あべこべ逆転異世界で孤児院の頼れるお兄ちゃんになるため奮闘する 作:あに
「うわーんっ!
高くてこわかったよぉ! レイトお兄っ」
「……ニーナ、自分で隠れといてそれを言うのはどうかと思いますよ」
エリスちゃんと一緒に物置からニーナを回収した僕は、飛びついてくる彼女の身体をそっと抱いてあげた。
いわゆるお姫さま抱っこというやつだな。
お兄ちゃん生活が長いと、この抱き方にも違和感がなくなってくる。
ニーナの身体は相変わらず軽い。
ふふっ、まだ六歳なのだから当然か。
「エリス姉は黙っててっ!
というかなんでお兄と一緒にいるのっ!
なんか二人とも私を放って変な声だしてたしっ!」
「あ、聞こえたの?
……まぁ、結構声大きかったし仕方ないか」
そんなことを思っていると、ニーナに例の声の件を詰められだす。
いやまあ、べつに後ろめたいことはしてないからいいんだけ……ちょっと、エリスさん。
何でそんなモジモジし始めてるの。
「んっ、何もしてませんよ。
私と兄さんは、なにも」
「じゃあなんで手繋いでたのっ!」
「それは、だって、兄さんが強引に……」
「しれっと記憶改竄するの辞めようね、エリスちゃん」
そう言った後、僕は腕に抱いたニーナの手に軽く指を絡ませる。
「お兄ちゃんの手はみんなのものだからね。
ニーナもいつでも握っていいんだよ」
「――! うんうん! にぎるっ!」
言葉とともに、手の甲に温かい感触が伝わる。
ちっちゃな手は僕の手をぎゅっと包み込んで離そうとしない。
仕方ないので、僕はその状態のまま、物置の出口へと歩き出す。
「……浮気ですか。兄さん」
その途中、エリスちゃんに背中を叩かれる。
……ほほう、なんともおもしろい反応をしているじゃないか。
「――お、嫉妬してる? エリスちゃん。
いやぁ、お兄ちゃんモテモテで困っちゃうなぁ。えへへ」
僕はからかうように、彼女に笑みを見せる。
すると、
「ちょちょ!? 背中は無理だって、お、おもい――」
「重くないです」
エリスちゃんが僕の背中に向かって飛びかかってきた。
年の差があるとはいえ、たった三歳だ。
体格自体には、そこまで差はない。
振り解こうにも絡みついたエリスちゃんの身体はピクリとも動こうとしない。
「お、お兄ちゃんパワーを舐めるなよ。
二人とも、このくらい、余裕、だ……」
「頑張れーっ! レイトお兄」
「兄さん、ファイトです」
ひ、人の気も知らず、に……
腕にニーナ、背にはエリスちゃん。
聞いてる分には楽しい光景かもしれないが、当事者の僕はヘトヘトだ。
なんとか物置を脱出した僕は二人を地面に降ろして、かくれんぼを再開した。
大体、二時間くらいだろうか。
いい感じに楽しんでもらえるように見つける順を調整しつつ、最後の一人を発見した僕はみんなを一つの場所に集めて呼びかける。
「これで15人。
ということで、今日はお兄ちゃんの勝利であるっ!」
「うー、また負けたぁ。
オニのお兄ちゃん強いよぉ」
「そうだそうだっ!
手加減してよっ、鬼お兄!」
「ふふっ、お兄ちゃんは何事にも手を抜かないのだ。
悔しかったら今度は別の遊びでリベンジするのだよっ」
さて、まだ晩御飯までは時間がある。
子どもたちもまだまだやる気みたいだし、次は何をし……
――そう、思ったときだった。
知らない足音が、僕の耳に入る。
誰だ。この音?
