中学二年の終盤、ある日。
「あそんでー!」
と幼い妹にせがまれ、遊びに付き合っていた。血が繋がらなくても愛する妹だ。悪い事じゃない限り、断る理由はない。
そんな愛する妹に付き合っている中で言われる言葉がある。
「お兄ちゃん、すきー」
と。本心から来た言葉、そして好意なのは間違いない。だが───
俺にこの言葉を受け取る資格があるのだろうか。
血の繋がりのない拾われの身。義両親からそう聞いているし、記憶とも合致する。俺はこの家族から愛されて育ってきた自信がある。だからこそ思う。
親が子に与える愛、そして子が親に伝える愛。それを余所者である俺が奪ってしまっているのではないか、と。
これを伝えても、家族はそんなこと気にするな、と言ってくれるだろう。だが今の俺にはそれがとても苦しくて、辛い。
一刻も早く家族の側から離れたい。家にいてこんな事ばかり考えていると、妹にも悪影響を及ぼしてしまう。
そんな俺の目に入ったのは、少し前に配られた進路希望調査の紙とパンフレットだった。
──そうして俺は進学し、家族から逃げるように上京した。暫く家族と離れ、一人で暮らし始めたことでこの考えは落ち着いたが、やはり血の繋がりは特別なもので、その輪に入ることのできない俺は、どこまでいっても余所者でしかない。その考えが変わることはなかった。
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時は飛んで四月、天気は雨。進級した俺は担任の立花先生と進路について話していた。雨が屋根を叩く音が響く教員室で。
「…丹羽の成績なら、東大はどうだ?今の成績を維持できれば、全く夢じゃないよ」
「……正直に言うとあまり気は乗りません。なんとなくで目指せば本気で取り組んでいる人に失礼だと思ってしまい…」
拾ってくれた家族からの逃避という目的でここに来てしまった俺には大きな目標もなく、高校卒業後の進路について悩んでいた。進学についてもさっき先生に言った通り、なんとなくで大学に入るのも真剣に目指してる人に対して失礼な気がして乗り気ではない。
「…まだ時間はある。ゆっくり考えよう」
「…ありがとうございます」
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結局何も決まらず、今回の進路相談は終わってしまった。今は帰るため、下駄箱のある玄関に向かって雨音の響く廊下を歩いている。
…俺はこの先、どうしたいんだろうか。何処へ向かっていくのだろうか。そう考えているうちに玄関へ着くと、そこには見知った影があった。
「…酒寄?」
「…楓」
「何をしているんだ?」
「あー…傘、忘れちゃって。雨が落ち着くの待ってた」
…雨が落ち着いてもアパートまではそこそこ歩く。傘なしではそれなりに濡れるだろう。風邪を引かれても嫌だし、女性を濡れさせるのも論外。ならここは…
「受け取れ」
「は?」
傘立てから傘を引き抜き酒寄に差し出す。
「その傘を使って帰るといい。俺は雨が落ち着いたら帰る」
「…いやいやいや!受け取れんよそんな!楓のでしょ?」
「問題ない。生まれてこの方、病気とは無縁だからな」
「そういう問題じゃないんよ…」
そう言われても酒寄に元気でいてもらわないと困る。そう契約したし俺も元気でいてくれないと嫌だ。
「使え」
「楓のでしょ!」
「だから使うといい」
「いや!」
…今少しおかしな事を考えた気がするがまあいい。押し問答を続けていると酒寄が新しい案を出した。
「…じゃあ、こういうのは?」
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雨が降る街の中、楓と密着して帰路を歩く。一つ傘の下を、二人で。そう、所謂相合傘だ。
…どうしてこうなっちゃったんだろう。いや提案したのは私だが。隣を歩く楓の顔を見る、というか見上げる。
初めて助けられた時から比べると随分と背が高くなった。見上げないとこの距離じゃ顔が見えないくらいには。入学当初はそこまでだったが大きく成長し、幼さの抜けた切れ長の双眸、それに元からあった人柄の良さとどこか浮世離れした雰囲気から周りの女子に注目されてきている。
……私が最初に見つけた人なのに……
…助けてくれて、支えてくれた人に何考えてんだ、私。そんな思考を振り切り、楓の顔を見る。
あの日と変わらない、空色の虹彩と黄色の瞳孔。会うたび、いつも思ってる。綺麗な目をしているねって。その瞳は私の何を見ているんだろうって。……どうして今まで、私を助けてくれるの?
