アムロの必殺技はコロニー落としなんでしょ   作:匿名

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第15話「トキの向こうの模型店」

 

「だめだ! アムロを連れていくなど!」

 

 テムさんが、立ち上がった。

 アムロの家のリビング。俺とキャスバルさんが、向かいのソファに座っている。

 

「ダメダ! ダメダ!」

 

 足元のハロが、テムさんの声をオウム返しにした。

 

「息子をジオンの軍属にする気か。冗談じゃない」

 

 技術者の顔じゃない。父親の顔だった。

 

「クワトロさん、だったか。あなたの事情は知らない。だが、息子を戦場に送るつもりなら——この家から出ていってもらう」

 

 テーブルの上のコーヒーが、テムさんの声で揺れた。

 アムロが口を開きかけた。テムさんが、手で制した。

 

「アムロ。お前はまだ15だ」

「わかってるよ」

「わかっていない。——私は技術者だ。兵器がどういうものか知っている。あれに人を乗せるということが、どういう意味か知っている」

 

 テムさんの声が、低くなった。

 技術者としての重み。設計図の向こう側に、人の命があることを知っている人間の声だった。

 

「あなたの息子さんには、才能があります」

 

 キャスバルさんが、静かに言った。

 

「才能?」

「ええ。おそらく、私以上の」

 

 テムさんの目が、鋭くなった。

 

「お世辞で私は動かんよ」

「お世辞ではありません」

 

 テムさんが、椅子に沈み込んだ。眼鏡を外して、目頭を押さえた。

 

「……妻がいたら、張り倒されているな。私が」

 

 アムロの体が、わずかに強張った。

 ハロが、黙った。さっきまで転がり回っていたのに——丸い体が、床の上でぴたりと止まっている。

 

「母さんの話は——」

「いや。すまん」

 

 テムさんが、眼鏡をかけ直した。

 

「だがな、アムロ。仮にお前に才能があったとしても——それは、戦場に立つ理由にはならん」

 

「僕が行きたいんだ」

 

 アムロの声が、テムさんの言葉を遮った。

 テムさんが目を見開いた。

 

「父さん。僕は、みんなを助けたい」

 

 声が震えていた。だが、引く気配はなかった。

 

「コロニーが落ちて、街が潰されて、文明が消える——あんな未来を、黙って見ていられない」

「アムロ……お前……」

「見たんだ。全部。——怖かった。でも、見てしまったんだ」

 

 テムさんが、しばらく黙った。

 アムロを見ていた。じっと。

 何か——息子の目の中に、見たことのないものを探すように。

 

「……父親失格だな」

 

 テムさんが、呟いた。

 

「息子の目がこんなに変わっているのに——私は何も気がつかなかった」

 

 俺は、口を挟んだ。

 

「俺の親父は、俺に何も言わない人でした。でも——」

 

 言葉を選んだ。

 

「今ここで、こんなに必死に止めてくれる父さんがいるの——アムロ、お前すごい恵まれてるぞ」

 

 アムロが、俺を見た。目が潤んでいた。

 テムさんも、俺を見た。それから——アムロを見た。

 

 長い、長い沈黙。

 

「……条件がある」

 

 テムさんの声が、変わった。

 

「私も行く」

「え?」

「ジオンの兵器を見せてもらう。——設計を見て、安全性を確認して、私が納得できるものでなければ、アムロは乗せない。それが条件だ」

 

 技術者の顔に戻っていた。

 だが、眼鏡の奥の目は——父親のままだった。

 

 アムロが、困ったような、嬉しいような顔をした。

 

 ◇ ◆ ◇

 

 サイド3に戻った。

 

 キャスバルさん——いや、シャアさん——いや、クワトロさん——

 

 ええい、めんどくさい!

