町外れ。
人通りの少ない寂れた一角に、そのボロアパートはあった。外壁は剥がれ、窓は薄汚れ、生活感というよりも“淀み”のようなものが漂っている。志遠は建物の陰に身を潜めながら、息を殺して様子を窺っていた。
視線の先では、あの女子生徒が立ち止まっている。
(こんな所で……何するつもりだ?)
疑問と不安が胸の奥で絡み合う。やがて、アパートの一室の扉が軋む音を立てて開いた。現れたのは、一人の男。猫背で、覇気のない足取り。ぼさぼさの髪に濁った眼。遠目からでも分かる不衛生さ。
その男が、ゆらゆらと気怠げに歩きながら、女子生徒へと近付いていく。
少女と、不潔な中年男。
一瞬、嫌な想像が頭をよぎるが、志遠はすぐに首を振った。
「──見つけた。次は逃さない」
少女から聴こえてきたのは、冷たい声だった。感情を削ぎ落としたような、明確な殺意を含んだ声音。
それが、あの少女の口から発せられたものだと理解するまで、数秒の遅れを要した。
「あ? 何だお前」
男が面倒臭そうに応じる。
その瞬間、女子生徒はポケットから何かを取り出した。透き通った宝石のような蒼白い輝きを持つ六芒星の結晶。それを掲げた瞬間──。
彼女の腰に、何もなかったはずの場所にベルトが“現れた”。ベルトの中央には彼女の持つものと同じ形の、透明な結晶が埋め込まれている。その結晶は、澄んだ透明色をしていた。
(なっ……!?)
現実感が崩れる。少女が結晶を翳すと、それは光を放ちながらベルトの結晶へと吸い込まれていく。ベルトの結晶が蒼白い色に染まる。
《Silkmoth Ghost》
無機質な電子音声。次の瞬間──。
(あっ!)
志遠は思わず声を漏らしそうになり、慌てて口を押さえた。
少女の瞳が蒼白く輝く。やがて全身の輪郭が歪みそして──昨晩見た、あの蚕の異形へと変貌した。
変化はまだ続く。その顔に光が集まり、蒼い眼と白い仮面を形成する。
全身を覆うように白の装甲やマントが出現し、異形の姿を覆い隠していく。
それはまるで、“怪物でありながら怪物であることを否定する姿”だった。新たな装甲に包まれたその姿は、闇の中ふたつの蒼白い人魂を漂わせる、白い幽霊を彷彿とさせた。
(やっぱり……!)
確信に変わる。彼女こそが、昨晩自分を救った存在。だが同時に、それは“怪物”でもある。
理解が追いつかないまま、志遠はその場に釘付けになっていた。
「……成る程、昨日の続きって訳かい。面倒くせえ」
男が吐き捨てる。次の瞬間、その瞳が黒く染まり──外観が歪む。やがてそこに立っていたのは、人ではなかった。
蜘蛛の頭部を持つ、悍ましい怪物。ボロ布を纏い、まるで寄生されたかのように顔面と一体化した蜘蛛。
それは明らかに、この世界の理から逸脱した存在だった。
スパイダートルド
スパイダートルドが口を開く。吐き出されたのは、鋼糸のような糸。一直線に飛来するそれを、蚕怪人は横転して回避する。
直後──その姿が、白い光と共に消えた。
(消えた!?)
