私が生きる意味   作:黒野黒龍

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第二章

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「ゆんやああああああああ!!」

 

 私は大きな声で目が覚めた。

時計を見ると、時刻は朝の7時ごろだった。

 

 急いで声がした方へ向かうと、

赤まりさが段ボールの中で縦横無尽に転がっていた。

 

「いちゃいいいいいい!!」

「おもにじぇんしんがいちゃいのじええええええ!?」

 

ゆんやーと叫びながら転がり続ける赤まりさを見て、呆れてしまった。

泥棒か何かが入ったのかと思い、肝が冷えた。

 

 赤まりさが私に気づくと体を震わせながら口を開く。

 

「おいク(・)チ(・)ョ(・)バ(・)バ(・)ア(・)!おみゃえのしぇいでいちゃいちゃいにゃのじぇ!!」

「いしゃっりょうとしちぇ、あみゃあみゃをちょうりゃい!」

「たくっしゃんでいいにょ!!」

 

「……」

 

 (ピキィッ)

 

 私は無言でデコピンの構えをとり、赤まりさに近づく。

赤まりさは何も言わない私をゲラゲラと笑っていたが、手の形を見ると笑うのをやめ、体が震え出す。

 

「や……やみぇるのじぇ……」

「い……いちゃいいちゃいは……ゆっくちできにゃいのじぇ……」

 

 一歩、また一歩と近づく私から逃げようと、赤まりさは後ろへあんよを進める。

 

「にげりゅよ……まりちゃはにげりゅのじぇ……じぇ!?」

 

「どぼじちぇかべしゃんがありゅのじぇー!?」

「いじわりゅじにゃいでどいちぇねええええ!?」

 

「……」

 

 箱の外から覗く私は、赤まりさには巨大な影に見えているのだろう。

 

 私はゆっくりと、指を赤まりさに近づける。

赤まりさはあまりの恐怖で「ゆひっ……ゆひっ……」と鳴いている。

 

 指を赤まりさの目の前に置く。赤まりさは覚悟を決めたのか目を閉じ、体を震わせる。

 

 私は指に溜めていた力を赤まりさにぶつけた。

 

『ちょん』

 

「ゆぴっじゃぴ!?」

 

 赤まりさは謎の言葉を話しながら、体をビクッと跳ねらせる。ゆっくりと目を開けると指は頭の上に乗せられていた。

 

「くっ……きききききききききっ」

 

 私から変な笑い声が出た。

人間が笑う時に『きききき』と声が出るのを、

今初めて知った。

 

「ひぃ……ひぃ……」

 

 私は笑い疲れ、赤まりさの方を見ると、赤まりさはポカーンと口を開き、呆然としていた。

 

 私が呼吸を整えていると、赤まりさが弱々しい声で口を開く。

 

「おいくちょ……に、にんげんしゃん……」

「まりちゃ、お……おなかしゅいちゃのじぇ……」

 

「へ?ああ、ご飯ね。少し待ってて」

 

 私は冷蔵庫を開ける。しかし、何も入っていなかった。

 昨日の分で最後だったらしい。

 

「あー……ちょっと待ってて、買ってくる」

 

 私は財布を持って近くのコンビニで朝ごはんを買いに行った。

 

 

 ――赤まりさは誰もいなくなった部屋で、自分を"飼いゆっくり"にしてくれた人間のことについて考えていた。

 

 (やばいのじぇやばいのじぇ……)

(あのにんげんしゃんはやばいのじぇ……)

 

 赤まりさの中枢餡に、昨日の出来事がよみがえる。

野生の時に感じた事がない激痛や屈辱。

自分に暴力を振りかぶり、大笑いしている人間の声……

 

 赤まりさは身を震わせた。

 

 (こにょままいちぇはあぶにゃいのじぇ……。)

(はやきゅにげにゃければ……)

 

 そう考えていた時に、ふとあることを思い出す。

 

 (そういえば……あにょかみにかいていた、

もじしゃんはなんだったのじぇ?)

 

 ゆっくりの中で、文字を理解できる個体はほとんどいない。

 ごくごく稀に、小学生一年生ほどの知能をもつ個体がいるが、そういう個体は、長くは生きられない。

 

 だが、この赤まりさは読み方こそ分からないものの、

 文字の形を記憶できる餡子を持っていたようだ。

 

 (とにかく、あのにんげんしゃんがぼうっりょくをふるわにゃいようにしにゃいと……)

(でも……あのにんげんしゃんは、ごはんしゃんはくれたのじぇ……)

 

 『ガチャ』

 

「ただいまー」

 

 玄関が開く音がした。にんげんさんが帰ってきたようだ。――

 

 

 私は赤まりさを手のひらに乗せ、机の上に置く。

パンを袋から出すと、赤まりさが首を傾げる。

 

「ゆ?そのしきゃく(四角)しゃんはにゃんなにょじぇ?」

 

 私の手には食パンがある。白いところを少しちぎり、赤まりさの目の前に置いた。

赤まりさは食パンを見たことがないのか、身を屈め、ゆっくりと離れて行く。

 

「そりょーり、そりょーり……」

 

「……早く食べろ」

 

「ゆぴっ!?」

 

 私は赤まりさの口にパンを入れる。

 

すると、ふわふわとした感触が、赤まりさの口いっぱいに広がる。

それは、赤まりさが今まで食べたことない経験だった。

 

