アムロの必殺技はコロニー落としなんでしょ   作:匿名

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第14話「軟弱者!」

 

 立ち上がった瞬間、世界が回った。

 

 ぐらり、と。

 天井が傾いて、床が波打って、自分がどこに立っているのかわからなくなった。

 

「キリコ!?」

 

 誰かの声が聞こえた。

 足が空を踏んで、意識が暗転した。

 

「……ん」

 

 目を開けると、白い天井だった。

 

 清潔な匂い。消毒液。

 頭がぼんやりする。右腕に包帯が巻かれている。額にも何か貼ってある。

 

「目が覚めた?」

 

 声がした。

 横を向くと女の人が、座っていた。

 

 金髪だった。

 誰かに似た青い目。整った顔立ち。白衣。

 

「ここは……」

「サイド7の診療所よ。階段から落ちたの。覚えてる?」

 

 階段から——ああ、そうだ。あのキラキラ空間から戻ったあと、ふらついて。

 

「……なんとなく」

「酸素欠乏症ではないみたいね。大したことはないけど、しばらく安静に」

 

 丁寧な口調だった。上品で、簡潔で。

 

「酸素欠乏症?」

「ええ、それにかかると階段から落ちるの」

 

 その声は冗談には聞こえなかった。

 

「あなたの名前は」

「キリコです」

「キリコ。わたしはセイラ。ここで医療の勉強をしているの」

 

「セイラさん、ありがとうございます」

「お礼はいいわ。それより、一緒にいた人たちが外で待っているけど」

「シャアさんたちが?」

 

 セイラさんの手が、一瞬だけ止まった。

 

「……シャア?」

 

 声の温度が、変わった。

 

「えっと、いや、クワトロさんです。クワトロ・バジーナさん」

 

 しまった。偽名だった。

 

 セイラさんは、何も言わなかった。

 だが目の奥に、何かが走ったのを——俺は見た。

 

「……そう。呼んでくるわ」

 

 セイラさんが立ち上がって、部屋を出ていった。

 

 ——なんか、まずいこと言ったか?

 

 ◇ ◆ ◇

 

「久しぶりね。兄さん」

 

 シャアの息が、止まった。

 セイラの声は静かだった。だが、震えていた。

 

「アルテイシア——」

「セイラよ。今は」

 

 二人が、向かい合っている。

 白い廊下に、金髪が二つ。

 

「兄さん。何をしているの、こんなところで。あの子たちと一緒に何を企んでいるの」

「それは……」

「復讐? ザビ家を殺すために、あの子たちを利用するつもり?」

 

 シャアの口が、開きかけて——閉じた。

 

 キリコが「正義の味方」と信じてくれた。

 アムロが「教えてください」と言ってくれた。

 あの二人の信頼に——応える資格が、自分にあるのか。

 

 あの絶望の未来を変えたい。

 だが……

 

 復讐のために生きてきた男に。

 世界を救うことができるのか。

 

 私に世直しなどできるのか。

 

「……わからない」

 

 声が、出た。小さな声だった。

 

 誰かに、助けて欲しい。

 私を導いてくれ、ラ……

 

 ——ぱん。

 

 頬が、鳴った。

 

 セイラの平手が、シャアの頬を打っていた。

 グラサンが、吹き飛んだ。

 

「軟弱者!」

 

 セイラの声が、廊下に響いた。

 

「何があったかは知らないわ。でも——」

 

 セイラの目に、涙が浮かんでいた。

 

「あの子たちを導くのでしょう。兄さんが」

 

 シャアの目が、見開かれた。

 

「迷っている暇があるなら、やって見せなさい」

 

 シャアは——しばらく、動かなかった。

 頬が赤い。素顔のまま、妹の目を見つめている。

 

 それから——息を、吐いた。

 

 長い、長い息だった。

 

「すまなかった。アルテイシア。もう大丈夫だ」

 

 シャアの目から、迷いが消えていた。

 

 ◇ ◆ ◇

 

 シャアが、病室に戻ってきた。

 

 グラサンを外していた。

 整った顔立ち。青い目。セイラさんと、よく似た目。

 

「クワトロさん……グラサンは?」

「もう必要ない」

 

 目が、違う。迷いが消えている。

 俺が寝ている間に何があったんだ。

 

 まさかメインヒロインのシーマさんと何かイベントが……!?

