アムロの必殺技はコロニー落としなんでしょ 作:匿名
サイド7は、サイド3とはまるで違った。
ズム・シティの威圧的な整然さはどこにもない。代わりにあったのは、未完成の匂いだった。
舗装が途切れている道。建設途中のまま放置されたビル。資材を運ぶトラックが砂埃を巻き上げて走っていく。
「田舎だね」
シーマさんが呟いた。
「辺境の開発コロニーだ。サイド3とは比較にならない」
シャアさん、いや、クワトロさんが答えた。
グラサンにノースリーブ。何度見ても目立つ。
「あんたがクワトロなら——」
シーマさんが、クワトロさんのノースリーブの腕を一瞥しながら言った。
「あたしはエフェメラ・ハント。第16輸送船団のハント船長……とでもしておこうかね」
「用意がいいですね」
「慣れてるのさ。こういうのは」
偽名の二人。本当の身分を隠して、並んで歩いている。
——やっぱりこの二人、主人公とメインヒロインだ。
ちなみに、ドレンさんは船で待機している。
「いいかい、坊や。はしゃぐんじゃないよ」
シーマさんの目が、周囲を素早く走査していた。
軍人の目だ。通行人の中に脅威がないか、建物の死角はどこか、退路はどこか。
一方の俺は——
「お、アイスだ! アイス売ってる!」
シーマさんが、こめかみを押さえた。
三人でアイスを食いながら、建設途中のコロニーを歩く。
11月なのにアイスが美味い。コロニーってすごいぜ。
普通だ。
普通の街。普通の人たち。
——こんな場所から、コロニーを落とす悪党が生まれるのか。
「ここの連中は、戦争なんて考えていないだろうね」
シーマさんが、アイスの棒を指でくるくる回しながら言った。
その目は遠くを見ていた。サイド7の街並みじゃなくて、もっと遠いどこかを。
「シーマさん?」
「なんでもないよ」
アイスの棒を、ゴミ箱に投げた。きれいな放物線を描いて、入った。
◇ ◆ ◇
問題は、アムロの居場所だった。
「聞き込みをするしかありません」
シャアさんが、グラサンの奥で目を光らせている。
「目立たないように——」
「すみませーん!」
俺はもう、通りすがりの少年に声をかけていた。
「この辺にアムロって子いません?」
シーマさんの舌打ちが聞こえた。
声をかけた少年は、ひょろりとした男だった。
俺と同じくらいの年か。だらしなく開けたシャツの襟。斜に構えた目つき。
「……あ?」
少年が、こちらを見た。
「アムロ? なんだお前、アムロの知り合いか」
「いや、知り合いってわけじゃ——」
「へえ」
少年の目が、俺を上から下まで舐めるように見た。
それから、後ろのシャアさんとシーマさんに視線を移す。
「随分と物騒な連れだな。グラサンのおっさんと、軍人みたいなねーちゃん」
——鋭い。
この少年、鋭いぞ。
「お前、ジオンの奴だろ」
言葉が、まっすぐ飛んできた。
「はあ!? 違いますけど!」
少年の目が、丸くなった。
それから——呆れたように、笑った。
「おまえ、嘘が下手だな」
後ろで、シーマさんが小さく「同感だね」と呟いた。
「お前、名前は」
「キリコです」
「キリコ? 男でキリコ?」
「キリコが男の名前で何が悪い!」
何回目だよこのやりとり。
「俺はカイ。カイ・シデンだ」
手を差し出され、握手した。
「で、アムロに何の用だ」
「会いたいんです」
「へえ。あいつに会いたがる奴は珍しいな。引きこもりのメカオタクに用があるとは」
——引きこもりのメカオタク。
悪党の情報が、また一つ追加された。
「カイ!」
後ろから声がした。
振り返ると、もう一人の少年が走ってきた。黒髪の、カイよりも少し小柄な男。
「フラウが探してたぞ。買い物手伝えって」
「あー……やれやれ」
カイが首の後ろを掻いた。
「ハヤト、こいつら。アムロに会いたいんだと」
ハヤトと呼ばれた少年が、俺たちを見た。
カイほど鋭くはないが、真面目そうな目だった。
「アムロに? 珍しいね」
やっぱり珍しいらしい。
アムロ、友達いないのか。
「僕はハヤト・コバヤシ。君は?」
「キリコです。よろしく!」
「キリコくん、いい名前ですね」
ハヤトはいいやつ。山田に似てる。俺はメモをした。
「ハヤト、案内してやれよ。俺はフラウの買い物から逃げる」
