山戸市→カブトムシ(ヤマトカブトムシ)
宮間町→ミヤマクワガタ
阿武川志遠→シオヤアブ
姫山真由→ヒメヤママユ
斑目修→オサムシ科斑蝥(ハンミョウ)
足立一郎→百足(ムカデ)
秋本明音→アキアカネ
姫山奈央→オナガヤママユ(マダガスカルオナガヤママユ)
1
人々が寝静まる深夜の港。少し遠くに見えるビルの明かりと、暗闇に沈んだ海の彼方から聞こえてくる船のエンジン音が、静寂の中に微かな生活の気配を刻んでいた。完全に眠る事のない、人間の営み。その名残だけが、人気の少ない港をぼんやりと照らしている。
そんな港の一角に、数人の男が集まっていた。
内二人は、少しヤンチャな格好をした、ごく普通の若者だった。
そしてもう一人──若者達よりふた周り程大柄な体格と、それを支える屈強な筋肉。表情が殆ど変わらない仏頂面に、両頬へ塗られた赤い逆三角形のフェイスペイント。金色の髪に碧眼を持つ、異国の軍人を思わせる大男。
その男が、若者二人へと語りかけていた。
「Very Good! 見事な働きぶりでシタ。ユー達に感謝しマス」
大男は、その無骨な表情からは想像も出来ないほど気さくにサムズアップをしながら、若者達を称賛した。
若者達も、そんな男の陽気さに悪い印象は抱いていない。それどころか──何より、仕事の割にはあまりにも高額なアルバイト代に、すっかり浮かれ気分となっていた。
「でも良いんすか? コンテナからあの変な……車? を一つトラックに積むだけで10万も貰って」
「No problem。ユー達は相応の働きをしましタ」
「マジ神っすわ! こんなバイトなら、毎日でもやりたいっす!」
労力に見合わない、あまりにも美味しい報酬。
目の前にぶら下げられた札束を想像するだけで、自然と若者達の頬が緩む。当初こそ、勤務先の時間帯や場所には胡散臭いものを感じ、少しだけ警戒もしていた。
しかし、遊ぶ金が欲しいという欲求と、気心の知れた仲間同士で参加出来るという安心感。それらが、わずかな不安をすぐに押し流してしまった。
今の彼らの頭にあるのは、偉人が印刷された札束の事だけだった。
「俺、前から欲しかった時計買うわ」
「自分はやっぱ、ナンパの軍資金に全乗せっしょ!」
各々が、早速手に入る金の使い道を口にする。明日が楽しみで仕方がないのだろう。
だが──美味い話などある筈がない。
若く、そして無知な彼らは、まだその当たり前の事実を理解していなかった。
「OK、では最後の仕上げと行きましょう」
「え、仕上げ? もう仕事は終わったんじゃ」
若者の一人が疑問を口にし終えるより早く──男の姿が変わる。屈強な肉体を覆うように、背中から腹部まで全体を包み込む、甲羅のような形状のアーマー。
異国の軍人めいた大男は、その正体を露わにした。
亀型トルドボーグ
タートルド
「後はユー達の口を封じれば、MissionCompleteデス」
「う……うわあああ!?」
深夜の港に、若者達の断末魔が静かに木霊した。
*
「はぁ……」
その日、志遠はまたもや教室でため息を吐いていた。
数日前、紆余曲折の末に志遠は彼女の事を真由と名前呼びする事となった。
本来なら、余程親しい間柄の男女同士でのみ許されるような呼び方だ。いざ実際に呼んでみると、胸の辺りが妙にムズムズしてくる。別に何か悪い事をしている訳ではないのに、どうにも落ち着かない。思い出すだけでも少し恥ずかしくなってしまう。
真由の方も、先のジョウナンでの一件から妙に志遠に対して優しくなった。
以前なら、志遠の方から会いに行けば何かと邪険に扱われる事もあったのに、今ではそういう事もない。
……それに関しては、明音から志遠の過去を聞いた真由が、彼女なりに志遠への接し方を改めたためなのだが──もちろん、そんな事情を志遠が知る由もない。
そんな訳で、二人の距離感は激変していた。そして志遠は、その変化に未だ戸惑っていたのだ。
