あべこべ逆転異世界で孤児院の頼れるお兄ちゃんになるため奮闘する   作:あに

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16話 お兄ちゃん、格好つける

 

「はなせぇ、はなへぇ」

 

 冗談めいて笑うレイトに対して、私は手足を暴れさせて抗議をする。

 ……が、持ち上げなれているのか、レイトは一向に私を離そうとしない。

 

 なんなら、変な持ち方をしだしている。

 背中と膝の裏に手を通して、まるで。

 

「それじゃあ、行こうか、お姫様ちゃん」

 

 思っていたことと同じ言葉が投げかけられ、私は思わずムッと彼に視線を向ける。

 

 ニコッと笑いかけるレイトの顔は、ここからじゃよく見える。

 ……べつになんとも思いもしないが。

 

「ま、まって」

 

 そのとき。

 先ほどからずっと、私の身体の下の方を襲っていた感触が、芽を出し始める。

 

「……トイレ、どこです」

 

「え、あぁ、確かにあっちの方にあったはず……

 んと、下ろそっか」

 

 私がそう言うと、レイトは一瞬にして、身体を下ろした。

 

「僕はここにいるから、行ってきて大丈夫だよ」

「……なんでです。着いてきてください」

 

「え、いつも一人で行ってない?」

「アレは家の中だからですっ!

 ……てか、なんで知ってるんですか、変態っ!」

「いや、同じベッドで寝てるし……」

 

 ビシバシとレイトに蹴りを入れる。

 しかし、それをするたびに、強烈な圧迫感がお腹を襲いだし、私は足をよじらせる。

 

「い、いいから、ついてきて、よ」

 

 こんな場所で一人は嫌だ。

 覚えている。

 心のずっと深くに刻まれたあの日の記憶を。

 

「ん、わかった。

 一緒に行こうか」

 

 抱えだすレイトに抵抗する間もなく、私の身体は彼に預けられた。

 

 

「……あれだね、すごく気まずいね」

「貴方のせいでしょうっ!」

 

 個室の中。

 レイトの背中を睨みつける。

 ドアの方こそ向いているが、その身体は私の目の前にあった。

 

「……中にまでは入らなくて良かったんじゃないかな?」

「は?

 もしそれで、いなくなってたらどうするんです」

 

 怒気のこもった声を彼にぶつけながら、服を脱ぐ。屋敷の衣装のまま出てきたせいで、ほとんど全部脱がないと、できない。

 

 ……こんな不届者の前で脱衣なんて、屈辱的にもほどがあるが。

 

「大丈夫? 一人でちゃんとできる?」

「殴りますよ」

 

 身体中を羞恥の炎が襲いだすのを必死に堪えながら、私はトイレに座り、用を終わらせる。

 

「……それじゃあ出ますよ」

「ん、了解」

 

 脱いだ服を着替え直した後、レイトの背中へと手を伸ばす。

 そのまま服を掴み、ドアを開ける彼の背を追う。

 

「あの、リリィちゃん?

 そんな引っ張ったりしなくても、お兄ちゃんはどこにも行かないよ?」

 

「……うるさいです。黙って歩いてください」

 

 どこに行くのかも不明のまま、私はしばらく、彼の後ろを歩いた。

 

 

 いつのまにか、街に出ていた。

 

 ……いや、分からない。

 先ほどまでいた場所も街だったのかもしれない。

 ただ、人がいなかっただけで。

 

「レイト、あれはなんです」

「んー、大道芸人かな?

 僕もあんまり見たことないけど」

 

 すると、そのとき。

 何本もの剣をくるくる回していた謎の女が私たちへと声をかける。

 

「おっ、そこのかっこいいお兄さんっ!

