仮面ライダーシルク   作:霜降朽葉

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第一話「非日常は突然に」

原作:石ノ森章太郎(仮面ライダーシリーズ)

脚本:霜降朽葉

 

"──被害者同士に面識は無く、現場から財布が抜き取られていた事から警察は強盗殺人事件として捜査を行なっているとの事です。"

 

 薄暗いボロアパートの一室。唯一の光源である旧型テレビの青白い光が、部屋の中心に座る一人の男を照らしていた。

 男はカップ麺を啜り、ずるずると品の無い音を立てながら咀嚼する。髪は伸び放題に乱れ、無精髭が顔を覆い、全体として清潔感という言葉とは無縁の風貌だった。濁った眼だけが、画面の中のニュースキャスターをじっと見据えている。

 

 その背後には、片付けられていないグラビア雑誌、乾ききったカップ麺の容器が無造作に散乱していた。

 さらにその奥──まるで墓標のように、あるいは骨の塚のように、無数の財布が積み上げられている。色も形もばらばらなそれらは、ただのゴミではない。男にとっては“収穫”であり、“証”であり、そして何より──誇るべき戦利品だった。

 その山の上を、一匹の蜘蛛が静かに歩いている。男はそれを気にする様子もなく、ただ麺を啜り続けていた。

 

 

「ねぇねぇ、また出たんだって。殺人鬼」

「マジ? これで何件目だよ」

 

 騒がしい会話が廊下に響く。阿武川志遠(あぶかわ しおん)はそれを耳にしながらも、特に興味を示すことなく、放課後の校舎を帰路へと歩いていた。

 町で噂の殺人鬼。夜な夜な人を襲い、命を奪い、財布を奪っていく存在。確かに恐ろしい話だ。だが──。

 

(俺には関係ない話だな)

 

 志遠はそう割り切っていた。

 

 仮に現場に出くわしたところで、自分に何が出来るのか。助ける力も無ければ、立ち向かう勇気もない。もし標的が自分になれば──それこそ何も出来ずに終わる。

 だからこそ、関わらない。あの日以来、彼はそう決めていた。

 

「ま、そもそもピンポイントで殺人鬼なんかと出会う訳ないか」

 

 軽く肩をすくめ、現実的な結論で思考を締める。ドラマの中の話だ。そう自分に言い聞かせながら、志遠は階段の曲がり角へと差し掛かり──。

 

「ギャッ!?」

「うぉ!?」

 

 勢いよく、誰かと衝突した。互いに転倒こそ免れたが、志遠は軽く仰け反り、相手の少女は頭を押さえてうずくまる。

 茶色の髪を耳のあたりで結んだツインテール。素朴で、どこか地味な印象の女子生徒だった。彼女は慌てて眼鏡の位置を直し、周囲をキョロキョロと見回す。

 

 そして次の瞬間、何かに気付いたように踊り場の掃除用具ロッカーへと駆け込み、その中へ身を滑り込ませた。扉の隙間からこちらを見て、「しーっ」と口元に指を当てる。志遠が何が起きているのか理解する前に、扉は閉じられた。

 

(……なんだ今の)

 

 困惑する間もなく、下の階から激しい足音が響いてくる。やがて現れたのは、一人の男子生徒だった。

 

「おい貴様! ここに姫山が来ていないか!?」

 

 息を切らしながら詰め寄ってくるその人物──足立一郎(あだち いちろう)。この学校の生徒会長にして、生徒達から恐怖の対象として認識されている存在だ。

 規律に異常なまでの執着を持ち、「違反」と見なした者には徹底的な説教を行う。納得のいく回答を引き出すまで決して解放しないその姿勢は、教師からは評価される一方で、生徒達からは忌避されていた。

 

(さっきの子……追われてたのか)

 

 ロッカーの中の少女を思い出す。

 

「…………」

 

 関わるべきではない。

 

 志遠の理性は、即座にそう結論を下す。ここで正直に言えば、自分は無関係でいられる。逆に庇えば──面倒事に巻き込まれる可能性が高い。責任を背負う覚悟など、自分には無い。そう思い、口を開こうとした瞬間──。