「阿武川が恋煩いに陥ってらっしゃる」
「そんなんじゃ無いよ……って、前にもこんなやり取りしなかったっけ」
「したな。それで? 姫山さんとはどうなんだよ」
そんな志遠の内心を知ってか知らずか、親友である修が心配半分、好奇心半分といった様子で詰め寄ってくる。
志遠としては、別に色恋沙汰をしているつもりなどない。だからこそ、どう説明すればいいのか自分でもよく分からなかった。
「えーっと、この間ジョウナンに行った」
当たり障りなく答えた結果、『明音さんに強引に連れられて』という大事な部分が、すっぽりと抜け落ちた状態で志遠の口から出力されてしまったようだ。
要点だけを聞いた修は、絶句した。
「マジかよ……阿武川、お前意外と攻めるな!」
「え、どう言う事?」
「どうもこうも、喫茶ジョウナンといやぁ恋人達の一大決戦の場だぞ? ここぞと言う時の大勝負に使われるデートスポットとして定番の場所だ」
「えっ、そうなの?」
修の口から告げられる、あまりにも意外な事実。
勿論、志遠は明音に連れられて入店しただけである。そんな場所だとは知らなかったし、当然ながらそのような意図も一切なかった。
「は……? まさか阿武川、それ知らずに姫山さんとジョウナン行ったのか?」
「うん」
あっさりと返ってきた予想外の答えに、修は思わず沈黙する。その場に、何とも言えない空気が流れた。
志遠も、何となく居心地の悪さを覚える。何かおかしな事をしたのだろうか。だが、今更どうすればいいのかも分からない。
「……帰ろっか」
「お、おう」
志遠の合図で、二人は教室を立ち去るのだった。
*
廊下へ出た志遠は、自然と足早になっていた。別に、約束をしている訳ではない。ただ最近は、下校時にタイミングが合えば真由と一緒に帰るようになっていた。
普段こそ、そこまで意識している訳ではない。一緒になれば嬉しいな、くらいに考えているだけだ。それなのに、いざ帰る時間になると、身体は無意識の内に歩みを早めてしまう。
自分でも気付かないほど自然に。
「おいおい阿武川、早いって」
「え!? あ、悪い」
「やれやれ、阿武川さんや。色んな意味でお若いのぉ、ふごふご」
「う、だからゴメンって」
修の茶化しに、志遠は返す言葉もない。彼としても、自分が何をそんなに急いでいるのか、改めて考えると余計に恥ずかしくなってしまう。
そんな、いつも通りのやり取り。放課後の穏やかな時間が、ゆっくりと過ぎていく。
──だが、その平穏はすぐに破られた。
「だから、私忙しいから手伝えないです!」
「どう忙しい? 生徒会の仕事を蔑ろにしてまでする内容なのか、言ってみろ!」
「それは……って言うか、そもそも私生徒会役員じゃ無いです!」
「私に口ごたえする気か!? お前は、唯でさえ学校行事に参加せず孤立している。だから私が正すチャンスを与えてやっているのだぞ!!」
怒鳴り声が廊下に響く。
声を荒げているのは、生徒会長の足立だった。そして、その怒声を浴びせられている相手は──真由だった。
「な、何で生徒会長が真由を?」
志遠は思わず足を止めた。目の前の光景が、一瞬理解出来なかった。何故、あの生徒会長が真由にあんな剣幕で怒鳴り立てているのか。
やがて追いついてきた修もその様子を確認し、顔を引きつらせる。
「げ、あれって姫山さんだよな。生徒会長に目ぇ付けられてんのか」
「何で……? 真由はそんな非行を働いたりしてないのに」
確かに、学園祭の準備に参加していないとか、そういう事はあるかもしれない。だが、それだけの理由で、あんな強引な絡み方があるのだろうか。傍から見れば、完全に真由が素行の悪い不良扱いをされている。
「ありゃあ、噂はマジみたいだな」
不意に、隣にいる修が不穏な事を口にした。
噂?
志遠は思わず修の方を見る。
「生徒会長の奴、姫山さんに
修は参ったなと言いたげに、頭を抱える。志遠は気が気でならなかった。生徒会長が、真由の事を……?
