かぐやが月に帰るかもしれない。俺の出した結論は俺の出自なんかよりも重要なことだった。その思考を止められないまま、夜が明けた。
朝、当の本人を見てみると…
動画撮影のために魚を捌いていた。
白甘鯛というらしくかぐやは炭で焼きたかったそうだが彩葉に止められていた。タワーマンションで炭焼きは無理だろう。そういうことでかぐやは鯛を捌いて握り寿司にしていた。
「楓ー?」
「なんだ?」
「ほいっ」
かぐやは握りたての寿司を俺の口の中に放り込んできた。強烈な旨みが舌を襲う。
「…美味いな」
「でっしょー」
そうしていると彩葉がリビングへ降りてきた。
「かぐやさん、絶好調っすかー…」
…何やら変な口調をしているが。
かぐやは彩葉の口にも甘鯛の寿司を放り込み、彩葉の反応を楽しんでいた。明日は麵からラーメンを作るらしい。…相変わらず凄いバイタリティだ。
すると彩葉がスマートフォンの画面をこちらに見せた。画面には花火大会が表示され…
「遊ぼー…?」
「…はぇ?」
「…!?」
─────────
初めての彩葉からのお誘いに俺は驚き、かぐやは俺の手を掴み狂喜乱舞していた。
「やった!やたやた!やったぁぁぁーーー!」
喜びすぎだ。
─────────
彩葉のお誘いの後、駅前の和服レンタル店に来ていた。かぐやがせっかくだからと和服を着て行こうとのこと。今は二人が着替え終わるのを待っている。俺は何かあった時のために私服だ。
着替え終わった二人が出てきた。彩葉は白地に大輪の向日葵、かぐやは紺色に淡い黄色の向日葵が描かれた物だ。もしかして…
「お互いに浴衣を選びあったのか?」
「大・正・解!よくわかったね楓!」
「普段は逆に選びそうな柄だと思ったんだ、よく似合っている。」
「でっしょー!さすが彩葉!」
「かぐやも彩葉も、向日葵を選んだのはどうしてなんだ?」
「あ、ほんとだ!彩葉ひまわり選んでるー!」
「かぐやも?…私あんまりひまわりっぽくなくない?」
「んええー?一人でまっすぐ立ってて、綺麗で、彩葉っぽいよ!」
「確かに、彩葉らしいかもしれないな」
「そうかなぁ…」
彩葉の浴衣はかぐやが選んだ物に加え、キャンバス地の黄色いスニーカーで普段とは違って活発な印象を与えている。
「彩葉は?」
「え?」
「かぐやの浴衣に向日葵を選んだ理由だ」
「えーっと…上向いてて明るくて目を引くから、かぐやっぽいと思って…」
「えー!彩葉、かぐやをそう思って見てるのー!」
「うっさい!」
対するかぐやは彩葉が選んだ紺色の落ち着いた浴衣で、落ち着いた印象を与えている。
「さっきも言ったが、とてもよく似合っている」
「ふふーん、彩葉が選んだし、当然!」
「…ありがと」
そのあと、二人は店の前の大鏡でポーズを決めていた。かぐやにいたっては上機嫌の極みだ。
この後、会場まで電車で向かった。
───────────
改札を抜けると浴衣姿の子が沢山いた。ここにいるほとんどが花火大会が目的だろう。会場まで三人で歩いて向かう。
「彩葉、楓、こっちこっち!」
何度もこちらを振り返りながら土手の階段を上るかぐや。この一ヶ月半で人に対する思いやりも身についてきているようだ。
階段を登り切ると涼やかな風が吹いた。花火大会が始まるまでまだ時間はあるはずだ。
「どうする、かぐや?」
「屋台!全部回る!」
「…全部は無理だな」
時間の許す限り屋台を見て回った。
────────────
「ふう、間に合った」
両手の戦利品をレジャーシートに下ろす。まさかほぼ全て回り切るとは思わなかった。もうすぐ花火が始まる。
屋台で買った物を食べているとかぐやが
「楽しキングダム!」
建国していた。それを見ていた彩葉もいつもよりはしゃいでいるのかポーズを真似ていた。
…一人だけ寂しいから俺もするか。
「…楽しキングダム」