スパイダートルドも一瞬、標的を見失う。だが──次の瞬間、背後に“現れた”。まるで亡霊のように。
スパイダートルドが振り向こうとした瞬間、顔面を掴まれる。蚕怪人はそのまま強引に押し込み──ゴミ捨て場へと叩きつけた。激しい衝突音。舞い上がる埃。
「何なんだよこれ」
志遠の口から、思わず言葉が漏れる。
理解できない。だが、不思議と目を逸らすこともできなかった。
(逃げなきゃ……)
頭では分かっている。だが身体が動かない。
目の前で繰り広げられる光景が、あまりにも現実離れしていて──同時に、目を離せないほどの“現実”だったからだ。
「舐めてんじゃねえぞガキが……!」
瓦礫の中からスパイダートルドが立ち上がる。そのまま反撃に転じ、糸を放つ。
砂埃で視界を奪われていた蚕怪人は反応が遅れ──首に糸が絡みついた。
「ガッ!?」
蚕怪人の首がギリギリと締め上げられる。必死に引き剥がそうとするが、糸は鋼のように硬い。そのまま振り上げられ、蚕怪人は壁へと叩きつけられた。
体勢を崩したところへ、スパイダートルドの容赦ない連撃が叩き込まれる。拳。蹴り。まるで一方的な暴力だった。
「きゃあっ!」
「良い声で鳴くじゃねえか。そのまま俺を愉しませろ」
嘲るような声。戦況は完全に逆転していた。蚕怪人への締め付けが強まり、ギリギリと、嫌な音が響く。
このままでは──。
(あの子が……殺される)
所詮は怪物同士の戦い。勝った方が残るだけだ。
それでも──。
「頑張れ……諦めるな……!」
志遠は、無意識に呟いていた。祈るように。
自分でも理由は分からない。だが、あの怪人の中にいる“彼女”を、怪物だとは思えなかった。
「…………!」
その声が届いたのか。蚕怪人の動きが変わる。右手に光が集まる。
次の瞬間──糸が、弾け飛んだ。スパイダートルドがよろめく。蚕怪人は立ち上がり、ベルトへ手を触れる。
《LastAttack GravityCurse》
電子音声。
右腕を構え、左腕で固定。
放たれたのは、糸状の光。
それがスパイダートルドに絡みつき──その身体が宙へと浮かび上がった。
「ぐっ、テメェ、離しやがれ……!」
スパイダートルドが必死でもがく。だが、逃れられない。蚕怪人が手を握るとそれに呼応するように──ミシミシと音を立てて、スパイダートルドの身体が軋む。やがてその肉体は圧縮され火花が散り始め……。
「──貴方を倒す前に一つだけ聴きたいことがある。
「ガアアアアッ!! 何のことだアアアァ……!!」
「そう……なら、貴方に用はない!」
蚕怪人の声に容赦はなかった。その右手にさらに力が込められそして──。
「ハァッ!」
「ギャアアアアッ!!」
叩きつけ。
爆発。
肉片と残骸が、煙と共に消えた。静寂が支配する夕闇の中、爆煙の中に立つ白い影。
やがて光が収まり、姿は元の少女へと戻る。肩で息をしながら、ゆっくりと立ち尽くすその姿は──どこか普通の女子生徒と変わらなかった。
(……何なんだよ、これ)
志遠は呆然と立ち尽くす。現実が、理解を拒む。怪物。そして、その正体が同じ学校の生徒。世界がひっくり返ったような感覚。
(……離れないと)
ようやく思考が戻る。志遠はその場から立ち去ろうとした、その時──足元の空き缶を、蹴ってしまった。乾いた音が響く。
「あっ!」
最悪の音だった。少女が振り向き、視線が合う。心臓が凍りつく。
だが──彼女は、襲ってこなかった。むしろ驚きと、焦り。そしてどこか怯えたような表情で後ずさる。次の瞬間、踵を返し──逃げるように走り去った。
「……」
志遠は、追うことも、呼び止めることも出来なかった。ただ、その背中を見送ることしかできない。残されたのは、静まり返った夕闇と、現実とは思えない光景の余韻。
──これは怪物になってしまった少女と、自分を見失った少年との出会い。そして青春の物語だ。
双星の欠片 街にこぼれ落ちて
時計の針 動き出す気がした
静かに歪む世界の中で
僕は星を追いかけたんだ。
離れ離れのCastor&Pollux
見失わないようにその手 伸ばせ
背中越しに見えた君の強さが
震える願いまだ支えてる
叶わぬ奇跡 ただ信じて
触れた温度目を逸らさず
同じ時間越えていこう
その手を強く 掴みながら
《次回、仮面ライダーシルク》
「──嗚呼、その生や希望にしがみつく顔。何と美しい……!」
「ついに阿武川も、女子に興味を持つようになったか。お父さんは嬉しいぞ……!」
「そんなんじゃ無いって」
「トルドボーグは、与えられた力を自らの欲望のままに振るう、人の心を捨てた化け物」
「……私も、そんな化け物の一体だよ。君が見た通り」
「じゃあシルク! 姫山さんは、仮面ライダーシルクだ!」
特撮ファン・ライダーファンの方初めまして。密かに構想していたものが100%連載できる状態に完成したので思い切って執筆してみました。
本作は「作者の好きな要素全部乗せ」「過去に未完のまま御蔵入りになったものの再構築」などを闇鍋した、私の半生の集大成みたいな作品で、ヒーローの設定が仮面ライダーっぽくなったのでライダー小説として書こうとなった異色作です。皆さんのお口に合うかは分かりませんが、どうか最後までお付き合い下さい。