「あぁいや、恐らく阿武川が想像してるような小綺麗な話じゃ無い。生徒会長は、姫山さんを《支配》したいんだよ」
「支配だって……!?」
「そ。生徒会長の家、ここらじゃ有名な名士の家系なんだが相当躾は厳しいらしくてな、生徒会長もストレス溜まってるらしい。だから、アイツは自分に逆らわない従順な女の子を手に入れたいんだってみんな噂している」
「そんな……何で真由なんだよ」
「……お前は姫山さんとよく一緒に居るから彼女の人となりは知っているんだろうが、傍から見た彼女のイメージは『集団に馴染まず教室の隅にいる、大人しく物静かで発言力の弱い女の子』なんだよ」
なんだよ、それ。と、志遠は思わず拳を握り締める。真由にとって、足立を追い払う事など簡単な事だ。但し、それは改造人間としての力を行使した場合の話。それをしないのは、真由が《普通の女の子》として生きたいからに他ならない。
あの力を使えば、また自分は普通ではなくなってしまう。だからこそ彼女は、どれほど面倒な相手であっても、安易にその力へ頼ろうとはしない。
それを──。
あまりにも身勝手極まりないエゴイズムで踏み躙り、剰え奴隷同然の扱いを強要しようとするなど──!
「いいから来い!」
「嫌っ、離して!!」
気が付けば、志遠は力強く早足で歩みを進めていた。
考えるよりも先に、身体が動いていた。
「なぁ阿武川。姫山さんの事は気の毒だけど、生徒会長を敵に回すのは……って、おい!?」
「すいません、真……姫山さんに用事があるんですけど」
「志遠くん!?」
「何だ貴様、後にしろ! 私は姫山を正しく導いてやらねばならんのだ!!」
尚も横暴な態度を崩さない足立。真由が明らかに嫌がっているにもかかわらず、自分だけが正しいと言わんばかりの態度。
志遠は、もう我慢の限界だった。
「……あの! 真由が嫌がってるじゃないですか! 女の子を無理やり言いなりにしようとするなんて、あんたそれでも生徒会長かよ!!」
廊下に、志遠の声が響き渡る。一瞬にして、周囲は静まり返った。
──否。空気が凍りついた。
ある生徒は顔を青ざめ、またある生徒は巻き込まれまいと足早にその場から逃げ出していく。
志遠は、《生徒会長に逆らう》という最大の禁忌を犯したのだ。
ブチッ。
足立から、そんな音がした気がした。
「何だと……!?」
足立は真由を掴んでいた腕を乱暴に離すと、ゆっくりと志遠へ向き直った。そして次の瞬間、志遠の首根っこを掴む。
「お前! 一体誰のお陰で平和に学生生活を送れていると思っている!? 私が宮間高校の秩序を護っているからだぞ!! その私が生徒会長かだと!? 恥を知れ!!」
過剰なまでに志遠へ怒声を浴びせる一郎。彼に目をつけられた生徒は、こうして有無を言わさず屈服させられてきた。
大声と威圧。
反論する隙すら与えず、恐怖によって相手を押さえ付け、表向きだけの
……今、この場を除いて。
「恥を知るのはあんただろ! 従わない相手を恐怖で押さえ付けて、ただの暴君じゃないか!!」
「何だと貴様あ!!」
「志遠くん!! ちょっと、止めて下さい生徒会長!」
志遠を庇おうとする真由。だが、今の一郎に彼女は眼中にない。目の前にいる志遠へ、執念の籠もった怒りだけを向けていた。
志遠も、今更引く気などない。事態は、ますますエスカレートしていく。
「やば……! あー、あー、生徒会長! 一年の教室で男子が喧嘩してまーす! 仲裁頼みまーす!!」
わざとらしく声を上げながら、修が足立の身体を引っ張った。足立は志遠に意識を集中させていたため、突然の事に対応出来ない。
「何だお前は! 邪魔を……」
「いよっ、我らが生徒会長! 貴方様のお力をどうかお貸し下され〜」
そう言いながら、修は志遠と真由を見る。
──行け。
その目は、はっきりとそう告げていた。
「悪い、斑目!」
志遠はそう言うと、真由の手を引いた。そして、修が作ってくれた僅かな隙を逃すまいと、その場から離脱する。
「おい待て! 話は終わっていないぞ、逃げるな!!」
一郎の口惜しげな声が、背後から響く。志遠は振り返らない。真由の手を引いたまま、ただその場から遠ざかっていく。
やがて、一郎の声も少しずつ遠くなっていった。
