アムロの必殺技はコロニー落としなんでしょ 作:匿名
「落ちろ! 落ちろ! 落ちろ! 落ちろぉ~~!!」
画面の中で、白いロボットのパイロットが絶叫していた。
緑の誘導線が表示され、巨大な円筒——コロニーというらしい——が、ゆっくりと落下を始める。
着弾。爆発。半球状の光が画面を覆い尽くす。
「うっわ、アムロのGクロスオーバーやべーわやっぱ」
友人の山田が、筐体のレバーをガチャガチャやりながら笑っている。
俺はその横に突っ立って、ただ画面を眺めていた。
2008年。春。
ゲームセンター「トキ」——正式名称は「ジョインジョイントキィ」だが、長いのでみんなトキと呼んでいる。
その片隅で、俺は金も払わずMHP2Gを遊んでいた。
「なあ山田、あのアムロってやつ、コロニー落としてなかった?」
「ん? ああ、Gクロスオーバーな。必殺技みたいなやつ。各キャラに1個ずつあんの」
「コロニー落とすって、やばくね?」
「まあゲームだし」
ゲームだし、で済ませた山田。
だが俺の脳には、あのカットイン演出が焼きついた。
白いロボットに乗った少年が、「落ちろ!」と叫びながらコロニーを叩きつける。
——こいつ、とんでもない悪党じゃないか。
ここで、俺のアニメ知識を正直に告白しておく。
ガンダム:安室とシャーがたたかう話。
エヴァ:パチンコ。あやなみが可愛い。
マクロス:歌う。
ギアス:何それ。
ボトムズ:アストラギウス銀河を二分するギルガメスとバララントの陣営は互いに軍を形成し、もはや開戦の理由など誰もわからなくなった銀河規模の戦争を100年間継続していた。その"百年戦争"の末期、ギルガメス軍の一兵士だった主人公「キリコ・キュービィー」は、味方の基地を強襲するという不可解な作戦に参加させられる——
……なぜかボトムズだけ異様に詳しいが、それは叔父が最低野郎だったからであって、今は関係ない。
重要なのはガンダムだ。
俺の認識はこうだ。
安室——もといアムロは、コロニーを落とす悪い奴。
シャーは、そのアムロと戦う人。つまり正義側。
以上。
これが、ゲーセンの横で画面を眺めていただけの人間が到達した、ガンダムの全知識である。
◇ ◆ ◇
ゲーセンを出たのは、夜の8時過ぎだった。
「じゃーな」
「おう」
山田と別れ、駅に向かう裏路地。
薄暗い街灯の下に、3人ほど立っていた。
「よお、にいちゃん」
——ああ、これはあれだ。
「ちょっと金貸してくんない?」
カツアゲである。
こんなベタな展開があるのかと思った瞬間、腹に拳が突き刺さった。
息が止まる。膝が折れる。
地面に倒れた俺の視界に、さっきのカットインが重なった。
——落ちろ! 落ちろ! 落ちろ!
うるせえ、落ちてるのは俺の方だ。
意識が、暗転した。
◇ ◆ ◇
「君、大丈夫か」
声が聞こえた。
低い。落ち着いている。どこか品がある。
目を開けると、金髪の青年がこちらを見下ろしていた。
軍服を着ている。深緑の、見覚えのないデザイン。
年は20歳前後か。整った顔立ち。切れ長の目に、どこか底の知れない光がある。
「……ここ、どこですか」
「サイド3、ズムシティの軍港区画だ。倒れていたので声をかけた」
サイド3。
ズムシティ。
軍港。
——いや、待ってくれ。
俺は上半身を起こした。
頭がぐらぐらする。周囲を見回す。
金属の壁。低い天井。窓の外に、見たことのない夜景が広がっている。
地球の街並みではない。筒状の構造物の内側に、無数の灯りが並んでいる。
俺の頭の中では、山田がガチャガチャやっていた筐体の画面が再生されていた。
コロニーだ。
コロニーの中に、俺はいる。
「あの、すみません。今って——何年ですか」
「宇宙世紀0078年の11月だが」
青年が怪訝な顔をした。
無理もない。いきなり年号を聞く人間は普通ではない。
宇宙世紀。
サイド3。
コロニー。
軍服。
ここ、ガンダムの世界じゃねえか。
口の中がからからに乾く。
落ち着け。落ち着くんだ。
情報を整理しろ。
俺の知っているガンダムの知識。
——安室がコロニーを落とす。シャーがそれと戦う。以上。
薄い。致命的に薄い。だが今はこれしかない。
改めて目の前の青年を見た。
金髪。軍服。サイド3。
……シャーって、金髪だったような気がする
だが、赤い服と仮面をしていたような気がするが……
「あなたのお名前は」
「シャアだ。シャア・アズナブル少尉」
シャアだ。
シャーさんだ。
正義側の人だ。
安室——もといアムロがコロニーを落とすのを止めてくれる、唯一の希望。
俺は反射的に青年の腕を掴んだ。
「シャーさん! やばいんです!」
「シャア、だ……何がやばいのだ」
「アムロです! アムロとかいうやつが——コロニーを落とすんです! 止めてください!」
「……何を根拠に、そんなことを」
「トキで、見えたんです!」
シャーさんの表情が、変わった。
「……刻が、見えた?」
「はい! はっきり見えました! アムロってやつが『落ちろ、落ちろ』って叫びながら——」
ゲームセンター「トキ」の画面で見た、という意味で言った。
だがシャーさんは、何か別のことを考えている顔をしていた。
沈黙。
シャーさんは、掴まれた腕を見下ろし、それから俺の目を見た。
何を考えているのかわからない顔だった。
「……アムロ……コロニーを落とす」
シャーさんの目が、わずかに細められた。
「——詳しく、聞かせてもらおうか」