俺たちは今ミニライブの時間までの時間潰しとしてカフェにいた。運営から提供されるサービスは基本的に全て無料で楽しめる。今食べているパフェもその一つだそうだ。しかし、味覚や嗅覚、触覚が実装されておらず食べても何も感じる事はない。
ただ一人、俺を除いて。
パフェを一口食べて見れば甘味が口に広がる。水に浸かっている足からは冷気が伝わってきて、水気を含んだ空気は特有の湿気た匂いが漂っている。
なぜ俺だけ五感があるのか。セプターが原因なのか、なぜ自身のキャラクターが既にあるのかと思案を重ねていると、
「始まるから!行くよ、かぐや!丹恒!」
もうすぐミニライブが始まるらしく、珍しくテンションが高い彩葉の後を着いていった。
───
ライブ会場に時間ギリギリに着いた。会場は超満員で、MC担当ライバーである忠犬オタ公が自らの興奮と熱狂をマイクに乗せて響かせていた。
会場のボルテージが高まる中、巨大モニターにカウントダウンが表示され、減っていく数字と共にボルテージが上がっていく。そしてツクヨミ中の人間が同時に「0」を叫ぶと、
「ヤオヨロー!神々のみんな〜、今日も最高だったー?」
と、現れた月見ヤチヨの一言が会場を爆発させた。
「よーし、今宵も皆を誘っちゃうよ☆Let's go on a trip!」
こうして、俺の初めての月見ヤチヨのライブが幕を開けた。
─────────
…圧倒されてしまった。歌声、パフォーマンス、演出、ファン達の熱。彩葉が虜になってしまうのも当然だ。二人の方を見ると、感動で涙を流して呆然としている彩葉とその様子に驚きながら声をかけるかぐやがいた。かぐやの声によって彩葉は我に帰ったようだ。
冷めない興奮と感動が拍手と歓声に代わりステージへ降り注ぐ。その真ん中でヤチヨは大きく手を振ってファンに応えていた。
「イェーイ!感謝感激雨アラモード!ヤチヨは果報者なのです」
そう言った後、新たなイベントの告知を行った。
ヤチヨカップ。
参加資格はツクヨミのライバーであること。
一ヶ月の間に最も多くの新規ファンを獲得した人が優勝となる。
そして優勝者には、ヤチヨとのコラボライブを行う権利が送られる。
この優勝賞品に彩葉が驚いていた。現実の方で隣から聞こえたのではないか、というくらいには。
彩葉曰く配信のコラボはあったがライブのコラボはこれが初めてだそうだ。かぐやが一緒に出ようと提案していたが、彩葉は呆れていた。
次の瞬間、爆音が轟き、牛車ならぬ虎車が出現した。誰が来たのか察したファンが一斉に騒ぎ出し、その声に応えるように屋形が割れた。
ブラックオニキス、通称黒鬼。ツクヨミで抜群の人気を誇るプロゲーマーユニット。またアイドルとしての活動も人気で、その活動は多岐に渡る…と、後に彩葉から聞いた。
モニターがジャックされ輝かしい経歴をまとめたPVが流れている。その時、彩葉が俺の背に隠れてきた。
「知り合いでもいるのか?」
「…まあそんなとこ」
ヤチヨカップの宣戦布告、といったところだろうか。ファンサと演出にかなり力をかけている。その場にいる全員がヤチヨカップの優勝者を確信しただろうをヤチヨも
「そういう運命なら、もちろんヤチヨは従うよー」
と言っている。
会場の空気が黒鬼の優勝に染まりかけた時、
「ヤぁぁぁーーーチぃぃぃーーーヨぉぉぉーーーーー!」
と、かぐやの声が空気を裂いた。
「かぐやが絶対ヤチヨカップ優勝する!そんで絶対コラボライブする!」
と叫んでいる時に彩葉に口を押さえられてしまった。
何にも恐れず進んでいくその姿は、俺が夢に見た『救世主』、開拓者の姿を思い起こさせた。俺は思わず、笑みを浮かべていた。
そして、ライブは終演した。
───
彩葉は握手券付きのチケットを持っており、ライブの終了後にヤチヨと対面して、握手してもらえるそうだ。彩葉がヤチヨを待っていると、「ねえいろは、一緒にやろっ?」
と誘っていた。彩葉は断ろうとしていたが、あれは押し切られるな…
そんな時、
「ムリムリムリ!小娘が!」
と告知でお馴染みの声が聞こえた。FUSHIの声だが、口調が違う。本来の口調なのだろうか。
「こらっ」
と小さいヤチヨがFUSHIを制し、こう言った。
「お忘れかな〜?ヤチヨカップの参加はライバー限定なのです♪」
「そっか!じゃあかぐやライバーになる!そうと決まれば準備準備〜」
かぐやは速攻でログアウトしていった。
彩葉は憧れのヤチヨを前にして限界になっている。いつもの彩葉と違って、緊張と高揚で見たことのない表情をしている。二人だけの話を聞くのも野暮だろうと思い、俺もログアウトボタンを押した。
自分の体が黄金の粒子となり夜に溶けていく。
ヤチヨはその様子を見て、存在しないものを見て驚いたような表情を浮かべていた。
楓…セプター製のアバター(身体)なので五感が存在する。他人のアカウント(アバター)でプレイしている、という状態。ログアウト時の演出も通常と異なっている。
初めて劇場で観てきます。
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