あべこべ逆転異世界で孤児院の頼れるお兄ちゃんになるため奮闘する   作:あに

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1話 お兄ちゃん、拾われる

 十歳の頃。

 目を覚ますと変な世界に飛んでいた。

 木々に囲まれた森の中。

 上を見ると毒々しい大きな花が僕の顔を覗いていた。

 

 いわゆる異世界転生というやつか。

 思春期真っ最中、ちょっどその類の小説やらアニメにハマっていた時期だったので、困惑もありながら、少しわくわくしたのも覚えている。

 

 自分の中の未知の力が覚醒して、人々を救って、みんなのヒーローになる、とか。そんなロマンチックでスーパーな展開も期待したものだ。

 

 ――まぁ、現実はそう上手くはいかないんだけど。

 

 転生初日。

 普通に死にかけた。

 

 やべえ魔獣に頭から齧られて、右目が弾けて飛んでった。

 血が吹き出て、身体が黒く染まって、咳が止まらず、何度も吐いた。

 

 ――後から知った。

 僕が転生した場所は、魔獣の生息地ど真ん中だったらしい。

 当時、ここら辺の土地はほとんど放棄されていて、教会や大貴族による魔獣狩りもなかったから魔獣は完全に野放しだった。

 

 加えて、森には毒性の植物だらけ。

 それを食っている魔獣も危険な毒持ちばかりだ。

 

 こんな場所に飛ばされたら、普通の子供なら、一瞬で死ぬ。

 それどころか、その辺の下級騎士や半端な冒険者ですら、よほど運に恵まれない限り命を落とす。

 

 

 でも、僕には死ぬわけにいかない理由があった。

 

 ――だって、僕はお兄ちゃんだから。

 

 ドクドクと黒い液体がこぼれる目の奥で、前の世界に、残してきた妹の顔が頭に浮かんだ。

 僕が死んだら、あの子の面倒は誰が見るんだ。

 あの子に、これ以上誰かを失う経験をさせるわけにはいかない。

 

 ……死んだ母さんによく言われた。

 

「黎人は強い子だから。

 あの子を守ってあげないとダメよ。

 ……だって、お兄ちゃんなんだからね」

 

 目の前にいたのは黒い犬。

 いや、もしかすると狼というやつだったかもしれない。

 視界が潰れていたせいで、姿はよく覚えていない。

 

 その顔を何度も殴った。

 目が見えなくても、頭の位置は、耳に入る声で自然と把握できた。

 当時は無我夢中で考えられなかったけど、今ならなんでそんなことができたか分かる。

 

 よく、妹と遊んでいたからだ。

 

「だーれだ」なんて言って、僕の目を抑える妹だったけど、その頬を捕捉するのは、なによりも簡単だ。

 声を頼りに後ろに手を伸ばして、むぎゅ、と頬をつぶしてやる。

 すると「あはは」って腑抜けた笑い声をあげた妹につられて、僕も笑うのだ。

 

 ……あぁ、会いたいな。

 あの子に、また。

 

 

 魔獣を殴っている間のことは、よく覚えていない。

 必死だったからだろう。

 でも、手に残る感触の気色悪さに関しては、今でも忘れることができていない。

 

 ……いつの間にか、魔獣の声は消えていた。

 逃げたのか、死んだのかは分からない。

 視界は黒ずんでほとんど消えてたし、鼻をつんざく嫌な臭いのせいで、嗅覚も失われていた。

 

 魔獣がいなくなった後、僕は歩いた。

 勿論、魔獣は一匹ではない。何匹も襲い掛かってきた。

 あいつらにも、仲間意識というものはあるようで、仲間の血を被った僕を見逃すわけにはいかなかったようだ。

 

 向かってくる魔獣は、また、殴った。

 殴り続けていると、次第にどこを殴ったら早く死ぬのかが分かってくる。

 その感覚が、ひどく怖くて、頭がおかしくなりそうだった。

 

 何度も死にそうになりながら、僕はとにかく、人のいる地を目指して歩いた。

 

 頼りにならない視覚と嗅覚だったけど、耳はちゃんと動いてくれたので助かった。

 

