私が生きる意味   作:黒野黒龍

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第三章

3

 

 

 私の息子は、優しすぎる子だった。

家にゴキブリが出てきた時も、私が潰そうとすると「やめて!だめ!」と怒られたことがあった。

 

 ゆっくりが日本に出現した時、みんながどう接すればわからない中、修也はみんなの前に立ち、ゆっくりに優しく話しかけていた。

 

 修也は家に帰ると、今日はどんなゆっくりと話したのか、

ご飯をあげたらこんな反応だったよと、楽しそうに話していた。

修也はゆっくりが大好きと言っていたけど……

 

 その性格が不幸を呼び寄せた。

 

 その日、修也はいつも通りに、私に「いってきます!」と元気よく出かけて行った。

 

 「いってらっしゃい」

 

 そう返事をしたが、顔を見て言わなかったことを今でも後悔をしている。

 

 友達と家に帰る途中にある公園で、誰かの声が聞こえた。修也達が公園を覗くと、一匹のまりさと、れいむとまりさの番のゆっくりが言い争っていた。

 

 修也たちはいつもの風景だろうと思っていたが、それは違った。

片方のまりさ種の帽子には、修也がプレゼントした銀色に輝くバッチが付いていた。

 

「あ、あれ……」

 

「?、修也、あのゆっくりを知ってるのか?」

 

 友達はバッチを付けていたゆっくりを指差すと、

修也は頷いた。

 

「うん、あのまりさとよく話しをしていたんだ。

群れの中に居たら見分けがつかないから、あのバッチをあげたんだ」

 

まりさは他のゆっくりと揉めている。

しばらく言い争っていたが、番のれいむが痺れを切らしたのか、泣き叫ぶ。

 

「ゆぐうううう!!それはでいぶの物だよ!」

 

 そう叫ぶと、バッチを付けた魔理沙を吹き飛ばし、帽子を奪い取る。

まりさは帽子を取られまいと、帽子を口に咥え引っ張る。

 

「やめるのぜ!はなすのぜ!!」

 

2匹が帽子を引っ張りあっていると、

『ビリッ』と音がなりバッチが車道へと向かい転がっていく。

 

 

「ゆ!?ばっちさん!!」

 

 

 まりさは反射的にそれを追いかけた。

まりさはバッチが壊れていないか確認し、安心しきっていると、奥の方から車が迫っていた。

 

「っ!!危ない!!」

 

 修也がそう叫ぶと、そのまま車道へ飛び込んだ。

 

 

 ――辺りにはクラクションの音が鳴り響く。

その音が消えた時には、修也は動かなくなっていた。

 

 まりさはゆっくりと修也に近づき、泣き叫んだ。

 

「しゅうやあああああ!おきるのぜええええ!!

ゆっくりしないでおきてえええええ!!」

 

 

 修也の友達は何も言えず、その場で立ち尽くしていた。――

 

 

 

 私は急いで病院に駆けつけた。

だけど、遅かった。私が駆けつけていた頃にはもう、修也は息を引き取っていた。

 

「最善を尽くしましたが……」

 

私は修也から目を離さなかった。

冷たくなったその手を、握ったまま。

それ以上の言葉は、私の中に入ってこなかった。

 

 修也が亡くなったあと、夫とは、喧嘩ばかりだった。

 

「お前がちゃんとゆっくりと話しをするなと、

注意してなかったから修也が死んだんだ!!」

 

「なによそれ!あなたもいいって言っていたでしょ!

私だけに押し付けないで!!」

 

 そんなことを言い合っていると、いつからか目も合わせなくなった。

気づけば、紙切れ一枚で他人になっていた。

 

 金の話をされるたび、私は耳を塞いだ。受け入れてしまうと、修也が居なくなったと理解してしまうからだ。

 

 

 ――ああ、修也に会いたい

 

「修也……修也……」

 

 

 

【死にたい】

 

 

 

 その時だった。

 

「ちゅぱーく!!」

 

 『ぺちんっ』

 

 私の右手に軽い衝撃が走る。

右手の方を見ると、赤まりさが黄色いペンをくわえ、私の右手に叩きつけていた。

 

「……」

 

 赤まりさは「やってやったぜ!」と言うようなドヤ顔でこちらを見る。しかし、怒られると思ったのかハッとなり、すぐにおさげで頭を庇い体を震わせた。

 

 

「……」

 

 

 私は赤まりさにゆっくりと指を近づけ、優しく頭を撫でた。

 

「……ゆ?」

 

