あべこべ逆転異世界で孤児院の頼れるお兄ちゃんになるため奮闘する 作:しゃふ
「……んぁ、ここ、は」
目を覚ますと同時、窓から眩い光が差し込んで来る。その光は何度も経験したことがある朝の陽光。
「――よかった、帰ってこれたんだ」
二つあるベッドの片方、そこがいつもの寝室だと言うことを確認した僕は、ほっと胸を撫で下ろす。
が、そのとき。
ベッドの中でモゾモゾと動く、とある影に気づいた。
「……ちょっと、なんでベッドの中にいるんです?」
「あら、バレちゃいました?」
グレースさんである。
僕よりも大きな身体であるというのに、彼女はベッドの中でベターっとだらしない様子で寝そべっていた。
「治療の一環ですよ。
治癒魔術は接触がないと使えませんから」
そう言うと、グレースさんは笑みを浮かべる。
……本当かどうかは怪しいけれど、追求してもきっと躱されてしまうだろう。
聞こえた言葉は耳から耳へと垂れ流しながら、僕は彼女へと身体を向け、言葉を放つ。
「あの、ありがとうございます。
助けてくれて」
グレースさんには、色々と思うことがあった。
契約書の件について、恨みとまではいかないかもだけど、騙されたという気持ちはあっただろう。
でも、今の僕が彼女に抱いている気持ちは一つだけだ。
……ほんとに助かった。
彼女とレジーさんが来てくれなきゃ、今頃、僕らは黒狼のお腹の中だっただろう。
その言葉を聞いたグレースさんは、少しの微笑みとともに手を伸ばす。
「礼はいいですよ。
それより、身体の方は大丈夫ですか?」
彼女の手が傷口に触れると同時、ビクッと身体が動く。
……痛かったわけではない。
ただ、傷口に触られるという行為に少し、怯えてしまっただけだ。
そんな僕の姿を見たグレースさんは慌てて手を引く。
見ると、顔には汗を浮かべていた。
……この人のこういう顔を見るのは初めてだな。
「身体は大丈夫です。
昔から、それだけが取り柄なので」
「……そうですか」
言葉を吐いた後、僕たちの間には少しの静寂が流れる。
互いに、今回の件について考えることが多いのだろう。
どちらのせいというわけではないけど、もうすぐで人死にが出ていたのだ。
センシティブになるのも、仕方がない。
そんな中、静寂を破ったのはグレースさんだった。
「まったく、リリィと共謀するなんて。
おかげで屋敷は滅茶苦茶ですよ」
彼女は先ほどまでよりわざと口調を明るくして、僕へと語りかける。
「それはごめんなさい。
えと、二人はどうしました?」
「反省を込めて、お留守番です。
とはいえ、残してきた騎士たちが二人を抑えられるとは思えませんが。
まったく、なんてことを教えてくれたんですか」
「あはは……今度、二人と会ったときに話しておきます」
リリィちゃんとアリスちゃん。
二人について話していると、次第に僕らの間のわだかまりも溶けていく、そんな気がした。
二人には、色々と感謝しないといけない。
……いや、アリスちゃんに関しては勝手に計画に乱入してきただけなんだけどね。
僕はそのまましばらくグレースさんと話していた。
だけど、彼女は貴族の主ということで多忙である。
ついでに僕自身も病み上がりだ。
あまり長話はできない。
それでも話を続けていると、ついにレジーさんがやってきて、とうとう場はお開きとなった。
けれど、その最後。
不意に、グレースさんが僕に向かって言葉を告げた。
「――命令です。
しばらくはここで療養しなさい」
「え?」
「契約については今度話し合いましょう。
……また、こんなことになっては困りますから」
「素直に心配だからと仰ってはどうですか。
グレース様」
「ん、飼い猫の癖に生意気ですよ、レジー」
そう言ってから、グレースさんは僕の頭にポンと手を置き、寝室から出ていく。
その手の感触は僕自身、よく見知ったものであり。
……心配してくれてるんだな、と素直に感謝するのであった。
彼女が出ていってすぐ、僕の隣のベッドから一つの人影が姿を表す。
「……あ、起きた?
エリスちゃん」
「ずっと起きてましたよ」
エリスちゃんである。
僕と同時に孤児院へ運ばれたであろう彼女だが、見たところ、凄く元気そうである。良かった。
「誰なんです、あの女の人」
彼女はこちらのベッドへと足を踏み入れると、僕の肩を両腕で掴んで、そう呟く。
その声はエッジの聞いた鋭い声。
顔を見てみると、ぷくっと膨れ上がった頬が実に可愛らしかった。
……肩にかかる力は全然可愛くなかったけど。
「た、ただの職場の人だよ。
ほんと、それだけ」
返答を間違えたら、またベッドで眠ることになりそうだ。
僕は慎重に彼女の言葉に答える。
「職場ってなんです、そしてなんでその人がここに来たんです。なんで同じベッドで寝てたんです」
「さ、最後のは僕も知らな……いたたたっ!
