あべこべ逆転異世界で孤児院の頼れるお兄ちゃんになるため奮闘する 作:あに
エリスちゃんがいなくなった。
そんな言葉をニーナから聞いた瞬間、心臓が破裂しそうなほど、激しく鳴りだす。
「うぅ、私、やだよ、もう、いなくなるのは嫌だよ」
だけど、それはニーナも同じだ。
……冷静になれ。
僕が焦ってどうするのだ。
「大丈夫だよ、ニーナ。
お兄ちゃんが必ずなんとかするからね」
「……お兄」
抱きしめたニーナから話を聞く。
時間はあまりかけられない。
たどたどしい彼女の言葉から要点だけを絞り出していく。
「朝、起きると、お姉がいなくて。
孤児院からは出るなって、手紙があったの。
でも、私不安で、こっそりでちゃって」
「それで、お姉を探してたら、森から変な声が聞こえて。
私、怖くて、ここで座ってたの」
ニーナの言葉を聞いて、僕は激しい違和感に襲われる。
話している内容自体は、本当だ。
彼女は悪戯っ子だけど、こんなときに冗談を言うような子ではない。
でも、おかしいだろう。
だって、
「アリアさんは?
あの人ならそんなこと絶対に……」
彼女がいたら、起こるはずがないだろう。
そんな、危険なこと。
「う、うぅ、アリアお姉も、いないんだもん」
「……え? なんで」
「わ、わかんないよぉ。
みんな、いなくなっちゃって、わたし、もうやだよぉ」
分からないことだらけだ。
なんで、アリアさんもいないのか。
……だけど、今はエリスちゃんが優先だ。
アリアさんは強い人だ。
勝手にいなくなるなんて考えられない、何か事情があったのだろう。
「ニーナ、孤児院に戻ってて。
エリスちゃんは僕が必ず見つけるから」
ニーナを孤児院に帰してから、僕は森へと駆ける。
先ほどからずっと、嫌な音が止まない森へと。
――朝起きると、兄さんがいなくなっていた。
残っていたのは書き置き一つだけ。
それを見たアリアさんはずいぶんと取り乱しながら、布団にこもって泣いていた。
……ちゃんと説明すべきですよ。兄さん。
お風呂の中、私に話してくれた兄さんの顔はずっと覚えている。
いつもは強がってばかりで、弱いとこなんて見せない兄さんだけど、あの日は違った。
私がしっかりとしないといけない。
兄さんに託されたものを無駄にするわけにはいかないのだ。
幸い、教会のお仕事とかは兄さんが終わらせてくれていた。
「エリス姉。お兄ちゃんはどこに行っちゃったの」
「……大丈夫ですよ、ニーナ。
必ず、戻ってきますから」
兄さんは嘘つきだけど、私たちを悲しくさせる嘘はつかない。
だから必ず、帰ってくるはずだ。
――しばらくして、アリアさんがいなくなった。
教会からの呼び出しがあったらしい。
兄さんがいなくなってからというもの、死んだような顔をしていた彼女だが、知らせを聞いてさらに顔を黒く染まらせた。
「……レイトさん、会いたいです、レイトさん」
そんな言葉を溢しながら、彼女は孤児院を出発した。
流石に私に全てを任せて出ていくのは気が引けたようだが、「大丈夫」と無理やり押し切った。
教会から見捨てられたら私たちは生きていけない。
仕方ないことなのだ。
……だけど、心配だ。
あの人も兄さんと同じように、無茶をする人だから。
彼女がいなくなった後、必然的に孤児院の運営は私一人ですることになった。
「エリス、ほんとに大丈夫なの」
「……どの口で言ってるんです。さっさと帰って。
その汚い傷痕も二度と見せないでください」
村の方から何人かの人が手伝いに来たけど、これは私が託されたものだ。
だから、断った。
……それに、なによりも。
私を捨てたあの村の連中の力なんて借りたくなかったから。
何歳の頃かはもう覚えていないけど。
私は親に捨てられた。
「……ママ、遅いなぁ」
寒い雪の日、「ここで待っててね」と外に置いてかれた私を迎えに来る人はいなかった。
いわゆる口減らしというやつだろう。
ちょうど、不作も重なった時期だったから。
何人もいた姉妹から私が選ばれたのは多分、運が悪かったんだと思う。
本来、私はそこで野垂れ死ぬはずだった。
アリアさんの言う神さまとやらがいるとすれば、定められた運命というやつなんだろう。
でも、違った。
「――君、名前は?」
私には、兄さんがいたから。
「……えりす」
「そっか、エリスちゃんか。
……もう大丈夫だよ。
お兄ちゃんがきたからね」
抱きしめられた感触はずっと覚えている。
手足が凍るほど寒い日なのに、兄さんの身体は何よりも暖かくて、安心した。
「レイトさん?
