あべこべ逆転異世界で孤児院の頼れるお兄ちゃんになるため奮闘する   作:あに

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5話 お兄ちゃん、説得する

「じゃあ、一緒に遊ぼっか」

 

 そう言った僕は、アリスちゃんを膝の上に乗せた。

 大人数でできる室内の遊びというものはあまりない。

 しかし、個々でやる遊びとなれば結構存在する。

 

 その一つが物作り系の遊び。

 例えば折り紙だったり、お絵描きだったりだ。

 

 ただ、この世界の技術レベル的にそこまで大層なことはできない。紙を買うにも結構お金がかかっちゃうし、インクなんてもっとだ。

 長年資金難に苦しんでいる我が孤児院にとっては、少々痛手が過ぎる。

 

 ということで、僕が持ってきたのは裁縫をしたときに余った布切れたち。

 これと糸、ついでに軽い魔法を使って簡単なハンドメイドを行うのである。

 

 

「じゃじゃーん。ほら、可愛いクマさんだよ」

「く、くまさん。はじめてみたっ、ありす!」

 

 およそ十分ほどで作り上げたのは小さなクマのぬいぐるみ。

 この前、森で捕らえた奴をイメージして作ったが、そこそこは良く見える。若干血生臭い見た目をしているが。

 

「ふふっ、作ったやつはアリスちゃんにあげるからね。

 ほら、何かリクエストとかある?

 お兄ちゃん張り切っちゃうぞーっ!」

「え、えと、えとね、アリスのお家ね。

 ネコさんがいっぱいいるの。

 だから、ネコさん大好きなの」

「ほうほう。ネコさんとな。

 よーし、じゃあお兄ちゃんに任せなさい!」

 

 そう言って、僕はまた布切れを持って、手を動かし始める。

 

 それにしてもネコさんか。

 ここら辺では見たことがないけど、街の方にでもいけばいるのだろうか。

 ……一匹くらい分けてくれたりしないかな。

 僕も可愛いネコちゃんの一匹や二匹くらい欲しいよ。

 

 そんなことを考えながら、僕は色んな形のネコちゃんを作りあげていく。

 その度に声をあげて喜ぶアリスちゃんを見るのは、実に楽しい時間だ。

 

 ……いいもん。

 僕にはネコちゃんがいなくても、もっと可愛い妹がいるもんね。

 

 アリスちゃんの頭を撫でる。

 すると、抱えていたネコちゃんのぬいぐるみ達と共に、彼女が僕の胸に飛び込んでくる。

 

「……アリス、ねむたい」

「ん、そっか。

 じゃあ、お昼寝にしよっか」

 

 足を床に伏せて、膝の上に彼女の頭を持っていく。

 膝枕というやつだが、前世の頃からよくやっていたので慣れている。

 

 なんなら、毎日のようにやっているし。

 身体を動かしすぎて疲れちゃったニーナにだったり、お風呂上がりに火照った身体を押し付けてくるエリスちゃんにだったり、何故か僕の布団に潜り込んで寝ているアリアさんにだったり。

 

「じゃ、おやすみね。

 アリスちゃん」

「――んぅ」

 

 そうして僕は彼女と一緒に、しばらく平穏の時を過ごすのだった。

 

 

 

「アリスちゃん。

 起きれるかい?」

 

 時刻は十五時ごろ。

 そろそろ、起きてもらえないと日が落ちてしまう。

 僕は仕方なしに彼女の身体を軽く揺らす。

 

「……んぁ、にゃにぃ、おにーちゃん」

 

 寝ぼけているのか、彼女はふらふらと手を上に動かしている。

 そんな姿を微笑ましくみていると、

 

 不意に、その手が僕の右目、黒い眼帯に向かってゆっくりと伸びてくる。

 

「――取っちゃダメ!」

 

「……ぁ、ぅう」

 

 瞬間、反射的に彼女の手を掴み、大きな声をあげる。

 ……危なかった。

 もうすぐで見られるところだった。

 