*
「だ、大丈夫だった? 真由」
「うん、ありがとう……志遠君の友達は、平気?」
「斑目なら上手くやれると思う、けど……」
志遠は膝に手を当て、ゼェゼェと激しく息を切らしていた。真由の手を離さないまま全力疾走で廊下を駆け抜け、そのまま校門の外まで逃げ出してきたのだ。普段から運動が得意という訳でもない志遠にとって、さすがに無理があった。
胸が苦しい。喉も焼けるようだ。
だが、今はそれよりも真由の様子の方が気になる。ふと、志遠の携帯電話がメール着信のベルを鳴らした。慌てて画面を確認すると、そこには電子文字で
『何とか丸め込んだ。任務完了!d(・<)』
と書かれていた。
「大丈夫だったみたい」
「良かった……今度お礼言っておいてね」
「うん、一応返事送っておく」
そう言うと志遠は、携帯電話を操作し始める。唯一の友人である修とは、これまでにも幾度となくメールのやり取りをしてきた。だからか、その指は慣れた様子でボタンを動いていく。
『ごめんな、ありがとう』
『今度の昼飯代、奢りで良いぜ☆』
『了解』
メールでのやり取りを終える。志遠は携帯電話を閉じながら、先程から頭に引っ掛かっていた事を口にした。
「どうして生徒会長は、真由に付き纏うんだろうね」
「こっちが聴きたいよ! 私がここに転校してしばらく経ってから、ずっとあんな感じ」
真由も、心底うんざりしているようだった。思い返せば、真由と出会う切っ掛けとなったのも、一郎に追われていた彼女を志遠が匿った事だった。
やはり、生徒会長は真由を特別な感情で見ているのだろうか。先程修から聞かされた話を思い出し、志遠の胸に嫌なものが残る。
「あ、そうだ」
そんな微妙な空気を変えるかのように、真由がふと思い出したように呟いた。
彼女はスカートのポケットから、一枚のハンカチを取り出す。そして、それを志遠へ差し出した。
彼が以前、怪我をした真由の膝へ巻いた銀色のハンカチ。*1黒線で模様が描かれた、少し背伸びをしたような大人びたデザインのそれは、新品同様に綺麗に畳まれていた。
「これ。洗っておいたから」
志遠は思わずハンカチへ目を落とす。あれだけ附着していた血の汚れが、綺麗さっぱり無くなっていた。よほど念入りに手洗いしたのだろう。
「本当は血が着いちゃったからこっちで処分しようと思ったんだけど、何か違うなって思ってさ。一応返すよ」
「わざわざ洗ってくれたんだ。ありがとう」
志遠はありがたく、真由からハンカチを受け取った。
戻ってきた事に、ほんの一抹の寂しさがなかった訳ではない。あのハンカチを真由が持っている事が、いつの間にか二人の繋がりのように思えていたからだ。
それでも、このハンカチは彼女とのちょっとした想い出の象徴でもある。志遠は手の中にあるハンカチを握り、これまでの真由との出来事を思い出した。
出会った時の事。
ジョウナンで一緒に過ごした事。
そして、何かとぶつかり合いながらも、少しずつ変わってきた二人の距離。
先程まで胸の中を占めていた嫌な気持ちが、ほんの少しだけ和らいだ気がした。
「どうしたの?」
「……うぅん、何でもない。帰ろうか」
「? うん」
胸に浮かんだ仄かな安らぎの感情を悟られないよう、志遠は歩き始める。真由とは、少し進んだ先にあるT字路で別々の方向へ帰る。
せめて、それまでの距離だけでも。この穏やかな感情と共に歩いていたい。志遠は、そんな事を思うのだった。
「見つけましたよ、シルクモス」
──だが。
望まない悪意の干渉により、その想いは唐突に砕かれる事となった。
志遠は声のした方を振り返る。そこには、一人の男が立っていた。
金髪碧眼。
皺の刻まれた仏頂面。
同じヒトとは思えない筋肉に支えられた、大柄な体格。
そして、通学路に佇むには余りにも異質な軍服。
トルドボーグかどうかなど、もはや考えるまでもない。男が日常側の人間ではない事くらい、志遠ですら一目で理解出来た。
志遠はすぐ隣の真由を見る。彼女は既に、全身に警戒心を露わにしていた。
「シルクモストルド。プロフェッサーからの寵愛を受けながら、同族狩りを続ける裏切り者……ユーはこのワタシが処刑しマス」
そう言うと、大男はタートルドとしての正体を表す。そして──。
