セルフヒールしか使えない俺、役立たずとして追放されたが極限環境で生活しつづけたら〝最強〟になった件――今さら謝ってももう遅いッッッッッ!!!!! 作:本部以蔵
薄暗い空間ながら、魔力の光が道を照らしていた。
剣を握りながら、ゆっくりと歩みを進める。
平静な心境を保ちつつ、前へ前へと探索していると――
不穏な音が響いた。
カタカタと、不気味に鳴るものがある。
剣を構える。
前を睨んでいると、通路の曲がり角から姿を現したのは――
骨であった。
人骨が形を成している。
それがひとりでに動き、粗末な槍を携えて、こちらに目を向けている。――いや、眼球すらない頭蓋骨なのだが。
――スケルトン。
よくいる、普通の魔物に過ぎない。
それが、敵意をあらわにして向かってきた。
対して、取り乱すこともなく剣を掲げる。
相手が肉薄したのに合わせて――得物を袈裟に振るった。
――骨が崩れる音が鳴り響いた。
「――――弱すぎ」
不満な声で、俺は呟いてしまった。
一発で斬り伏せてしまった骨の残骸を見下ろしながら、俺ははぁとため息をつく。
さすがに……レベルが低すぎた。
これでも武器や防具はエンチャントがかかった高級品なので、この程度の魔物に苦戦するはずもなかった。
「……最深部まで、潜るかな」
ポーチに入れた魔石を確認しながら、俺はそんなことを考えた。
魔物を倒すと魔力が周囲に拡散するが、特定の鉱石はその魔力を吸引して蓄える性質がある。そうして魔力が蓄積した魔石は、人間がさまざまな用途に利用できるのだ。自分が魔法の補助に使ってもいいし、あるいは魔法用品店に売り払って金稼ぎに使ってもいい。
魔物を倒すというのは相応のリスクがあるので、そのぶん魔石の値段も高い。
冒険者は危険ながらも、たしかに儲かる仕事ではあった。
「よっ……と」
早足で進みながら、遭遇する魔物を切り捨ててゆく。
危険な深層で心身をすり減らしながら戦っていた身からすると、こんな迷宮は近所の山を歩くのと変わらないレベルだった。
そうして、最奥まで到達すると――
突き当りの壁に、歪んだ魔力をまとった“ゲート”が見えた。
迷宮では、かならずどこかに次の階層へと繋がる出入り口が存在する。
このゲートを使って深部へと進み、そして最深部にまで到達すれば――迷宮踏破となるのが基本だった。
最後の階層には強力な魔物が召喚されることが多いのだが、まあ――この迷宮なら問題もないだろう。
敵が強かったら、それはそれで修行にはなるので構わない。
むしろ……強いやつがいたほうが好都合だ。
強くなりたい。
そのためには、強力な魔物との戦闘が必要だった。
もっと強敵と戦わせてくれ――
そう思いながら、俺はゲートに身を投じた。
視界がすべて歪み、平衡感覚が一瞬消失する感覚。
それと同時に――大地が揺れ動くような感じがした。
何かが崩れるような音も。
「……なに?」
次階層に放り出された直後に、俺は異変を覚えて壁に手をついていた。
地震が起きている。
迷宮内で、こんな天変地異に見舞われるのは初めてだった。
異常事態。
ふいに脳裏に、迷宮の変動現象のことがよぎった。
いつの間にやら迷宮内の構造がわずかに変化している、という怪奇な出来事があるのは、冒険者にとっては常識である。
だが、そんな小規模なものではなく――数百年か数千年に一度、迷宮が根本的に変化する大規模変動が起こることもあるらしかった。
歴史書や冒険者伝承にもそれを匂わす記述があるので、過去のみならず現在でも起こりえる現象である可能性は十分あるが――
「おいおいおい……!」
一向に収まらない大地の揺れに、俺は焦りながら叫んだ。
こんな辺鄙かつ初級者向けの迷宮にたまたま入りこんで、そしてたまたま大規模変動に巻き込まれるなんて、いったいどんな確率なのだろうか?
