大地よ、輝く夜に黎明を齎せ   作:M4kura

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お待たせしました。前日譚を初騰荒です。


前日譚
黎明の前、最も暗い刻


 

 ほとんどの人は赤子の時の記憶を覚えていない。覚えていたとしても他愛のない景色ぐらいだ。だが俺は今の両親に拾われた時の事を鮮明に覚えている。確か今の義両親は─────

 

 

 

 

 

 

───得体の知れない物を見る眼をしていた。

 

 

 

─────────────────

 

 

 

「…久々に見たな」

 

 

 夢…拾われた時の記憶を思い出しながら朝食を作るため冷蔵庫を開く。朝食の分は問題ないが残り少ない、買いに行かなければ。

 

 俺を拾ってくれた家族の元から逃げるように上京して半年ほど経った。最初の頃は大変だったが、今ではもうこちらの方が気が楽だ。彼らとの距離感を気にしなくていいから。

 

 朝食を終えて学校へ行く準備も済ませ、靴を履く。玄関の扉を開き、自宅との一時的な別れを告げた。

 

 

「いってきます」

 

 

 

────────────────

 

 

 

 母から離れ一人暮らしを始め、だいたい半年経った頃。私、酒寄彩葉は秋の風が吹き始めた夜の街をふらふらと歩きながら帰路に着いていた。

 

 正直、限界だ。トップの成績を維持するため勉強を詰め込み、学費と生活費を賄うためにバイトのシフトも詰め込む。睡眠時間も満足に取れず、食事も疎かになっている。ヤチヨの配信や歌を糧にここまでなんとかやってきたがもう持たないだろう。電灯の続く暗闇の道が自身の行く先を暗示しているような気がした。

 

 

「…疲れた…」

 

 

 自宅へ向けてふらふらと歩いていく。足が思うように動かず、何もないアスファルトの道を転びそうになる。いつにも増して母の声が聞こえる気がする。

 

 疲れている。そう自分でも分かるぐらいに頭も身体も動きが鈍い。バイト中は自身を奮い立たせなんとか誤魔化していたが、それも既に切れ足はふらふらで瞼も何度も閉じようとしている状態だ。

 

 

 なんとかアパートに着き階段を上がっていく。いつもより階段が高く感じ、一段一段と登っていくのがとても億劫だった。永遠とさえ感じた階段を上り切り、自宅の鍵を鍵穴に挿───

 

 

 ───次の瞬間、鍵穴が遠ざかっていった。違う、自分が倒れたんだ。倒れた身体を起こそうとするが全く力が入らない。それどころかどんどん意識が遠ざかっていく。

 

 眠りに落ちていく私の本能に抗うことも出来ず落ちていく意識。完全に落ちるその瞬間、誰かの声と腕を触られた感触がした。

 

「…大夫か

 

こちらへと向けられたであろう声は芯の通った男性の声。どこかで聞いたことがある気がする。どこだっけ…。誘拐されるかもしれない状況にそんな悠長な事を考えながら、私の意識は落ちていった。

 

 

 

───────────────

 

 

 

「安かったから、といってこれは買いすぎだな…」

 

 帰宅後、冷蔵庫の中身が寂しかったので、スーパーに行った帰り。買い物袋をパンパンに膨らませながら帰路を歩いていた。セールとはいえ買いすぎたな、消費期限までに食べ切れるだろうか…なんて事を考えながら。

 

 自宅であるアパートに着き、階段を上っていく。上り切って二階の廊下が見えた瞬間、何かが───

 

 

 ──隣室の扉の前で女の子が倒れている。

 

「…ッ!大丈夫か!」

 

 咄嗟に駆け寄り、肩を揺すりながら声をかけるが反応はない。意識はなく、寝息を立てている。だがその顔には覚えがあった。確か…

 

「酒寄…」

 

 酒寄 彩葉。成績優秀、スポーツ万能、誰もが憧れる優等生として校内に名を轟かせている。生活費と学費を自身で稼ぎ出す超人、というのが校内での評価だ。手のそばに落ちている鍵から隣に住んでいるのが推察できる。なぜ今まで遭遇しなかったんだ…?