「逃げるなよ。フラウ怒るぞ」
「だから逃げるんだろうが」
カイがひらひらと手を振って、路地に消えていった。
「こっちだよ。アムロの家、近いから」
ハヤトが先に立って歩き始めた。
歩いていると、前から女の子が来た。
茶色い髪を肩の下まで伸ばした、温かそうな目の女の子。
「あ、ハヤト。カイは?」
「逃げた」
「もう……あの人は」
困ったように眉を寄せて、でも怒りきれないような顔。
「フラウ、この人たち、アムロに会いたいって」
フラウと呼ばれた女の子が、俺たちを見た。
「アムロに?」
三人目の「珍しい」リアクション。
アムロ、本当に友達いないのか。
「アムロなら家にいると思うけど……あの子、あんまり外に出ないの」
フラウの声には、心配と諦めが混じっていた。
「連れてってもらえますか?」
「いいけど……あなたたち、どういう関係?」
フラウの目が、俺の後ろのシャアさんとシーマさんに向いた。
鋭くはないが、まっすぐだった。嘘をつきにくい目。
「えっと——」
言葉に詰まった。
「遠い親戚です」
シャアさんが、横から言った。
声のトーンが変わっている。穏やかで、当たり障りがない。
「お伝えしたいことがありますので」
「んー……わかったわ。ついてきて」
フラウが先に歩き出した。
ハヤトが隣に並ぶ。
俺の心臓が、速くなっていた。
——ついに。
ついに会うのだ。
コロニーを落とす男。極悪人アムロに。
見つけたぞ、世界の歪みを!
◇ ◆ ◇
その家は、住宅区画の端にあった。
「アムロー? お客さんよー」
返事がない。
「アムロ!」
二階から、かすかに機械音が聞こえた。何かが動いている。モーター音。
「……上にいるわ。いつもああなの。何か作ってると、周りが聞こえなくなるの」
フラウが、少し寂しそうに笑った。
階段を上がった。
狭い廊下の奥に、一つだけドアが開いている。
覗き込んだ。
部品が散らばっていた。
工具、配線、基盤、ハンダごて。机の上も、床の上も、棚の上も。足の踏み場がない。
その真ん中に——少年が座っていた。
茶色い髪。細い体。猫背。
手元の小さな球体に、ドライバーを突っ込んでいる。集中した目。周りが見えていない目。
球体が、ぴょこんと跳ねた。
「ハロ! ハロ!」
甲高い電子音声。丸い目が点滅している。
「……もうちょっと、ここの接触を——」
少年が呟いた。独り言だ。
「アムロ」
フラウが呼んだ。
「え?」
少年が、やっと顔を上げた。
俺と目が合った。
「……誰?」
アムロが、きょとんとした顔で言った。
「あの……ここ、僕の部屋なんだけど」
こいつが?
この子が?
「キリコです」
声が出た。自分でも、ずいぶん小さな声だと思った。
「キリコ? よろしく、アムロです」
アムロが、慌てて付け足した。
膝の上のハロが「ヘンナナマエ! ヘンナナマエ!」と繰り返した。
「失礼だぞ、ハロ」
アムロがハロを押さえた。ハロが暴れた。部品が飛び散った。
「あーっ、さっき付けた端子が——」
俺は、立ち尽くしていた。
後ろで、シャアさんが静かに息を吐いた。
シーマさんは、腕を組んで壁に背を預けていた。
フラウが、困ったように笑った。
「ね? こういう子なの」
——こういう子だった。
部屋にこもって、機械をいじって、ロボットと会話している、ただの少年だった。
俺の中で——何かが、揺れた。
「アムロ君」
シャアさんが、一歩前に出た。
「君に、話がある」
アムロが、シャアさんを見上げた。
グラサンとノースリーブの怪しい男を前に、アムロの目が警戒で細くなった。
「あなたは?」
「クワトロ・バジーナだ」
「父さんに用があるなら、研究所に——」
「いや。用があるのは君だ、アムロ君」
シャアさんの声が、わずかに変わった。
クワトロ・バジーナの穏やかさが剥がれて、その下のシャア・アズナブルが覗いている。
部屋に、沈黙が落ちた。
「……クワトロさん」
小声で呼んだ。
「この子……悪い奴には、見えないです」
シャアさんのグラサンが、わずかにこちらを向いた。
「ああ」
それだけだった。
だが、その一言に——何か、安堵のようなものが混じっていた気がした。
瞬間。
——不意に世界が、キラキラに包まれた。