あべこべ逆転異世界で孤児院の頼れるお兄ちゃんになるため奮闘する 作:あに
「まったく、お姉様もお母様も。
なんでこんな人に懐柔されてしまって……
やはり、男の人だからでしょうか。
……もっと、ライデルの人間として責任を持ってもらわないと」
突き放すように言い放ったリリィちゃんの声。
それは、僕の身体を震わせるには十分なものだった。
「お、お兄ちゃんって呼んでほしいなー?」
「私の家族はお姉様とお母様だけです。
貴方は所詮、赤の他人でしょう」
そう言うと、リリィちゃんは僕をじっと睨みつけてから、プイッと顔を横にそらす。
……確かに彼女の言うことは間違っていない。
僕らには血の繋がりもないし、なんなら会ってまだ数日である。
でもっ! こうも! 直接的に言われるとっ!
……お兄ちゃん、泣いちゃいそうだよ。
「――分かった。
僕は確かに君のお兄ちゃんじゃない。
けど、心は繋がってるんだ。
そう、兄と妹という絆は決して途切れるものでは……」
「繋がってないし、絆もありません。
お姉様を籠絡した不届者にかける言葉はそれだけです」
「籠絡とかしてないよっ!?」
というか、なんか変な勘違いをされている。
僕がアリスちゃんを籠絡とか、そんな不誠実なことをするわけがないだろう。
……アリスちゃんとの関係を誤解されてるのが、この態度の主な原因な気がする。
リリィちゃん、アリスちゃんのこと好きっぽいし。
リボンを大事してたことも、お姉様って慕っていることもその証拠だ。
いわゆるシスコンというやつである。
……まったく、気が合うではないか。
きっと仲良くなれるに違いないね。
「嘆かわしい。
私に取り入ろうとしたって、そうはいきませんよ。
ライデル家を守るため、私は貴方を拒絶します」
……ごめんなさい、やっぱ無理かも。
そんなことが一瞬頭をよぎるものの、僕は諦めずに彼女と会話を続ける。
グレースさんに言われているからとか、そういうのじゃない。
僕は彼女の言動に違和感を感じていた。
「ええと、まだ若いんだしさ。
家のこととか、そういうのはいいんじゃないかな」
「は?」
「……い、いや、だからさ。
きっと君のお母さんもソレを望んでるはずだよ」
リリィちゃんはさっきからずっと、家のためにと言っている。
――僕はどうにも、そこに彼女の意思が薄れているように思うのだ。
「子どもって言うのは、もっと自由に生きる者だよ。
ま、アリスちゃんほど自由な子だとそれはそれで困っちゃうけどね」
僕はリリィちゃんに声をぶつける。
グレースさんはこの子のことをひねている、と形容していた。
間違ってはないのかもしれない。
年齢にまったくそぐわない態度に、諦めたような瞳。
いつもの取り繕った笑みとは違う、暗い表情。
でも、僕には分かる。
この子はたぶん、恐れているんだ。
「孤児院の子もね。
外に遊びに行くのを嫌がる子はいるよ。
でも、一回行ってみれば案外楽しんでるものさ」
「……知らないですよ。ここから出たことないので」
「そっか」
自分自身が変化することを。
生まれてからずっと、根付いていた環境を手放すことを。
「……なんです、その顔。
ライデルの人間として生まれたのです。
家のために生きるのは当然でしょう」
「でも、疲れちゃうよ。
子どものときからずっと、そんなことを考えてたら」
グレースさんは心配していた。
リリィちゃんが当主になることを。
それはきっと、僕と同じように考えていたんだろう。
言葉を聞いたリリィちゃんは顔を背けながら、語り出す。
「……仕方ないことです。
神さまが決めたことなんですから」
「――それは違う」
僕の鋭い言葉に、リリィちゃんの目が一瞬揺れた。
……アリアさんに聞かれたら、きっと怒られてしまうけど。
でも、伝えないわけにはいかない。
「神さまなんていないよ。
君の生きる道は君が自分で決めるんだ」
そう言って、僕は彼女に視線を向ける。
すると、そのとき。
彼女の声色が変わった。
「そんなことを言っても、私は、ライデル家のリリィです。
世継ぎとして、清涼に、可憐に、気高く生きないと……」
「みんな、見向きをしてくれないでしょう」
まるで嘲るように、乾いた笑みを浮かべながら、リリィちゃんは呟く。
その瞳は諦めに満ちていて、手をぎゅっと握りしめたまま、震えている。
……だけど、大丈夫。
「……なんです、同情でもしてるのですか?
関係ない、部外者のくせに」
こういうとき。
いっしょに一歩目を踏み出してくれる存在。
「――それじゃあ今日はお兄ちゃんと、とびっきり悪い子になっちゃおう!」
「は?」
それこそがお兄ちゃんなのであるっ!