 あまりの美味しさに赤まりさは『ちあわちぇー!!』ではなく、

「ゆぴょええええ!?」と叫んでいた。

 

 赤まりさは目を輝かせ、私の顔を見ると「もっちょ!もっちょ!!」と体を跳ねらせた。

 

 ……結局、私のパンのほとんどを赤まりさに持って行かれた。四分の一食べたところで止めたかったが、あんなに目を輝かせているゆっくりにノーとは言えなかった。

 

 必死に残った分を死守し、ことなきを得た。

最後の一口を食べた時、赤まりさの目から光が消えた。

 

……少しだけ、面白かった。

 

 私がため息をついていると、赤まりさの動きがピタリと止まる。

私が様子を見ていると、突然「うんうんがでりゅ!!」と高々と宣言をしたと思えば、机の上にうんうんを垂れ流した。

 

 『ブリュッ、ビチャッ、ビチャッ』

 

「ちゅっきりー!」

 

「……」

 

机のあちこちに、ゆっくりのうんうんが飛び散っていた。

赤まりさは辺りを見渡すと、「くっさ!!くっさ!!」と顔を歪め、私の方を見て口を開く。

 

「おい、くちょど(・)り(・)ぇ(・)い(・)!!はやきゅうんうんをかたじゅけるのじぇ!!」

 

「……」

 

 (ピキィッ)

 

 私は無言で飛び散ったうんうんを集める。

それを見た赤まりさは、むかつく顔でニヤニヤと微笑んでいた。

 

 うんうんを一箇所に集め終えると、私は赤まりさの体をつまみ上げる。

 

「ゆ?おしょりゃをとん……」

 

 そして、セリフを言い終わる前に、私は赤まりさをうんうんの山に沈めた。

 

 『ぐちゃぁ』

 

「ゆあああああああああ!!」

 

 私は赤まりさの全身に塗りたくるように、うんうんをこびりつけた。そんな中、赤まりさは泣き叫ぶ。

 

「くしゃいいいい!やじゃああああ!」

「おうちかえりゅうううううう!!ゆんやーーー!!」

 

 ――うんうんを全て塗りたくると、赤まりさの見た目があんこ餅のような見た目になっていた。

 

「ゆっ……ゆっ……」

 

 赤まりさはしゃっくりをしながら泣いていた。

 

「……次はトイレでしようね?」

 

 私がそう赤まりさに話すと、泣きながら首を傾げ口を開く。

 

「といれしゃん……どきょ……?」

 

「あ……」――

 

 私は赤まりさに付いたうんうんを洗い流す。

ここに連れてきてから、トイレの場所を決めることを失念していた。

 

 とりあえず、段ボールを小さな正方形に切り取り、段ボールの縁に見やすいように色をつけることにした。

 

 色を塗る時に悩んでいると、赤まりさが「きいろしゃん!きいろしゃん!」とアピールをしていた。

 

 私はその姿を見てふと、息子のことを思い出した。

 

 

「お母さん!黄色!黄色がいい!!」

 

「はいはい、黄色ね」

 

 私は黄色のペンをとり、修也(しゅうや)に手渡した。

 

「修也(しゅうや)は黄色が好きなのね」

 

「うん!先生が言ってたんだ!黄色を並び替えると違う文字になるんだ!!」

 

「へー、そうなんだ。なんて言うの?」

 

「へへ、それはね……」

 

 

 ――気がつくと、私は涙を流していた。

涙を止めたいのに、滝のように流れ出てくる。

 

 思い出さないようにしていたものが、どんどんと溢れてくる。

 

「修也……修也……」

 

 

 ――にんげんさんが突然泣き出したことに、赤まりさは驚いた。

 暴力を振りかぶり、それを笑うにんげんさんが、突然泣き出したからだ。

 

(どうちてなくのじぇ?)

 

 (……っ!!)

 

 悩んだ末に赤まりさは理解した。

 

(にんげんしゃんは、きいろしゃんによわいんだじぇ!)

 

 赤まりさはさっそく行動に移った。

きいろのペンを口にくわえ、にんげんさんの前に立つ。

そして、にんげんさんの手へ向けペンを振りかぶる。

 

「くりゃうのじぇ!ちゅぱーく!!」

 

『ぺちん』

 

 にんげんさんの手にペンが当たると、にんげんさんは泣くのをピタリとやめた。

 

(やっちぇやっちゃのじぇ!!)

 

「……」

 

そうして、赤まりさが誇らしげにしていると、

辺りに静寂が走る。

 

 ――この時、赤まりさは嫌な予感がした。

この流れは……

 

(や……やられりゅ!)

 

 赤まりさはおさげを頭に重ね、身を守る。

プルプル震えていると、頭の上に何かが優しく乗っかった。

 

 恐る恐る見ると、それはにんげんさんの指だった。

にんげんさんの指は優しく、赤まりさを撫でていた。

 

 赤まりさがにんげんさんの顔を見ると、

そこには笑みがあった。

いつもの狂気じみた笑いではなく、優しく微笑んでいた。

 

「……ゆ?」

 

 指はそっと赤まりさの頬に触れる。

 

「ゆ……」

 

(ああ、よかったのじぇ……)

 

 赤まりさが安心していると突然、頬に激痛が走る。

 

「ゆびっ!?」

 

 頬に触れるにんげんさんの指は二つになっており、赤まりさの頬をつねっていた。

 

「いじゃあああああああ!!」

 

「相手に物を当てるな!!」

 

「ゆんやああああああ!!」

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