あべこべ逆転異世界で孤児院の頼れるお兄ちゃんになるため奮闘する 作:あに
私は卑しい女です。
「レイトさん。
私はご飯の用意をしてくるので、子どもたちを頼んで良いですか?」
「はい、わかりました。アリアさん」
「レイト兄、こっち来てよぉ」
「こら、あんまり引っ張っちゃダメ。
怪我しちゃうでしょ」
子どもたちと戯れるレイトさんに一言呟いて、部屋を後にした私はそんなことを考えてしまう。
――孤児院のシスターなんて、向いてないんですよ。私。
子どもと話すのは苦手ですし、人の世話を焼くなんてもっと無理です。
子どもたちの笑っている顔を見るのは好きですが、時々見せる寂しそうな表情を見ると、胸が潰れそうに痛くなります。
……特に、朝のレイトさんみたいな顔を見てると。
レイトさん、レイトさん。
自分のことをお兄ちゃんって言って、みんなの前では健気に笑うレイトさん。
でも、ほんとは弱くて、泣いちゃって、一人の男の子だって分かってしまうレイトさん。
――あぁ、ほんと、いじらしい。
内面だけでなく、外見ももちろんそうです。
彼の容姿を考えると、良いとこの貴族の婿にでも行けば、それはもう凄い生活ができるに違いありません。
傾国だって、狙えちゃいます。
ですが、私はそれを望みません。
私は、彼を遠ざけたくないのです。
ずっと私のそばで、子どもたちと一緒に生きてほしいのです。
主は、こんな私を見て失望しているのでしょうか。
貴重な資源である男子を独占しようとする私に、天罰を与えようとするのでしょうか。
――でも、この気持ちに嘘をつくことはできません。
思えば、彼と出会った瞬間から、私の運命というのは決まってしまったのでしょう。
私は覚えています。
魔物に襲われて、絶叫しながら、腕を振るっていた彼の姿を。
まだ、十歳の子供です。
普通、逃げようとするでしょう。
戦おうなんて、思うはずがありません。
けれども、彼は戦闘を選びました。
男性なのに、です。
当時の彼は魔法も習得していませんし、死ぬに決まってます。
彼と長いこと一緒に過ごしたから分かります。
レイトさんは、逃げないんです。
どんなことがあっても、必ず。
……少年の危うさが、私を狂わせました。
彼は、私の知る人間で、最も優しい子です。
そんな彼が、このような過酷な運命を背負って良いわけがありません。
正直に言いましょうか。
私は、あの日、神の存在を疑いました。
そして、その疑いは今だに、晴れておりません。
神は、彼を救おうとしませんでした。
身体に残る黒い傷。
神から授かった聖魔術はまるで彼を嘲笑うように傷痕を治そうとしません。
……私は、聖職者として、もう駄目かもしれません。
優しく微笑む彼の表情を見つめていると、我が主のことなんて、頭の隅からも追い出してしまいそうになります。
お風呂で、肌の傷を見て、泣き出してしまうのを堪えて、上を向くレイトさん。
子どもたちの前では、笑ってるけど、夜にそっと、私のそばに来て、肩を預けてくれるレイトさん。
ときどき、私の知らない変な言葉を言っては、申し訳なさげに笑うレイトさん。
もう、ほんと、結婚したいです。
ええ、素直に言いましょう。
好きなんです、彼のことが、私は。
六歳差です。もちろん私が上です。
でも、わりといけるんじゃないかと思ってます。
だって、彼と一番長く過ごしてきたのは、私なんですから。
でも、教会として、姦淫は駄目です。
……彼をそういう目で見たことがあるかと言えば、もちろん、あります。
いや、仕方ないでしょう。
私は卑しい女なのですから。
彼を想って、秘め事をすることもあります。
背徳で頭が壊れそうになります。子どもたちが寝ている裏ですると、余計に。
「レイトさん。
私は、貴方を想っています」
あぁ、ほんと。
やっぱ、向いてなかったんですよ、シスターなんて。
「……我が主よりも、ずっと」
食事の用意を終えた私は、子どもたちのもとへ戻る。
質素な朝食だが、ないよりはマシだ。
最悪、私の分を別に回してもらえば良い。
そう思いながら扉を開けると、随分と楽し気な会話が聞こえてくる。