 

 顔を見てみるとメイクで誤魔化しているであろう隈が見え、血色が悪い。顔面蒼白だ。よく見ると肌も荒れている。

 

「この状態で見捨てる、という選択肢は流石にないが…」

 

 断りもなく女性の部屋に入るわけにもいかない。仕方ないので、自宅で保護することにした。酒寄の身体を抱き上げるが…

 

「…軽すぎる。全然肉が付いていないな」

 

 いくら女性とはいえ軽すぎる。片腕で支えられそうなぐらいだ。そして支える腕から感じる骨ばった感触。こいつまともに食べてないな。そんな事を考えながら自宅へ運んでいった。

 

 

───────────────────

 

 

 落ちた意識が醒める。泥のように纏わりつく微睡を振り払い、瞼を開いた。

 

 目覚めて最初に目にしたのは天井。私のアパートの天井と酷似しているが、よく見ると違う。

 

 かけられていた男物の布団を除けて辺りを見てみると、まず目に入るのは本棚の壁。所狭しと様々な種類の本が詰め込まれている。そしてちゃぶ台と勉強机。その上にも本が山のように積まれていた。

 

 正面を見るとこちらを背に調理している人物がいた。私が起きたことに気づいたのかこちらに振り向いた。

 

「…起きたか」

 

 空色の虹彩と黄色の瞳孔が私を映していた。男子にしては小柄で背丈は私と同じくらい。顔は一般的に見て整っていると思う。

 

 丹羽 楓。助けてくれたであろう彼の名前を私は知っていた。成績は優秀、さらにスポーツ面でも秀でており、運動部に勧誘されている姿を見かけた。仏頂面だが人には優しいらしく、人を助けている姿をよく目にする。本物の天才というのはこういう人を言うのだろう。凡人(わたし)とは大違いだ。

 

 

「隣の扉の前で倒れていたのを見つけて保護させてもらった。どこか痛かったり違和感があったりはしないか?」

 

「それは…うん、大丈夫。その…ありがとう」

 

 

 隣室、ということはお隣さんだろうか。今までよく会わなかったな…と心の中で呟く。

 

 

「気にしないでいい。同じクラスの酒寄、で合っているだろうか」

 

「うん。そっちは丹羽君…で合ってる?」

 

「ああ。…すまないな、男の布団に寝かせてしまって」

 

「や、やめてよ。助けてもらったのに…」

 

 助けられた人に頭を下げられている。その事に罪悪感を感じ、慌ててしまう。そもそも倒れた私が悪いのだ。

 

 すぐに帰らないと。今日中にやらなきゃいけないことが──「すまない」

 

「な、なんでしょうか」

 

「もし良ければ夕飯を食べていくといい。もう夜も遅いからな」

 

「…えっ、助けてもらってお礼もできてないのに、それは流石に…」

 

 …この人、ちょっと人が好すぎる。何が目的だ?母の言葉が脳内で響く。そんなつもりはないだろうに、そんな目で見てしまう自分が嫌になる。

 

 「安売りしていたからと買いすぎてしまったんだ。このままだと使い切れるか怪しい。お礼をしたいというなら消費に一役買ってくれないか?」

 

 確かにそれはもったいない。お言葉に甘えてご相伴しても…いやいや!助けてもらって食事までとか厚かましすぎるでしょ!でもお礼の代わりとして食べてほしいって言ってるし…

 

 そんな思考を重ねる私に彼がトドメを刺した。

 

 「…頼む」

 

 

 

─────────────────

 

 

 結局ご相伴に預かることになってしまった。頼まれると断れない自分が憎い。しかも手伝おうとすると危ないから、と断られた。倒れてた人が手伝ってもかえって危険だと。ぐうの音もでない…。

 

