、それにはそれ相応の立ち居振る舞いというものがあって……などと、頭の中では幾つもの反論が浮かぶのに、ハルヒは案の定黙って彼女が去るのを待つことしかしなかった。これが単なる臆病なのか、ある種の強さなのか、自分にはイマイチ分かりかねる。

 

「理由はともかく、財布が見つからないと今週の食費が……って」

 

 

 そうして、ハルヒが足早に外まで向かった時。そこには先客がいた。一人の男子生徒が、なにかを持って神妙な面持ちでそこに立ち尽くしていた。本校特有の校章が入ったブレザーを肩落としから着こなしているのが余計に目を惹いた。顎に手をあてている制服から覗いた手は細い、という表現よりも薄い、という方がしっくりくる。風にそよぐ御髪の隙間から覗く胡乱げな黒い瞳孔は、未だハルヒの方を捉えることはなく池の方に向いたままだった。

 

「あーァ、遂にこの学院にも不法投棄か? 上っ面だけは上流階級相応だと思ってたんだけどな。仕方ねーや」

 

 どこからともなく赤い紐を取り出して、髪を器用に一つにまとめる。それだけの動作なのに、ハルヒはどうしても目が離せずにいる。

 

 暫くはぶつぶつと独り言を吐いていたその男子生徒は、猫背気味の背筋をぐいっと伸ばしてからため息をこぼし、尚も何やら文句を零しながら制服の裾を捲り上げてバシャバシャと音を立てて池の中へと入っていった。

 

 

「つめてっ」

「あっ!」

 

 ひとりでにぴょんぴょん跳ねて、相手がひどく水を吸い込んだ自身の教科書を持ち上げたことで、ハルヒはようやっと本来の目的を思い出した。慌ててその背中を追うように靴を脱ぎ捨てて、追随する。

 

「つかンだこれ、ノート? よく見りゃ一年で使う教材じゃ……」

「すみませんそれ、自分ので!」

「はっ? ……ア──……これ、アンタの?」

「はい、実はちょっと」

 

 落としちゃって、と続けるハルヒに、そこで男子生徒は怪訝そうな顔を向けたのである。

 

 ゆるりとこちらを振り返った瞳は、なんとも吸い込まれそうな黒。底が見えないほど深いのに、やけに澄んでいるせいでその境界が分からなくなってしまって、それを疎むようにきゅう、とその瞳孔が丸くなった。さすがに見つめすぎたかもしれない、とハルヒは人知れず反省した。

 

「アンタ、見ない顔だ。一年かな」

「はい。今年編入してきたばかりで」

「……アァ、特待生ね……」

 

 

 それはまた高尚なこって、と男は目線を水面に落としながら呟いた。ハルヒが申し訳なく思えてきたこともあって、濡れちゃいますから先輩はよして下さい、と言うとやだね、と子供みたいに舌を出して揶揄うばかりであった。それがハルヒも昔読んでいた絵本のキャラクターをいかにもというくらいに彷彿とさせるので、思わず笑いがもれてしまった。むすっとして片眉をつり上げるのは癖なのかもしれない。

 

「ふ、ふは、なんです、それ」

「んだよ、笑ってんじゃ……あ」

 

 笑っているハルヒをチラと一目見て、男の目はすうっと細まる。それは頭に稲妻が降りかかったような、はたまた電球がバチッと音を立てて点灯するようなものに近い。幸いなのは、ハルヒ本人がその瞬間を捉えていなかったことであろう。そうして、相手は不意に口を開いた。

 

 

「ぼくは、敢えてちゃんとした理由を聞かないことにするけど、こうなったのには君個人の問題も少なからず関係しているという可能性を否定しない。逆もまた然り」

「何が言いたいんですか……」

「こうされるヤツってのは、大抵それ相応の理由があんだよ。陰気すぎるとか、目立つとか、空気が読めないとか、角が立つとかな」

 

 話している最中に靡くミルキーカラーの金髪が直射日光を受けてピンクにも白にも見えた。まろやかさを纏うハイトーンがどうしようもなく眩しい。

 

 急に真面目な語り草で話しておいて、それはハルヒの返答を窮さない、一方通行の独り言にも思えた。ただそこに新しい視点を植え付けるかのような単調な言い方に、なんだか言い返してやりたくもなったのだ。これは単なる逆恨みだと。

 

「___或いは、相手が温室育ちで世間知らずな親の七光りの恩恵に胡座かいてるだけの大馬鹿者ってケースもある、ヒ、ははは!」

 

 前言撤回、やはり余計なことを言わなくてよかった。

 

 思っているより目の前の先輩は、家柄至上主義的なこの学院にしては自分と似通った意識を持っているらしい、と感じていたが最早真逆まである。そこまで嫌悪するのは逆に家柄至上主義をカンストさせた側の台詞だ。

 

 

 と、そこへよく通る聞き覚えのある声があたり一面に響いて、遠くからした声が次第にこちらへ近づいてくるのが嫌でもわかった。視線をそちらに動かした隙に、背後でじりじりと後ずさりをはかる音が聞こえる。

 

「こら庶民! 部活をサボるとはいい度胸だな」

「あ」

 

 

 声の主である環がやってきて第一に気になったのは、その足元に落ちているハルヒの荷物であった。文面こそ聞えよがしな物言いが目立つが実際のところ環は、他人の心の機微に関しては人一倍敏感な男なのである。それもあって、ハルヒは環にもそれ以上のことをつぶさに伝えるつもりはなかった。

 

 

「なんだ、カバン濡らして」

「ちょっと落としちゃって……そしたら、この先輩が手伝ってくれたんですよ……って、あれっ?」

 

 ハルヒが環の方へ例の男子生徒を紹介しようと思い向き直ると、そこは既にもぬけの殻であった。無造作に放置されていた革靴もその辺に丸めてあった靴下もご丁寧に持ち去られていたのには一周まわって感心さえ覚えたものだ。立つ鳥跡を濁さずとは、このようなことを言うのだろうなあ、なんてどうでも良いことを思い出していた。

 

「例の先輩も何も……お前、さっきから一人だったじゃないか」

「え?」

 

 

 環が何を馬鹿なことを、と訝しむように口を半開きにしてこちらを覗き込んでくるのを勘違いだったかもしれません、と笑って誤魔化した。こんな時、相手に心配をかけまいと無理にでも気丈に振舞ってしまうのを、ハルヒはそれを悪癖だとは微塵も考えてはいなかった。その代わり、ハルヒには先ほどの彼の発言がどうにも引っかかっていた。

 

 "こうされるヤツってのは、大抵それ相応の理由があんだよ。"

 

 

 ふと、その言葉の裏側を求めてしまう自分がそこにはいた。

 

 

 

 

 

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