「……エリスちゃん。みんなを見ていて。
絶対、動かないように」
「――えっ、あっ、ちょっと。
兄さんっ! どこにいくんですかっ!」
僕は耳に捉えた音の正体を見つけに走り出す。
位置は近い。
間違いなく、孤児院の敷地内にいる。
アリアさんに声をかけようとも思ったが、何かあってからじゃ遅い。
僕は一人で音の方へと駆け出した。
たどり着いた場所は礼拝堂の裏。
僕はその物陰にガサガサと動く影を発見した。
「――そこにいる人間。
今すぐ出てこないと、命の保証はしない」
僕は眼帯に手をかけつつ、人影に向かって声をぶつける。
……これはあまり使いたくない。
だけど、子どもたちに危険が迫るなら出し惜しみは駄目だ。
「今から三秒数える。
それまで出てこなかったら、酷い苦痛を味わうことになる。
――いいな」
僕は無機質に数字を数え始めると同時、ゆっくりと眼帯を上に持ち上げ始める。
一つ数える。影は動かない。
二つ数える。影が一瞬、ピクリと動きだす。
――そして、三つ目を数え終えようとしたとき。
「ぁ、うぅ、ご、ごめんな、さい」
この状況に実に似合わない、幼さを秘めた声が僕の耳に入りこんだ。
「……へ?」
反射的に右手が落ちて、眼帯が元の位置に戻りだす。
次の瞬間、僕の左目が捉えたものは、想像していたものとはまったく違うものであった。
そう、それは愛らしさを備えた……
……子ども?
待て、そうなると、これは。
僕の頭の中にとある可能性が巡りだす。
「――あ、あれ?
も、もしかして、遊びに来てくれた子?」
そうだとしたら、僕の今までの態度は――
「う、ぅ。かってにはいって、ごめんなさい」
瞬間、大粒の涙が地面を濡らす。
それは間違いなく、目の前の少女が零しているものであり、ぐしゃぐしゃに嗚咽する彼女を見た僕は、
「あっ、いやっ!? だ、だいじょうぶだから!
あぁっ、な、泣かないで――」
慌てて少女のもとへ駆け寄り、その身体を抱きしめる。
「ごめんね。怖いこと言って。
うぅ、お兄ちゃん失格だよね、こんなの」
やってしまった。
あぁ、子どもを泣かせるなんて、お兄ちゃんとして一番やっちゃいけないことなのに。
僕はそのまま、彼女を抱き続ける。
これが正解なのかは分からないけど、でも、動揺しているのもあってこんな方法くらいしか、泣き止んでもらう方法が思いつかない。
こうして、僕はしばらく小さな来訪者と一緒にくっついていた。
「お、落ち着いてくれた?」
「う、ぅん。もう、だいじょうぶ、だもん」
まだ少し赤い瞼を拭いながら、目の前の少女が答える。
……良かった。
あのまま泣いたままだったら、僕まで泣いちゃうところだった。
改めて、彼女の外見に目をやる。
すると、あることに気づく。
――この子、良い服を着ているな。
まるで、どこかの地主や貴族のボンボンが来てそうな煌びやか装飾。
そこから考えると、間違いなく農村から来た子ではない。
……んー、街から来た商人の子どもか?
いや、それにしては幼すぎるような気もする。
商人の子となれば、かなり厳しい教育を受けるだろうし。
気になった僕はその子の脇を持ち上げて、ひょこっと宙に浮かせる。
「えっと、君はどこから来たのかな?」
「……ひっ、そ、それは」
「ん、ごめんね。
怒ってるとかじゃないんだ。ただ、迷子だったりしたら困っちゃうから」
少し答えづらそうに口を横に向ける彼女だけど、何度か高い高いをしてあげるうちに、その顔は明るく染まっていく。
「村の方からだと少し離れちゃってるよね。
んー、街の方がな?」
「……な、ないしょ、だもん」
少し、態度が軟化したな。
それに今の答え方。ニーナが悪いことをした後、誤魔化すときの声色に似ている。
街から来た子という推測は合ってそうだ。
「ふふっ、お兄さんに隠し事が通ると思ったら大間違いだぞ」
「ひゃ、ひゃあ」
僕は彼女の身体を抱いて、歩き出す。
ここに置いていくわけにもいかない。
一度孤児院の中でゆっくり話を聞いてみるのがいいだろう。
「兄さん! 黙ってどこ行ってるんですか!