「うぇ〜〜い、二人とも真似っこ〜〜」
少し恥ずかしいがまあいいだろう。俺も気持ちを上げている。
これから話さなければならないことへの緊張を隠すように。
そうしていると彩葉とかぐやは故郷について話していた。
月には味も温度もない。決められた役割を延々と果たしていくだけだ。だから感情も必要なく、かぐやだけ浮いていた。
彼女は、綺麗な笑顔でそれを語っていた。
周囲から歓声が湧き、高音が空気を切り裂く。
一筋の光が天に昇り、花火が弾けた。
「綺麗…」
とかぐやの口から漏れる。そこから立て続けに花火が弾けていった。
かぐやの肌を花火の光の色に染めながらかぐやが言葉を続ける。
「寂しいし、退屈。毎日繰り返し、退屈、死にそう。もうやだ。どっか行きたーい、って思ってたら、違う世界が見える窓を見つけたの」
「窓から彩葉たちの世界を見たら、みんな好き勝手に動いてて、複雑で、一回きりで、自由に見えた」
「私たちが?」
「うん。でも、こっちに来てわかった。みんな抑えてもいるんだよね、自分の気持ち。多分、もっと大事な物のために」
かぐやはこの一ヶ月半で大きく成長した。人を慮るところまで。俺はそれに嬉しさと悲しさを覚えてしまった。
「なに、大人じゃん…?」
かぐやは彩葉の真似と微笑んでいた。そしてかぐやは彩葉に聞く。
「彩葉、お母さんのこと好き?」
「好き……好き、か?」
彩葉は言葉に詰まる。
「……どうだろう、わかんないな」
彩葉は以前、お父さんが亡くなるまでは厳しいが柔らかい雰囲気だったと言っていた。そんなお母さんに褒められると涙が出るほど嬉しかったと。そしてそんな家族が好きだったと。
血の繋がった家族でもある。好きや嫌いだけでは断ち切れない縁もあるだろう。
「そうだね…嫌いになれたらって何回も思ったよ」
「そんなん、彩葉、余計に可哀想じゃん〜」
「てかごめんね、怒ったってよかったのに。かぐやにはわかんないって。いいたかったっしょ?」
俺も無神経なことを言ってしまった。そう言われても仕方ないだろう。だが彩葉は…
「…違うよ、言いたかったんじゃない…言いたくなかったの」
彩葉は優しい。でなければかぐやを拾い上げなかった。かぐやには自分のした思いをしてほしくなかったんだろう。
「そっか…」
「…楓はどう?家族のこと、好き?」
今度は俺か。
「…俺は…」
そういえば、俺は家族のことをかぐやと彩葉に話してこなかった。精々妹がいるのを彩葉に教えたくらい。
…家族のことを話さなかったのは、俺に家族に対する罪悪感があるからだ。だが聞かれたからには話しておこう。
「…嫌ってはいないし、拾って育ててもらって感謝している。だけど…」
「妹が生まれて、血の繋がりを妹と両親から感じるようになった。俺はそれに疎外感を覚えて…それから逃げてここにいる」
「…そっか」
しばらくしてかぐやが彩葉の手に掌を重ねる。彩葉はその手をすり抜け、かぐやの手首を握り返した。
「かぐや………帰っちゃうの?」
「うん」
かぐやはあっさりとうなずいた。
「いやー、仕事放り出しちゃってさ、強制送還的な、あはは」
「…かぐやは、かぐや姫だったみたい」
「次の満月にお迎えが来る」
2030年9月12日。その日までが月に帰るタイムリミット。
迎えはツクヨミに来るらしい。仮想世界は月と近いから、舟を使わなくとも干渉できる。
彩葉はそんなかぐやを説得しようとした。かぐやはかぐや姫じゃない、もっとハチャメチャで、滅茶苦茶で、御伽話とは違うと。
だがかぐやはそれを嗜める。運命を受け入れるように。
「これが『私』のエンディング!チョー楽しく運命に向かって走ってく」
かぐやはそう言い放った。
「そりゃあ本当はさ。もっともっと彩葉と歌いたかったよ。新しい曲だってたくさん。あ、そうだ、ライブしたいなー。お迎えが来る日、派手に!」
