仮面ライダーシルク   作:霜降朽葉

6 / 12
3

 

 夜はすぐに訪れた。街灯の光だけが道を照らし、周囲は深い闇に沈んでいる。コンビニの袋を手に、志遠は再びあの場所へ戻ってきた。

 真由は、まだそこにいた。夕方から一歩も動かず、ただ病院を見張り続けている。

 

「姫山さん、ご飯買ってきたよ」

「……何しに来たの? 家の人、心配するんじゃないの」

「明音さん──叔母さんにはちゃんと出かけるって言って来たから大丈夫だよ。姫山さん、夕方から何も食べてないでしょ? それに、昼間のお詫びもあるし」

「要らない。別に私、お腹減ってなんか──」

 

 言葉の途中で、彼女の腹が小さく鳴った。

 

 静かな夜に、妙に響く。

 

 真由は顔を赤らめながらゆっくりと顔を向け、涙目で志遠を睨みつけた。

 その視線に押されるように、志遠は袋を差し出す。

 

「えーっと……はい」

 

 真由は無言でそれを奪い取り、卵サンドにかぶりつく。続けてお茶を流し込み、ようやく一息ついた。

 

 少しだけ、空気が緩む。

 

「それで、何しようとしてるの?」

「……言わなくても、君には分かってるんでしょ?」

 

 低い声だった。

 志遠は頷くことが出来なかった。

 

 分かっている。だが、認めたくはない。

 

「だってさ、怖くないの? 姫山さんは戦う術があるとは言え、下手をすれば殺されるんだよ? 何でそこまでして」

「君はさ、自分が助ける術があるのに動かなくて、その結果誰かが死んだって構わないって思う?」

「──え?」

 

 言葉が、胸の奥に突き刺さる。

 過去の記憶が蘇る。見ているだけだった自分。動かなかった自分。後悔だけが、残ったあの時。

 

「初めてトルドボーグと戦った時、私は戦いが怖くて逃げようとしたの。その結果……偶然近くを通りかかった名前も知らない人が、犠牲になった」

「…………」

「あんな後悔、二度としたくない。だから私は、トルドボーグに傷付けられる人がいて、自分が何とか出来そうなら……勇気を出したいの」

 

 その言葉は、決意だった。強がりではない。本物の後悔から生まれた、揺るがない意志。

 

「姫山さん……君は」

「それに、私にはどうしても会いたい人が──」

 

 言いかけて、真由は顔を上げた。病院の灯りが、一つを残して消えていく。

 

 その瞬間、彼女の目が変わった。獲物を捉えた狩人のように。

 

「差し入れありがとう、残り食べてくれて良いから!」

 

 袋を押し付けるように渡し、真由は駆け出した。

 

「え? ちょっと姫山さん!」

 

 

 

 

 裏口のインターホンが鳴り響く。

 

 やがて足音が近づき、扉が開く。

 

「誰だい? 診療時間はもう終わって──」

 

 言葉が終わるのを待たず医者の腕が掴まれ、そのまま外へと引き摺り出された。

 

「乱暴なお嬢さんだ。私に何か用かな……!」

「何で、あの子の父親を殺したの?」

「父親……? ああ、あの患者の事か。彼の知り合いかい?」

「答えて」

「……ふむ、どこから話すべきか。よし、まずは私の事でも語らせてもらうか」

 

 整えられた姿勢。まるで舞台の上で語る役者のようだった。

 

「私の精製するウイルスは特別でね。宿主の体内に侵入した後、痛覚神経を麻痺させながら肉体を破壊せず、宿主を生かしながら密かに増殖していくんだ。まるで、病が完治したと錯覚させる程にね」

 

 

 

 

 志遠は物陰に身を潜め、その様子を見ていた。

 

「何だよアイツ……いきなり何を言ってるんだ?」

 

 医者の言っている事はあまりに場違いで、意味が分からない。だが次第に、その言葉の意味が分かり始める。

 

「そうして一週間後、突如爆発的に増殖を始め、肉体を蝕み死に至らしめる……実に素晴らしい子たちさ」

「……貴方、さっきから何を話してるの?」

「私はね、人間が魅せる《生きる希望を得た後、逃れられない死を前にした時の顔》こそがこの世で最高の美だと信じて疑わない。叶うことのない希望に縋る姿……良いものだぞぉ? あれは」

 

 笑っていた。

 

 心の底から楽しんでいるように。

 

「だから私は、患者として訪ねてくる《後がない者達》に一瞬の希望を与えた。後の絶望をより熟成させる、マヤカシの希望をね。あの患者も、実に良い顔をしてくれたよ……嗚呼、今思い出しても美しい」