 そんな事を考えているうちに彼がトレーで運んできた食事を見て驚いた。ほうれん草のおひたし、豚肉のしょうが焼き、味噌汁、白ごはんと一人暮らしの男子高校生にしては手の込んだ物を出されたからだ。

 

「いただきます」

 

「え、あ、いただきます…」

 

 出された食事に慌てながら対面に座る彼のいただきますに合わせて合掌した。

 

 そういえば、誰かと食卓を囲んだり、一緒にいただきますなんて言ったのはいつぶりだろう。人が作った手料理を食べるのも本当に久しぶりだ。

 

 箸を持ち、おひたしを口にする。おいしい。疲弊した脳ではそんな言葉しか出なかった。次はしょうが焼きに手を出す。口内炎に染みるが、めちゃうまい。そのまま白米をかっこめば、口の中に天国が広がっていた。

 

 食事でこんな気持ちになったのはいつぶりだろうか。思えばお父さんが死んだあの日から、私の食事は生きるための作業になっていたのかもしれない。

 

 どうしてこうなってしまったんだろう。そんなことを考える自分が情けなくなって、恥ずかしくて、嫌になって、眼が潤んでしまう。泣いちゃだめだ。逃げちゃだめ───

 

「大丈夫だ」

 

 対面にいた彼がいつのまにか私の背中を摩っていた。薄く笑顔を浮かべ、優しい声音で私に言葉をかける姿が大切な思い出(お父さんとの記憶)と重なり───

 

「─うえぇ…」

 

 両目から涙が溢れ落ちる。胸に閉じ込めていた感情と共に涙は堰を切ったように次から次へと溢れ出て、しばらく止まることはなかった。

 

 

 

───────────────────

 

 

 

 ぼろぼろと泣き出してしまった酒寄を宥めながら食事を終え、タオルを渡す。

 

 

「擦ると腫れてしまうから、涙をタオルに吸わせてやるといい」

 

「ありがとう。…ごめん、たくさん泣いちゃって」

 

「…気にするな。涙は生きるために必要な機能だ。恥ずかしいことじゃない」

 

 

 実際、必要でなければ進化の過程で無くなる。涙という機能が残っている事が生きていくために必要な機能だと証明している。

 

 

「酒寄」

 

「…なに?」

 

「先に言っておくが、話したくなければ話さなくていい。なぜそんな状態になってしまったんだ?」

 

 

 俺の出した質問を聞いた酒寄はしばらく黙り込んでいた。俺が信頼に足るかを判断していたのだろう。そして意を決したのか、酒寄は質問の答えをぽつぽつと喋り出した。

 

 

 母親とそりが合わず身一つで上京し、生活費と学費を自身で稼がなければならない。成績を落とすわけにもいかず、勉強とバイトで忙殺される日々。そんな生活が自身を蝕んでいき、今回の事態に至った。酒寄はそう話してくれた。

 

 

 …そんなことを話されたら、そのままにする訳にはいかない。放置すれば二の舞になるのが想像に難くない。そうさせないためにも───

 

 

「…今まで独りで、よく頑張ってきたな」

 

 

 今までの努力を認めてやる。そうしないと彼女自身が自分を認められなくなってしまうから。その言葉が琴線に触れたのか、酒寄はまた涙を溢れさせてしまった。

 

 

 涙を流す酒寄を頭を撫でながら宥め、俺は彼女にある提案をした。

 

 

 

「俺に、お前の予定を預けてみないか?」




楓…この時身長163cm前後。本編開始までに10cmぐらい伸びる。成績は勿論トップ。セプターの前にはテストは無力。体力テストは人外の記録を出せるが、最大限まで手加減して世界記録一歩手前まで弱めている。

彩葉…マジ無理限界ギリを一瞬越えてしまい倒れたところを楓に保護される。久しぶりに人の温かさに触れ、父の死以降押し殺してきたものが決壊した。以後は楓くんに支えてもらいます。

前日譚、始まりました。3〜4話ぐらいの予定です。
告知が遅れましたが作者のページの活動報告にて番外編のリクエストを募集しております。何か案があれば是非騰荒ください。
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