 胸を撫で下ろす僕だが、すぐに彼女の顔に視線を向けて気づく。

 まずい、怖がらせちゃったな。

 

「ごめんね。

 怒ってるわけじゃないんだ、ほんとに。

 大きな声出しちゃって、申し訳ない」

「わ、わたしも、ごめんなさい。

 わるいこと、して」

「ううん。ちゃんと説明しなかった僕が悪いから」

 

 僕はそう言った後、右手で軽く眼帯に触れながら呟く。

 

「……んーと、この眼帯の下にはね、とっても悪い悪魔さんが封印されてるんだ。酷い、醜い悪魔さんが。

 見ちゃうと、アリスちゃんの枕もとにその怖い悪魔さんが来ちゃうんだよ」

「……う、とても、こわい」

「そう、とってもね。

 だから、触っちゃ駄目。お兄ちゃんとの約束だよ」

 

 僕は彼女の手を取ってから、「約束」と小指同士を絡ませる。この行為の意味を彼女が知っているかは分からないが、表情的に理解はしてくれてそうだ。

 

 ただ、辺りには重い空気が流れている。

 その空気を払拭するため、僕は声のトーンを一つ上げ、彼女に問いかける。

 

「ね、今度はさ、君のことを聞いてもいい?

 お兄ちゃんもアリスちゃんのことを知りたいからさ」

「――う、うん」

 

 そろそろ彼女のことを聞いておかないとまずい。

 迷子だとしたら、最低でも夜になる前にお家に帰してあげないと家の人が心配してしまう。

 

 アリスちゃんは少し答えづらそうに僕を見ている。

 その姿を見て、僕はじっくりと彼女が話し出すのを待つ。

 

 すると数分後、彼女はようやく口を開いた。

 

「アリス、おっきな家に住んでて、いっぱいの人と暮らしてたの」

 

少し震えた小さな声が僕の耳に入る。

 

「でも、みんなアリスのこと怒ってばっかするから、だから、逃げてきたの」

 

「……家出かぁ、それは大変だね」

 

 彼女の話から察するに、つまりはそういうことだろう。

 

 確かに、上級階級などではよく聞く話だ。

 家の厳しい教育に嫌気が差した子供が出奔して、冒険者や旅商人として家を抜けるのは。

 

 ただ、彼女に関してはまだそんなことを考えるような歳ではない。

 となると、単純に喧嘩して逃げてきたとか、それか意地張って帰れなくなったとか、そういうのの可能性が高そうだ。

 

「みんな酷いの。アリス悪くないのに、意地悪ばっか。

 それに、みんなリリィに構ってばっかなの」

「リリィ?」

 

 ふと、気になる言葉が聞こえた僕は彼女に問い返す。

 

「リリィは、わたしの妹、なの」

 

「――そうなんだ」

 

 その言葉を聞くと同時、僕の心が思わず揺れた。

 ……これはちょっと、見過ごせないな。

 

「……リリィなんて、嫌いだもん。

 それだけじゃない、家にいる人、みんな嫌い。

 ちょっと夜更かししたり、遊びにいったりするだけですっごく怒るんだもん」

 

「それは違う。アリスちゃん。

 ――みんな、心配してくれてるだよ。君のことを」

 

 きっと、今も凄く心配してるんだろう。

 この子の家の人たちは。

 

 こんな良い服を来てたら、人攫いや奴隷商人に狙われかねない。

 それに、家が厳しいのは、彼女への期待だったり、愛情だったりの裏返しでもあるはずだ。

 

 ……なんとか、帰ってもらわないといけないな。

 

 でも、説得は難しいだろう。

 彼女は完全にそっぽ向いちゃってるし、今の状態じゃ家の場所を聞いても教えてくれないに違いない。

 

 いや、そもそもの話、ちゃんと納得させることができなかったら、また似たようなことが起こる可能性も高い。

 

 彼女に必要なのは、理屈じゃない。

 大事なのは気持ち。感情だ。

 

「アリスちゃん。

 僕の話を、聞いてくれるかい」

 