──《プロフェッサー》。
その名を聞いた瞬間、真由の表情に緊張が走るのを、志遠は確かに見た。ソレが何者なのか。今は聞いている余裕もない。
「志遠くん、逃げるよ」
志遠が状況を理解するより早く、真由は彼の腕を掴み、走り出した。さっきとは、まるで真逆の状況だ。
「え、ちょっ、真由!?」
「ここじゃ人目につくから!」
真由が変身する事は勿論だ。
それだけではない。
トルドボーグの存在を、一般人に見られる訳にはいかない。奴らは基本的に、自身の姿を見た者を生かしてはおかないからだ。
「──成る程、場所を変えると言うわけですか。OK。ワタシとしても、同胞達に証拠隠滅の手間を掛けさせる事は本意ではありまセン」
真由の意図を理解したタートルドは、悠々とした歩幅で追跡を開始した。
*
「ここなら……!」
歩道から外れた、下を川の流れる脇道。真由はそこで足を止めた。振り返れば、タートルドがゆっくりとした動きで後を付けてきている。
その巨体は、一見すると鈍重だ。だが、だからといって安心出来る相手ではない事を、志遠はもう十分に理解していた。
「志遠くん、隠れてて!」
「分かった!」
志遠が離れた事を確認した真由は、トルドストーンを取り出して構える。
「変身!!」
ゴーストフォームへと変身したシルクは、タートルドへ向けて勢いを乗せたパンチを叩き込んだ。
……が。
「くぅぅ……!」
ギィンッ!
金属を打ったような音が響く。シルクの拳へ返ってきた衝撃は、その腕から全身へ痺れるように走った。
タートルドのプロテクターは、シルクの攻撃を一切通さないほど強固なものだった。
「ワタシの鎧は特別製デス。ユーのか弱いパンチ程度では、傷一つ付ける事は出来ない」
タートルドはシルクの腕を掴む。そして、遠心力を乗せて彼女を岸壁へと放り投げた。岩肌へ激突し、転げ落ちるシルク。対してタートルドは、重厚な音を立てながら迫ってくる。
鈍重な動きではある。しかし、その巨体ゆえの歩幅もあり、シルクが体勢を立て直す頃には既に眼前まで迫っていた。起き上がるより早く、腹部へ強烈なキックが突き刺さる。
シルクの身体が転がった。だが、タートルドは追撃を止めない。そこにあるのは、冷徹な殺意だった。
「フン!!」
タートルドの豪腕が、シルクへ迫る。まともに防げば、ただでは済まない。
一瞬の判断。
シルクはテレポーテーションを使い、タートルドの背後へと回り込んだ。
「っ……!」
動きの鈍さが仇になったか。タートルドは背後の気配に振り向こうとする。だが、その前にシルクの放つ光の糸が彼の身体を絡め取った。直接攻撃が通らなくても、念力による拘束なら──。
「はぁっ!」
お返しと言わんばかりに、シルクはタートルドを岸壁へと放り投げる。重量級のボディは、シルクの時よりも遥かに強く地面へと落下した。その重量そのものが、タートルド自身へ大きなダメージとなって返ってくる。
「shit! ワタシの重さを利用するとは考えましたネ。流石は、これまで八体のトルドボーグを葬ってきただけの事はありマス」
タートルドはヨロヨロと立ち上がる。しかし、その声には一切の焦りがなかった。まるで、勝つのは最初から自分だとでも言いたげな、不気味な貫禄すら感じさせる。
「ですが、ここまでデス。やはりユーには、コレを使う必要がありマス……come on、《ギガアーケロン》!!」
──瞬間。
周囲を、地響きが襲った。
*
「地震!?」
唐突な揺れに、志遠は危うく転びそうになる。慌てて足を踏ん張りながら、周囲を見渡した。だが、地震にしては妙に局所的だ。
まるで──地の底から、何か巨大なものが這い出てこようとしている。そんな不気味な揺れだった。
やがて大地が隆起し、それは現れた。
「何だよアレ……戦車?」
それは、まるで巨大な亀の甲羅のようだった。
強固な鉄板で覆われた装甲。ミサイルだろうが平然と防ぎきってしまいそうな、圧倒的な迫力。近未来的な駆動音を発する、その巨大な装甲車を前に、シルクも驚愕していた。
タートルドは甲羅装甲車の上部へ跳躍する。ハッチを開け、その内部へ入り込んだ。
"ギガアーケロン、battlemode go!!"
