あべこべ逆転異世界で孤児院の頼れるお兄ちゃんになるため奮闘する 作:あに
グレースさんに声をかけられた僕は、彼女に連れられて廊下の奥の部屋。
豪華な装飾品で溢れた応対室に入る。
貴族さんの部屋になんて入ったことがない。
高そうな置物とかにぶつからないよう気をつけながら、僕は金色の装飾が光る椅子へと座る。
「アリスちゃんとリリィちゃんはいいんですか?」
「ええ。子どもには少々刺激の強い話になるでしょうから」
僕らに付いてきたがっていた彼女ら二人だけど、最終的に使用人らしき猫耳さんに抱かれて部屋まで帰されていた。
もうちょっと話していたかったけど。
まぁ、またすぐに会えるだろうからいいか。
……にしても、今のグレースさんの言葉は気になるな。
刺激が強いって一体何を話す気なんだ。
貴族さんからそんな言葉で出てくると思わず身がすくんでしまう。
僕は少し警戒心を帯びた瞳をグレースさんに向ける。
「ふふっ、冗談ですよ。
あの子たちがいると互いに本音を話しづらい。
ただそれだけです」
「はぁ」
彼女の言葉からは感情が掴みづらい。
余裕ぶった感じというか、常に一定のトーンを崩さない声は彼女の真意を隠して見えなくする
……流石は貴族の当主さんと言ったところか。
僕は彼女の顔に目を合わせた。
すると、同時、頭にとあることが浮かぶ。
そういや、当然だけどこの人って母親なんだよな。
アリスちゃんとリリィちゃんの。
それにしては若く見える。
見た目だけで言うとアリアさんと同年代だ。
二十代前半といった感じか。
「どうかなされましたか?」
「……え、あぁ、いやその。
綺麗な人だなって」
「あらまあ」
思わず目を奪われている僕に対して彼女が語りかけてくる。
慌てて、思ってたことを口に出してしまったけど、これは失礼ではないだろうか。
嫌われて、雇ってくれないとかなったら大変だ。
そう思った僕は謝罪の礼をしようとする。
が、瞬間。グレーさんに肩を掴まれる。
「やはり私をお好みでしたか。
まったく、趣味が悪いお方です。
仕方ありません、今夜は一緒の寝室で……」
「い、いや、遠慮しときます。
それより、話に戻りましょう」
まずい、目が本気である。
掴まれた肩の力が強まるのを感じながら、首を横に振る。
そのまましばらく掴まれたままの肩だったが、徐々に力は抜けていき、言葉が放たれる。
「口説くだけ口説いておいて。
酷いお方ですね」
そう言いながら微笑む彼女の顔を見ていると強烈な羞恥心が襲ってくる。
こういう大人っぽい人とはあまり話さないから耐性がないのだ。
……アリアさんがもうちょっと気品のある人なら耐性もついただろうに。
頭の中でだらける彼女の顔を思い出していると、徐々に昂った気持ちも落ち着いていく。
そんな僕を見たからか、グレースさんが会話を続ける。
「では、お話に戻りましょう。
……レジーからは何と聞いていますか?」
「え? あぁ、えと。
確か、教育係をしてほしいとかなんとか」
詳しくは聞いていないが、そんな感じだったはずだ。
他になにか言っていたような気もするが、大事なのはここだろう。
「――ふふっ、まぁそういうことですね。
貴方にはあの子たちの家庭教師を頼みたいのです」
「はい。
……えっと、でも何を教えればいいんですか?」
家庭教師と言っても、やることは様々だ。
なんの実績もない僕を雇うからには、何かしらの狙いがあるのだろう。
「算術に魔術、それと軽い体術などでしょうか。
貴方の教えられる範囲ならば何でも構いませんよ」
だけど、グレースさんは相変わらずの微笑みのまま、軽い言葉を投げかけてくる。
……随分と適当な言い草だな。
こういうのは普通、何を教わるのかを明確化させるべきだろう。
お金も絡んでくることだし。
「えっと、何でもというわけには。
お賃金も頂くことですし、そこら辺はきちんとしましょう」
「では、教養全般ということで」
