アムロの必殺技はコロニー落としなんでしょ 作:匿名
「だめだ! アムロを連れていくなど!」
テムさんが、立ち上がった。
アムロの家のリビング。俺とキャスバルさんが、向かいのソファに座っている。
「ダメダ! ダメダ!」
足元のハロが、テムさんの声をオウム返しにした。
「息子をジオンの軍属にする気か。冗談じゃない」
技術者の顔じゃない。父親の顔だった。
「クワトロさん、だったか。あなたの事情は知らない。だが、息子を戦場に送るつもりなら——この家から出ていってもらう」
テーブルの上のコーヒーが、テムさんの声で揺れた。
アムロが口を開きかけた。テムさんが、手で制した。
「アムロ。お前はまだ15だ」
「わかってるよ」
「わかっていない。——私は技術者だ。兵器がどういうものか知っている。あれに人を乗せるということが、どういう意味か知っている」
テムさんの声が、低くなった。
技術者としての重み。設計図の向こう側に、人の命があることを知っている人間の声だった。
「あなたの息子さんには、才能があります」
キャスバルさんが、静かに言った。
「才能?」
「ええ。おそらく、私以上の」
テムさんの目が、鋭くなった。
「お世辞で私は動かんよ」
「お世辞ではありません」
テムさんが、椅子に沈み込んだ。眼鏡を外して、目頭を押さえた。
「……妻がいたら、張り倒されているな。私が」
アムロの体が、わずかに強張った。
ハロが、黙った。さっきまで転がり回っていたのに——丸い体が、床の上でぴたりと止まっている。
「母さんの話は——」
「いや。すまん」
テムさんが、眼鏡をかけ直した。
「だがな、アムロ。仮にお前に才能があったとしても——それは、戦場に立つ理由にはならん」
「僕が行きたいんだ」
アムロの声が、テムさんの言葉を遮った。
テムさんが目を見開いた。
「父さん。僕は、みんなを助けたい」
声が震えていた。だが、引く気配はなかった。
「コロニーが落ちて、街が潰されて、文明が消える——あんな未来を、黙って見ていられない」
「アムロ……お前……」
「見たんだ。全部。——怖かった。でも、見てしまったんだ」
テムさんが、しばらく黙った。
アムロを見ていた。じっと。
何か——息子の目の中に、見たことのないものを探すように。
「……父親失格だな」
テムさんが、呟いた。
「息子の目がこんなに変わっているのに——私は何も気がつかなかった」
俺は、口を挟んだ。
「俺の親父は、俺に何も言わない人でした。でも——」
言葉を選んだ。
「今ここで、こんなに必死に止めてくれる父さんがいるの——アムロ、お前すごい恵まれてるぞ」
アムロが、俺を見た。目が潤んでいた。
テムさんも、俺を見た。それから——アムロを見た。
長い、長い沈黙。
「……条件がある」
テムさんの声が、変わった。
「私も行く」
「え?」
「ジオンの兵器を見せてもらう。——設計を見て、安全性を確認して、私が納得できるものでなければ、アムロは乗せない。それが条件だ」
技術者の顔に戻っていた。
だが、眼鏡の奥の目は——父親のままだった。
アムロが、困ったような、嬉しいような顔をした。
◇ ◆ ◇
サイド3に戻った。
キャスバルさん——いや、シャアさん——いや、クワトロさん——
ええい、めんどくさい!
名前が三つもある人を何て呼べばいいんだ。本人に聞いたら「好きに呼べ」と言われた。好きに呼んでいいなら——
「キャスバルさん!」
キャスバルさんは、あの日からグラサンをかけなくなった。
青い目がそのまま見える。素顔のキャスバルさんは、シャアさんの時よりちょっとだけ柔らかい顔をしている。
その夜。
キャスバルさんに連れられて、ズム・シティの繁華街に来ていた。
看板のネオンが、暗い通りに青く滲んでいる。
重そうな扉を押し開けると、薄暗い店内にジャズが流れていた。煙草の煙。グラスの触れ合う音。カウンターの奥に酒瓶が並んでいる。
大人の店だ。
「俺、未成年なんですけど」
キャスバルさんが迷いなく奥へ進む。仕切られた個室。革張りのソファ。テーブルの上にはすでにワインとグラスが並んでいた。
先客が、二人いた。
「遅かったな、シャア少尉」
男の声。低く、落ち着いている。
髭を蓄えた男だった。がっしりした体格。軍服ではなく、上質だが地味なジャケット。だが、座っているだけで場の空気が締まる。こういう人を「古強者」と呼ぶんだろう。
隣に、女の人。
長い髪。落ち着いた目。品のある佇まい。
だが——目の奥に、芯がある。この人は強い人だ。
「ランバ・ラル大尉。こちらがキリコです」
キャスバルさんが——いや、ここでは「シャア少尉」が、俺を紹介した。
「ランバ・ラルだ」
ラルさんが、俺を見た。品定めするような——だが、嫌味のない目だった。
「キリコです! よろしくお願いします!」
「元気な坊やだな。——こちらはクラウレ・ハモン。私の——」
ラルさんが、言い淀んだ。
「奥さんですね!」
ハモンさんが、小さく笑った。
