あべこべ逆転異世界で孤児院の頼れるお兄ちゃんになるため奮闘する   作:あに

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11話 お兄ちゃん、掴まれる

 

 貴族のお屋敷は街の中心からは少し外れた場所にある。

 孤児院からだと徒歩で十時間ほど。

 魔法を使えばだいたいその半分だろうか。

 

 朝に出発してからずっと歩きっぱなしということもあって、足が痛い。

 とはいえ、もう少しの辛抱だ。

 お屋敷の影は既に目の前に見えている。

 

「それにしても、こんなおっきい建物初めて見たな」

 

 思わずそんな声を漏らしながら、僕は門の方へと急ぐ。

 

 時刻は昼過ぎ。

 門の前には見張りらしき鎧を被った人が何人か立っていた。

 

 ……ちょっと緊張するが、声をかけるしかない。

 そう思いながらも、身体を前に出すのに躊躇してしまう。

 

 そのままモジモジしながら機を伺っていると、

 ――不意に背中の方へ気配を感じた。

 

「あら、貴方は」

 

 振り返るとそこにいたのは、白を基調としたフリフリとしたドレスに身を包んだ貴婦人。

 ……端的に言うと、凄く偉そうな格好をしている女性だった。

 てか、偉い人だ。絶対。

 

「い、いや、あの、怪しいものとかではなくてですねっ?」

 

 雰囲気に気圧された僕の頭は勝手に聞かれてもいない弁明を始め出す。

 

 明らかな挙動不審。

 そんな僕の態度を見ながらも、彼女はニコニコとした笑みを崩さない。

 

「――ふふ、あまり緊張しなくても良いですよ。

 話はレジーから聞いていますから」

 

 彼女の真っ白な細い指に僕の左手が絡め取られる。

 

 同時に駆け出した彼女に引きずられながら、僕は門の方へと歩き出す。

 

「あ、ちょ」

 

 門番の騎士は僕たちを見て、深々とした大きな礼をしている。

 ……まるで、圧倒的に目上の人を敬うような、重い礼を。

 

 それを見て、当然のことかのように僕へウインクを送る彼女。

 

 待て、これはまさか。

 

「も、もしかして、ご当主様ですか?」

 

「ええ、申し遅れましたね。

 ――ライデル家当主、グレースと申します」

 

 ……まじか、いきなりこんな凄い人と会うとは。

 

 う、オーラが違う。

 なんか目を合わせようとしても、勝手に離れてしまう。

 というか、滅茶苦茶美人だ。

 

 けど、綺麗な見た目に反して、彼女の言動は随分とアグレッシブである。

 

 掴まれた左手はぎゅっと握られたまま、離れない。

 ……こういう強引なとこも、貴族って感じがするな。

 

 僕はそのまま彼女に引っ張られながら、お屋敷へと足を踏み入れることになった。

 

 

 

 屋敷の中は、至るところに猫耳が見られる、

 レジーさんと同じだ。

 頭につけてるのは兜じゃなくて、カチューシャだけど。

 

 大貴族ということもあって、使用人の数も多い。

 当然、女の人ばかりで見たところ男の人は一人もいない。

 

 ……視線を感じるのは気のせいではないだろう。

 

 ヒソヒソした話し声には耳を貸さないようにしながら、僕はグレースさんの隣を歩く。

 

「申し訳ありません。

 あまり注目しないように言っておいたのですが」

「ん、いいですよ、べつに。

 僕みたいな部外者がいるのは気になって当然でしょうし」

「……そういうことではないと思いますが」

「そうですか?」

 

 こんな棒切れが当主さんの隣を歩くなんて、使用人の人から見ると、印象が悪そうなものだけど。

 まぁ、気にするだけ無駄か。

 

「アリスの件はありがとうございます。

 私自身、あの子には手を焼いておりましたので」

「ん、当然のことをしたまでです。

 お兄ちゃんですから。

 ……あの、というか、これってどこに向かってるんですか?」

 

「ここは耳が多いですから。

 お話をするならもう少し、人の少ない場所がいいでしょう」

 

 確かに多い。

 さっきからぴょこぴょこしてる耳ばっかりだしね。

 

 ……にしても、なんでこんなに猫耳ばかりなんだろう。

 

 気になった僕はグレースさんに問いかける。

 

「なんでこの屋敷って獣人の方ばかりなんですか?」

「……お嫌いですか?」

 

「いえ、そういうわけではないです。

 むしろ、好きですね。触ってもふもふしたいです」

「そうでしょう。猫は良いものです。

 躾こそ時間がかかりますが、一度鳴かせてしまえば、随分と可愛らしい子になりますから」

 

 僕に向かって語るグレースの顔は興奮しているのか、早口だ。

 その声色には若干危うそうなものを感じる。

 

 ……あんまり深掘らない方が良さそうだな、これ。

 

「――ふふっ、貴方を鳴かせるときが楽しみです。あぁ、一体どういう声で私に……」

「よし、さっさと歩きましょうか」

 