と、とにかく……脱出を図らなければ。
そう思って、俺は後方を振り返った。
しかし――上層へと繋がるポータルがなかった。
さっき階層移動した直後なので、そこには行き来できる門があるはずである。
それなのに――ただ土の壁が存在するだけだった。
「……冗談じゃねぇぞ」
俺は顔面蒼白になりながら呟いた。
迷宮のエリアが作り変えられている最中、ということなのだろうか。
それだったら、ここで待機する必要があるのか?
考えながら、しばらく時間が経つと――
揺れがとまった。
音が消え去り、世界は静止している。
しかし――やはり眼前にポータルは再生成されていない。
「…………」
いや、待て。
べつの場所に作り出されているのかもしれない。
そう判断した俺は、呼吸を落ち着かせて剣を握った。
湧きあがる焦燥感を抑えながら、探索を再開する。
歩きつづけるうちに――空気が冷たくなった。
いやな気配だ。
先の階層にいた時とは、明らかに雰囲気が違う。それは“深層”で死線を潜りぬけてきた冒険者としての勘だった。
気配が現れる。
前方から、ゆっくりと――人影が近づいてきた。
……いや、人影ではなく人型か。
全長が人間の倍もあるそれは、まったくもって人間とは異なる存在であった。
トロールと呼ばれるその魔物は、巨大な体躯と強靭な筋力によって致命的な打撃を繰り出してくる難敵である。
むろん――駆け出しの冒険者では歯が立たないような相手だった。
「…………」
場違いだ。
この迷宮には、本来いないようなレベルの魔物。
それが、いるということは――
ここがハイレベルな迷宮に作り替えられてしまったという証だった。
「――――ッ」
トロールの動きに合わせて、横に跳ぶ。
さっきまで俺のいた場所は――ヤツの持つ棍棒が叩きつけられ、砂ぼこりを上げていた。
あれが直撃したら、さすがに命はない。即死はしなくても、二撃目が来るまでに自己回復しきれなければどうしようもないからだ。
隙を見て、剣を振るう。
トロールの肉を、刃がわずかに切り裂いた。
血が舞う。
しかし――命を奪うには遠い攻撃だった。
ダメージが足りなすぎる。
たしかに、レウスの言うとおりだった。
セルフエンチャントができればトロールの手足でも両断できようものだが、俺にはそのすべを持ち合わせていない。
つまり――小さな攻撃を積み重ねて殺すしかなかった。
「ッ」
激昂したトロールが棍棒を振り回す。
それを避けた俺は――ふたたび魔物の肉体を切り払う。
同じことを、何度も繰り返す。
リスクを幾度となく踏んで、ようやく勝機が掴める。
だが、一度でもミスをすれば――死に直結する。
「――――るァッ!」
トロールが盛大にから振った隙を見逃さず、俺はヤツの首に剣の切っ先を走らせた。
――切った。
そう確信できる量の血を、トロールは首から噴出していた。
致命的な一撃を受けた魔物は、なおも憎悪をたぎらせてこちらに向かってくるが――
すぐに膝をつき、そのままくずおれるようにして地に伏した。
――死んだようだ。
終わった。
なんとか、魔物を倒した。
どっと疲れを抱きながら、俺は地面に腰を下ろす。
心理的な疲労だ。
肉体はいくら疲れようと、セルフヒールによって即座に万全の状態に戻せる。しかし、精神は別だった。
……レウスたちと潜っていた深層ほどのレベルではない。
しかし、状況が違っていた。隣に攻撃特化した仲間がいない状況では、先に進むのがかなり困難である。
「くそっ…………」
悪態をつきながら、俺は地面を殴打した。
しかし、こんなところに待機したからといって状況が動くわけでもない。
――探索して、外界へと戻れる道を探す必要があった。
「よし……」
剣を握りなおして、立ち上がる。
ひとまず、このフロアをくまなく調べる必要があった。
別のところに、ポータルが作られているかもしれない。
それを見つけるために――俺は前へと進みだした。
そして――絶望的な現実を知るのだった。
「どこにも……ポータルが、ない……?」