 耳が良いのは、母さんからの贈り物だったんだろう。

 おかげで、魔獣が近づく足音や声には、すぐに気づくことができた。

 この耳がなければ、僕はとっくに後ろからパクッと食べられていたに違いない。

 

 嫌な音が聞こえる度に、うずくまって、もう来ないでって、何度もお願いしたのを覚えている。

 顔を殴るあの感触は、何度経験しても気持ち悪くて嫌だったからだ。

 でも、あいつらは鼻がいいから、僕の願いが満たされることはなかった。

 

 そんな中、誰の血かもよく分からない黒い液体をどろどろと落としながら、とにかく、嫌な音が少ない方に歩き続けていると。

 

 少し、違う音が聞こえた。

 

 ――直感的に分かった。

 人の足音だ。

 

 僕は、声をあげた。

 できる限り、大きくて、掠れる喉から血を吹き出しながら、何度も叫んだ。

 

 瞬間、僕の周りに嫌な音が集まってくる。

 魔獣が気づいたんだろう。

 でも、僕は叫ぶのをやめなかった。

 

 飛びかかってくる魔獣を殴って、蹴って、噛んで、刺した。ひたすら、叫びながら、「誰か、助けて」って、言いながら。

 だけど、流石に数が多すぎた。

 

 僕は、遂に地面に倒れて、魔獣の山に身を埋めることになる。

 

 けれどそのとき、声が聞こえた。

 

「――なんて、ことです」

 

 それは優しい声だった。

 僕より少し大きな女の人の声。

 

 きっと、自分にお姉さんがいればこんな声なんだろうなって。

 呑気に思ってしまうくらい、安心する声。

 

「神よ。貴方は何故、このようなか弱き子にばかり……」

 

 気づけば、僕の身体は宙に浮いていた。

 いや、正確には抱えられていたというべきか。

 

「貴方は死なせません。

 我が主に代わり、シスター・アリアが貴方を必ず救いましょう」

 

 こうして、僕は彼女。

 アリアさんに拾われたである。

 

 ――それから、僕は、彼女の孤児院で、みんなと、一緒に……。

 

 

 

「……夢、か」

 

 目を開ける。

 眩い光が左目を襲い、瞬きの後、僕は瞼を擦った。

 

 ……久しぶりに昔のことを思い出したな。

 

「――うえ、気持ち悪い。

 洗面所、行かないと」

 

 嫌な光景を思い出したからだろう。

 強烈な吐き気に襲われた僕は水場へと足を運んだ。

 

 そのまま喉に貯まった液体を吐き出していると、次第に楽になってくる。

 

「……汚い」

 

 吐けるだけ、吐き出すと、汚れた洗面台に目をやる。

 それをバレないように拭き、赤く染まったタオルをこっそり棚の奥にしまった。

 

「今度、綺麗にしないとな」

  

 小さく呟きながら、洗面所を後にすると。

 ふと、下の部屋がバタバタとしているのが聞こえた。

 

 どうやら、子供たちが起きてしまったようだ。

 

 僕は慌てて寝室に戻り、先ほどまで寝ていたベッドへ向かう。

 

 そして、もう一人のベッドの住民へと声をかけた。

 

「アリアさん。もうお昼ですよ」

 

 ……ぜんぜん、起きないし。

 声だけで起こすのを諦めた僕は、彼女の身体に手を伸ばす。

 

 ――肌を晒した肩に触れるのは少し躊躇するが、こうでもしないと起きないので仕方ない。

 身体をゆらゆらと動かしていると、身体が徐々にもぞもぞとしだすのが目に見える。

 

「んぅ、もうちょっと、まだ、おねむなのです」

 

「そんな可愛い言い方してもダメです。

 ほら、布団取っちゃいますよ」

「……ひゃ、だめですよ、今捲られちゃうと」

 

 問答無用。

 僕はかけ布団を取っ払った。

 

 すると、青い寝巻を半分脱ぎ捨てた小さなお腹が顔を出す。

 

 まったく、だらしない。

 本当に聖職者なのだろうかこの人は。

 

「相変わらず酷い寝相ですね。

 シスター・アリアさん」

 