「…酒寄?」
突如、楓と視線が合う。
「ひゃッ」
「俺の方を見ていたが、何かあったか?」
考えるあまり、見ていたのに気づかれたみたいだ。驚いて変な声を上げてしまった。辺りを見回せば人もいなくてよかった。…この際だから、聞いてみるか。
「一個、聞いていい?」
「なんだ?」
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「…どうして、今まで私を助けてくれたの?」
ひとつ傘の下、酒寄と並んで帰路を歩く中でされた質問。俺はその質問に対する明確な答えを持ち合わせていなかった。
「…酒寄は困っていたり、そのままにしておくと危険な人を見つけた時、声をかけるか?」
「?…うん、多分かける…かな」
「声をかけた事、それに理由はあるか?」
「………」
「…その無言が俺の理由だ」
困っていたり、このまま放っておけば危険そうだから声をかけて、助けた。手が空いている善良な者なら行う事を俺は行っただけ。最初に倒れているのを見つけて助けた時、それ以上の理由はなかった。
「助けられるから助けた。最初はそれだけだ。…今は隣人に何度も倒れられても困る、という理由があるがな」
「……ふふっ、何それ」
問いの答えを聞いた酒寄はそう呟いた。その顔には、少しだけ笑顔が浮かんでいた。
「そうだ、いいかげんスマコン買いなよ〜?」
「そのうちな」
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その後も他愛もない話をしていたらあっという間にアパートへ着いた。その別れ際、酒寄からこんなお願いをされた。
「もう知り合って半年経つし、名前で呼んでよ」
俺は基本的に人を名字で呼んでいる。ただそれは無意識の癖のようなもので、名前呼びを頼まれて断る理由はない。
「…分かった」
「彩葉」
「っ!……じゃあね!また明日!」
…言われた通り名前で呼ぶと少し固まった後、隣室に消えていってしまった。顔が少し赤かったが、大丈夫だろうか。
…帰るか、俺も。
こうして、高校生二年目が始まった。そしてこの日から俺は毎日、不思議な夢を見ることになる。自身と瓜二つの青年が、仲間と共に列車を駆り、あまねく星々を開拓する夢を。
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「明日から三連休か…」
いつも通りのある日、バイトが終わった帰り道。暗くなった帰路を大股で歩いていく。
明日からは三連休、しかも完全な休養日。休んで英気を養うつもりだ。
イヤホンを耳に差し込み、スマホから曲を流す。ヤチヨのデビュー曲、『Remember』を。
イヤホンから流れてくる推しの歌声はいつものように私を癒してくれた。それは今も同じだけど、楓と出会ってからヤチヨに頼る回数は減ったと思う。
ふと空を見上げ、ビルの隙間に浮かぶ月を見る。偶然、今日は満月だ。綺麗だな、と見つめていると、満月の真円が歪む。…何だ?
「流れ星!」
「流れ星だ」
声を聞いて空を見上げると、そこには空を裂く一条の光が流れ落ちる最中だった。
「帝様の願いが叶いますように!」
近くにいた女性が願い事を叫んでいた。願い事、か…。
舞い上がっていた気持ちが一気に萎み、自身の思考に心が乗っ取られる。
…楓に助けられて、心の余裕が出来て、考え始めた事がある。私のやりたい事についてだ。
今まで母に認められるため、東京に上京してここまで歩んできた。だけど母に認められて、その先に何があるんだろう…?それは私の本当にやりたい事なのか?そんなことを考えていると、無意識の内にある言葉が出た。
「……夢」
楓と一緒に…って何考えてんだ、私。バイトで疲れたのか変な事思っちゃった。早く帰って軽く予習して寝てしまおう。
空を再び見ると、天を切り裂いた光は既に消えていた。私の願いは届いたんだろうか。
「…帰るか」
家に向かって駆け出していく。そんな私の足取りはいつかの日と違って、とても軽やかなものだった。
その日、私の運命が大きく変わる出会いをするとは露とも知らずに。
楓…自身が家族の愛に割り込んでしまっているのではないか、と疑心暗鬼と自己嫌悪に陥っていた。言ってしまえば激しい思い込みであり、家族は然程気にしていない。一人上京して家族と離れたことで冷静になったが、迷いは残ったまま。愛を受け取っているからこそ悩み、苦悩している。
この時期になって丹恒の夢を見始めたのは、身体が成長したことで力を受け入れる器が完成したため。自身の生まれも明日も知れぬ青年は運命に巻き込まれ、その末に「愛」を知る。
彩葉…肉体的には健康になったが、自身のやりたいことが掴めていないため、本調子ではない。
一つ傘の下の問答で、どこか浮世離れしているように見えた楓が地に足ついて見えるようになり、距離が縮まった。これからお互いのことを共有するようになっていく。
名前呼びで彩葉が撃沈したのは彩葉が初心なのもあるが、彩葉の側では楓は無意識に顔と声が緩む。そのため破壊力がすごい。
後日、楓の彩葉への名前呼びで芦花と真実にイジられることになる。
これにて前日譚は終了です。適当に番外編と幕間を書いていきます。