 

 脳裏に、過去の後悔がフラッシュバックする。

 

「おい! 貴様聴いているのか!?」

「……え? あ、すんません。ぼーっとしてました。えと、ヒメヤマさんかは分かりませんが、さっき女の子が上の階に走って行きました。はい」

 

 言ってしまった。

 

 言葉が口をついた瞬間、志遠は内心で舌打ちする。理性ではなく、反射で動いてしまった。

 

「上だな!? くそっ……!」

 

 足立はすぐに踵を返し、上階へと駆け上がっていく。その背中を見送りながら、志遠は小さくぼやく。

 

「……何だよあれ、礼くらい言えよ」

 

 視線をロッカーへ向ける。まだ扉は開かない。

 

「えーっと。アイツ上に行ったから、多分今なら大丈夫」

 

 声をかけると、恐る恐る扉が開いた。少女は周囲を確認し、ようやく安心したように息を吐くと、志遠へ向き直る。

 

「巻き込んでしまってごめんなさい。それから……ありがとう」

 

 深く頭を下げ、そのまま足早に階下へと去っていく。その背中を見送った後、数秒の沈黙。

 

「やっちまった」

 

 ぽつりと呟く。

 

 関わらないと決めたはずだった。それでも身体は勝手に動いてしまう。

 

(後で目付けられたら面倒だな……)

 

 そんな不安を抱えながら、志遠は帰路へとついた。

 

 

「明音さん、ただいま」

「お帰り志遠……んー? 随分と沈んでるじゃないか。何かあった?」

「いや別に──あー、生徒会長に目付けられそうになった」

「生徒会長って前から話してる怖い人? それで疲れてるのか。お疲れさん」

 

 玄関をくぐると、いつもの穏やかな空気が迎えてくれる。

 秋本明音(あきもと あかね)。親戚の叔母であり、現在の保護者でもある人物だ。志遠はなるべく軽く話を流そうとしたが、表情に出ていたのか、簡単に見抜かれてしまった。観念して、当たり障りのない範囲で事情を説明する。

 

「ご飯は出来てるけど、食べる?」

「うん、いただきます」

「オッケー。準備しておくから着替えてきな」

 

 その言葉に頷き、志遠は自室へ向かう。制服を脱ぎ、ハンガーに掛ける。鞄を開け、弁当箱を取り出そうとした瞬間──。

 

「あれ!?」

 

 手が止まる。中に、弁当箱が無い。

 

(嘘だろ……)

 

 記憶を辿るまでもなく、答えは明白だった。机の中に入れたまま、持ち帰るのを忘れている。

 

「後で取りに行くか……」

 

 小さく呟き、とりあえず食事を優先することにした。

 

 

「ご馳走様」

 

 温かい食事を終え、志遠は食器を片付ける。満腹感とは裏腹に、胸の奥には小さな引っかかりが残っていた。

 

「明音さん、その……弁当箱学校に忘れてきちゃって」

「んー、そっか。じゃあ明日はタッパにでも入れて──」

「いや、今から取りに行ってくるよ」

「別に良いわよ。絶対無いといけないもんでもないし。それに、最近何かと物騒でしょ?」

「殺人鬼の事? そうそう遭わないよ。ちょっとひとっ走り行ってくる」

「あっ、ちょっと志遠」

 

 制止の声を背に、志遠は外へ飛び出した。

 

 

「よかった、やっぱり机の中に入れっぱなしだったか」

 

 目的はすぐに果たされた。弁当箱を手にした志遠は、帰路を急ぐ。

 夜の街は静まり返り、昼間とはまるで別の顔を見せていた。空には月が浮かんでいるが、黒い雲に隠れがちで、光は頼りない。街灯だけがぽつぽつと闇を照らし、その間を縫うように影が広がる。

 

(なんか……妙に静かだな)

 

 犬の鳴き声すらない。不自然なほどの無音。ふと、放課後に聞いた噂が頭をよぎる。

 