 皮肉を込めて役職名までつけてやったけど、アリアさんはまだおねむのようで、ふわふわとしている。

 仕方ないので、頬をむぎゅっと、つまんでやると、ようやく目が開き出した。

 

「――ほぁ、もう、お昼ですか」

「そうです。子供たちも起きちゃってますよ。

 それより、ちゃんと服着てください。

 風邪ひきます」

 

 僕の指摘を聞いて、アリアさんが慌てて背を向ける。

 軽く身だしなみを整える素振りの後、僕に背を見せながら声が放たれる。

 

「……申し訳ないです。

 嫌なモノを見せてしまいましたね。」

 

「別に嫌とかじゃないですよ。

 ただ、はしたないです」

 

 僕が呆れたように声をあげると、彼女は少し照れくさそうに笑う。

 

「――あはは、やはり男の子ですね。貴方は」

 

「ん、そういう話じゃないと思いますが」

 

 僕の価値観では、男の子だろうが、女の子だろうが、腹を出して寝ていたらはしたない。

 

 ただまぁ、普通こういうのは、女の子の方が気にするはずだ。特に、異性に肌を見せるなんてことについては。

 

 ……この世界は少し特殊だ。

 男の人の数が女の人に比べて圧倒的に少ない。

 正確な比率とかは分からないけど、十人に一人くらいなんじゃないだろうか。

 

 だからなのか、この世界の女の人は少々大雑把、悪く言えば下衆な人が多い。

 

 こんな可愛い見た目のアリアさんも、昔は僕の水浴びを覗こうとしてきていたものだ。

 ……いや、それに関しては今もあんまり変わってないけど。

 

 肌を見せるのは嫌いだ。

 

 こんな傷だらけの汚い身体、自分でも見たくないのに、人に見せるなんて考えられない。

 アリアさんは、「気にしなくていい」って言うが、そういうことを考えてしまうのも仕方ないだろう。

 

 だって僕が、もっと綺麗な身体をしてたなら、お金も一杯稼げて、孤児院のみんなにだって……

 

 暗い感情が頭に上ってきて、黒い過去とひっつきだす。

 嫌な気持ちが溢れて、汚い言葉が頭を襲った。

 

「――レイトさん?」

 

 アリアさんが心配するように、僕の肩に手を置いた。

 

 そのまましばらく、彼女の隣に身を置けば、次第に気持ちは静まってくる。

 

「……気にしないでください。

 ちょっと、昔の夢を見ただけなので」

 

 僕の声を聞いたアリアさんは、少しトーンの落とした低い声で呟く。

 

「――気にしますよ。

 そんな、ひどい顔してたら、嫌でも」

 

「酷い顔?」

 

 急な悪口かと思ったが、そういう雰囲気でもない。

 変に思って、顔に手を当てると、指がじんわりと湿った。

 

 顔が濡れている。

 

 

 ――あぁ、泣いていたのか、僕は。

 

 僕は顔を後ろに向けて、服で目を拭う。

 

 眼帯のせいで右目は拭えない。

 人間、目がなくなっても、涙というものは出るのだ。

 

 むしろ、抑えるものがなくなったせいで、ボロボロとこぼれたら止まらない。だからこういうときは、流す前に上を向いて、止めていた。

 

 僕の仕草を見て、アリアさんが俯く。

 僕に対して、酷い顔なんて言ってたけど、彼女も大概暗い顔をしている。

 

 彼女は僕の命の恩人だ。

 こういう顔は、あまり見たくない。

 

「――そんな顔しないでください。アリアさん。

 僕はとっても感謝してるんです。

 アリアさんが来てくれなかったら、きっと、片目だけじゃすみませんでしたから」

 

 僕の右目はあのときから見えていない。

 いや、正確には、もうないのだ。

 

 アリアさんが施してくれた治癒魔法は、部位の欠損までは治してはくれない。

 

「まったく、神様もケチですよね」

 

 少し笑い声を入り交えながら、明るく呟く。

 

 すると、アリアさんは僕を戒めるように、そっと頭に手を置いて、言った。

 

「……そういうことは、あまり、言ってはいけません。

 主は、貴方を見ていますから」

 

 半生を日本で生きてきた僕にとっては神というのはあまり馴染みがない。

 