 倒錯的な視線を避けながら、僕は彼女の手を取る。

 ……うむ、変な人だ、この人。

 まぁ、見た目が綺麗な人ほど中身はアレなことが多い。

 アリアさんとかもそうだし。

 

 こっちの方が話しやすいから、僕は好きだけどね。

 

 そう思いながら、大きな廊下をテクテク歩いてると、不意に隣のグレースさんが声を発した。

 

「少し止まりましょうか」

「え?」

 

 そのとき、僕の耳に入ったのは廊下を駆ける足音。

 音色は軽い。

 間違いなく、子どもの足音だとわかる。

 

 となると、必然的に誰かは絞られてくる。

 

「ふふっ、お兄ちゃんに会うのがそんなに楽しみだったのか」

 

 そう、数日ぶりのアリスちゃんであ……

 

「――お兄様っ!」

 

「じゃないっ!?」

 

 そんな僕の考えは飛びついてきた少女によって、一瞬のうちにかき消された。

 

 アリスちゃんとは違う、銀色の髪。

 絡みついた手足は離れず、小さな顔が僕の胸元にくっついた。

 

 だ、誰?

 

「リリィ。

 あまり彼を困らせてはいけませんよ」

 

「違います、お母様っ!

 彼ではなく、お兄様なのですっ!」

「お、おにいさま?」

 

 初めての呼ばれ方に困惑しながらも、僕は彼女の素性を理解する。

 

 確か、アリスちゃんが話してくれた。

 歳が近い妹がいるって。

 

 ……性格はだいぶ、いや凄く違う気もするけど。

 

「ま、待ってなのぉ、りりぃ」

 

 そのとき、後ろから息を切らしながら近づく影が見えた。

 

「あ、アリスちゃん」

 

 僕の元へと辿り着くと同時、床へと倒れ伏した彼女。

 

 うん、間違いなくアリスちゃんである。

 今日も可愛いお顔をしている。

 

「お、お姉様、大丈夫ですかっ!」

「……走るの、早すぎなの、リリィ」

 

 僕の身体から降りたリリィちゃんはアリスちゃんへと駆け寄る。

 そんな彼女と一緒に、僕はアリスちゃんに話しかけた。

 

「こんにちは、アリスちゃん。

 また会えて嬉しいよ」

「あ、アリス、も、なの。

 ぜぇぜえ、えと、その、お兄ちゃん」

 

「一旦休憩しようか。

 ほら、お兄ちゃんのお腹においで」

 

 僕は彼女の身体を後ろから抱いて、軽く寝ころばせる。

 ドクドクと激しく鳴る心音は先ほどから止まらない。よっぽど、急いで来てくれたんだろう。

 

 そのまましばらく、アリスちゃんが落ち着くまで僕らは小休憩ということになった。

 

 

「……リリィはさっさと下がるの。

 お客様はお姉ちゃんが相手するものなの」

「はいっ! 分かってます、お姉様!」

 

 数分後、元気を取り戻したアリスちゃんはリリィちゃんと戯れていた。

 

「お姉様はお兄様とご結婚なさるのですよねっ!」

「――だ、黙るのっ、リリィ!

 それは内緒って言ったの! いっぱい言ったの!」

「えへへ、そうでしたか?」

 

 可愛らしい会話をしている彼女たちに目をやっていると、不意に後ろから声が放たれる。

 

「どうでしょう。レイトさま。

 二人とも可愛らしいでしょう」

「えぇ。このまま家まで持っていきたいくらいです」

「あら、そうですか。

 ……ふふっ、それは良いことですね」

 

グレースさんの声に耳だけ貸しながら、僕は彼女らを見守る。

 

 子どもの笑顔というものはいつみても、元気をくれる。

 ……ただ、少し、寂しさを呼び起こしてしまうのが難点だけど。

 

 そんなことを考えていたときだった。

 

「それでは」

 

 唐突に、耳元にグレースの声が聞こえた。

 吐息混じりの淡い声、思わず、身体がビクッと反応してしまう。

 

「――どちらがお好みですか?

 もちろん、両方娶るという選択もありますよ」

 

「……へ?」

 

 え、なにを言った? 今。

 なんか、娶るとか、凄い言葉が聞こえた気がしたんだけど。

 

 僕は彼女に困惑の視線を送る。

 すると。

 

「……ま、まさか私をご所望ですか?

 そ、それはいけません。

 亡くなった主人に怒られてしまいます。

 ですが、そうですね、どうしてもというなら……」

 

「へ、あっ、いや。

 そういうことじゃないです」 

「はぁ、そうですか。

 少しは期待したのですが」

 

 微笑みを見せる彼女だが、その目の奥にはメラメラとたぎる何かが見える。

 ……まさか本気なわけ、ないよね?

 

「それでは、お話を続けましょうか。

 レイトさま」

 

「は、はい」

 

 僕は彼女に握られた手を見ながら、ポツリと一言そう呟くことになった。

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