あべこべ逆転異世界で孤児院の頼れるお兄ちゃんになるため奮闘する   作:あに

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19話 お兄ちゃん、戦闘する

 

 森に入るとすぐ、僕の周りには黒い影が集まってくる。

 

 魔獣。

 何年もの付き合いになるこいつらは僕の匂いをすっかり覚えてしまった。

 

「……ここに女の子が来ただろう。

 どこに行った」

 

「ガウッ」

 

 戦いにはならない。

 こいつらも分かっているのだ。

 互いに、命をすり減らす行為は無駄だと。

 

 そのまま数秒、見つめ合った後。

 一際大きい個体が森の奥へ向かって吠える。

 

「……やっぱりそっちか」

 

 声で分かる。

 嘘はついていない。

 

 そのことを確認した僕は黒狼へ軽く一瞥をしてから、視線の先へと走る。

 

 異様に茂る木の枝に肌を切り裂かれ、巨大な根っこに脚を掴まれるも、止まるわけにはいかない。

 

 走って、走って、走る。

 考えることは一つだけ、自らの命よりも大切な一人の少女のこと。

 

 

 そして、僕は見た。

 

 血を流し、巨大な花に身体を吊るされた少女の姿を。

 

 瞬間、僕はまるで爆発したかの如くに身体を飛び跳ねさせて、花弁から伸びるツルを右手で引きちぎり。

 

「もう大丈夫、お兄ちゃんがきたからね」

 

 地へ落ちる彼女をぎゅっと抱き止め、そう呟くのだった。

 

 

 

 抱き抱えたエリスちゃんとともに、僕は一度、近くの木の裏へと隠れ、一息をつく。

 

 危なかった。

 

 あと少しで、取り返しのつかないことになっていた。

 

 そう思いながら、彼女の顔を見ると、様々な感情が頭の中に溢れ出す。

 

 よかった、生きてて、ほんとうに。

 

「兄、さん」

「……ごめんね、怪我の治療は後になる。

 少しだけだから、我慢して欲しい」

 

 エリスちゃんは無事だ。

 怪我は小さくない。

 だけども、命に関わるほどではない、僕の魔法があればなんとかなるはずだ。

 

 それよりも今の脅威は……

 

「単なる植物じゃないな。

 魔獣か、変異種の」

 

 見るのは初めてだけど、話は聞いたことがある。異常発生した魔獣が一晩にして、村を飲み込んだとか、そういう話を。

 

 ただ、その巨大な姿はどこかで見たことがあった。

 

 ……そうだ、僕が初めてこの世界に来たとき、確か、変な花を見た。

 何年も前のことだから、ほとんど覚えていないけど、確かに大きな花が森に生えていた。

 

 おそらく、アレ由来の種なんだろう。

 

 

 ――ここで仕留める。

 

 今はまだ、森の魔獣を殺すくらいだけど、放って置けばどうなるか分からない。

 

 なにより、大事な妹を傷つけられたんだ。

 ここで黙っていたら、お兄ちゃんではない。

 

「……けど少し無茶をしないと、駄目かな」

 

 目の前の魔獣の雰囲気から分かる。

 

 まともにやっては勝てない。

 

「が、が、ああ?」

 

 声にならない奇声が森に響き、耳が破裂しそうなほどに、揺れる。

 反射的に耳を塞ぐも、異形の怪物はまるで僕らを笑うかのように、声をさらに大きくさせた。

 

「うるさいな」

 

 花弁に向かって魔法をぶつける。

 僕が使える最大級のものを。

 

「アア?」

 

 だが、目の前の化け物は僕の魔法を受けても、少しも表情を変えない。

 むしろ、声は大きくなるばかりで、次第に魔法を唱えることもできなくなる。

 

 ……やはり、駄目か。

 

 一度、エリスちゃんのいる木の裏に隠れる。

 太い木ということもあり、少しは音も聞こえづらくはずだ。

 

 とはいえ、長話ができるほどではない。

 

 

「エリスちゃん、目を瞑っていて。

 ……絶対、開けないように」

 

 だから、僕は手短に、彼女に大事なことだけを伝える。

 

「大丈夫。

 お兄ちゃんに任せておけば、大丈夫だから」

 

「……おにいちゃん」

 

 彼女を強く抱きしめ、耳元でそっとささやく。

 

 エリスちゃんはよく理解できていないようだけど、でも僕の顔を見て、わかってくれたようだ。

 

 僕は目を閉じたエリスちゃんの身体を離し、そっと、木の横に立てかける。

 

 ……これでいい。

 あの化け物を殺すには、こうするしかないのだ。

 

 そして、そのまま。

 僕は、轟音を響かせる化け物のもとへと歩き出し。

 

「終わりだ」

 

 ――自らの眼帯へと、手をかけた。

 

 

 ……六年ものの呪いはあの黒狼たちにかけられたもの。僕の身体を蝕むソレは、いつの日か失った右目の元へ集まった。

 

 眼帯を取れば、呪いは放出され、視線の先の生物へと襲いかかる。

 