その子はどうしたんですか?」
「村の近くで保護しました。
この子を頼みます。
……僕は村の方へ行ってくるので」
「ま、まってください、レイトさん。
私も行きますから」
私を拾った後、兄さんは村に行って、私の親を滅茶苦茶に殴った。
兄さんもまだ若かったということなんだろう。
あんなに慌てて静止するアリアさんの姿は今の今まで見たことがない。
結局、私が親元に戻ることはなかった。
そのことに対して、兄さんは凄く謝っていたけど、悪いのはあの人たちだ。
それからは兄さんとアリアさん、二人と一緒に暮らすことになった。
当時は孤児院にも人がいなかったから、完全に三人暮らしだ。
まるで本当の兄と妹みたいに思いながら、しばらく暮らしていたけど。
その気持ちはすぐに変わった。
「エリスはおにいちゃんのお嫁さんになるのっ!」
「え、ほんとにっ!
……ふふっ、楽しみだなぁ」
自分が彼に向ける感情が単なる親愛でないことに気づくのは、早かったから。
アリアさんがいなくなった、翌日。
――近くで魔獣が出た。
孤児院に入ってくる前に殺したけど、気づかなかったら危険だった。何人か、怪我人が出たかもしれない。
そのまま、おかしいと思って、森に入ると、いつもならおとなしい魔獣が私に襲いかかってきた。
……どうやら、森に異変が起きているようだ。
おそらく、兄さんがいなくなったのが原因だろう。
あそこの魔獣は完全に兄さんを恐れているから、いなくなって暴れ出したのだ。
……こういうとき、普段はアリアさんか兄さんがなんとかしていた。
だけど、今は二人ともいない。
私がやるしかないのだ。
戦いの技術は分かる。
こういうときのために、二人にバレないように何度も森に入って、剣を振るってきた。
「ニーナ、みんなを頼みますよ」
眠る子どもたちの頭を撫でてから、孤児院を出る。
携えたのは一本の剣。
私の実力を示せば、森の魔獣も沈静化するはずだ。
けれど、森に入ってすぐ、私は知った。
「……なんで」
目の前にいるのは、巨大な花の化け物。
こんなの見たことがない。
一瞬のうちに、身体は弾き飛ばされて、地面にぶつかる。
下を向くと、脚がたらんと垂れていた。
血が流れて止まらない。
失敗した。
魔獣が現れた原因は、兄さんがいなくなったからじゃなかった。
……森の外にいた魔獣は、この化け物から逃げ出してきたんだ。
ツルが伸びて、私の脚を掴む。
宙に浮かぶと同時、何本ものツルから目が生えて、私を睨んだ。
見ると、花を模した身体には巨大な口がついていて、何匹もの魔獣がドロドロに溶けている。
死ぬ。
分かる、私は、今日死ぬ。
こんな化け物の身体で魔獣の死体と一緒に溶けて、骨も残らない。
いや、いやだ。
こんなの、嫌だ。
みんなを守るって、決めたのに。
兄さんから、託されたのに。
もう、身体は動かない。
あぁ。
……たすけて、おにいちゃん。
「――そこまでだ、化け物」
諦めて目を閉じた瞬間。
その声は確かに、聞こえた。
引きちぎれたツルが私を離し、真っ逆さまに落ちていく。
一瞬のうちに地面が顔に近づいていき、目を瞑る。
でも私の身体が地面にぶつかることはない。
「もう大丈夫、お兄ちゃんが来たからね」
抱き抱えられた感触は、ずっと変わらない。
血が流れて冷えた身体は、彼の身体に触れると同時、沸騰しそうなほどの暖かさを持つ。
「――お兄ちゃん」
「ごめんね、遅くなった。
……後はお兄ちゃんに任せればいいから」
そう語る兄さんの声は、あのときと同じ怒気を含んでいた。
「可愛い妹に手を出したんだ。
どうなるかは分かってるな、化け物」