 神社に行って、お願いしてもそれが叶ったことはない。

 もしいるとしたら、随分とケチな奴だ、なんて、よく妹と馬鹿にしあったのを思い出す。

 

 ……いや、今はそんなこといいか。

 

「すいません。謝罪します」

 

 僕はアリアさんに軽く頭を下げる。

 そこまで本気で言っているわけではないと思うが、形式上は僕も聖教会の一員だ。となれば、上司の言うことは聞かないといけない。

 

「いえ、謝らなくて良いです。

 貴方の気持ちもわかりますから」

 

 そういうと、彼女は僕の頭を軽く撫でた。

 ……相変わらず子供扱いが過ぎるな。

 

 僕は彼女の手を跳ね除け、ベッドから立ち上がる。

 

「ほら、行きますよ。

 子供たちがお腹を空かせちゃったらどうするんです」

 

「そうですね。

 ふふっ、私ももうお腹がペコペコです」

「僕たちは後からですからね。

 子供たちが先です」

 

 そう言って、寝室のドアに手をかけたとき。

 アリアさんの手が、僕の右肩に触れた。

  

「――アリアさん。

 いつも言っていますが、そんなに近づかなくていいです。

 最近は倒れることもありませんし」

 

 アリアさんはいつも僕の右側に立つ。

 それも、身体を凄くくっつけて。ベッタベタにくっつけて、だ。

 

 目のことを心配してくれているのは分かるけど、少々過保護が過ぎる。

 

 

「……気にしなくて良いですよ?

 私が好きでやってることなので」

 

「とはいえ、ちょっと恥ずかしいですよ。

 前も子供たちにからかわれたんですから」

 

「……へぇ、それはなんと?」

 

 

「笑われながら、お父さんって呼ばれました」

 

 何の気なしに言った言葉だけど、アリアさんの反応は大きい。

 変なポーズをしながら、ぴょんぴょんと跳ねている。

 

 ……なにやってんだろ、この人。

 

「ほ、ほう。そうですか。

 ――えと、つまり、そういうことですか」

 

「はい、そういうことですよ。

 お母さん。

 ……ちょっと、何ニヤニヤしてるんです。

 もう、アリアさんのせいですからね」

 

「い、いえ、な、なんでもないのですよ?

 ……ふ、ふふっ、ふふ」

 

 変な笑い声を上げ始めたアリアさんを無視して歩き出そうとすると、慌てて、彼女に肩を掴まれる。

 

「――それでは、行きましょうか。

 お父さん」

「次言ったら怒りますよ。

 ……まったく、困っちゃいます。

 僕はみんなのお兄ちゃんであって、お父さんではないんです」

 

「……そこって、こだわるとこですか?」

 

「大事なとこですよ、だって」

 

 ――僕みたいな、汚れた人間。

 アリアさんには勿体ないですから。

 

「ん、何か言いましたか?

 レイトさん」

 

 思わず声に出そうになった言葉を喉に押し込み、彼女に向き直す。

 

 ……危ない危ない。前に似たようなことを言ったら怒られたんだった。

 

 アリアさんは怒ると怖い。

 口を聞いてくれなくなったと思えば、僕のベットに潜り込んで来て、変な魔法を唱え始めるのだ。

 

「それじゃあ、行きましょうか」

 

 僕は彼女の手を取って、階段を駆け降りる。

 下の部屋からは、ガヤガヤと騒ぐ声が聞こえては止まない。一人、二人、三人……もうみんな起きているようだ。

 

 

 

 階段を降りる。相変わらずくっついているアリアさんは無視しつつ、僕はもう一つの寝室の扉に手をかける。

 

「それでは、今日も頼りにしてますよ。

 お兄さん」

 

 隣のアリアさんが囁く。

 そした、それが聞こえたと同時。

 

「レイト兄おはよーっ!」

「兄さん、遅いですよ。もうみんなお腹空かせちゃってます」

「……まま、ぱぱ。ごはん、たべよ」

 

 ちっちゃな天使たちが僕の身体を揉みくちゃにした。

 

 

 ……まったく、罪なお兄ちゃんだぜ。

 

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