「……大丈夫、大丈夫。殺人鬼になんか出くわすもんか」

 

 口に出して、自分を落ち着かせる。だが足取りは自然と早くなっていた。そのまま何事もなく帰る──はずだった。

 

「う……ぐ…………」

 

 かすかな呻き声。前方の曲がり角の向こうから聞こえてきた。

 

「────」

 

 足が止まる。

 

(逃げろ)

 

 理性が警告する。確認する必要など無い。関われば、ろくなことにならない。だが──。

 恐怖というものは、時に人を逆へと動かす。知らないままでいることへの恐怖。それが、志遠の足を前へと進ませた。

 

「大丈夫……大丈夫だ……殺人鬼なんか、いるもんか」

 

 自分に言い聞かせながら、角の向こうを覗く。

 

 そして──見てしまった。

 

 若い女性が、糸のようなもので首を締め上げられている。その先に立つのは──蜘蛛の頭部を持つ、異形の怪物。

 

「あ……あぁ……!」

 

 理解が追いつかない。現実として受け入れることを、脳が拒絶する。だが怪物は確かにそこにいた。

 やがて糸を引き戻し、女性の身体が崩れ落ちる。動かない。

 

「う、うわあああっ!!」

 

 悲鳴が漏れる。その瞬間、怪物の視線が志遠を捉えた。

 

「チッ、見られちまったか。面倒だが、目撃者は始末しないとな」

 

 言葉を発した。怪物が、人の言葉を。

 志遠が混乱する間もなく、怪物から糸が放たれる。

 

「がっ……!?」

 

 首に絡みつく感触。次の瞬間、呼吸が奪われる。圧迫。窒息。肺が空気を求めて悲鳴を上げる。

 苦しい。痛い。意識が削られていく。

 

(俺、死ぬのか……)

 

 不思議と、志遠の思考は静かだった。諦めに似た感情。その中で最後に浮かんだのは──。

 

(最後に、誰かの為に行動できて良かったな)

 

 あの少女の姿。それを思いながら、意識は闇へと沈み──。

 

「がっは!? けほっ、げほっ!!」

 

 沈む事はなかった。

 

 突然、呼吸が戻る。空気を貪るように吸い込みながら、志遠は咳き込む。

 

(何が……起きた……?)

 

 ぼやける視界の中、音が聞こえる。唸り声。顔を上げると──。

 そこには、もう一体の怪物がいた。白い蛾──蚕のような異形。それが、先ほどの蜘蛛の怪物に襲いかかっている。拳。蹴り。体当たり。洗練など程遠い、だが必死な攻撃。

 

 やがて蚕の怪物が、こちらを振り向いた。

 

「逃げて!!」

 

 聞こえたのは、少女の声だった。場違いなほど人間的な、焦りと必死さを含んだ声。志遠の理解は追いつかない。だが身体は動いていた。生存本能が、全てを押しのける。

 志遠は立ち上がり、転びそうになりながらも走り出した。背後で、戦いの気配が激しくなる。だが振り返る余裕などない。ただ、逃げた。生きるために。

 

 その背中を確認し、蚕の怪物はわずかに頷く。しかしその一瞬が隙となった。

 鈍い衝撃音。反撃を受け、体勢を崩す。その隙に蜘蛛の怪物は糸を上空へ放ち、夜の闇へと跳び去っていった。

 

 残されたのは、荒い呼吸と、静まり返った夜だけだった。

 

 

「はぁっ、はぁっ……!」

 

 肺が焼け付くように痛む。喉は乾ききり、空気を吸い込むたびに胸の奥が軋んだ。それでも志遠は止まらなかった。止まれば、あの光景が追いついてくる気がしたからだ。

 ようやく見慣れた秋本家の玄関が視界に入る。安堵と同時に膝から力が抜けそうになるのを必死に堪え、乱暴にドアを開けた。そのまま転がり込むように中へ入る。

 