 その小さな声に、胸の奥がかすかに揺れた。

ああ、そうだ。私はもう1人じゃないんだ。

私の指はそっと赤まりさの頬に触れた。

 

「ゆ……」

 

 ――それでも。

 

 (それとこれとは別の話だ)

 

私は思いっきり赤まりさの頬をつねりあげた。

 

「ゆびっ!?いじゃあああああああ!!」

 

「相手に物を当てるな!!」

 

「ゆんやああああああ!!」

 

 

 ――赤まりさは涙ぐみながら、赤く腫れた頬をおさげで撫でる。

 

「ゆ……いちゃい、いちゃいなのじぇ……」

 

 そんな赤まりさを置いておき、トイレの設置が終わると、私はふと考える。

 

 子供を失ったゆっくり達は何を思っているのかと……

子供を失った悲しみは、私が一番知っている。

 

 この赤まりさも不慮の事故とはいえ、親と離れ離れ(はなればなれ)になり寂しい思いをしたのだろう。

 

 私は赤まりさに声をかける。

 

「ねえ、まりさ」

 

「ゆ?」

 

 私は一呼吸を入れ、口を開いた。

 

 

「お母さん達のところに戻りたい?」――

 

 

 私は外に出る準備をする。緊急用のオレンジジュース、ゆっくりフードとうんうんを捨てるための袋。

 

 私は赤まりさを小さな虫籠に入れ、外に連れ出した。

 

 

 ――親ゆっくりを探し始めて三週間、収穫がなかった。

近くの公園や路地裏などを見に行くも、どのゆっくりでもなかった。

 

 明日は加工所の一斉駆除の日。それまでに見つけてあげなければ。

 

 今日は自転車で少し遠出をすることにした。鳥に連れ去られてたため、遠いところにいる可能性があるからだ。

 

 その甲斐があってか、目的の親ゆっくりを見つけることができた。

 

 

「ゆあ!おかーちゃ!おとーしゃ!」

 

 赤まりさの視線の先にある公園には、れいむとまりさのゆっくりがいた。

れいむの額には茎が生えており、そこには三つの実ゆっくりがなっていた。

 

 私は自転車から降りて、そのゆっくりに近づき、

赤まりさを地面に下ろす。

 

赤まりさは涙ぐみながら再度声をかける。

 

「おかーちゃ!!おとーちゃ!!」

 

 赤まりさはスキップをするかのような足取りで母親のれいむに近づく。

 声に気づいたれいむとまりさは「おちびちゃん!」と言いながら赤まりさの方を見る。

 

 (ああ、よかった……)

 

 そう思った瞬間――赤まりさがれいむに弾き飛ばされた。

 

 

 『ドガッ』

 

 

「……ゆ?」

 

 赤まりさがコロコロと転がる。

赤まりさは震えるおさげで自分の頬を撫でる。

 

「どうちて……まりちゃのほっぺしゃん……

いちゃいのじぇ……?」

 

 しばらく経った時に、赤まりさは自分が弾き飛ばされたことを理解した。

 

「ゆ……ゆ……ゆああああ!

どぼじでごんにゃごぢょずるのおおおおおお!?」

 

 泣き叫ぶ赤まりさを見たれいむは、

まるで生ゴミを見るかのような目で睨みつけ口を開く。

 

「あんたは私のおちびじゃないんだよ、

おかざりのないゆっくりは消えてね、すぐでいいよ」

 

 続けて番のまりさが口を開く。

 

「まりさたちのおちびに、おかざりのないゆっくりはいないんだぜ!!」

「まりさ達にはこのおちびちゃんたちが居るのぜ!

ゆっくりできないゆっくりはさっさと消えるんだぜ!」

 

 そう言うと、れいむとまりさの笑い声が重なった。

 

 

「ゲラゲラゲラゲラ」

「ゲラゲラゲラゲラ」

 

 

「どぼぢでぞんなごちょいうのじえええええ!?」

「ゆんやーーー!!」

 

「……」

 

 ゆんやーと泣き喚く赤まりさに苛立ったのか、まりさは舌打ちをすると帽子の中から一本の木の枝を取り出した。

 枝の先端は鋭く削られており、人間の肉を突き破るのも難しくない鋭さだった。

 

 まりさは赤まりさにゆっくりと近づくと、木の枝を振りかぶる。

 

「ゆっくりできないゆっくりはせいっさいなのぜ!!」

 

 

 (ピキィッ)

 

 

 『パキッ』

 