 そのお顔に免じて、無料で一芸披露しますよ」

 

 正確には、レイトにだが。

 

「だってさ。

 どうする? リリィちゃん」

 

「かっこいいお兄さんなんていませんから、別の人に言ってるんでしょう」

「いやいや、何を言ってるんだい。

 お兄ちゃんほどかっこいい奴は他にいないよ」

 

 私はレイトの言葉を無視して、女の方へと歩く。

 続けるように、レイトも私の後ろへとついてくる。

 

 ……頭の上に耳がない人は、家族以外では初めて見た気がする。

 新鮮だ。

 

「――って、その指輪。

 まさか、お兄さん。ライデルの人ですか?」

 

 そんなことを考えていたとき、レイトの方を見た女が引き攣ったような笑みとともに、言葉をこぼす。

 

「……あはは、なら尚更お金を取るわけにはいけませんね」

「僕はただの雇われ者ですから、そんなこと気にしなくていいですよ」

 

 「ねっ」という視線とともに、レイトは私に笑いかける。

 何の笑みだ。

 

 にしても。

 

 人は、ライデルと聞けばこんな顔をするのか。

 ……知らなかったな。

 

 辺りにはいつのまにか人が集まっていた。

 

 ある程度人が集まったのを見計らってか、目の前の女が剣を宙へ投げ、魔法を飛ばす。

 

 一瞬のうちに燃え広がった炎は剣にまとわりつき、火花が空を赤く彩らせる。

 

 ……綺麗、だけど。

 人が多くて、よく見えない。

 

「おぶってあげようか?」

 

「……べつにいいです、あんな庶民の芸。

 興味がないので」

 

 でも。

 レイトは私の声を無視し、自分の肩へと足をかけさせる。

 

 そのまま、しばらくの間。

 私たちは火の粉の舞い散る街の一角で一緒の時を過ごした。

 

 

「ほかになにかしたいこととかある?

 できる限りなら協力するよ」

 

 芸が終わり、レイトが語りかけてくる。

 辺りに集まっていた人も、閑散として、もう私たちしか残っていなかった。

 

「……猫」

 

 自然と、頭に浮かんだことが言葉になって出ていく。

 

「え?」

「本物の猫に会いたいです」

 

 姉から貰ったぬいぐるみ。

 あれと同じ姿の生き物がいるなら、見てみたい。

 

 ……たぶん、ここを逃したら見れないだろうから。

 

「あー。

 ここら辺にはいないんだよね、ネコちゃん」

「じゃあ、いいです。

 忘れてください」

「いやいや、せっかくのリリィちゃんのお願いだからね。どうにかするよ」

 

「確かこっちの方なら……」

 

 当たり前のように私を持ち上げるレイト。

 もはや抵抗する気にもなれず、私は彼の身体を掴む。

 

 そのままとことこと、十数分揺られていると、辺りの景色が緑色へと変わっていく。

 

「ここはなんです」

 

「なんとかの森……あはは、正式名称はわかんないや」

 

 木々に囲まれた森は、澄んだ青い空と相まって、綺麗だ、

 ……屋敷の中じゃ決して見ることができない光景に、心が勝手に弾んだ。

 

「あ、いたいた」

 

 そのとき、私を地面へ下ろしたばかりのレイトが声を発する。

 

 見ると、彼は手に何か、変なやつを持っていた。

 

「見て、可愛い子でしょ?

 ふふっ、リリィちゃんには劣るけどね」

 

 茶色くて、ちっこくて、丸い耳をつけた、変なやつを。

 

「これ、猫じゃないですよね?」

「まぁまぁ、僕の中では80%くらい猫だよ。

 この子たちも」

 

 確か、イタチとかいう奴だった気がする。

 前に本で見た覚えがある。

 

 ……こんな愛らしいやつとは思わなかったけど。

 

「ひゃっ、なんです、あなた。

 舐めないでください」 

「あはは、懐かれちゃったね」

 

 ぺろぺろと私の鼻を舐めてきたやつを捕まえる。

 ……まったく、私を誰だと思っているのだ。

 

「教育が必要ですね」

 

 そう言って、いつも母がメイドにしてるみたいに、耳をもふもふと触ってみる。

 

 ……中々に悪くない。

 

 人馴れしているのか、一切の抵抗もしない姿を見ていると、いつの間にか何匹ものイタチが集まっている。

 

「ふふん、貴方たちもお望みですか?」

 