「おかえり……どうしたの、そんなに慌てて」

「ちょ、ちょっと暗闇に誰か居た気がして、怖くなって……水、貰える?」

「あいよ、ちょっと待ってね」

 

 自分でも驚くほど声が震えていた。だが、それ以上の言葉は出てこない。

 明音から差し出されたコップを受け取ると、志遠はそれを一気に煽った。冷たい水が喉を通り、ようやく現実へと引き戻される。大きく息を吐き、肩の力が抜けた。

 

(……生きてる)

 

 その当たり前の事実が、妙に重く感じられた。

 

「だから明日で良いって言ったのに。この辺は夜になると暗いから、気味悪かったでしょ?」

「う、うん……」

 

 曖昧に頷く。本当のことなど、言えるはずがない。2体の怪物等、あまりにも現実離れしすぎている。言葉にした瞬間、それが現実として確定してしまいそうで──志遠は無意識に思考を拒んでいた。

 それでも、頭の奥には焼き付いて離れない光景がある。

 

(……あの白い奴)

 

 自分を助けた存在。あれは一体何だったのか。

 

「あの白い奴の声、どっかで聴いた事があったような……」

 

 ぽつりと漏れた言葉に、明音が首を傾げる。

 

「うーん? 何か言った?」

「え? あ、いや。何でも無いよ」

 

 志遠は慌てて誤魔化す。それ以上考えるのはやめた。考えれば考えるほど、理解不能な現実に引きずり込まれそうになる。そのまま、何事もなかったかのように夜は更けていった。

 だが志遠の中だけは、確実に何かが変わり始めていた。

 

 

「ねぇねぇ、また出たんだって。殺人鬼」

「マジ? 毎日出るもんなの?」

 

 昨日と同じような会話。同じ場所、同じ時間、同じような放課後の光景。だが──志遠だけが違っていた。

 昨日まで他人事だった“殺人鬼”という存在が、今や現実として彼の中に根付いている。あれは噂ではない。確かに存在する“何か”だ。

 

 首筋を、冷たい汗が伝う。気付けば足がわずかに震えていた。

 

「いよぅ阿武川!」

「うわあっ!!」

「どわあ!?」

 

 突然肩を叩かれ、思わず大きく仰け反る。心臓が跳ね上がる。

 

「って、何だ斑目か。脅かすなよ」

「えぇ、今脅かす要素あったか?」

「……無いな。悪い、考え事してた」

 

 息を整えながら答える。目の前にいるのは、見慣れた顔──斑目修(まだらめ おさむ)。距離を置きがちな志遠にも遠慮なく接してくる、数少ない存在だ。

 

「阿武川が考え事とか珍しいな。明日は槍でも降るか?」

「どう言う意味だよ」

「悪い悪い。んで、何悩んでたん? 相談くらいなら乗るぜ」

 

 軽口を叩きながらも、その表情は気遣いに満ちている。

 

(……言えるわけないよな)

 

 あの出来事を、そのまま話せばどうなるか。

 信じてもらえるはずがないし、何より自分自身がまだ受け入れきれていない。それでも──。

 

(このままだと、気が変になりそうだ)

 

 胸の奥に溜まった不安が、言葉を押し出す。

 

「その、さ。最近嫌な噂あるじゃん」

「あー……町に現れる殺人鬼だろ? 物騒だよな。」

 

 修はすぐに話に乗ってきた。むしろ待ってましたと言わんばかりに、情報を並べていく。

 

 夜道を歩く人間を狙った連続殺人。

 被害者に共通点は無く、完全な無差別。

 そして、財布だけが抜き取られている。

 

 そのどれもが、昨日見た光景と一致していた。

 だが──。

 

「妙なのは犠牲者の状態。みんな首を絞められて殺されてるらしいけど──その絞まり方が異常らしい。まるで機械で引っ張ったみたいに締め上げられていて、人間業とは思えないらしいぜ」

 

 その一言で、背筋が凍る。それはまさに、自分が体験したもの。あの糸の圧迫感。呼吸を奪われる恐怖……思い出しただけで喉が締め付けられるようだった。

 志遠の顔から血の気が引く。

 