 赤まりさが目を閉じる。しかし、痛みはなかった。

ゆっくりと目を開けると、にんげんさんが木の枝をへし折っていた。

 

 折れた木の枝を見たまりさは、震える声で言った。

 

「……ゆえ?……どうして……

まりさのえくすかりばーさん……折れてるのぜ?」

 

まりさは体を震わせると、大きな声で叫んだ。

 

 

「ゆ……ゆ……ゆっがー!!クソ人間!!何するんだぜー!?」

 

「……」

 

 私がバカだった。子供を失って悲しむのが当たり前だと思っていた。

悲しんだとしても、所詮ゆっくりだ。

人間が悲しむことでも、ゆっくりにとっては些細な出来事に過ぎない。

 

 ましてや、おかざりがないゆっくりはそもそも認識ができない。

私はそのことを忘れていた。

 

 だけど、それだけで我が子を殺そうとしたこのゆっくりは、

私は許せない。

 

 

 こいつには、できるだけ多くの苦痛を与えてやる。

 

 

『ガシッ』

 

私はまりさの髪の毛を掴み、体ごと地面に押し付ける。

 

「ゆあああああ!つぶれりゅううううう!!」

 

まりさはお尻を地面にビタンビタンと叩きつけた。

 

「ばりざあああああああ!!」

 

れいむが泣き叫ぶ。私はそれを無視し、まりさに平手打ちを喰らわす。

 

 

『バチン!バチン!』

 

 

「いじゃああああああ!!

ほっぺじゃんぎゃああああああ!!」

 

「やめてね!やめてね!

まりさを離すんだよ、すぐでいいよ!!」

 

「……」

 

 私は鋭く尖っている方の枝を掴み、まりさに向ける。

尖っている部分が自分に向いていることに気づいたまりさは「ひっ」と声に出し、震える声でつぶやいた。

 

「ゆ……や、やめるのぜ……こっちに向けないでね、危ないのぜ……」

 

 

「うん、知ってる。」

 

 

私はまりさへ木の枝を振りかざす。

 

『ドスッ』

 

 

 

――辺りには静寂が走る。まりさは閉じた目をゆっくりと開くが、体のどこにも木の枝は刺さっていなかった。

気がつくと、目の前にいたあの凶暴な人間さんも居なくなっていた。

 

「……」

 

まりさは周りを確認する。しかし、誰もいなかった。

そして、あることが思い浮かぶ。

 

『まりさが人間さんに勝ったんだ』と

 

「ゆ……ゆへへへ、クソ人間が消えたのぜ!まりさは強いんだぜ!!」

 

まりさはれいむの方を見る。きっと感銘の眼差しを向けてるに違いないと確信していた。だが、その予想は外れていた。

 

れいむの視線は、冷淡な眼差しを向けていた。

 

 

「……れ……れいむ?」

 

 まりさがれいむに呼びかけると、れいむの視線はまりさを捉えなかったまま、口が開いた。

 

「れいむの名前を呼ばないでね、お前なんか知らないよ」

 

「え……何を言ってるんだぜ?まりさはまりさなんだぜ?」

 

 れいむがため息を吐き、口を開く。

 

「おかざりが壊れてるゆっくりできない

ゆっくりは知らないよ」

「れいむはまりさの帰りを待たなくちゃいけないんだよ」

 

 そうれいむが言い残すと、その場を去っていく。

 

 その言葉を聞き、まりさは自分の帽子を見る。

 

まりさの自慢のおぼうしさんには、木の枝が無惨に刺さっていた。

 

「ゆ……あ……」

 

 まりさの口から、掠れた声が漏れる。

 

「ゆんやあああああああああああああ!!」――

 

 

 

「ゆひっ……ゆっ……」

 

 赤まりさは段ボールの端っこで泣きじゃくっていた。

あれから三日間、ご飯を口にせず泣き続けていた。

そのせいで赤まりさはひどく弱っていた。砂糖水をかけたり、オレンジジュースをかけていたが、そろそろ限界に近い。

 

 

「どうしよう……」

 

 対策を調べてみた。

だが、どのサイトにも同じことしか書かれていなかった。

 

 親ゆっくりに拒絶された赤ゆっくりは、ストレスで食事を取れなくなり――そのまま餓死する。

 

「……」

 

 私が頭を抱えていると、赤まりさは掠れた声で言葉を口にした。

 

 

「おかー……しゃ……」

 

 その言葉を聞いた時、胸が痛んだ。私が余計なことをしたせいで、親に拒絶され、挙げ句の果てには殺されかけた。

 

