オリジナル編は書くのが難しいので時間がかかってしまいました。本編で書かなかったのは書き始めた時の執筆力では無理と判断したからです。
妹が生まれた。
父さんと一緒に生まれたての妹を見る。小さくて、繊細で、守らなくてはならない存在。父さんは母さんに駆け寄り、二人で赤子を見ている。
両親の妹を見る目は俺を見つけた時と違い、かけがえのない、愛おしいものを見る目だった。
血の繋がりのない俺には、家族との間に絶対に越えることのできない壁がある。あるべき一家の姿を少し離れた距離から見た俺は、そう感じた。
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授業の時間。先生の言葉がすらすらと頭に入ってくる。思考がクリアで、授業中に気絶してしまうなんてこともない。
体育の時間。身体が思うように動く。思いっきり動いても動悸も、手足の痺れる感覚もない。私ってこんな動けたっけ。
バイトの時間。…ここは特に変わらず。
自宅で予習の時間。今までにない集中力で頭の中に予習内容が詰め込まれていく。深夜までやっていたのが嘘のようだ。
授業の合間の昼休憩で弁当を食べる中、二ヶ月前から生活リズムと食生活が変わったことによる効果を身にもって感じていた。丹羽くん…楓に言われた時はどうなるかと思ったが、どうかしていたのは過去の私のようだ。
『もっと寝て、ちゃんと食事を摂れ。心身共に健康になる事で、初めて人は全力を出せる』
『睡眠は力だ。寝なければ脳の情報が整理されず、勉強の効率も落ちる』
『エナジードリンクは控えた方がいい。その金を食材を買う金に回した方がいい』
『心身共に健康である事が一番の節制だ。今まではそんな生活で回っていたかもしれないがいずれ破綻する。お前が倒れた時のように』
『粉と水のパンケーキ…?何かかけたりは…しない?………正気か?』
他にも色々と言われた事をなるべく守ってはや二ヶ月、出来上がったのが今の絶好調の私だ。こんなに調子が良いのはいつぶりだろう。アパートで初めて目覚めた時より調子良いかも。
「彩葉、ここ最近元気になったよね」
そんな事を考えていると、一緒に昼食を食べていた友達、芦花と真美にそんな事を言われる。
「…そう見える?」
「うん、明らかに顔色が良くなってる」
「…前の私、そんなに顔色悪かった?」
「そうだねー…近くで見ると青白かったし、目の下の隈も隠して来るのも珍しくなかったから…正直、心配だった」
「ほんとにね〜」
「うっ…その節は…大変、ご心配をおかけしました」
芦花はそう言って、私の顔にそっと触れた。私の存在を確かめるように。今にも消えそうな、繊細なものに触れるように。
「……私たちはさ」
「彩葉が元気でいてほしいから」
「……芦花、真実」
生活を整えて、周りを見る余裕ができた私は今更気付いた。東京に出て一人で生きてきたつもりだったが、その裏で支えてくれた二人がいたことを。そんなことも私は見えていなかった。
「……ありがとう」
「ふふん、どういたしまして〜。これを機にもっと頼ってくれると嬉しいですな〜」
「…うん」
「おっ、素直じゃ〜ん。彩葉がそうなったのもウワサの彼のおかげですかにゃ〜?」
…ウワサ?誰の?私が関係してるのか?そもそもどういう…
「…彼って?」
「丹羽くんのこと。彩葉に彼氏できたってウワサで学校中持ちきりだよ」
「か、かかっ、彼氏!?私が!?そそ、そういうのじゃ……」
狼狽えた私の返答に二人はにやにやしながら問いを重ねてくる。華の女子高生だ、そういう話は大好物なんだろう。
「えー?じゃあどういう関係なんですかー?彩葉さーん」
「うい、どういう関係なんだよ〜」
「そ、それは…その…」
まずい。今の関係がバレるとさらにイジられる。どうにか切り抜けないと…!