「にしても、最近こう言うの多いよな。春頃にも猟奇事件あったし。まああれは野犬に襲われたんだろうって結論づけられてたけど……おい阿武川、大丈夫か?」

「……え!? あ、あぁ。大丈夫」

「? まぁ、ちとオカルトめいた事言ったけど、物騒なことには変わらないからな。お互い早く帰ろうぜ」

「うん、そうだな」

 

 それ以上は会話が続かなかった。互いに別れ、志遠は一人で歩き出す。周囲の喧騒が、どこか遠くに感じられた。

 

「人間業とは思えない、か」

 

 ぽつりと呟く。蜘蛛の怪物と蚕の怪物。どちらも人間ではない。

 だが、確かに“存在している”。

 

(あれが……《怪人》ってやつなのか?)

 

 どこかで聞いた都市伝説が脳裏をよぎるが、それを現実として受け入れるにはあまりにも飛躍していた。

 日常が壊れる音がする。そんな感覚を振り払うように顔を上げた時──。

 

「うん?」

 

 人混みの中に、見覚えのある姿を見つけた。茶色のカントリーツインテール。控えめな佇まいの女子生徒。

 

 昨日、助けた少女。

 

(……あの子)

 

 志遠はなぜか、その姿から目が離せなかった。脳裏に、二つの声が重なる。

 

『巻き込んでしまってごめんなさい。それから……ありがとう』

『逃げて!!』

 

 違和感が、はっきりとした輪郭を持ちそして──繋がった。

 

「昨日のあの白い奴……!」

 

 あの声だ。

 

 間違いない。

 

 蚕の怪物の中から聞こえた声は、紛れもなく彼女のものだった。

 

(まさか……)

 

 疑念が確信へと変わっていく。

 

「…………」

 

 危険だ。関わるべきではない。

 

 頭では理解している。だが──志遠の足は、止まらなかった。無意識のうちに、彼女の後を追っている。

 

(もし本当に、あの怪物が……)

 

 知らない誰かなら、目を逸らせた。だが、正体を知ってしまったかもしれない以上、見過ごすことができない。

 確かめなければならない。そんな衝動が、志遠を突き動かしていた。それに──。

 

(あいつ……悪い奴には見えなかった)

 

 命を救われた事実が、判断を鈍らせているのかもしれない。それでも、あの必死な声だけは嘘には思えなかった。

 志遠は人混みの中、静かに彼女の背中を追い続けた。

 

 

 町外れ。

 人通りの少ない寂れた一角に、そのボロアパートはあった。外壁は剥がれ、窓は薄汚れ、生活感というよりも“淀み”のようなものが漂っている。志遠は建物の陰に身を潜めながら、息を殺して様子を窺っていた。

 視線の先では、あの女子生徒が立ち止まっている。

 

(こんな所で……何するつもりだ?)

 

 疑問と不安が胸の奥で絡み合う。やがて、アパートの一室の扉が軋む音を立てて開いた。現れたのは、一人の男。猫背で、覇気のない足取り。ぼさぼさの髪に濁った眼。遠目からでも分かる不衛生さ。

 その男が、ゆらゆらと気怠げに歩きながら、女子生徒へと近付いていく。

 少女と、不潔な中年男。

 一瞬、嫌な想像が頭をよぎるが、志遠はすぐに首を振った。

 

「──見つけた。次は逃さない」

 

 少女から聴こえてきたのは、冷たい声だった。感情を削ぎ落としたような、明確な殺意を含んだ声音。

 それが、あの少女の口から発せられたものだと理解するまで、数秒の遅れを要した。

 

「あ? 何だお前」

 

 男が面倒臭そうに応じる。

 

 その瞬間、女子生徒はポケットから何かを取り出した。オレンジ色した宝石のような輝きを持つ六芒星の結晶。それを掲げた瞬間──。

 

 彼女の腰に、何もなかったはずの場所にベルトが“現れた”。ベルトの中央には彼女の持つものと同じ形の、透明な結晶が埋め込まれている。

 

(なっ……!?)

