アムロの必殺技はコロニー落としなんでしょ 作:匿名
「君は……私が誰か、知らないのか?」
ガルマが、フォークを置いて言った。
市場の外れにある小さな店だった。周りを区切られた、テラス席。
ガルマが「ここは口が堅い」と選んだ店らしい。
「えっと……シャアさんの士官学校の同期、ですよね」
「それはそうだが……他には?」
ガルマが、不思議そうな顔をしている。
他に、と言われても。
整った顔。紫の髪。品のいい服。品のいい手。
……あ。
「もしかして、有名人ですか?」
ガルマの目が、丸くなった。
「歌手とか……俳優とか? すみません、俺テレビ見ないんで」
横で、シャアのナイフが皿の上で音を立てた。
ガルマが——笑った。
声を上げて、笑った。
「はは……ははは! いや、歌手ではないよ。俳優でもない」
涙が出るほど笑っている。何がそんなにおかしいのか。
「シャア。君の友人は面白いな」
「そうだろう」
シャアの声が平坦だった。グラサンの奥で何を考えているかわからない。
「いいんだ。今日は——ただのガルマでいい」
ガルマが、笑顔のまま言った。
その笑顔が、どこか嬉しそうだった。
◇ ◆ ◇
料理がうまい。
パスタ。肉。サラダ。パンもある。
和食が良かったが、パウチ生活の後では何を食べても天国だ。
「うまい!」
「キリコ、食べ方が汚い」
「すみません! でもうまいんです!」
ガルマが、自分の皿から一切れ肉を取って俺の皿に載せた。
「食べなさい。遠慮はいらない」
「いいんですか!? ありがとうございます!」
いい人だ。本当にいい人だ。
シャアは黙々と牡蠣を食べていた。殻付きの、でかいやつ。もう3つ目だ。
「シャア、いいのか? そんなに牡蠣を食べて」
ガルマが、心配そうに言った。
「当たらなければどうということはない」
シャアがワインを一口飲み、グラスを置いた。
「ガルマ。最近どうだ」
ガルマの表情が、わずかに変わった。さっきまでの明るさに、薄い影が差す。
「……兄上は慎重だよ」
「いつだ」
「もう、遠くない」
何のことだ?
シャアが、静かに言った。
「遅らせられないのか」
「シャア、何を急に——」
「まだ、準備が整っていない」
ガルマが、シャアを見た。真剣な目だった。
「君がそう言うなら……だが私の力では——」
ガルマがフォークを握る手が、強くなった。
なんだか、重い空気だ。
「ガルマさんって、兄弟二人なんですか?」
「いや、兄が……二人に、姉が一人だ」
「賑やかでいいなあ。俺、一人っ子なんで」
ガルマが、苦笑した。
「賑やかというよりは——まあ、複雑、かな」
「えー、もったいない。家族は仲良くしないと!」
俺は、思ったまま言った。
ガルマが、きょとんとした。
それから——また笑った。さっきとは少し違う、柔らかい笑い。
「……そうだね。そうありたいものだ」
シャアは、黙ってワインを飲んでいた。
◇ ◆ ◇
「そういえば、シャアさんは家族いるんですか?」
軽い気持ちだった。ガルマさんの話が出たから、なんとなく。
シャアの手が、止まった。
長い、沈黙。
それから、シャアは目を逸らして言った。
「……サボテンが、花をつけている」
——は?
何言ってるんだこの人。
確かに小さなサボテンの鉢がある。赤い花が咲いている。でも今その話じゃない。
……いや、待て。
話したくないんだ。
シャアさんは——家族の話を、したくないんだ。
「すみません。聞いちゃいけないことでした」
シャアは、ワインを飲んだ。
一口が、長かった。
ガルマが、静かにパンを裂いた。
「シャア。デザートは何にする?」
何事もなかったかのように、話題を変えた。
ガルマさんは、こういうとき空気が読める人だった。
◇ ◆ ◇
店を出た。
ガルマが会計を済ませていた。全額。
「ガルマさん! 奢ってもらっちゃって、ありがとうございます!!」
「いいんだ。誘ったのはこちらだからね」
ガルマが微笑んだ。育ちの良さが滲み出ている。
「もしかして、お金持ちですか!」
ガルマは苦笑いし、それから答えた。
「坊やだからさ」
隣のシャアが吹き出して、赤いノースリーブが揺れた。
「キリコ。今日は楽しかった」
「俺もです! ガルマさん、また飯行きましょう! 今度は俺が奢ります!」
ガルマが笑った。
「ああ。——ところで、シャア」
ガルマが、声を落とした。
「今日のことは、秘密だぞ」
「お互い様だ」
ガルマが、にっこりと笑った。
シャアは——小さく、頷いた。
ガルマが去っていった。
紫の髪が、人混みの中に消えていく。
「シャアさん」
「何だ」
「ガルマさん、いい人ですね」
シャアは、答えなかった。
「あの人も——死なせたくないな」
グラサンの奥の目が、こちらを向いた。
シャアさんは、何か言いかけて——やめた。