「もう……どうすればいいの……修也……」

 

 そう口にした時、息子との会話を思い出した。

 

 

「お母さん、聞いてよ!今日はれいむがね……」

 

 夕ご飯を食べていると、修也がいつものようにゆっくりとの会話を話していた。

 

「あら、れいむと話すのって一週間ぶりじゃなかった?」

 

 そのことに修也は頷くが、同時に首を横に振った。

 

「そうなんだけど、違うんだ。

お母さんって【おかんれいむ】って知ってる?」

 

「おかんれいむ?聞いたことない種類ね、

普通のれいむ種じゃないの?」

 

 私がそう聞くと、修也は頷き話を続ける。

 

「うん、見た目はれいむなんだけどね、性格が全然違うんだ!

今日、話をしたおかんれいむには五匹の子ゆっくりがいるんだ」

 

「五匹もいるの?そういえば、前にれいむ種は狩りが苦手で二匹までしか育てられないんじゃなかったっけ?」

 

「うん、だけどね。そのおかんれいむはすごい世話焼きなんだ!

関西弁を話しててね、狩りも他のれいむ種よりうまいんだ!」

 

 修也は興奮した様子で語り続けた。

 

「しかも、そのおかんれいむの子供はね、餡子の繋がりがないんだ!」

 

「繋がりがないってことは、養子ってことよね?

普通のゆっくりは養子なんか取らないんじゃないの?」

 

「そうだよ!けど、おかんれいむは餡子の繋がりがなくても、大切に育てるんだ!」

 

 私は首を傾げながら修也に質問をした。

 

「言っては悪いんだけど、

それっておかんれいむにとってメリットがないと思うんだけど……」

 

 その言葉に修也は軽く頷き、口を開く。

 

「僕もそう思ったよ、だから聞いたんだ。

『そんなことをして何の意味があるの?』って、そしたらね……」

 

 『意味?深い意味なんかあらへんで、

れいむがしたいことをしとるだけや。』

 

 

 おかんれいむは微笑みながら続きを話す。

 

『れいむも小さい時は孤児やったけど、うちのオカンが育ててくれたんや。れいむもそれと同じことをしてるだけやで。』

 

『親が誰かなんか関係ない、

子供には"育ててくれる"相手が必要なんや。

あんたも大きくなったら、どんな子供でも大切にしたりや!』

 

「って言ってたんだ!おかんれいむは本当にすごいんだよ……」――

 

 

「……」

 

 私は赤まりさを見ると、あることに気づく。

赤まりさの泣き声が、いつの間にか聞こえなくなっていた。

 

私は慌てて赤まりさをみると、辛そうに全身で呼吸をしていた。

 

「……」

 

 私は悟った。もう悩んでいる時間は無いのだと。

すると、赤まりさは薄く目を開け、呟いた。

 

 

「おか……しゃ……?」

 

 

「……違う」

 

 私は急いで食パンを手に取り、赤まりさの目の前に差し出す。

 

 赤まりさはその場で固まっていた。

 

 

「……食べて」

 

「……おか……しゃ……」

 

 

「……違う」

 

「もう……あんたのお母さんはいないんだ……」

 

「ゆ……」

 

 赤まりさの呼吸が浅くなっていく、このままでは、本当に死んでしまう。

 

 私は赤まりさが呟く前に、大声で叫んだ。

 

「あんなのお前のお母さんじゃない!!

見た目で判断して、拒絶して……

お前のお父さんはお前を殺そうとした!!」

 

 「あんなの!親なんかじゃない!!」

 

 赤まりさは微かに震えていた。

 

 

 

「……だけど」

 

「だけど……私があいつらの代わりになることはできる。

だから……お願い……」

 

 

 

【生きて】

 

 

 

 気がつくと、私の目から涙が溢れ出てきていた。

最初は生意気でクソみたいなやつと思っていたけど、今は違う。

 

 

 この子は――

 

 私の子供だ。

 

 

「……ゆ」

 

 赤まりさは残っていた力を振り絞り、口を開けた。

 

 私はすかさず、赤まりさの口にパンを押し込んだ。

 

「むーちゃ……むーちゃ……ちあわちぇー」

 

「むーちゃ……むーちゃ……ちあわちぇー」

 

「……いっぱい食べな、今日はいっぱい食べなよ」

 

 赤まりさは小さく頷き、口を開いた。

 

「むーちゃ、むーちゃ……ちあわちぇー」――

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