 

 現実感が崩れる。少女が結晶を翳すと、それは光を放ちながらベルトの結晶へと吸い込まれていく。ベルトの結晶がオレンジ色に染まる。

 

《Silkmoth Ghost》

 

 無機質な電子音声。次の瞬間──。

 

(あっ!)

 

 志遠は思わず声を漏らしそうになり、慌てて口を押さえた。

 

 少女の瞳が青白く輝く。身体が白い光に包まれ、その輪郭が歪む。そして──昨晩見た、あの蚕の異形へと変貌した。

 

 さらにその顔に光が集まり、人魂の様な仮面を形成する。

 全身を覆うように同様の装甲が出現し、異形の姿を覆い隠していく。

 

 それはまるで、“怪物でありながら怪物であることを否定する姿”だった。人魂の様な装甲に包まれたその姿は、闇夜に佇む白い幽霊を彷彿とさせる。

 

(やっぱり……!)

 

 確信に変わる。彼女こそが、昨晩自分を救った存在。だが同時に、それは“怪物”でもある。

 理解が追いつかないまま、志遠はその場に釘付けになっていた。

 

「……成る程、昨日の続きって訳かい。面倒くせえ」

 

 男が吐き捨てる。次の瞬間、その瞳が黒く染まり──外観が歪む。やがてそこに立っていたのは、人ではなかった。

 蜘蛛の頭部を持つ、悍ましい怪物。ボロ布を纏い、まるで寄生されたかのように顔面と一体化した蜘蛛。

 それは明らかに、この世界の理から逸脱した存在だった。

 

蜘蛛型トルドボーグ

スパイダートルド

 

 次の瞬間、スパイダートルドが口を開く。吐き出されたのは、鋼糸のような糸。

 一直線に飛来するそれを、蚕怪人は横転して回避する。

 

 直後──その姿が、白い光と共に消えた。

 

(消えた!?)

 

 スパイダートルドも一瞬、標的を見失う。だが──次の瞬間、背後に“現れた”。まるで亡霊のように。

 スパイダートルドが振り向こうとした瞬間、顔面を掴まれる。蚕怪人はそのまま強引に押し込み──ゴミ捨て場へと叩きつけた。激しい衝突音。舞い上がる埃。

 

「何なんだよこれ」

 

 志遠の口から、思わず言葉が漏れる。

 理解できない。だが、目を逸らすこともできない。

 

(逃げなきゃ……)

 

 頭では分かっている。だが身体が動かない。

 目の前で繰り広げられる光景が、あまりにも現実離れしていて──同時に、目を離せないほどの“現実”だったからだ。

 

「舐めてんじゃねえぞガキが……!」

 

 瓦礫の中からスパイダートルドが立ち上がる。そのまま反撃に転じ、糸を放つ。

 砂埃で視界を奪われていた蚕怪人は反応が遅れ──首に糸が絡みついた。

 

「ガッ!?」

 

 締め上げられる。必死に引き剥がそうとするが、糸は鋼のように硬い。そのまま振り上げられ、壁へと叩きつけられる。鈍い音。体勢を崩したところへ、容赦ない連撃。

 拳。蹴り。まるで一方的な暴力だった。

 

「きゃあっ!」

「良い声で鳴くじゃねえか。そのまま俺を愉しませろ」

 

 嘲るような声。戦況は完全に逆転していた。蚕怪人への締め付けが強まり、ギリギリと、嫌な音が響く。

 

 このままでは──。

 

(どっちが勝っても……同じ、か)

 

 怪物同士の戦い。勝った方が残るだけ。

 それでも──。

 

「頑張れ……諦めるな……!」

 

 志遠は、無意識に呟いていた。祈るように。

 自分でも理由は分からない。だが、あの怪人の中にいる“彼女”を、怪物だとは思えなかった。

 

「…………!」

 

 その声が届いたのか。蚕怪人の動きが変わる。右手に光が集まる。

 次の瞬間──糸が、弾け飛んだ。スパイダートルドがよろめく。蚕怪人は立ち上がり、ベルトへ手を触れる。

 

