アムロの必殺技はコロニー落としなんでしょ 作:匿名
連れていかれた先は、軍港の一角にある小さな事務室だった。
パイプ椅子に座らされ、向かいにシャアが腰を下ろす。
名前を何度か間違えたら、修正された。
デスクの上にはコーヒーが2つ。片方を俺の前に置いてくれた。
尋問にしては親切だ。
「まず、名前を聞いていなかった」
……来た。
一番聞かれたくない質問だ。
「……霧子です」
「キリコ?」
シャアが、一瞬だけ目を瞬かせた。
「男でキリコ、か」
——ぶちっ。
「キリコが男の名前で何が悪い!」
俺は立ち上がっていた。椅子が後ろに倒れた。
コーヒーが揺れた。
……しまった。つい叫んでしまった。
これは俺の人生で47回目くらいのキレである。幼稚園で3回、小学校で12回、中学で15回、高校で8回、大学で9回。名前でいじられるたびに同じ台詞を叫んできた。
叔父を恨む。あの最低野郎。自分の好きなアニメの主人公の名前を姪っ子でも甥っ子でもない、ただの兄の息子につけやがった。
シャアは、椅子を倒した俺を見上げていた。
その目に、一瞬——ほんの一瞬——奇妙な色が浮かんだのを、俺は見た。
懐かしさ、ではない。
既視感、でもない。
なんと表現すればいいのか、「いつかこの台詞を別の誰かからも聞く」とでも言いたげな、不思議な間。
……いや、たぶん気のせいだ。
「……すみません」
「いや、いい。座れ」
椅子を起こして座り直す。コーヒーを一口飲んだ。苦い。
「それで、キリコ。改めて聞く」
シャアが、デスクに両肘をついた。
「刻を見た、と言ったな。具体的に何が見えた」
——また来た。トキの話。
俺はゲーセンの画面の話をしたつもりだったが、シャアは明らかに別の意味で受け取っている。
正直に「ゲームの画面です」と言いたいが、ゲームセンターという概念がこの世界にあるのかわからない。
宇宙世紀だぞ。ゲーセンあるのか? あったとしてもガンダムVSガンダムは絶対ない。
仕方ない。見えたものをそのまま話すしかない。
「トキを見たというか、トキで見たというか……えっと……白いロボットが」
「ロボット……ほう」
「それに乗った少年が——アムロってやつが——コロニーを地球に落としてました」
シャアの眉が微かに動いた。
そりゃそうだ。冷静に考えたらスケールがおかしい。ロボット1体でコロニーを落とすなんて、どう考えても無理がある。
だが俺はゲームの画面で見たのだ。見たものは見た。
「他には」
「……えーと、赤いロボットが」
「赤?」
「はい。なんかそいつがびゅんびゅん飛んでて。山田が『3倍速い』って言ってました」
「……何だそれは」
シャアがメモを取り始めた。軍人らしく几帳面だ。
「あと、えっと……髭のやつが蝶々を出して、全部どかーんって」
「全部?」
「全部です。なんか……文明っぽいものが全部」
ペンが止まった。
「文明が、消える?」
「はい。山田が言ってました。『最終的に全部月光蝶で消える』って」
「月光蝶……ヤマダ……」
シャアがメモを見つめている。
長い沈黙だった。
俺は不安になってきた。なにせ全部、ゲーセンで横から眺めていた画面の記憶だ。ストーリーなんか知らない。
山田が実況で叫んでいた断片を、ぼんやり覚えているだけ。
だが目の前の男は——シャア・アズナブル少尉は——真剣な目でメモ帳を見つめ、何かを考え込んでいた。
「キリコ」
「はい」
「アムロという名の人間の特徴は」
「えーと……茶髪で、白いロボットに乗ってて、『僕が一番ガンダムをうまく使えるんだ』みたいなこと言ってました」
「ガンダム?」
「ロボットの名前だと思います。白いやつ」
シャアがまたペンを止めた。
「連邦の新型兵器か……」
独り言のように呟いた。
俺にはよくわからなかった。連邦が何かも、新型兵器がどうとかも。ただ、シャアが真剣であることだけは伝わった。
「キリコ。お前は、不思議な男だ」
「はあ」
「聞いたこともない兵器の名を口にし、文明の終焉を語る。——にもかかわらず、最も基本的な軍事知識を何一つ持っていない」
……痛いところを突かれた。
「その……俺、一般人なんで」
「一般人」
シャアが俺を見た。
底の知れない目だった。
「一般人、か」
俺が見たのはゲーセンの画面なんだ。
でもそれを説明する方法が、この世界にはない。
「もう一つ聞く」
シャアがコーヒーを一口飲み、カップを置いた。
「君の見た中に——私はいたか」
俺の知っているガンダムの知識では、アムロがコロニーを落とし、シャアがそれと戦う。
つまりは——
「……そのアムロってのを倒すのが、多分シャアさんです」
シャアの目が、わずかに見開かれた。
「ほう……」
沈黙。
シャアは、空になったコーヒーカップの中を見つめていた。
「——キリコ。しばらく私のそばにいろ」
「え?」
「君が『見た』ものを、すべて聞き出す必要がある」
選択肢があるようには聞こえなかった。
「あの、俺は本当にただの一般人で——」
シャアが立ち上がった。
「君に拒否権はない」
シャアがデスクの通信機に手を伸ばした。
「——私だ。一つ調べてもらいたい。アムロという名の人間だ。茶髪の少年。連邦側の可能性が高い。……ああ、急ぎで頼む」
通信を切ると、シャアは俺に向き直った。
「今日のところはここまでだ。仮眠室を用意する」
こうして俺は、シャア・アズナブル少尉の——何だ? 部下? 保護対象? 監視対象?——とにかく、よくわからない立場になったのだった。