ラルさんの顔が赤くなっていた。
「坊や、何か飲む?」
「オレンジジュースで!」
ジャズが、壁越しにくぐもって聞こえていた。
◇ ◆ ◇
「ラル大尉。コロニー落とし計画を知っていますか」
ラルさんの手が、ワイングラスの上で止まった。
「……噂は、ある」
低い声。軍人の声だった。
「噂ではありません。ザビ家は本気です」
キャスバルさんが、静かに語り始めた。
コロニーへの毒ガス注入。無力化した円筒を地球に落とす計画。
ザビ家の上層部——特にギレンが推し進めている。
開戦は、もう遠くない。
「……やはり、か」
ラルさんが、目を閉じた。
「ダイクン公が生きていれば——こんなことには、ならなかった」
キャスバルさんの体が、わずかに強張った。
「止めなければなりません」
キャスバルさんの声が、静かに響いた。
「だが、軍人がどうやって上の命令を変えられましょう」
ラルさんは静かに言った。
キャスバルさんが、口を開いた。
「私が変える。私の名は……キャスバル・レム・ダイクンだ」
世界が、止まった。
ジャズが鳴っている。グラスの中でワインが揺れている。壁の向こうで誰かが笑っている。
だが——この個室の中だけ、時間が止まっていた。
「……キャスバル、様」
ラルさんの声が、震えた。
「生きて……生きておいでだったのですか……!」
声が、嗚咽で途切れる。
「父は……父ジンバは……最期まで……あの子たちは無事か、あの子たちは無事かと……!」
ハモンさんが、静かにラルさんの背中に手を添えていた。ハモンさんの目にも、光が浮かんでいた。
キャスバルさんは、黙って座っていた。
何も言わなかった。
ラルさんが泣き止むまで、ただ——まっすぐに、向き合っていた。
俺も——オレンジジュースのグラスを握ったまま、動けなかった。
しばらくして。
ラルさんが、袖で顔を拭った。荒い呼吸。赤い目。
だが——背筋は、まっすぐだった。
「……失礼した」
「いいえ」
キャスバルさんの声は、穏やかだった。
「妹も——無事です」
「アルテイシア様も……!?」
「今は名を変えて、サイド7で医療の勉強をしています。元気に——私を張り倒すくらいには」
キャスバルさんの口元が、かすかに緩んだ。
「アルテイシア様が……」
ラルさんの目が、また潤んだ。今度は声を出さなかった。ただ、唇を噛んで、天井を仰いだ。
「……会いたい。お会いしたい」
「落ち着いたら——必ず」
「……はっ」
ラルさんが頭を下げた。深い、深いお辞儀だった。
「キャスバル様。私に何ができますかな」
声は、もう軍人のものに戻っていた。泣き腫らした顔のまま、仕事の話に入る。この人は——強い。
「安全な場所と、モビルスーツの整備環境を。一人、秘匿にする必要がある技術者がいます」
「屋敷の地下に用意しましょう」
即答だった。
◇ ◆ ◇
俺はオレンジジュースの二杯目を飲みながら、ラルさんの顔をじっと見ていた。
「ラルさん」
「何だ」
「あの……変なこと聞いていいですか」
「うむ」
「模型店とか行ったりしますか?」
「模型?」
ラルさんが、怪訝な顔をした。
「いや、なんか……トキの向こうの模型店で見たことがある気がするんですよね……」
モンハンのフィギュアを買いに行った、あの店だ。
ラルさんの眉が、ぴくりと動いた。
「ラルさんはそこで、若い子たちにアドバイスとかしてて。慕われてて……」
ラルさんが、腕を組んだ。
じっと俺を見ている。
「それは、私ではないな」
「そうですよね。すみません」
「だが——」
ラルさんの目が、どこか遠くを見た。
「悪くない人生だな、それは」
ぼそりと呟いた。
グラスの中のワインに、ネオンの青が揺れていた。
ハモンさんが、ラルさんの横顔を見ていた。
「キャスバル様」
ラルさんが、グラスを置いた。
声が、変わっていた。
「その坊やが……未来を見たのですな」
キャスバルさんが静かに頷いた。
「私が模型店で若い者に教えている、か」
ラルさんの声は、静かだった。
だが、その奥に——何かが、震えていた。
「……そうか」
ラルさんが、目を閉じた。
長い沈黙。
ジャズのピアノだけが、壁の向こうから聞こえていた。
ラルさんが、目を開けた。
「ハモン」
「言わなくてもわかるわ」
ハモンさんが、微笑んだ。
「あなたの行く先に、私がいないことはないでしょう」
キャスバルさんが、コーヒーカップを置いた。
「感謝します」
「不肖ランバ・ラル。キャスバル様と共に、未来を変えましょう」
ラルさんが、俺を見た。
俺の胸が、じわりと熱くなった。
◇ ◆ ◇
「キリコ」
「はい」
「明日から実機訓練を始める。ザクに乗ってもらう」
「……俺も?」
「お前もだ。アムロも。三人で乗る」
ゲームじゃない。シミュレーターでもない。本物だ。
「正規の訓練区画を押さえてある。軍属としての登録も済ませてある。パイロット候補生だ」
「……やります」
声が震えた。嬉しさと、怖さが、混じっていた。
「当然だ」
キャスバルさんが、小さく笑った。