《LastAttack GravityCurse》

 

 電子音声。

 右腕を構え、左腕で固定。

 放たれたのは、糸状の光。

 

 それがスパイダートルドに絡みつき──その身体が宙へと浮かび上がった。

 

「ぐっ、テメェ、離しやがれ……!」

 

 スパイダートルドが必死でもがく。だが、逃れられない。蚕怪人が手を握るとそれに呼応するように──ミシミシと音を立てて、スパイダートルドの身体が軋む。やがてその肉体は圧縮され火花が散り始め……。

 

「──貴方を倒す前に一つだけ聴きたいことがある。姫山奈央(ひめやま なお)と言う人を知ってる?」

「ガアアアアッ!! 何のことだアアアァ……!!」

「そう……なら、貴方に用はない!」

 

 蚕怪人の声に容赦はなかった。その右手にさらに力が込められそして──。

 

「ハァッ!」

「ギャアアアアッ!!」

 

 叩きつけ。

 爆発。

 

 肉片と残骸が、煙と共に消えた。静寂が支配する夕闇の中、爆煙の中に立つ白い影。

 やがて光が収まり、姿は元の少女へと戻る。肩で息をしながら、ゆっくりと立ち尽くすその姿は──どこか普通の女子生徒と変わらなかった。

 

(……何なんだよ、これ)

 

 志遠は呆然と立ち尽くす。現実が、理解を拒む。怪物。そして、その正体が同じ学校の生徒。世界がひっくり返ったような感覚。

 

(……離れないと)

 

 ようやく思考が戻る。志遠はその場から立ち去ろうとした、その時──足元の空き缶を、蹴ってしまった。乾いた音が響く。

 

「あっ!」

 

 最悪の音だった。少女が振り向き、視線が合う。心臓が凍りつく。

 だが──彼女は、襲ってこなかった。むしろ驚きと、焦り。そしてどこか怯えたような表情で後ずさる。次の瞬間、踵を返し──逃げるように走り去った。

 

「……」

 

 志遠は、追うことも、呼び止めることも出来なかった。ただ、その背中を見送ることしかできない。残されたのは、静まり返った夕闇と、現実とは思えない光景の余韻。

 

 ──これは怪物になってしまった少女と、自分を見失った少年との出会い。そして青春の物語だ。

 

 

主題歌「TWINSTAR」

 

双星の欠片 街にこぼれ落ちて

時計の針 動き出す気がした

静かに歪む世界の中で

僕は星を追いかけたんだ。

 

離れ離れのCastor&Pollux

見失わないようにその手 伸ばせ

 

背中越しに見えた君の強さが

震える願いまだ支えてる

叶わぬ奇跡 ただ信じて

触れた温度目を逸らさず

同じ時間越えていこう

その手を強く 掴みながら

 

 

仮面ライダーシルク

 

 

 

 

《次回、仮面ライダーシルク》

 

「──嗚呼、その生や希望にしがみつく顔。何と美しい……!」

 

「ついに阿武川も、女子に興味を持つようになったか。お父さんは嬉しいぞ……!」

 

「そんなんじゃ無いって」

 

「トルドボーグは、与えられた力を自らの欲望のままに振るう、人の心を捨てた化け物」

 

「……私も、そんな化け物の一体だよ。君が見た通り」

 

 

 

 

 

「じゃあシルク! 姫山さんは、仮面ライダーシルクだ!」




 特撮ファン・ライダーファンの方初めまして。密かに構想していたものが100%連載できる状態に完成したので思い切って執筆してみました。
 本作は「作者の好きな要素全部乗せ」「過去に未完のまま御蔵入りになったものの再構築」などを闇鍋した、私の半生の集大成みたいな作品で、ヒーローの設定が仮面ライダーっぽくなったのでライダー小説として書こうとなった異色作です。皆さんのお口に合うかは分かりませんが、どうか最後までお付き合い下さい。
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