「兄さんたちの分のご飯。
私が用意しときましたよ」
「ん、そうなんだ。
ありがとね、エリスちゃん」
「いえ、別に早く起きただけなので。
……それより、早く隣来てください」
「あ、待って、まだアリアさんが来てないから」
……まったく、レイトさんにも困る。
いくら子供相手とはいえ、そんな近い距離で話してはダメだろう。
変な勘違いをされてしまったらどうするのだ。
「先に食べていて大丈夫ですよ。
私はお祈りがあるので」
何とも言えない気持ちに襲われながらも、私は冷静に言葉を返す。
「だってさ。
……ね、早く食べようよ、兄さん」
「レイト兄。
私、お腹すいたよっ!」
「……んー、じゃあ、頂きますにしよっか」
心配そうに私を見つめるレイトさんに微笑みかけてから、私は部屋から出る。
……一緒に食べたい気持ちはあるが、お祈りはしないといけない。
これもやめてしまっては、本格的にシスターという職を剥奪されかねない。
「まぁ、最近はわりと忘れちゃってるんですけど」
そう小さく呟いてから、私は礼拝堂へ向かって歩き出した。
この孤児院は正確には教会である。
工事の結果、子供たちの部屋がいくつか追加されているが、もともとの教会としての役割が失われているわけではない。
「少し汚れてしまってはいますがね」
礼拝堂の椅子に座った私は、静かに目を閉じてお祈りを始める。
あぁ、神さま。どうか私めをお許しください。
卑しくてたまらない私の心を清めて、ついでにレイトさんとの仲も進展させてください。
「……何言ってんでしょうか、私は」
こんなときですら、レイトさんの顔が頭から離れない。
むしろ、一人になったせいで余計に彼のことを考えてしまう。
自然と、手が下へと動くのを感じる。
駄目なのに、こんな場所でするなんて、シスターとして、絶対イケないことなのに。
「……んっ、れいと、さんっ」
「――あ、ここにいましたか。アリアさん」
「ひゃいっ!?」
不意に背中から聞こえてきた声によって、修道服の中に入れていた手が引っこ抜かれる。
「な、ななな、なんのようですかっ!?
わ、わたしはお祈りをしていただけですよ!」
「そうなんですか? なんか僕の名前が聞こえた気もしましたが」
「……そんなわけないでしょう。空耳です」
「んー、僕の耳が間違えることはあんまりないんですが。
……気のせいだったんでしょうか」
少し訝し気な態度を取る彼の瞳に、思わず背筋が凍る。
……ば、ばれてないですよね?
「――そ、それよりご飯はどうしましたか。
あの子たちと一緒に食べるのでは?」
話を逸らそうと声をあげる。
よくよく考えたら、なんでここにレイトさんがいるのだ。
あそこから礼拝堂までは、そこそこの距離がある。
私に用でもない限り来ないはずだが……
「ふふっ、子どもたちには無理言って抜けてきました。
後でみんなに、怒られちゃいますね」
「なんでそんなことを?」
「アリアさん様子が変なのでついてきちゃいました。
それに、お祈りは僕も一緒にした方が神さまも嬉しいでしょう」
つまり、私を心配して来てくれたということか。
……あぁ、ほんと、好き。この子。
思わずふわふわとする頭を抑えつけて、私は彼に視線を合わせる。
「そ、そうですか。
えぇ、確かに、神さまも喜んでくれるはずです。
我ら聖協会の主は、男の子に目がないという話ですから」
「アリアさん。
それ、不敬じゃないです?」
「事実なので仕方がないでしょう」
聖書にも書いてある。
我らの主は均等に人間を創った後、男の子だけを天界に連れて行ってしまったのだ。
まったくけしからんことこの上ないが、神さまのしたことなので文句は言えない。
この記述もあって、男の子というのは神聖視され、神の使いとして扱われる。
だからこそ、各地の教会は男の子を欲しがるのだ。
男子の数というのは、教会の力を示すものであるから。
……でも、私は違いますよ。レイトさん。
私は、貴方さえいれば、それでいいんですから。
目を瞑って、真剣にお祈りするレイトさんの顔を見つめる。