 

 志遠の背筋に、冷たいものが走る。理解してしまったからだ。

 

 これが――トルドボーグ。

 

 人の形をした、人で無し。

 

「ふざけないで」

 

 静かな怒声が、狂った空気を裂いた。真由が拳を握りしめ、まっすぐに医者を見据える。

 

「……その身勝手な娯楽のせいで、大切な人を奪われた者の悲しみを考えた事ある? 生きる尊厳を奪われた者の苦しみを考えた事ある!?」

 

 その声には、はっきりとした怒りが宿っていた。

 

「姫山さん……」

 

 

 

 

 真由はポケットから輝石を取り出し、腹部に出現したベルトへと翳すと、光が灯る。

 

『SilkMoth Ghost』

 

「──貴方だけは、絶対に許さない」

 

 その言葉と共に、彼女の姿が変わる。蚕の異形へと変貌し、さらに白い鎧を纏う。瞳には青白い光。

 

 それを見た医者は、興味深そうに息を漏らす。

 

「成る程、随分と大胆な事をするお嬢さんだと思ったが、同族(・・)だったか。私の正体を知った以上生かして帰すつもりは無かったが……これは楽しめそうだ」

 

 その身体もまた、変異する。布に覆われた身体。唾の広い帽子。鳥のような仮面。その下に見える複眼と細長い管。羽音を立てる薄い翅。

 

 ――ペスト医師の服を着た蚊の怪人。そう形容すべき異形が姿を現した。

 

藪蚊型トルドボーグ モスキートルド

 

「君には特別に、即効性のあるウイルスを与えよう。是非とも美しい姿を見せてくれ」

 

 言い終えたモスキートルドが空へと浮かび上がり、吹き矢の様に針を撃ち出す。真由はそれを躱しながら反撃を試みるが、動きは不規則で捉えられない。

 やがて一瞬の隙。真由は急降下で迫る突進を受け、壁へと叩きつけられた。

 

「羽虫のトルドボーグにも関わらず飛ぶ術を持たぬとは、哀れな」

 

 再び放たれる針──だがその瞬間、真由の姿が消えた。

 

「む?」

 

 獲物を見失ったモスキートルドの背後に現れ、真由が念力の糸で敵を拘束する。

 

「はぁっ!」

「がっ……!」

 

 白い拳が叩き込まれる。さらに追撃。連続する打撃。

 モスキートルドにも流石に焦りが見え始めた。

 

「こしゃくな!」

 

 羽ばたき、拘束を振りほどく。今度は逆に、モスキートルドが真由を掴んで空へと上昇。壁、電柱、地面と、次々と彼女を叩きつけた。

 

「ぎゃっ!」

 

 衝撃が積み重なる。やがて抵抗が弱まったところで、真由は放り捨てられた。

 地面に倒れ伏す真由。モスキートルドはそんな彼女に、ゆっくりと歩み寄った。

 

「お嬢さんの身ながら少しはやる様だが、私の飛行能力には及ばなかった様だ」

 

 闇の中で、その影が大きく伸びる。

 

 

 

 

「あのままじゃ、真由がやられる」

 

 志遠の喉から漏れた言葉は、ほとんど独り言に近かった。

 目の前で繰り広げられている戦いは、もはや自分の手の届く領域にはない。助けに飛び出したところで、何が出来るわけでもない。それは理屈ではなく、本能的に理解していた。

 

 自分は無力だ。ただ見ていることしか出来ない。その事実が、彼の胸の奥を締め付けた。

 

「何か無いのかな。飛ぶことが出来なくても、せめてアイツのスピードに追い付ける方法とか……!」

 

 志遠の思考だけが空回りする。焦りが募るほど、何も浮かばなかった。もはや万事休すなのか……?

 

 

 

 

「それにしても、勝ち目も無い割に思い切った事をしたものだ。君は弱者に味方する英雄にでもなったつもりかな? 私と大差ない、化け物(・・・)のくせに」

 

 モスキートルドの嘲るような声音が、夜気に響く。

 

 地に伏した真由の身体が、一瞬だけ強張る。何かを噛みしめる様に顔を下げる真由。だが彼女はすぐに息を吐き、ゆっくりと立ち上がった。

 

「……分かってるよ、自分が化け物だって事くらい。それと、貴方は勘違いしてる。勝ち目なら、あるよ(・・・)

「なに?」

 

 その言葉と同時に、真由はベルトの側面から新たな輝石を取り出した。

 

 これまで使っていた青白いものとは違う。薄紅色に揺らめく、どこか妖しさを帯びた石。それをベルトへと翳す。

 吸い込まれるように装填された瞬間、ベルトの光が変わる。白の鎧が霧散し、代わりに――血を思わせる薄紅と、金の輝きが絡み合うように新たな装甲が形成されていく。

 