スピーカーから響くタートルドの声に呼応するように、甲羅装甲車が変形を開始する。
後部の車輪が収納される。
代わりに、ドッシリとした脚パーツが出現。
その巨体が、ゆっくりと直立した。
さらに前部の車輪からも腕パーツが出現し、その頂には機械の獣とでも言うべき顔が姿を現す。
装甲車は、6mほどの巨大な亀型ロボットへと*2変形を完了した。
ギガアーケロン
変形を終えたギガアーケロンは、挨拶代わりと言わんばかりに口から火炎を放射した。シルクは横へ転がりながら回避する。だが、次の瞬間には豪腕が迫り、大地ごとなぎ払われた。
間髪入れず、背中からミサイル。さらに前方の甲羅からは、電撃が放たれる。まるで全身そのものが動く武器貯蔵庫だ。その猛攻の前に、シルクは為す術もない。
「あんなの、どうやって勝てば良いんだよ!?」
志遠が叫ぶ中、シルクは一か八か、再び念力でギガアーケロンを捕捉しようと試みる。
だが──。
「ぐっ……うう……!」
いかに直接攻撃より力を出せるシルクの念力でも、巨大な鉄塊を動かすほどのエンジンを止める事は容易ではなかった。
力が拮抗する。
シルクの全身へ、凄まじい負荷が掛かる。そして、翳した手の先に赤い鮮血の飛沫が飛んだ。
「あぁっ!!」
苦悶の表情を浮かべ、シルクは手を押さえる。ギガアーケロンは、その隙を逃さなかった。巨体を半回転させ、尻尾による一撃を叩き込む。シルクの身体が、大きく吹き飛ばされた。
地面へ落下し、その衝撃に耐え切れず変身が解除される。
「真由!!」
隠れていた志遠が、真由の元へ駆け寄った。真由は全身に強烈な衝撃を受け、未だ立ち上がる事が出来ない。志遠はすかさず彼女の腕を肩に担いだ。
だが──その後、どうするのか。
既にギガアーケロンは、巨大な足音を響かせながら迫ってきている。ただの人間である志遠が、あんな相手に叶うはずもない。万事休すか。
「志遠、くん……早く、逃げて」
「無理だよ。どうせアイツ、俺の事も逃がす気無いでしょ?」
志遠は乾いた笑いを含みながら言う。よもや、諦めたのか。しかし、その瞳には絶望など浮かんでいない。
志遠はふと、下を見た。崖の先には、それなりの深さの川が流れていた。
「真由、先に謝っておくよ……ごめん!」
「へっ?」
志遠は真由を突然抱きしめる。そして、躊躇う事なく跳躍した。目指すは、眼下を流れる川。自分が衝撃を受け止めるように真由を抱え込み、強引に身体を捻る。
迫る水面。
志遠は真由の頭を自分の胸へ埋め込ませ、自身の長い脚をまっすぐ真下へと突き出した。
せめて、自分が先に衝撃を受けるために。
「ちょ、ちょっと志遠くーーーん!!?」
次の瞬間。視界が、爆発的な白い泡で満たされた。轟音。そして、強烈な水圧が二人を引き離そうと牙を剥く。肺の中の空気が奪われ、身体中を激しい衝撃が駆け抜ける。志遠の意識が遠のきかける。
それでも。
腕の中にある温もりだけは、絶対に離すまい。志遠は、指先に力を込めた。
"unbelievable! 正気デスかあのボーイ!! これではギガアーケロンによる追跡は不可能デス……まぁ良いでしょう。ワタシから逃げられると思うのならば大間違いデス"
そう言うと、ギガアーケロンは活動を停止する。
後には、スリープモードへと移行した鉄の巨体が、自然溢れる空間の中に静かに佇むだけだった。」
タートルドはこれまでのトルドボーグとは異なりメメントルドの組織側に近い男なので、台詞の端々に背景設定や伏線の匂わせを含ませています。