彼とお祈りするといつもこうだ。可愛らしい顔ばかりが目に入って、集中できない。
「……ん、もういいですよ。
レイトさん」
お祈りの終わりを告げた私は彼と目を合わせる。
少し、恥ずかしげに微笑みながら、私を見つめるレイトさん。
彼の態度には理由がある。
我ら、聖教会にはある慣習が存在する。
それは、二人でのお祈りの後に行われる、口付け。
神々が人間の安寧を願うために行ったという逸話から来る由緒ただしき儀式。
――嘘である。
これは私が作りだした想像上のものだ。
実際に存在する慣習ではないし、真面目な信徒が聞けば大笑いするような拙い嘘である。
でも、レイトさんはそんな慣習を当たり前のように信じている。
それは、何故か。
私のせいだ。
……いや、その、最初は冗談のつもりだったんですよ。
彼が、聖教会のことを全然知らないとは思ってなくて、与太話のつもりで、話しただけなんです。本当なんです。
でも、レイトさんはすっかり信じちゃって、そういうものだと思い込んじゃってます。
不安です。
だってもしこの先、彼が誰かとお祈りするってなったら、どうです。
お祈り終わりのしんみりとした空気の中、唐突に口づけを迫る男の子が誕生しちゃいます。
そんなの駄目です。
えっちすぎます。姦淫の者です。サキュバスです。
とはいえ、ばらす気にもなれません。
だって、したいですもん。口づけ。
「――あの、レイトさん。
えっと、いい、ですか?」
「ん、はい。いつものですね」
私は彼の頬をそっと指でなぞりながら、顔を近づける。
慣習では、する場所については決まってないことになっている。
だったら、私は――
彼の口元に向かって、ゆっくりと顔を近づけたそのとき。
細い人差し指が、私の唇に触れた。
「ダメですよ、アリアさん。
口にちゅーしたら、赤ちゃんができちゃいます」
「……はい、そうですね」
……あぁ、今日もできなかった。
もう、なんで、そんな勘違いをしちゃってるんですかレイトさん。
少し純粋に育てすぎたかもしれない。
彼は何故か、唇にキスをすると子どもができると思い込んでいる。
聞いたことのない話だけど、彼の態度からするに、本気で思っているのは間違いない。
……うぅ、誰だ、吹き込んだ人は。
「ね、レイトさん。ちょっとだけ、先っぽだけならいいですよね?」
何年も一緒に過ごした家族同士。
唇にキスとか、そのくらいなら、親愛の範囲とか、思ってしまうんですよ、私は。
ね、いいじゃないですか、レイトさん。
「――ん、ダメですよ。
ただでさえ、子供たちでいっぱいなのに、赤ちゃんの面倒なんて見られませんよ」
「ほ、ほっぺはどうですか?」
「口と大して変わんないと思います」
そ、そうなのでしょうか?
「じゃ、じゃあ額は?」
「ん……まぁ、それならいいですよ」
前は手の甲で、今日は額。
この調子で行くと口にできるのはいつになるのだろうか。
少し不満に思いながらも、前髪を上げて額を見せる彼の姿を見ると、そんな感情もすぐに消える。
「い、いきますよ?」
「はい」
震える手を彼の背中に当てながら、白い肌に唇をつける。
頭の中がドクドクと沸騰していく。
背中に当てた手にぎゅっと力を入れると、彼の身体の形が伝わってきて、クラクラと脳が揺れてく。
……あぁ、ずっと、こうしてたいなぁ。
「ちょっと、長いですよ、アリアさん」
「――へあっ!? べ、べつに普通ですよ、このくらい」
彼の言葉で現実に引き戻される。
もう少ししたかったけど、無理強いは良くない。
「そ、それでは戻りましょうか。
レイトさん」
「はい、そうしましょう」
惜しむ気持ちを抑えながら、彼の言葉を聞いて、椅子を片付けていると、ふと疑問に襲われる。
レイトさんが動かない。
どうしたのだろうか。
「その前に、手。
出してください」
「え?」
困惑しながら手を出すと、レイトさんがこちらに歩いてくる。
そして、床に膝をついた彼は、そっと私の手に顔を近づけ、
甘い感触が、肌を襲った。
「それじゃあ、ご飯に戻りましょうか。
アリアさん」
……あぁ、まずい。
これはほんとに、戻れなくなりそうだ。