アムロの必殺技はコロニー落としなんでしょ 作:匿名
立ち上がった瞬間、世界が回った。
ぐらり、と。
天井が傾いて、床が波打って、自分がどこに立っているのかわからなくなった。
「キリコ!?」
誰かの声が聞こえた。
足が空を踏んで、意識が暗転した。
「……ん」
目を開けると、白い天井だった。
清潔な匂い。消毒液。
頭がぼんやりする。右腕に包帯が巻かれている。額にも何か貼ってある。
「目が覚めた?」
声がした。
横を向くと女の人が、座っていた。
金髪だった。
誰かに似た青い目。整った顔立ち。白衣。
「ここは……」
「サイド7の診療所よ。階段から落ちたの。覚えてる?」
階段から——ああ、そうだ。あのキラキラ空間から戻ったあと、ふらついて。
「……なんとなく」
「酸素欠乏症ではないみたいね。大したことはないけど、しばらく安静に」
丁寧な口調だった。上品で、簡潔で。
「酸素欠乏症?」
「ええ、それにかかると階段から落ちるの」
その声は冗談には聞こえなかった。
「あなたの名前は」
「キリコです」
「キリコ。わたしはセイラ。ここで医療の勉強をしているの」
「セイラさん、ありがとうございます」
「お礼はいいわ。それより、一緒にいた人たちが外で待っているけど」
「シャアさんたちが?」
セイラさんの手が、一瞬だけ止まった。
「……シャア?」
声の温度が、変わった。
「えっと、いや、クワトロさんです。クワトロ・バジーナさん」
しまった。偽名だった。
セイラさんは、何も言わなかった。
だが目の奥に、何かが走ったのを——俺は見た。
「……そう。呼んでくるわ」
セイラさんが立ち上がって、部屋を出ていった。
——なんか、まずいこと言ったか?
◇ ◆ ◇
「久しぶりね。兄さん」
シャアの息が、止まった。
セイラの声は静かだった。だが、震えていた。
「アルテイシア——」
「セイラよ。今は」
二人が、向かい合っている。
白い廊下に、金髪が二つ。
「兄さん。何をしているの、こんなところで。あの子たちと一緒に何を企んでいるの」
「それは……」
「復讐? ザビ家を殺すために、あの子たちを利用するつもり?」
シャアの口が、開きかけて——閉じた。
キリコが「正義の味方」と信じてくれた。
アムロが「教えてください」と言ってくれた。
あの二人の信頼に——応える資格が、自分にあるのか。
あの絶望の未来を変えたい。
だが……
復讐のために生きてきた男に。
世界を救うことができるのか。
私に世直しなどできるのか。
「……わからない」
声が、出た。小さな声だった。
誰かに、助けて欲しい。
私を導いてくれ、ラ……
——ぱん。
頬が、鳴った。
セイラの平手が、シャアの頬を打っていた。
グラサンが、吹き飛んだ。
「軟弱者!」
セイラの声が、廊下に響いた。
「何があったかは知らないわ。でも——」
セイラの目に、涙が浮かんでいた。
「あの子たちを導くのでしょう。兄さんが」
シャアの目が、見開かれた。
「迷っている暇があるなら、やって見せなさい」
シャアは——しばらく、動かなかった。
頬が赤い。素顔のまま、妹の目を見つめている。
それから——息を、吐いた。
長い、長い息だった。
「すまなかった。アルテイシア。もう大丈夫だ」
シャアの目から、迷いが消えていた。
◇ ◆ ◇
シャアが、病室に戻ってきた。
グラサンを外していた。
整った顔立ち。青い目。セイラさんと、よく似た目。
「クワトロさん……グラサンは?」
「もう必要ない」
目が、違う。迷いが消えている。
俺が寝ている間に何があったんだ。
まさかメインヒロインのシーマさんと何かイベントが……!?
くそっ、見過ごしてしまった!
シャアさんが、椅子を引いて俺とアムロの前に座った。
「二人に、話さなければならないことがある」
声が、今までと違っていた。
「キリコ。お前は、アムロがコロニーを落とすと言ったな」
「はい、トキで見ました」
「おそらくそれは——半分正しく、半分間違っている」
俺は、黙った。
「コロニーを落とすのは、アムロではない」
「え?」
「コロニーを落とそうとしているのは——」
シャアさんが言い淀んだ。
「ジオンだ。毒ガスを使ってコロニーを……無力化し、地球に落とす計画だ」
頭が、真っ白になった。
「ジオンが……?」
「ああ。私の国が、だ」
シャアさんの目が、俺をまっすぐ見た。
「私の名は、シャアでもクワトロでもない」
息を呑んだ。
「キャスバル・レム・ダイクンだ」
——ダイクン。
あの、ニュータイプ思想を唱えた人の。
ジオンという国の名前のもとになった、あの人の。
「ダイクンさんの——息子!?」
「ああ。ザビ家に父を殺され、名を奪われ、復讐のために生きてきた男だ」
キャスバルさんの声は、静かだった。
「だが——もう、復讐のために戦うのはやめる」
アムロが、キャスバルさんを見ていた。目が大きく開いている。
「——あの未来。ザビ家への復讐などしている場合ではない」
キャスバルさんが、アムロに目を向けた。
「アムロ君。おそらく、キリコが見た未来では——君が、何らかの理由でコロニー落としに加担させられる」
「僕が……?」
「実行役かスケープゴートにされるのだろう」
その言葉が、俺の胸を貫いた。
そうか。そういうことだったのか。
「そんなの——かわいそうすぎるだろ!」
叫んでいた。
「実行役にさせられるなんて! トラウマになるぞ! 一生引きずるぞ! そんな未来、絶対だめだ!」
アムロが、俺を見た。目が潤んでいた。
「キリコ……」
「防ぐぞ! 絶対に防ぐ!」
キャスバルさんが、小さく頷いた。
「ああ。防ぐ」
アムロが、拳を握った。細い腕に、力がこもった。
「僕も——やる。自分の未来は、自分で変える」
三人の目が、合った。
キャスバルさん。アムロ。俺。
「おう!」
三人で、拳を突き上げた。
◇ ◆ ◇
病室のドアを開けて、廊下に出た。
シーマさんが、壁に背を預けて立っていた。
——震えていた。
腕を組んでいる。いつもの姿勢。いつもの不敵な顔。
だが、指先が——白くなるほど、二の腕を掴んでいた。
唇が、わずかに震えている。
「シーマさん?」
「……坊や」
声が、低かった。
「実行役にさせられるなんて、かわいそうだって。本当に——あんたは、そう思うのかい」
シーマさんの目が、俺を見ていた。
鋭い目。だが、その奥に——何かが、揺れていた。
「当たり前です!」
声が、出た。
「そんなの、一番つらいじゃないですか! 命令されて、やらされて、全部背負わされて!」
シーマさんの指が、二の腕の上で震えた。
「俺は——そんなことさせない! アムロにも、誰にも! そんな立場になる前に、みんな救ってみせます!」
叫んでいた。
自分でも驚くくらいの声だった。
シーマさんは、何も言わなかった。
ただ一滴だけ。
頬を、光が伝った。
「……行くよ」
シーマさんは踵を返し、先に歩き出した。
俺には、わからなかった。
シーマさんがなんで泣いたのか。
……あれ。
待てよ。
さっきの会話、聞かれてたってことは——キャスバルさんの正体も、コロニー落としの話も、全部?
——まずくない?
「シーマさん! さっきの話なんですけど——」
「あたしは何も聞いてないよ」
シーマさんは振り返らなかった。
でもその足取りに、もう迷いはなかった。