『SilkMoth Lord』

 

 血の鎧の様な意匠。だがそれは妖しさだけではなく、どこか気品を纏っていた。

 両手には双剣が現れる。その佇まいは、まるで夜を統べる貴族。

 

「何をするかと思えば、姿が少し変わっただけか。それで勝ったつもりなのは……舐め過ぎじゃないかな!!」

 

 モスキートルドが羽音を響かせ、一直線に迫る。再び掴み上げようと伸ばされた腕。

 

 ――しかし。

 

 その手は空を切った。

 

「何!?」

 

 そこには、もう誰もいない。次の瞬間、視界の外から斬撃が走る。すれ違いざまに、双剣がその身体を切り裂いた。

 

 風を裂くような速度。いや、それはもはや風そのものだった。

 

 さらに。何度も、何度も。残像すら追いつかない速度で、連続する斬撃が叩き込まれる。

 

「ぐわっ!」

 

 モスキートルドが態勢を崩しながらも反撃に出る。口から放たれるウイルスの針。

 だが真由は避けない。剣で叩き落とす。最小限の動きで正確に、迷いなく。攻防の主導権は、完全に逆転していた。

 

 焦りを滲ませ、モスキートルドは上空へと逃げる。だが──。

 

「ハッ!!」

 

 真由は地上に留まらない。積み上げられたガラクタを蹴り、さらに屋根へ。そこからもう一度踏み込み、夜空へと跳び上がる。

 

 月明かりに照らされ、その姿が宙に浮かぶ。

 

 狙いは――羽根。

 

「ハァッ!!」

 

 交錯の一瞬。双剣が背を裂き、羽根を断つ。

 飛行能力を失ったモスキートルドが、叫びながら地へと落ちていく。

 

 衝突音。土煙。

 そして、立ち上がる影。真由は静かに構え直す。

 

『LastAttack BloodyWaltz』

 

「──貴方を倒す前に一つだけ聴きたいことがある。姫山奈央(ひめやま なお)と言う人を知ってる?」

「ま、待て! 私はまだ、人間が絶望する顔を見続けて──」

「そう……なら、貴方に用はない!」

 

 踏み込み。一閃。そして――連続する斬撃。

 

 舞うような剣閃が、モスキートルドの身体を刻み込み、最後に、大きく斜めに斬り抜ける。

 

 静寂。遅れて――爆発。

 

「ぎゃあああっ!!」

 

 倒れ伏すモスキートルド。だが絶命には至らなかった様だ。焼け残った身体が、地を這う。

 

「い、いやだ……私は、まだ」

 

 その視界に映る、水溜まり。

 そこに映るのは――死にかけの自分の顔だった。

 

 必死に生へ縋る、醜くも滑稽な姿。

 彼が何よりも渇望し、美を感じたもの。

 

「嗚呼、これは……! なんて、美しいんだ。は、ははは…………」

 

 笑いながら。そのままモスキートルドは崩れ落ちた。次の瞬間、完全に爆散する。

 

 真由はその場に立ち尽くし、ただ無機質にその光景を見つめていた。

 

 

 

 

 しばしの静寂の後、志遠はようやく身体を動かした。駆け寄る先に居るのは、まだ異形の姿のままの真由。

 

「姫山さん、お疲れ様──」

「それ以上近付いちゃ駄目だよ」

 

 鋭い制止に志遠の足が止まる。

 その声には、先ほどまでとは違う冷たさがあった。

 

「どうしたんだよ急に。もうトルドボーグも居ないじゃないか」

「居るよ。ここにもう一体」

 

 そう言って、真由は向き直る。血の鎧を消し去り、露わになるのは――人ではない姿・蛾の異形。

 

「アイツの言ってた事、気にしてるの? 姫山さんはアイツらとは違うよ!」

「君、何か勘違いしてない? 気にするも何も、事実なんだよ。言ったでしょ? 私はトルドボーグ、アイツらと同じ化け物」

 

 真由がそう言った次の瞬間、その姿が陽炎の様に消える。

 直後に背後から、冷たい手が首筋に触れる感触。

 

「日常に潜み、自分の目的のために動き、命を奪う。私とアイツらと、何が違うのかな」

 

 囁きが、志遠の耳元で落ちる。わずかに力を込められれば、それで終わる距離。確かな死の気配。

 

 だが――

 

「……ふざけるな!」

 

 志遠はその手を振り払った。振り向き、異形のままの真由と真正面から対峙する。

 

