セルフヒールしか使えない俺、役立たずとして追放されたが極限環境で生活しつづけたら〝最強〟になった件――今さら謝ってももう遅いッッッッッ!!!!! 作:本部以蔵
――最初は、夜半に農作物をこっそり盗むだけだった。
次第に、昼にもそれを奪いにいくようになった。
農民たちは、怖れを抱いているのか離れて事が過ぎ去るのを待つだけである。
すると彼らは、人間は自分たちより弱い存在であることを学んだ。
低級な魔物といえども――ゴブリンは数が多く、力も強い。
個体によっては高い知能を持ち、しばしば群れを率いて戦略的な行動を可能とする。
もはや人間を弱者と見なした彼らは、ある時に過ちを犯した。
一人で出歩いていた村人を襲い、殺し、その肉を喰らったのである。
それが――自分たちに破滅をもたらすとも知らずに。
しばらく経った、ある朝。
ゴブリンたちは、村から離れた場所でうろつく人間を見つけた。
簡易な鎧は身につけているが、武器も携えていない。
どことなく不安そうな顔をしている青年は、とても脅威になる戦士とは思えない。
彼らは一瞬で悟った。
――アイツはエモノだ、と。
殺して、喰っちまおう。
一群のリーダー格も、その配下のゴブリンも、全員がそう判断して襲いかかった。
人間はゴブリンを見ると、すぐに逃げ出した。
それを彼らは、唸り声を上げながら追いかける。
森の中で、喧騒が生まれた。
やがて観念したのだろうか、それとも走りつかれたのだろうか、青年は足をとめて振り返る。
ゴブリンたちは、ようやく獲物を追い詰めたと喜んだ。
その時だった。
がさり、と木々が揺れ、頭上から巨大なモノが落ちてきた。
「ギャ――!」
一匹のゴブリンが、それに潰されて悲鳴を上げた。
彼らは驚いた様子で、突如として現れた影を見つめる。
――自分たちと比較にならぬ巨体であった。
同じ人型の生物ではある。
しかし、長身であると同時に――並々ならぬ肉を身にまとっていた。
群れでいちばん体格のよいゴブリンと比べても、もはや比較にならないだろう。
圧倒的強者――どのゴブリンも、本能でそう悟った。
殺される。
逃げなくては。
恐慌に駆られた一匹が、背を向けて走り出そうとした。
男が霞むように消えたのは、次の瞬間であった。
驚異的な瞬発力によって生み出された動きは、その場にいた誰もが理解できなかっただろう。
気づいた時には――男が逃げ出そうとしたゴブリンの両腕を捕まえ、宙に持ち上げていた。
わけがわからないまま、地から足が浮いた状態で、ゴブリンは叫び声を上げてもがく。
そんな魔物に対して――男は笑った。
歯を見せて、顔を歪めた表情は――とても温和なものからほど遠く。
その悪魔的な顔は、ゆっくりと大口を開き――
がぶり、と獲物の首筋に喰らいついた。
ゴブリンの絶叫が響きわたる。
さながら肉食獣のごとき所業。
喰いちぎった肉を、男は躊躇なく口内に収めると、くちゅと味わうように顎を幾度となく動かした。
よく噛み、確かめ、そして――嚥下する。
――ゴブリンたちが人間を喰らったように、男はゴブリンを喰らったのだ。
捕食者と、被捕食者。
さながら肉食獣に追われる、草食獣のごとく。
弱者は、強者にいともたやすく屠られ――
◇
「……ゴブリンを食べる人、はじめて見ました」
ケインは戦々恐々とした様子で、対面に座る男の顔色をうかがった。
夕暮れ時の、村長宅の食卓の席である。
ゴブリンの問題を即日に解決した二人は、魔物退治のお礼ということで豪勢な食事とワインを振る舞われているのだった。
屈強、という言葉では表しきれないほど筋肉を身につけた男――ユージンは、黙々とステーキを切り分けて口に運んでいる。
貴重な牛肉を焼いたものなのだが……どうしても昼間にゴブリンを食らった彼の姿が思い浮かび、悲しいことにケインはあまり食欲が湧かなかった。
「――美味い」
ふいに言葉を発したユージンに対して、ケインはびくりと震える。
そして、おずおずと尋ねた。
「……ゴブリンが、ですか?」
「このステーキが、だ」
ぎろりと睨まれて、ケインは危うく悲鳴を上げそうだった。
……小便を漏らさなかったのは、幸いである。
「焼いた肉は……生肉と段違いだ」
「そりゃあ……まあ、そうでしょうね……」
当たり前の発言だ。調理をしたほうが、肉は安全だし美味しくなる。動物をそのまま噛みちぎって喰らうのは、獣くらいなものである。
この人は――いったい、どんな生活を送ってきたのだろうか。
あんなふうに、躊躇なく魔物の肉を生で口にするのは尋常ではない。
そう……異常なのだ。
常識外の環境で生きていなければ、あんな行為を自然とできるはずもなかった。
「あの……」
ケインは好奇心に駆られて、質問を口にした。
「ユージンさんは……どういうふうに、これまで生きてきたんですか……?」
その瞬間――
彼は食事の手をとめ、わずかに目を細めた。
睨むような目つきではなく、何か自分に関して内省するかのような表情だ。
しばらくしてから、放たれた言葉は――
「――漫然と生きてきた」
「へっ?」
それは意外な言葉だった。
その肉体から、過酷な人生のようなものを想像していただけに……正反対のことを言われるとは思っていなかったのだ。
「深く考えず、流されるままに、ただ甘い世界で、のうのうと生活を送っていた」
過去の自分を、非難するかのように。
彼は語りを続ける。
「そして、暗く閉ざされた世界に独り取り残されて……ようやく知った」
「…………」
「生を繋ぐために、生きるために、本当に必要なものは何かを」
――ふと、気づいた。
ユージン、彼の持つフォークが……ぐにゃりと曲がっていることに。
「――“力”だ」
どれほどの圧力が加わったのだろうか。
歪んだその銀食器は、彼の持つ腕力の一端を示していた。
「鍛え上げた筋力、研ぎ澄ました技量、積み重ねた経験――」
ケインは呼吸をすることも忘れ、ただ聞き入る。
「それらが必要なのだと気づいて……ただ“力”の向上を目指した」
「…………」
「暗闇の中で、敵しかいない戦場で、最初は必死だった」
「…………」
「――やがて、敵もいなくなった」
「…………」
「すると今度は、もっと恐ろしいものがやってきた」
「――退屈だ」
「閉鎖された世界で、もはや自分よりも弱い魔物を屠るだけ……苦痛でしかない」
「だから、自分で生み出した」
「自分よりも強い、存在――」
「それを夢想して……」
「気づいたら――」
ユージンは、握りこぶしをケインの前に差し出した。
その手のひらをゆっくりと開く。
すると――その“中”にあったものが、音を立ててテーブルの上に転がり落ちた。
――球状の物体。
それはもはや、本来の形を保っていなかった。
もとは、フォークだった銀食器。
それが折り曲げられ、丸められ、圧縮され――
「こぉんなに、なっちまった――」
――彼の手の中で、ただの金属の塊になっていた。
『もっとも恐ろしい表情って、どんなのか分かるかい?』
数年後、冒険者として名を馳せはじめたケインは、新入りの若者にこう語ったという。
『酒場のオヤジの激怒した顔?』
『はははっ! まあそれも恐ろしいけどね』
『でもね……いちばん怖いのは……』
『顔を歪めて――大きく笑った悪魔のような表情なんだよ』