大した変わってない気もするが、彼女の態度を見るに、本当にこのまま行くらしい。
……まぁ、僕が教えられることも限られる。
とりあえず僕の知識の限りを教えてから、何を教えるかを考えればいいか。
それに、雇われる立場なのだ。
あんまり、とやかく言うのも良くないだろう。
「分かりました。
まずは簡単な算数とかから始めようと思います」
「えぇ、それでいいでしょう」
僕の言葉に対して、グレースさんがニコニコと返答する。
よし、少なくとも職を手に入れることはできそうだ。
「それじゃあ、お賃金とかの話を……」
そのまま、僕は契約について話を続けようとする。
だけど、声を発した瞬間。
「――では、ここからが本題です」
今までの笑みが消えた彼女の口から発せられた言葉によって、僕の声は掻き消された。
……ん、なんだ、本題って。
「本題?」
「はい。私が本当にしたい話はここからです」
そう呟いた僕へとグレースさんが言った。
彼女の言い方からするに、今までのやつは本題じゃなかったってことになる。
僕は彼女の顔を伺う。
笑みを失った彼女の顔には先ほどまでは見せなかった真剣な表情が浮かんでいて、背筋がピンと伸びるのを感じた。
そうして、少しの沈黙の後。
彼女が言葉を放つ。
「私が貴方に期待していることは一つ。
あの子を更生させることです」
「……更生ですか?」
何を言われるのかとビビっていたけど、更生、か。
……んー、更生となると、悪い子を良い子に生まれ変わらせるとか、そういうことなんだろうけど。
なんか違和感がある。
「えと、アリスちゃんのことですか?
さっき会った感じでは大丈夫だと思いますが」
彼女はもう大丈夫だと思う。
孤児院に来た彼女の表情は少し、危ういものがあったけど、今日の彼女は良い顔をしていた。
悪い子ではないだろう。
間違いなく、だ。
半ば反論するような形でグレースさんに問いかける。
しかし、彼女から返ってきた言葉は想像と違っていた。
「いえ、そっちではありません」
「え?」
てっきり、アリスちゃんのことだと思っていた僕は思わず腑抜けた声を溢してしまう。
そして、そんな僕の耳に、囁くように、息のこもった小さな声が呟かれる。
「……気にして欲しいのはリリィの方です」
いつのまにか、近くまで来ていたグレースさん。
彼女が放った言葉に思わず僕はハテナを浮かべる。
「リリィちゃんですか?」
疑問を帯びた言葉が自然と口から溢れた。
まだ、少ししか話してないけど。
リリィちゃんが更生が必要なほど悪い子には思えなかった。
話し方を丁寧で、貴族らしい気品もある可愛い子である。
いや、でも、人は見かけでは判断できない。
実は滅茶苦茶不良少女だったりするのかもしれない。
……もしそうならお兄ちゃんびっくりしちゃうな。
そんな風に考えて、引き攣った笑みを浮かべていると、
「あの子は子供ながらに少し、ひねてしまっているところがあります。
もちろん、見たところでは分からないとは思いますが……」
グレースさんが語る。
軽く顔を俯かせながら。
「……ひねている、と言うと?」
「あの子は出来が良い子ですから。
おそらく、分かってしまうんでしょう。
綺麗なことも、汚いことも」
ため息をつきながら語る彼女の声。
その声は僕が今日聞いたグレースさんの言葉の何よりも、感情がこもっているように感じた。
「このままいけば次期当主は彼女になるでしょう。指名権こそは私にありますが、騎士や使用人の声は無視できません。
……ですが、私としてはどうもあの子に任せるのが不安なのです」
彼女は母親なのだ。
僕なんかの何百倍も、子どもたちのことは分かっているはずだ。
だから、きっと本当のことなんだろう。
「なので、貴方にはあの子を見て欲しいのです。
もちろん、肩書きとしては教育係ということになりますが」
「――きっと好きな人の一人でも出来れば、あの子も変わるでしょう」
そう語った彼女の言葉は、少しの哀愁を想わせる、細い声だった。