炎の華が咲く。風が硝煙の匂いを運んでくる。
「うおお、腹に響く!煙の匂い!いいな──」
花火に負けないとびきりの笑顔を咲かせていた────
そうして俺たちは黙って空を見上げていた。花火が終わり、周りから誰もいなくなり、三人だけになり、川のせせらぎが聞こえるまで。
「もう、おうちに帰らなきゃ」
「帰れなくなっちゃう」
そうか。そうだったのか。
「かぐや」
「なに、楓。もう帰らないと…」
「帰った後はどうするんだ」
「そりゃもちろん風呂入ってー…」
そっちじゃない。
「違う、月に帰ってからのことだ」
「…あー、そっち?そうだなあ、溜まった仕事処理してー、それから前みたいに戻る…かな」
俺は今二人にどうしても伝えたいことがある。だか思考がまとまらないから、話しながら考える。
「…かぐや、俺たちが初めて喋った時の事を覚えているか?」
「う、うん」
「俺たちは運命を変えられないとしても自分なりの注釈を加えられる。
たとえその運命を迎えたとしてもその後は誰にも分からない。
だから、運命に立ち向かう事は無駄ではないと俺は言っていた。」
「この考えは今も変わっていない。俺は運命に立ち向かっていく、俺の大切なものの為に」
そう、俺の守りたいものの為に。その為に俺は出自を探っていたが、その道の中で俺はみつけたんだ。大切なものを。
「彩葉、お前はどうだ?」
「わ…私は…」
「…俺は月人に触れて俺自身の出自を知った。それは俺のアイデンティティを喪失させるものだったが動揺することはなかった。俺にはそれよりも大切なものができていたからだ」
「その大切なものというのは…彩葉、かぐや。お前たちだ。」
「さっき言っていたように、俺は両親のいるところを帰る場所として見ていなかった」
「だけど逃げてきたここで二人と一緒にいる内に、二人のいるところが俺の帰るべき場所になっていた。だから俺は、二人に悲しい思いをしてほしくない。二人をなんとしても守りたい」
「彩葉は…どうなんだ。本当の声を教えてくれ」
言わなければ、相手には伝わらない。だから伝えよう、彩葉。
「私は…私は……かぐやと、楓ともいたい…一緒に!このままサヨナラなんて絶対いやだ!」
やっと本音を出してくれたか、彩葉。
「かぐやはどうだ?」
「…私だって彩葉と楓とも別れたくないよ?だけど…仕事放り出しちゃったし…帰らないと」
仕事を放り出したのはいけないことだ。清算しなければならない。だから…
「なら、それも叶えよう。」
「え?」
「ハッピーエンドを目指す。そう言っていたのはかぐや、お前だ。ハッピーエンドなら何の憂いも残さない、完全無欠のハッピーエンドを目指そう」
角と尻尾を生やし、俺は久々に本来の姿へと戻る。周囲に人はいない。
二人は驚いていた。
「俺も全力を以て、お前の進む道を護る」
「だから行こう、かぐや。俺たちの、ハッピーエンドへ」
かぐやに手を差し出す。かぐやは…
「…ずるいじゃん、そんなこと言われたらさぁ…」
「運命だって、受け入れようって思ってたのに…」
「…言い出しっぺはかぐやだもんね…行こう!彩葉、楓!完全無欠のハッピーエンドに!」
潤んだ瞳を袖で拭い去り、俺の手を取ってくれた。
楓…血の繋がった家族から逃げた先で一緒に暮らした彩葉とかぐやの側がいつのまにか自身の『帰るべき場所』になっていた。『帰るべき場所』を守るため、三人で完全無欠のハッピーエンドを迎える事を決意した。
彩葉…かぐやに想いを伝え、完全無欠のハッピーエンドへ邁進していく。
かぐや…一番大切な彩葉と楓のため月に帰る運命を受け入れるをしたが、彩葉と楓の想いを知り、完全無欠のハッピーエンドへ向かっていく。
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