 ――だから、僕は素直に自分の気持ちを伝えることにした。

 

 

「……僕はさ、六年間、家に帰れてないんだ」

 

 この話をするのは、久々だけど。

 でも、決して忘れることはなかった。

 

「家にはアリスちゃんに引けを取らないほど可愛い妹がいてさ。

 すっごく、甘えん坊で僕が隣にいないとすぐに泣いちゃうんだ」

 

 本当の妹とは、もう随分会っていない。

 それどころか、僕は、彼女の顔すら、忘れてしまった。

 

 覚えているのは、その声だけ。

 でも、それすらも、いつか忘れてしまいそうだ。

 凄く、怖くなる。

 

「……お兄ちゃん、泣いてるの?」

 

「――んっ、泣いてないよ。

 へへ、お兄ちゃんは強いからね」

 

 そうは言ったものの、さっきから顔を上に向けてないと喋れない。

 ……今は、泣いてなんていられない。

 

「お兄ちゃんは駄目な奴なんだ。

 妹を心配させるなんて、お兄ちゃんが一番やっちゃ駄目なことだからね」

 

 元の世界がどうなっているのかは分からない。

 でも、あの子が心配しているのは、間違いない。

 分かるのだ。

 直感的に、家族として、兄として。離れていても、彼女のことは。

 

「――だから、君はこんな風に家族を心配させちゃダメだ」

 

 僕は、アリスちゃんの頭を撫でる。

 ……あぁ、ちょうど、このくらいの歳だったな。

 今は、もっと大きくなっているのだろうか。

 

「……君は、お姉ちゃんなんだろう?

 だったら、妹の手本にならないといけない。

 家族っていうのは、そういうものさ」

 

 僕は溢れる体液を無理やり飲み込んで、彼女に向き直す。

 

 今は、この子との時間だ。

 感情的になるのは、後にしよう。

 

「……でも、わたし、リリィに、嫌われちゃった、もん。

 いっぱい、喧嘩しちゃったもん」

 

「――大丈夫。何かあったらお兄ちゃんに言えばいいんだよ。

 ふふ、可愛い妹二人を仲直りさせるなんて、お兄ちゃんにかかればちょちょいのちょいだからね」

 

 そう言った後、僕は床に置いていた布切れの一つを手に取る。

 

「君にプレゼントをあげよう」

 

 手に取った布切れは綺麗なピンク色。

 あの子が一番好きだった色だ。

 

「――このリボンはね、昔、妹に作ってあげたやつなんだ。

 小学校……あ、貴族学校とかとは違う。

 少し、不思議なとこに通ってたんだけどね」

「……うん」

 

「そこの授業でさ。

 家族にプレゼントを手作りするってのがあったんだ。

 それでお兄ちゃんが作ったのが……」

 

 何度も作ったことがあるから慣れている。

 僕はいつもの手つきで糸を動かし、一つのリボンへと作り上げる。

 

「――このリボンなんだ」

 

 作ったリボンを彼女の頭に、ゆっくりと乗せてあげると、彼女の表情が少し、朱色に染まった。

 

「うん、可愛い。

 これをつけて帰ったら、みんなアリスちゃんにメロメロだね」

「――うん」

 

 アリスちゃんの表情はさっきまでと違って、凛とした目つきへと変わっている。

 ……ちゃんと、分かってもらえたようだ。

 

「あ、あの、お兄ちゃんっ!」

 

 ――そのとき、彼女に背中をひょいと摘まれる。

 

「も、もう一個、作って」

「え?」

 

「リリィにもあげないと、駄目だから」

 

「……アリスちゃん」

 

 そして、僕は彼女の言葉を聞いて、ゆっくりと微笑みを見せた後。

 

「――100点だ」

 

 もう一つのリボンの製作に取り掛かった。

 

 

 こうして今日ここに、頼れるお姉ちゃんのアリスちゃんが誕生した。

 ……あ、その陰にはスーパー頼れるお兄ちゃんがいたことも、忘れないでね?

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