もう、ほんとに、心配したんですから」
途中、エリスちゃんに話しかけられる。
どうやら、いつまでも帰らない僕を探しにきちゃったようだ。
「ごめん、話は後でゆっくりするから。
とりあえず、みんなのこと頼んでいい?
何かあったらアリアさんに声をかけたら大丈夫だから」
アリアさんのお仕事もそろそろ終わる頃だろう。
この子のことを頼むという選択肢もあるが、アリアさんはああ見えて、シャイなところがある。
初対面のこの子相手は少し厳しいだろう。
だが、僕の言葉を聞いたエリスちゃんは露骨に不満気な顔をしている。
……説得が必要だな、これは。
「――今度埋め合わせはするからさ。
んー、そうだね。
……よし、次のお祈りのときはエリスちゃんにもついてきてもらおうかな」
僕は前にエリスちゃんがお祈りに参加したがってたのを思い出す。
アリアさんはまだ若いから駄目だと言っていたが、僕が彼女の歳の頃にはもう参加していた。
だったら、もう大丈夫だろう。
「――二人きりですか?」
「え? 一応、アリアさんも一緒だけど」
「それじゃあ、駄目です。
二人きりじゃないと、許しません」
「……んー、わかった。
どうにかアリアさんを説得してみるよ」
そこまで二人きりにこだわる理由があるのだろうか。
……まぁ、アレか。アリアさんと一緒だと色々恥ずかしいのかな。
一応、母親みたいなものだし。
「じゃあ、そういうことで」
「……あの、ちなみに。
その子は誰なんです?」
別れ際、エリスちゃんに腕に抱いたこの子のことを尋ねられる。
「ん、分かんない。
いつのまにか入ってきちゃってたみたい。
迷子かもしれないから、一度部屋でゆっくり話を聞いてみるつもり」
僕がそう言うと、エリスちゃんが一瞬、微妙な顔をする。
だけど、僕の態度で納得してくれたのか数秒後には「仕方ないですね」と執務室の方に歩いていった。
よかった、わかってもらえたみたいだ。
ちなみにエリスちゃんと話している間、来訪者ちゃんはずっと僕の胸に顔を引っ付けていた。
ふむ。
さては、恥ずかしがり屋さんだな。この子。
ということで、僕は空いている子ども部屋で彼女と対峙する。
「君、名前は?」
「……言わないもん」
「ほう、イワナイモンちゃんか。
素敵な名前だね」
「そ、そんなヘンテコな名前してない!
アリスはアリスって、名前が……あ」
どうやら名前はアリスちゃんと言うらしい。
随分と可愛らしい名前だ。
やはり、良いとこの子なんじゃないだろうか。
「ふふっ、じゃあアリスちゃん。
よろしくね」
「お、お兄ちゃんの名前は、なんなの。
私だけ教えるのは、不公平」
「そうだね。
僕はレイトって言うんだ。
あ、でも呼び方はお兄ちゃんで大丈夫だよ」
名前にこだわりはないが、お兄ちゃんにはこだわりがあるからね。
「……レイトお兄ちゃんは、アリスのこと、怒るの?」
「ううん、そんなことしないよ。
なんで、そう思うの?」
そのとき、急にアリスちゃんの声が低く、震えたものとなる。
「……だって、アリスの家の人、みんな、アリスのこと怒るんだもん」
「そっか」
少し、複雑な家庭環境なんだろうか。
そう思った僕は、一つのことを決める。
「――よし、アリスちゃん。
今日はお兄ちゃんと精一杯遊んじゃおう。
お家のこととかは、その後に考えよう!」
瞬間、顔を明るくするアリスちゃん。
ふふっ、こういうときはいっぱい遊んであげるのがお兄ちゃんの役目なのだ!