 

 名前が三つもある人を何て呼べばいいんだ。本人に聞いたら「好きに呼べ」と言われた。好きに呼んでいいなら——

 

「キャスバルさん!」

 

 キャスバルさんは、あの日からグラサンをかけなくなった。

 青い目がそのまま見える。素顔のキャスバルさんは、シャアさんの時よりちょっとだけ柔らかい顔をしている。

 

 その夜。

 

 キャスバルさんに連れられて、ズム・シティの繁華街に来ていた。

 

 看板のネオンが、暗い通りに青く滲んでいる。

 重そうな扉を押し開けると、薄暗い店内にジャズが流れていた。煙草の煙。グラスの触れ合う音。カウンターの奥に酒瓶が並んでいる。

 

 大人の店だ。

 

「俺、未成年なんですけど」

 

 キャスバルさんが迷いなく奥へ進む。仕切られた個室。革張りのソファ。テーブルの上にはすでにワインとグラスが並んでいた。

 

 先客が、二人いた。

 

「遅かったな、シャア少尉」

 

 男の声。低く、落ち着いている。

 髭を蓄えた男だった。がっしりした体格。軍服ではなく、上質だが地味なジャケット。だが、座っているだけで場の空気が締まる。こういう人を「古強者」と呼ぶんだろう。

 

 隣に、女の人。

 長い髪。落ち着いた目。品のある佇まい。

 だが——目の奥に、芯がある。この人は強い人だ。

 

「ランバ・ラル大尉。こちらがキリコです」

 

 キャスバルさんが——いや、ここでは「シャア少尉」が、俺を紹介した。

 

「ランバ・ラルだ」

 

 ラルさんが、俺を見た。品定めするような——だが、嫌味のない目だった。

 

「キリコです! よろしくお願いします!」

「元気な坊やだな。——こちらはクラウレ・ハモン。私の——」

 

 ラルさんが、言い淀んだ。

 

「奥さんですね!」

 

 ハモンさんが、小さく笑った。

 ラルさんの顔が赤くなっていた。

 

「坊や、何か飲む?」

「オレンジジュースで!」

 

 ジャズが、壁越しにくぐもって聞こえていた。

 

 ◇ ◆ ◇

 

「ラル大尉。コロニー落とし計画を知っていますか」

 

 ラルさんの手が、ワイングラスの上で止まった。

 

「……噂は、ある」

 

 低い声。軍人の声だった。

 

「噂ではありません。ザビ家は本気です」

 

 キャスバルさんが、静かに語り始めた。

 

 コロニーへの毒ガス注入。無力化した円筒を地球に落とす計画。

 ザビ家の上層部——特にギレンが推し進めている。

 開戦は、もう遠くない。

 

「……やはり、か」

 

 ラルさんが、目を閉じた。

 

「ダイクン公が生きていれば——こんなことには、ならなかった」

 

 キャスバルさんの体が、わずかに強張った。

 

「止めなければなりません」

 

 キャスバルさんの声が、静かに響いた。

 

「だが、軍人がどうやって上の命令を変えられましょう」

 

 ラルさんは静かに言った。

 

 キャスバルさんが、口を開いた。

 

「私が変える。私の名は……キャスバル・レム・ダイクンだ」

 

 世界が、止まった。

 

 ジャズが鳴っている。グラスの中でワインが揺れている。壁の向こうで誰かが笑っている。

 だが——この個室の中だけ、時間が止まっていた。

 

「……キャスバル、様」

 

 ラルさんの声が、震えた。

 

「生きて……生きておいでだったのですか……!」

 

 声が、嗚咽で途切れる。

 

「父は……父ジンバは……最期まで……あの子たちは無事か、あの子たちは無事かと……!」

 

 ハモンさんが、静かにラルさんの背中に手を添えていた。ハモンさんの目にも、光が浮かんでいた。

 

 キャスバルさんは、黙って座っていた。

 何も言わなかった。

 ラルさんが泣き止むまで、ただ——まっすぐに、向き合っていた。

 