わかった、わかったから、ちょっとストップ!
お兄ちゃん、今内臓に三個くらい穴空いてるからストップ!」
ようやく、込めた力を弱め出したエリスちゃんに対して、僕は昨日までのことについて説明する。
お金がなくて、働きに行く必要があったこと。
グレースさん達は、決して悪い人ではないこと。
みんなに黙って出ていって、申し訳なかったということ。
その全てを、エリスちゃんはじっと黙って聞いていた。
……怒ってる。
ぜったいおこってる、この子。
ぎゅっと離れない彼女の腕に震えながら、僕は少しでも話題を変えようと、彼女に問いかける。
「そ、それでさ。
僕からも質問があるんだけど、良い?」
「……なんです」
「――アリアさんはどうしたの?」
これは僕自身、気になっていたことだ。
ここに運ばれてきてから、僕は彼女の姿を一度も見ていない。
……普段の彼女なら、血相を変えて泣きついてきそうなものだけど、どうしたんだろう。
そんな疑問に対して、エリスちゃんが言葉を返す。
「兄さんが出ていってすぐ、教会の方へ出張が入ったそうなんです。
急に忙しくなったみたいで」
「そっか、そうだったんだ」
そういえば、グレースさんからも一度聞いた。教会の本部が今、忙しくなっているって。
……あんな見た目だけど、アリアさんってお偉いさんだし、呼ばれるのも不思議ではないか。
にしても、まさか。
僕がいなくなるのと出張が重なるなんて。
……やっぱりちゃんと、説明すべきだった。
そう思って、ため息をついた僕に対して、エリスちゃんが顔を近づけてくる。
ん、なんだ? と顔を上げてみると。
……彼女の顔は変に紅潮していた。
風邪でも引いたのか、というほどに真っ赤に染まった顔を見て、僕は思わず心配して声をかける。
「エリスちゃん?
大丈夫? もしかして、まだ怪我の影響とかが……」
彼女は何も言わない。
ただ、その顔をさらに近づけるだけで、声を放つことはない。
そして、互いの鼻先が触れ、目と目がくっついてしまうほど、近づいたときだった。
彼女が、僕の右耳へと口を向ける。
「――あの、にいさん、今日の夜なんですが」
そう彼女が言いかけた瞬間。
――突如、寝室のドアがバタンッという大きな音ともに弾き飛ばされた。
「おにいちゃんっ!」
思わず飛び上がり、顔を離した僕たちに対して、言葉をぶちまける存在。
……それは僕の第二の命ともいえる少女たち。
「みんなっ!!」
可愛い妹たちであるっ!
「おにいちゃんっ!!」
言葉は要らない。
僕は飛びかかってくる彼女たちを思いっきり抱きしめようと手を伸ばす。
……が。
「お兄ちゃんのばかーっ!!!」
「いたたたっ!!?」
抱きしめようと差し出した腕は、彼女たちの小さな身体によって、へし折られるほど強く引っ張られることになった。
同時、飛びかかってきた一人の少女は僕の頭をポカポカと殴打、さらに一人は頭突き。
先頭に立っていたニーナに至っては服の中に潜り込んでガブリと噛みつきである。ひどい。
どれも子どもの悪戯レベルとはいえ、病み上がりの僕の身体にはきついたたたたっ!!
「……と、とりあえず、みんな。
お兄ちゃんを叩くのはやめないかい?」
「だめっ! 悪いのはお兄ちゃんなんだもんっ!」
「あいたたたたっ!
あ、ちょ、そこはだめっ!
お兄ちゃんの大事なとこだからぁっ!!」
本格的にまずいところを噛みつかれそうになった僕はニーナの身体を手で掴んで上に持ち上げる。
まるで赤子をあやしているような姿だが、僕としては必死の行為である。
――そう思って、ニーナの顔を覗いたときだった。
僕は気づく。
空中から、自らのお腹へと落ちる水滴の正体を。
……彼女は、泣いていた。
いや、ニーナだけじゃない。
いつのまにか、その場にいた全員が涙ぐんで、僕の元へと寄っていた。
「……うぅ、おにいちゃん、もう、どこにもいかないでよぉ」
「レイトお兄がいないのやだよ。
みんな、いっしょがいいよ」
「わ、わたし、も、やだよ」
彼女らのか細い声が聞こえるたび、僕の心臓は震え、目の奥からは、涙が溢れそうになる。
「ごめん、ごめんね、みんな。
黙って出て行っちゃって」
エリスちゃんも、ニーナも、みんな、一緒だ。
これからはずっと、離れたりはしない。
そう心に強く決めながら、僕は彼女たちと一緒にしばらく、顔を濡らすことになった。
こうして、僕は孤児院へと帰還した。
怪我の治療が癒えるまで、という枕詞こそつくものの、グレースさんの様子を見るに多少の我儘は聞いてくれそうだ。
……けど、一つだけ、心配なことがあるとすれば。
「アリアお姉、いつ帰ってくるのかなぁ」
未だに姿を見せない彼女のことだった。