アムロの必殺技はコロニー落としなんでしょ 作:匿名
「名前だけでは、特定しようがありません」
シャアの声は、静かだった。
廊下。シャリア・ブルと並んで歩いている。
キリコはまだ仮眠室で眠っている。この話は、あの少年の耳に入れる必要はない。
シャリア・ブルが、足を止めた。
「シャア少尉。一つ、提案があります」
シャアが、振り返った。
「あの少年を——宇宙に出してみてはどうですか」
「宇宙に?」
「私は木星圏の暗い宇宙で、初めてニュータイプの感覚を得ました」
シャリア・ブルの目が、遠くなった。
木星への長い航海。孤独な暗闇。その中で開いた、何か。
「地上やコロニーの中では見えない何かが……宇宙空間に出れば、あの少年の中の何かが開くかもしれない」
シャアは、しばらく黙っていた。
「……手がかりが得られる可能性が」
「わかりません。だが、試す価値はある」
シャリア・ブルが、微笑んだ。
「ニュータイプとは、宇宙に適応した人類のことです。ならば——宇宙に出すのが、一番自然でしょう」
シャアは、小さく頷いた。
◇ ◆ ◇
「シャアさん」
「何だ」
「ニュータイプって、結局何なんですか?」
俺は昨夜の残りの味噌汁を啜りながら、聞いた。
シャリアさんが前に言っていた言葉。ニュータイプ。新人じゃないなら、何なんだ。
シャアが、壁に背を預けたまま答えた。
「宇宙に適応した新しい人類——という概念だ」
「新しい人類?」
「人は宇宙に出ることで、互いの意思を言葉を超えて理解し合えるようになる。そういう思想だ」
言葉を超えて、意思を理解する。
「すごい……」
「ジオン・ズム・ダイクンという人物が提唱した」
「ジオン・ズム・ダイクン! ジオンって——この国の名前じゃないですか!」
「……ああ。この国の名は、彼の名から取られている」
「国の名前になるくらいの人なんですか!? すごい! その人に会ってみたいです!」
シャアの手が——わずかに、握られた。
「残念ながら、その人はもういない」
声が、小さかった。
「亡くなったんですか……」
「……ああ」
「すみません……」
また、シャアさんの地雷を踏んでしまった。
正義の味方の宿命なのか。たくさんの人を見送ってきたんだろう。
シャアが、腕を組んだ。
「それより、キリコ。準備をしろ」
「準備?」
「宇宙に出る」
◇ ◆ ◇
小型の輸送艇だった。シャアが操縦席に座り、俺は後ろの座席に押し込まれた。
ドレンが地上から通信で見送ってくれた。
「少尉、くれぐれもお気をつけて」
「ああ」
「キリコ君も無茶はしないように」
「ドレンさん、ありがとうございます! お土産買ってきます!」
「宇宙に土産物屋はないと思うが……」
ゲートが開いた。
船が動き出す。
コロニーの内部を抜け、外壁のハッチを通過し——
宇宙に、出た。
「——っ」
体が浮いた。
シートベルトがなかったら天井にぶつかっていた。
窓の外を見た。
黒かった。
どこまでも黒い。星が散らばっている。太陽の光が、斜めから差し込んでいる。
「すごい……」
これが宇宙か。
振り返って、コロニーを見た。
巨大な円筒が、宇宙に浮かんでいる。自分がさっきまでいた場所。
その向こうに——
「え」
もう一つ、あった。
同じような円筒が、少し離れた場所に浮かんでいる。
さらにその向こうにも。その向こうにも。
「えええええ!?」
「どうした」
「シャアさん! コロニーって……1個じゃなかったんですか!?」
シャアが、ゆっくりとこちらを向いた。
「何を言っている」
「だって……アムロが落とすの1個だったから……てっきり、地球の隣に1個だけ浮いてるのかと……」
シャアが、長い沈黙の後、前を向いた。
「コロニーは無数にある。サイド1からサイド7まで、各サイドに数十から百以上のコロニーが存在する」
「百以上!?」
頭がくらくらした。
1個じゃなかった。
アムロが落とすのは、そのうちの1個に過ぎない。
——待て。
逆に言えば。
「まじか……」
声が震えた。
「コロニー流星群も……ありうるってことじゃないですか……」
「……コロニー流星群?」
シャアの声が、低くなった。
「何十個も同時に落としたら……地球、終わりますよね?」
窓の外に並ぶコロニーの群れが、急に恐ろしく見えた。
あの一つ一つが、地球に落ちる可能性がある。アムロがその気になれば——
「シャアさん、アムロは……まさか、1個じゃ済まないつもりなんじゃ……」
シャアの手が、操縦桿の上で白くなっていた。
「それが、見えたのか」
シャアの声は、静かだった。
だが、静かすぎた。
俺はただ、窓の外のコロニー群を見つめていた。
光を受けて銀色に輝く円筒の列が、どこまでも続いている。
きれいだった。
だからこそ——怖かった。
「……そういえばさっき、サイドなにって言ってました?」
「ああ、サイド1からサイド7まで」
瞬間、思い出した。
ゲーセンだ。山田の横で見た、あの画面。最初のステージ
「サイド7」
シャアの手が、操縦桿の上で止まった。
「今、何と言った」
「サイド7……です」
シャアのグラサンが、ゆっくりとこちらを向いた。
「見えたのか」
「わかりません。でも……もしかしたら……」
もしかしたら、何だ。自分でもわからない。
ただ、その名前に——何か引っかかるものがあった。
シャアが、前を向いた。
「調べてみる必要がありそうだ」
その声は、さっきまでとは違っていた。