「酒寄、少しいいか」
そう考えた瞬間、私にとって最悪のタイミングで声をかける人物が現れた。噂の人物、丹羽楓だ。気のせいかこの二ヶ月のうちに、立っても楓と目線が合わなくなった気がする。
「…なに?」
「放課後買い出しに行くんだが必要な物はあるか?」
「確か…醤油が残り少なかったかな」
「分かった、帰ったら渡そう。また常備菜を作るが、リクエストはあるか?」
「うーん…あ、前のきんぴら美味しかった」
「分かった、また作っておく」
用件を聞き終わると、楓はそそくさと自分の席に戻って行った。それを見送る裏で、芦花と真美は呆然とした表情で私を見ていた。
「……やっぱり付き合ってる?」
「付き合っとらんわ!」
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酒寄が倒れているのを見つけた日から約二ヶ月が経った。睡眠の質や時間、食生活の改善を主として行っていったが多少マシになった、といったところだろうか。
睡眠というのは人の脳の情報の整理、そして休息のために行われる。以前の平均睡眠時間、三時間では到底足りない。そのため、予習と復習の時間を削って睡眠時間に割り振った。
そして食生活。バイト先のまかないと自炊で過ごしていた…いや、凌いでいたというのが正しい。
代表としては粉と水のパンケーキ。彼女から語られたそれはとにかく安く、飢えを凌ぐためだけに作られた栄養もクソもない栄養学に中指を立てたような代物だった。そんな物を主食とすれば体を壊すのは必定だ。
人の身体は食事から出来ている。酒寄に健康な身体を取り戻してもらう為、今まで培ってきた自炊の術を伝授、そして常備菜を定期的に渡すようにした。酒寄は遠慮したがまた倒れられたら困る、と無理矢理押し付けている。
酒寄は自動車で例えるなら、エンジンが不調なままその場しのぎで何とか走っていた状態だ。しっかり治せば遅れを取り戻すのは酒寄なら簡単な事だ。そんな酷い状態でもトップを走れていたのが恐ろしいが。
あとは酒寄が一人で生活を維持できるようになれば解決するのだが、一人にすると元の生活に逆戻りしそうで心配だ。
そんな事を考えていると授業は終わり、帰る時間となった。買い出しに行こうと席を経った瞬間、声をかけられた。
「丹羽くん、ちょっといい?」
「…何か用だろうか」
声の方へ振り向くと居たのは女子二人。いつも酒寄と一緒にいる子達だ。名前は確か…綾紬と諫山だったか。
「ちょっとだけ、付き合ってくれない?」
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「彩葉のことで聞きたいことがあって…」
二人に連れられて入ったのは近場のカフェ。酒寄のことで相談、及び質問されていた。
「…なぜ俺に?俺より一緒にいる二人の方が酒寄について知っているだろう」
入学した頃から今まで酒寄と一緒にいたから酒寄の事は俺よりも知っているはずだ。
「……彩葉があんな風に人に頼るの、丹羽くん以外に見たことない」
「私たち頼ってくれないし、明らかに無理してるからどうしようって困ってたんだ〜」
「そんな所に丹羽くんが現れて、あっという間に彩葉の顔色が良くなっていってさ」
「どうやったのか気になって、今日誘ったの」
なるほどな、そのために俺と話をしたかった訳か。…良い友達を持っているな、酒寄。そんな子達をあまり心配させない方がいい。
「…俺が酒寄にした事を話すのは良いが酒寄のプライバシーに関わる事は話す気はない。…それでもいいだろうか?」
「勿論いいよ」
「右に同じく〜」
後に度々開催される彩葉を甘やかす会議、その第一回が、今始まった。
「事の始まりは酒寄がドアの前で倒れていた所を保護した所からなんだが…」
「……えっ、彩葉が?」
「……いきなり話が変わってきたなぁ」
…少し長くなりそうだ。
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「…というのがあって酒寄の補助をするようになった、というのがこれまでの経緯だ」
二人には今に至るまでの事、そして生活の改善で行った事を話した。流石に酒寄の家の事情は伏せたが。
「「………」」
俺の話を聞いた二人の反応はどちらも無言だった。諫山は呆然と口を開け、綾紬は顔がひどく青ざめていた。
少し経って二人はなんとか持ち直し、口を開いた。
「…本当にありがとう。彩葉を助けてくれて」
「気にするな。俺に出来る事をしただけだ」
「…それでも!彩葉は大切な友達だから……本当に、ありがとうございました!」
「……どういたしまして」
やはり、酒寄の事を想ってくれる良い友人だ。大切にしておけ、酒寄。
「もう良い時間だ。今日はこれくらいで失礼する」
「…あの!」
「なんだ?」
「また機会があれば話そう?今日みたいに」
「…ああ、酒寄の事で何かあれば俺も相談するかもしれない。その時は頼む」
「…うん」
次の約束を交わして、俺はカフェを出た。会計済のレシートを持って。
楓…妹が生まれるまでは義両親の愛を一心に受け成長していた。最初に自身を見た表情と義両親の妹を見る目の違いから、自身と血の繋がりのない家族には超えられない壁があると彼は認識した。
彩葉の生活改善についてはまずまず。楓的には自律してもらうのが最終目標。まあそのまま同棲することになるが。
カフェの代金はろかまみの分も支払って出た。
彩葉…適切な食事と睡眠で絶好調。口内炎や肌荒れもなくなった。楓のサポートもできれば遠慮したいが、理由が理由なので断る余地がない。あと楓に頼るのに慣れてきた。睡眠分で削られた勉強時間は効率の上がった勉強と楓と一緒に勉強することで補填している。芦花と真実の思いやりに気づいた。
楓の義両親…楓にも分け隔てなく愛を与えて育ててきた聖人。何か悪いとかそういうわけでは決してない。悪ければそもそも引き取って息子として育てていない。無意識の扱いを察する能力がある楓の生まれがこの時の不幸だった。