 そんなことを呟いたとき、不意にレイトが「いたっ」という叫び声とともに私へ視線を向けた。

 

「……大丈夫ですか?」

「あ、いや、ちょっと引っ掻かれただけ」

 

 彼の手のすぐそば。

 そこには一匹な黒いイタチがふんぞりかえっていた。

 ……なんか、この子だけ毛色が違うな。

 

「この子凄いね。

 撫でようとしたら、ものすごい勢いでパンチしてくる」

 

 周りの子たちは集まって、身体を寄せ合っているというのに、その子はたった一人、大きな木の側で横になっていた。

 

「リリィちゃんにちょっと雰囲気が似てるかな?」

「私はもっと可愛い子です。

 一緒にしないでください」

 

 なんとなく、気になって。

 私はその子の方へと歩く。

 

「……貴方、ひとりぼっちなんですか」

 

 レイトには否定したけど。

 でも、私はこの子のことを他人のようには思えなかった。

 

「一人はつらいですよ。

 そんな風にしても、限界がきます。

 ……強がるのは、疲れますから」

 

 手を伸ばす。

 無理やりは嫌がるだろうから、ゆっくり、視線を合わせながら。

 

 そのまま、数分が経ったとき。

 

 伸ばした腕の上を通って、目の前のイタチが私の膝へと飛び乗った。

 

「――っ見てくださいっ!

 私の膝に乗ってきました!」

 

 言った瞬間、柄にもなくはしゃいでいる自分自身に驚く。

 

 ……こんな声あげたの、いつぶりだろう。

 軽い羞恥な襲われながらも、レイトの方を見る。

 

 む、笑われている。

 

「なに笑ってるんです」

「いや? 可愛いところが見れてお兄ちゃん嬉しいなーって」

 

 そういうと、彼は私に向かって手を伸ばす。

 ちょうど、頭の辺り。

 何度も見た光景だ。

 

 ……動いちゃうと、この子が逃げちゃうかもしれない。

 私はじっと目を瞑って、彼の手を待つ。

 

「……? なんだ?

 この音」

 

 でも、そのとき。

 唐突にレイトが低い声を出す。

 

「なんです、音なんてないじゃ……」

 

 言ってから、数秒後。

 私の耳にもその音は入る。

 

 端的に言えば足音。

 でも、本能的に分かった。

 

「――魔獣」

 

 ……人を食らう生物の足音だということは。

 

「……リリィちゃん、魔法の使い方は覚えてるよね。

 空飛ぶやつ。

 危険だと感じたら、躊躇せずにそれを使って」

 

 辺りのイタチはみんな木の隅に集まって、隠れている。

 黒い子は、私のお腹に引っ付いたまま、動かない。

 

「あっちに隠れられる?

 たぶんあの子たちと一緒の方が安全だろうから」

 

 逃げないといけない。

 そう分かってるのに、足が動かない。

 

 恐怖。

 生まれてからその感情を覚えたことは数度しかない。

 でも、そのどれよりも、強烈だ。

 

「あ、あしが、すくんで」

 

 足音が大きくなる。

 もうすぐそこまで来ていた。

 

 真っ黒の狼。

 私たち二人合わせても足りないような、大きな化け物。

 

 ……いや、こわ、い。

 

 

 そう、思ったとき。

 

「――大丈夫、僕がついてるからね。

 何があっても、君を守ってみせる」

 

 私の頭を暖かいものが、揺する。

 瞬間、昂っていた心臓が、収まった。

 

「さてと」

 

 彼の手が、私の頭から離れる。

 

「久しぶりだね。

 戦うのは何年ぶりかな」

 

 レイトは欠片の物怖じもなく、目の前の狼へ向かっていく。

 その手にはなにもない。

 完全な無防備な状態だ。

 

 でも、不思議と。

 

 ――彼の背中は信頼できた。

 

 

「……悪いが、可愛い妹の前でね。

 カッコつけさせてもらうよっ!」

 

 




長くなっちゃったので一旦きります
1話で終わらなかったよ……
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