 俺も——オレンジジュースのグラスを握ったまま、動けなかった。

 

 しばらくして。

 

 ラルさんが、袖で顔を拭った。荒い呼吸。赤い目。

 だが——背筋は、まっすぐだった。

 

「……失礼した」

「いいえ」

 

 キャスバルさんの声は、穏やかだった。

 

「妹も——無事です」

「アルテイシア様も……!?」

「今は名を変えて、サイド7で医療の勉強をしています。元気に——私を張り倒すくらいには」

 

 キャスバルさんの口元が、かすかに緩んだ。

 

「アルテイシア様が……」

 

 ラルさんの目が、また潤んだ。今度は声を出さなかった。ただ、唇を噛んで、天井を仰いだ。

 

「……会いたい。お会いしたい」

「落ち着いたら——必ず」

「……はっ」

 

 ラルさんが頭を下げた。深い、深いお辞儀だった。

 

「キャスバル様。私に何ができますかな」

 

 声は、もう軍人のものに戻っていた。泣き腫らした顔のまま、仕事の話に入る。この人は——強い。

 

「安全な場所と、モビルスーツの整備環境を。一人、秘匿にする必要がある技術者がいます」

「屋敷の地下に用意しましょう」

 

 即答だった。

 

 ◇ ◆ ◇

 

 俺はオレンジジュースの二杯目を飲みながら、ラルさんの顔をじっと見ていた。

 

「ラルさん」

「何だ」

「あの……変なこと聞いていいですか」

「うむ」

 

「模型店とか行ったりしますか?」

「模型?」

 

 ラルさんが、怪訝な顔をした。

 

「いや、なんか……トキの向こうの模型店で見たことがある気がするんですよね……」

 

 モンハンのフィギュアを買いに行った、あの店だ。

 

 ラルさんの眉が、ぴくりと動いた。

 

「ラルさんはそこで、若い子たちにアドバイスとかしてて。慕われてて……」

 

 ラルさんが、腕を組んだ。

 じっと俺を見ている。

 

「それは、私ではないな」

「そうですよね。すみません」

「だが——」

 

 ラルさんの目が、どこか遠くを見た。

 

「悪くない人生だな、それは」

 

 ぼそりと呟いた。

 グラスの中のワインに、ネオンの青が揺れていた。

 

 ハモンさんが、ラルさんの横顔を見ていた。

 

「キャスバル様」

 

 ラルさんが、グラスを置いた。

 声が、変わっていた。

 

「その坊やが……未来を見たのですな」

 

 キャスバルさんが静かに頷いた。

 

「私が模型店で若い者に教えている、か」

 

 ラルさんの声は、静かだった。

 だが、その奥に——何かが、震えていた。

 

「……そうか」

 

 ラルさんが、目を閉じた。

 

 長い沈黙。

 ジャズのピアノだけが、壁の向こうから聞こえていた。

 

 ラルさんが、目を開けた。

 

「ハモン」

「言わなくてもわかるわ」

 

 ハモンさんが、微笑んだ。

 

「あなたの行く先に、私がいないことはないでしょう」

 

 キャスバルさんが、コーヒーカップを置いた。

 

「感謝します」

「不肖ランバ・ラル。キャスバル様と共に、未来を変えましょう」

 

 ラルさんが、俺を見た。

 俺の胸が、じわりと熱くなった。

 

 ◇ ◆ ◇

 

「キリコ」

「はい」

「明日から実機訓練を始める。ザクに乗ってもらう」

 

「……俺も?」

「お前もだ。アムロも。三人で乗る」

 

 ゲームじゃない。シミュレーターでもない。本物だ。

 

「正規の訓練区画を押さえてある。軍属としての登録も済ませてある。パイロット候補生だ」

「……やります」

 

 声が震えた。嬉しさと、怖さが、混じっていた。

 

「当然だ」

 

 キャスバルさんが、小さく笑った。

 

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