「姫山さんとアイツらが同じだって!? この間の蜘蛛怪人も、さっきの奴も、何の罪も無い人や幸せな人の命を奪っていったじゃないか。姫山さんがそれと同じだっていうの? 違うだろ! 姫山さんはそんな奴等が許せないから、戦ってるんじゃないのかよ!!」

「……それ、は」

「俺は、そんな奴等に恐れず向かっていく姫山さんが眩しいって思った。だからそんな自分を否定するって言うなら……俺が許さない」

 

 言い切る、迷いなく。

 志遠のその言葉に、真由の心が揺れる。否定されるはずだった。拒絶されるはずだった。それなのに。

 

 肯定された。

 

 人として。

 

「……じゃあさ、化け物じゃないのなら、私は何なの(・・・)? 答えてよ」

 

 問いは、弱さを帯びていた。だがそれは、志遠も同じだった。真由を肯定したいがあまり、《その後》を考えていなかったのだ。

 

 志遠は言葉に詰まる。

 

「それは……」

 

 考える。必死に。ここで答えを示さないと、ここまでの意思が無駄になる。

 

「……!!」

 

 その時、救いの光が如く志遠の脳裏にある単語が浮かび上がる。それは、世界に伝わる、英雄の名前。

 

「……仮面ライダーだ」

「え?」

「仮面ライダーだよ!!」

 

 

 

 空気が止まった。緊張とは違う、別の意味で。

 

 

 

「カメン……何?」

 

 毒気を抜かれた真由は、思わず人の姿に戻る。純粋な疑問が、そのまま顔に出ていた。

 

「ネット上で噂になってるヒーローの名前だよ! 文化・国家・人種問わず世界中で噂されている、人を襲う怪物達から人間の自由と平和を守るヒーロー。マスクドライダーさ」

「う、うん」

 

 もはやその場は完全に志遠のペースだった。謎の熱量に、真由は押されるしかない。

 

「姫山さん、あの変身した姿の名前、何ていうの?」

「え? うん……《シルクモストルド》だけど」

「シルクモス……シルク……よし、じゃあシルク! 姫山さんは、仮面ライダーシルクだ!」

 

 滑稽な勢い任せ。だが、その奥にある想いは本物だった。

 

 ――君は化け物じゃない。その証明。

 

 真由は一瞬だけ驚き、やがて小さく息を吐いた。

 

「……変わってるね、君」

 

 呆れるような声。たがその声には、もう異形の影は消え棘はなかった。

 

「さっきの差し入れ、やっぱり全部くれる? お腹空いちゃった」

「え? うん。元々渡すつもりだったから……はい」

「ありがとう……じゃあ、私帰るから。夜道に気をつけてね」

 

 そう言って真由は振り返り、夜の闇へと歩いて行く。志遠とは異なる道。これ以降、もう交わる事が無いであろう道。

 

「……あのさ! 俺、阿武川志遠って言うんだ! また、屋上行って良いかな!!」

 

 志遠は腹の底から叫ぶ。二人の道が遠ざかって行く事を拒むかの様に。

 

 真由からは返事はなく、振り向くこともない。

 

 ただ、ほんの少しだけ。

 

 志遠に見えない様に、真由は困惑の表情を取った。

 

 

 

「君は、化け物なんかじゃない」了

 

 

 

 

《次回、仮面ライダーシルク》

 

 

「君の事、まだ信用した訳じゃないから」

 

「俺はただ、姫山さんは化け物じゃないって思って欲しくて……」

 

「私の邪魔をするなら、次こそ殺す」

 

「トルドボーグは皆、同情の余地もない悪人だと思ってた」

 

「私、間違ってるのかな……?」

 

 

 

 

「変身!」

 

 

 

【挿絵表示】

 




君にも出来るトルドボーグデザイン講座☆

・まずボディスーツを素体にします
・その上に職業・衣服をイメージしたパーツAを付けます
・その次にベースとなる生物を模したパーツBを付けます
・首、二の腕、太腿はスーツ部分が剥き出しです
・全体的にスマートで寒色の1〜2色で構成します
・全体的な質感は機械的でサイボーグ感が強いです
・骨格・姿勢は人間的で、異形感・獣っぽさは少なめです
・頭部はモチーフの生物を模した仮面の様になっています。

・命名法則は「生物の英語名+トルド」です
・生物の英名の語尾がトで終わる場合は+ルドとなります
(例:モスキートトルド✕、モスキートルド◯)
・基本的に固有名ではなく種族単位で命名します
(例:スパイダートルドのモチーフはオニグモ)
・シルクモストルドの様な一部例外もいます。

これで君も、秘密結社メメントルドのスカウトマンだ!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。