自分の立場というものはよくわかっている。
「ふふっ、リリィは本当に良い子ですね。
……ふむ、ご褒美をあげないといけません」
「いえ、お母様。
ライデルの人間として普通のことをしたまでです」
メイドの猫耳を撫でながら、告げた母に対して、私は言葉をぶつける。
ライデル家の後継者として、最も相応しいであろう言葉を。
「……もう少し、欲望に忠実になっていいのですよ? せっかく、子どもなんですから」
「はぁ」
頭を撫でようとする母の手。
それをひょいと避けながら、逃げるように一言呟く。
「それじゃあ、お部屋に戻らせてもらいます」
……よく分からない話は無視に限る。
私は母の言葉を待たずに背を向け、寝室の扉を開けた。
「あ、ちょっと、リリィ。
……まったく、素直じゃないんですから」
母親のことは好きだ。
だが、尊敬しているかと言われると疑問がある。
いい加減だし、何考えてるか分からないし、いつもメイドで遊んでるし。
微笑む母の表情の意味を考えながら、廊下に出る。
すると、そのとき。
私の目の前を鎧をまとった猫耳の集団が滝のような汗を垂らしながら駆けていった。
気になった私はそのうち一人を呼び止めて、話を聞く。
「レジー? 何かあったのですか?」
「あぁ、リリィ様。
……実は、アリス様がまたどこかに行ってしまいまして。
うぅ、どうしましょう」
聞くと、姉の話だった。
……これで、何回目だろうか。
姉が屋敷から逃げだすのは。
一つ上の姉は私とは違う。
お転婆で、不器用で、見栄っ張りで、いつもメイドを困らせては、泣いている。
……ほんと、似ていないものだ。
まぁ、当然のことではある。
生まれを考えれば似るはずがないのだ、私たちは。
――とはいえ、思うことはある。
ここから、逃げだすなんて、姉は何を考えているんだろう。
私たちは一生、この家で生きていくしかないのに。
「街の方に行ってみればどうです?
家の中にいるなら、夜ご飯の頃には出てくるから問題ないでしょう」
「……ん、確かにそうですね。
わかりました、リリィ様」
そう言うと、レジーは何人かの騎士を集めて、街へと繰り出していく。
……一瞬、追いかけようか、なんて馬鹿な思考が浮かんだ。
いや、いい。
行ったところで、何も変わりやしないだろう。
私は静かに自分の部屋へと足を進めた。
夕飯の頃。
レジーに首を摘まれた状態の姉が部屋にやってきた。
何故か、変なぬいぐるみに囲まれながら。
「うー、もうちょっと優しく運んで欲しいの」
「せめてものお仕置きです。
後でちゃんとしたお説教がグレース様からありますからね」
「……や、やだなのぉ」
ベッドへとジャンプした姉に一瞥した後、レジーが私へと話しかけてくる。
「……ご助言助かりました、リリィ様。
流石、次期当主ですね」
「いえ、当然をしたまでです」
……姉の近くでこういう話をするのは良くない。当主だとか、出来がどうとかの話は彼女の心を傷つけてしまうだけだ。
姉が拗ねている原因がこれだと、レジーは気づいてないのだろうか。
私は隣へと目を向ける。
すると、ベッドに飛び込んだ姉は隣に座ったまま、じっと私を見つめていた。
……なんだ?
隣に座る姉は、何故だか笑っていた。
可笑しなことだ。
これからお説教だと言うのに。
そのとき、彼女が声を発する。
「これ、リリィにあげるの」
「え?」
手に握られたのは青いリボンと、一つのぬいぐるみ。
それを見て、困惑の感情が頭を揺する。
が、私はすぐに最適解を求めて、脳を走らせた。
……おそらく、変な気まぐれだろう。
だけど、姉の機嫌を損なわないためには。
私はベッドの上。
大切にしていた一つの人形へと手を伸ばす。
「分かりましたっ!
それなら、リリィも交換でお人形さんを……」
「いらないの」
でも、その手は姉によって止められる。
「――リリィは可愛い妹なの。
だから、あげるの」
この日から、姉は変わった。
屋敷を抜け出すことはなくなったし、夜更かしすることもなくなった。
私が母と話していても何も言ってこないし、レジーに対しても堂々と接するようになった。
……そんな姉に対して、いつしか憧れを持っていたのは何故だろうか。
ベッドの中、姉がくれたぬいぐるみに触れる。
ふわふわとした耳は屋敷にいる人たちと同じだ。
外に出れば、見れるだろうか。
この子の本当の姿を。
……いや、いい。
私は、ずっとこの家の中で生きていればそれで、いいのだ。
――今思えば、私は怯えてたんだろう。
外に出ることに対して。
私を捨てたあの世界に出ていくことを。
「――これって誘拐じゃないですか?」
……目の前の男、レイトに対して、言葉を突き刺す。
「え、あ、そうかな……そうかも。
あはは、帰ったら謝らないとね」
そして今、現在。
私は初めて、屋敷の外に出ていた。
何故か、彼に身体を抱かれたまま。
……おい、とりあえず下ろせ、無礼者。
お屋敷の話は次回で終わる予定です。