 一瞬のうちに、辺りの草が溶け、木が折れ、花が枯れ落ち。

 

 

 再び眼帯を身につけたとき、轟音を放つ花弁は地へと伏せていた。

 

 

 

 化け物は死んだ。

 

 けれど、代償は少なくない。

 

「――おえっ、はぁ、はあ。

 やっぱ、駄目だな、これ」

 

 大量の黒い血が、喉の奥からこぼれ出す。

 何の血かは分からない。

 身体の中で呪いが暴れている。

 

 脅威は、去った、けど。

 

「死ぬ、かな。これ、げほっ」

 

 目を使ったのは、これが初めてじゃない。

 だけど、今回は、やりすぎた。

 あの化け物を殺すには、仕方なかったとはいえ、まずい。

 

「いや、ダメ、だ、せめて、エリスちゃんは」

 

 目が見えない。

 視界が黒く染まって、自分がどこにいるかすら分からなくなる。

 

 僕は微かに聞こえる彼女の音だけを頼りに、歩いた。

 ふらふらと、身体中から噴き出す血を垂らしながら。

 

「にいさん」

 

 そのとき、声がした。

 

「このまま、一緒に死にましょうか。

 にいさん」

 

「――え?」

 

 それは、間違いないエリスちゃんの声。

 

「もう、脚が動きません。

 それに、あの狼たちは、さっきからずっと、こちらを見ています」

 

 だけど、彼女の声はまるで諦めたかのように、暗いもので染まっていた。

 

「ごふ、だ、だめ、だよ。

 きみ、は、いきないと」

 

「いいんです。

 兄さんと一緒なら、わたしは、それで」

 

 そう言われると同時。

 限界を迎えたのだろう。

 僕の身体は地へと落ち、頭が固い地面にぶつかる。

 

 脚も、もう動かない。

 だけど止まるわけにはいかない。

 

 僕は身体を無理やり這わせて、声のもとへと向かう。

 ミミズみたいに、泥まみれになりながらも、ひたすらに前へと進んで。

 

 彼女の足へと手を伸ばし、呟く。

 

「だいじょうぶ、お兄ちゃんがいるから」

 

 辺りからは魔獣の声が止まない。

 黒狼どもは気付いたのだろう。

 あの化け物が死んだことを。

 

 ……だから、せめて、エリスちゃんだけは逃してあげるんだ。

 

「――キミは、殺させない」

 

 肩代わりの魔法。

 今のボロボロの僕でも使うことができる唯一の魔法。

 

 それを、血の滴る彼女の足へと唱える。

 

 

 瞬間、身体中を沸騰するほどの激痛が襲った。

 

「ぅ、あ、やっぱ、きついな、これ」

 

「――駄目、駄目です、兄さんっ!

 なんで、いいんです、わたしは、もうっ!」

 

 エリスちゃんの声は、もう、よく聞こえない。

 僕はただ、朦朧する意識の中、詠唱だけを続ける。

 

「やだよっ、一人に、しないでよっ、おにいちゃん」

 

 顔は見えないのに、彼女がどんな顔をしているのか自然と分かった。

 

 だから、僕は最期に、彼女の頭に手を伸ばし。

 

 ある言葉を、伝えようとする。

 

 

 

 ――けれど、そのときだった。

 

「ヒーリング」

 

 空気を裂くような駆ける音が聞こえると同時に。

 

 詠唱が聞こえた。

 それは僕の粗悪な魔法とは違う、本当の魔法。

 

 治癒魔法。

 

 瞼を開ける。

 目が、見える。

 血で汚れてはいるけど、確かに見える。

 

 次の瞬間、僕の目に入った人物。

 

 それは見覚えのある猫耳を頭に携えた鎧の騎士。

 

「レジー、さん」

 

「お怪我はありませんか。レイト様」

 

 

 分からない。

 なんで、彼女がここにいるのか。

 

 そんな、僕の疑問は次に聞こえた声の主によって、明らかになる。

 

「――あら、主人が従者を守るのは当然でしょう?」

 

 気品に溢れた華麗な声。

 それを放つ人物は一人しかいない。

 

「ライデル家の庇護に入るんです。

 ふふっ、このくらいは普通ですよ」

 

「……その指輪は位置情報が送られますから。

 グレース様の悪癖ですが、まさか、こんなことになっているとは」

 

「まったくです。

 私はただ、飼い猫を捕まえにきたつもりだったのですが……」

 

 ライデル家当主、グレース。

 彼女は濡れた髪の毛をそのままに、僕の目の前に立っていた。

 

「レジー、二人を抱えて孤児院へ。

 魔物は私がどうにかしましょう」

 

「はい、グレース様」

 

 正直、状況はよく理解できていない。

 頭も身体も、もう限界だ。

 

「にいさん、これはどういうことです」

「……あはは、説明はまた後でね」

 

 でも、今はとにかく笑おうじゃないか。

 大好きなみんなと、また一緒の時を過ごすことができるのだから。

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