 くそっ、見過ごしてしまった!

 

 シャアさんが、椅子を引いて俺とアムロの前に座った。

 

「二人に、話さなければならないことがある」

 

 声が、今までと違っていた。

 

「キリコ。お前は、アムロがコロニーを落とすと言ったな」

「はい、トキで見ました」

「おそらくそれは——半分正しく、半分間違っている」

 

 俺は、黙った。

 

「コロニーを落とすのは、アムロではない」

「え?」

「コロニーを落とそうとしているのは——」

 

 シャアさんが言い淀んだ。

 

「ジオンだ。毒ガスを使ってコロニーを……無力化し、地球に落とす計画だ」

 

 頭が、真っ白になった。

 

「ジオンが……?」

「ああ。私の国が、だ」

 

 シャアさんの目が、俺をまっすぐ見た。

 

「私の名は、シャアでもクワトロでもない」

 

 息を呑んだ。

 

「キャスバル・レム・ダイクンだ」

 

 ——ダイクン。

 

 あの、ニュータイプ思想を唱えた人の。

 ジオンという国の名前のもとになった、あの人の。

 

「ダイクンさんの——息子!?」

「ああ。ザビ家に父を殺され、名を奪われ、復讐のために生きてきた男だ」

 

 キャスバルさんの声は、静かだった。

 

「だが——もう、復讐のために戦うのはやめる」

 

 アムロが、キャスバルさんを見ていた。目が大きく開いている。

 

「——あの未来。ザビ家への復讐などしている場合ではない」

 

 キャスバルさんが、アムロに目を向けた。

 

「アムロ君。おそらく、キリコが見た未来では——君が、何らかの理由でコロニー落としに加担させられる」

「僕が……?」

「実行役かスケープゴートにされるのだろう」

 

 その言葉が、俺の胸を貫いた。

 そうか。そういうことだったのか。

 

「そんなの——かわいそうすぎるだろ!」

 

 叫んでいた。

 

「実行役にさせられるなんて! トラウマになるぞ! 一生引きずるぞ! そんな未来、絶対だめだ!」

 

 アムロが、俺を見た。目が潤んでいた。

 

「キリコ……」

「防ぐぞ! 絶対に防ぐ!」

 

 キャスバルさんが、小さく頷いた。

 

「ああ。防ぐ」

 

 アムロが、拳を握った。細い腕に、力がこもった。

 

「僕も——やる。自分の未来は、自分で変える」

 

 三人の目が、合った。

 

 キャスバルさん。アムロ。俺。

 

「おう!」

 

 三人で、拳を突き上げた。

 

 ◇ ◆ ◇

 

 病室のドアを開けて、廊下に出た。

 

 シーマさんが、壁に背を預けて立っていた。

 

 ——震えていた。

 

 腕を組んでいる。いつもの姿勢。いつもの不敵な顔。

 だが、指先が——白くなるほど、二の腕を掴んでいた。

 

 唇が、わずかに震えている。

 

「シーマさん?」

「……坊や」

 

 声が、低かった。

 

「実行役にさせられるなんて、かわいそうだって。本当に——あんたは、そう思うのかい」

 

 シーマさんの目が、俺を見ていた。

 鋭い目。だが、その奥に——何かが、揺れていた。

 

「当たり前です!」

 

 声が、出た。

 

「そんなの、一番つらいじゃないですか! 命令されて、やらされて、全部背負わされて!」

 

 シーマさんの指が、二の腕の上で震えた。

 

「俺は——そんなことさせない! アムロにも、誰にも! そんな立場になる前に、みんな救ってみせます!」

 

 叫んでいた。

 自分でも驚くくらいの声だった。

 

 シーマさんは、何も言わなかった。

 

 ただ一滴だけ。

 

 頬を、光が伝った。

 

「……行くよ」

 

 シーマさんは踵を返し、先に歩き出した。

 

 俺には、わからなかった。

 シーマさんがなんで泣いたのか。

 

 ……あれ。

 待てよ。

 

 さっきの会話、聞かれてたってことは——キャスバルさんの正体も、コロニー落としの話も、全部?

 

 ——まずくない?

 

「シーマさん! さっきの話なんですけど——」

「あたしは何も聞いてないよ」

 

 シーマさんは振り返らなかった。

 

 でもその足取りに、もう迷いはなかった。

 

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