あべこべ逆転異世界で孤児院の頼れるお兄ちゃんになるため奮闘する   作:あに

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7話 お兄ちゃん、勧誘される

 

 アリスちゃんとの一件があった数日後。

 僕は、珍しく朝から村の方へ遊びに行った子供たちを見送ってから、部屋で事務仕事に精を出していた。

 

 この孤児院は一応聖教会の所有物ということになっている。もちろん、運営の権限とかはアリアさんに委ねられているけど、完全に自由というわけではない。

 お金の出入りとか、子どもたちへの教育内容とか、そういうのは逐一、教会本部へと報告する必要があるのだ。

 

 そんなこんなで僕は現在、今月の帳簿を確認していた。

 記録の方はアリアさんに任せているけど、わりとおちゃめさんなので忘れてることもあるのだ。

 ま、今月は大丈夫そうだけど。

 

 ……ただ、一目見て分かることがある。

 

「やっぱりお金、足りないなあ」

 

 支出の方に偏った文字を見ていると、思わずため息が漏れてしまう。

 ……仕方ないことではある。

 子どもたちも大きくなってきて、食費や教育費もかなりかかるようになってきた。

 

 もう少しすれば自由を求めて、独り立ちする子もでてくると思っていたけれど、今のところ、最年長のエリスちゃんですら、そんな感じはまったくしない。

 

 ……となれば、まだまだお金が必要だ。

 

 まともな稼ぎが村からの寄付と、教会本部からの少ない補助金しかないことを考えると、本格的に経営が不味いことは分かる。

 

 まぁ、分かっててもそれを脱却する手段は思いつかないんだけど。

 

「今度、アリアさんに相談しないとな」

 

 そんなことを呟いてから、僕は部屋を出る。

 仕事ばかりで少し疲れた。

 一度、外の空気でも吸ってこよう。

 

 

 

 ということで、庭に出た僕なんだけど。

 

 ――そこにはある人が待ち構えていた。

 

「おおっ、レイト様。

 良かった。いらっしゃいましたか」

「あれ、レジーさんじゃないですか」

 

 モフモフな猫耳を揺らしながら僕に近づいてくるのはライデル家の騎士、レジーさんである。

 思わず触れてみたくなる魅惑を頭に乗せている彼女だが、その格好は以前の鎧姿ではない。

 

「今日はお休みなんですか?」

「いえ、そういうわけではないです。

 ただ、あの格好だと子どもには怖がられてしまうので……」

 

 レジーさんはそう言うと、少し困ったように微笑んだ。

 

 ……経験したことがあるんだろうな、たぶん。

 

 まぁ、確かにここら辺は平和なとこだし、ああいう物騒な格好はあまり受けが良くないだろう。

 

「それで、今日は何の用ですか?

 またアリスちゃんが脱走でもしちゃいました?」

「ふふっ、お嬢様は良い子に暮らしてますよ。

 最近はリリィ様にべったりです」

「お、そうですか。

 それはそれは、ほんと良かったです」

 

 ちょっと心配してたけど、きちんとお姉ちゃんが出来ているようで安心した。

 

 今度、遊びに行ってあげよう。

 いつもお姉ちゃんをしてたら疲れちゃうだろうからね。

 

「あれ、じゃあ何でレジーさんはここに……あ、そういや言ってましたか。今度、孤児院に来てくれるって」

「はい。そういうことです」

 

 レジーさんは僕の言葉に頷きながら、そう答える。

 

 街の方からここまで、魔法がなければかなりの距離があるというのにご苦労なことだ。

 ……何のもてなしもないのが申し訳なくなってくるな。

 

「お茶菓子の一つでも用意できたら良かったんですが、あいにく貧乏暮らしのもので……あはは、すみません」

「いえ、大丈夫です。

 ……むしろ、お礼をさせていただくのはこちらの方ですから」

 

 頭を掻きながら言う僕だけど、彼女はその言葉をまるで気にしないように、首を振る。

 

「アリス様を保護していただき、本当に感謝しております。

 ……我々には出来なかったことですから」

「いえいえ、お兄ちゃんとして当然のことをしたまでです」

 

 そう言ったレジーさんの表情には、少し複雑な想いが見えた。

 

 ……彼女自身、アリスちゃんが逃げ出したことには思うことがあるのだろう。

 

 教育係に近い立ち位置の彼女からすると、自分のせいでアリスちゃんが縛りつけられていると、そういうことを考えているのかもしれない。

 

 実際、貴族の娘となれば相当厳しい指導を受けているはずだ。

 アリスちゃんが逃げ出してしまうのも、無理はないのだろう。

 

 

 ――でも正直な話を言うと。

 

 僕はアリスちゃんは恵まれている子だと思う。

 

 貴族の生まれとなれば、食べ物や住む場所に困ることなんてない。

 魔獣を狩りに行って、汚くて不味い肉を食べる必要もなければ、嫌な音が響く森の中で眠る必要もないのだ。

 

 ……それになにより。

 

 彼女には、本当の家族がいるのだ。

 少し厳しいかもしれないけど、でも本気で彼女のことを想ってくれる家族が。

 

 親に捨てられて、食べる物もなく、魔獣の寝床で踏みつけにされていた少女たちを見てきた僕は、どうしてもそう思ってしまうのだ。

 

 けど、別にアリスちゃんが悪いわけではない。

 もし、僕が彼女の立場に生まれていたとしても、きっと同じように悩んでいただろう。

 

 だから、必要なのだ。

 誰かにとって辛いことがあったとき、ある人から見たら、それがどんなに些細なことであったとしても、平等に支えてくれる存在が。

 

 ――そんな存在になれたら、僕はとても幸せなことだと思う。

 

 

「……レイト様? どうかなさいましたか?」

「ん、あぁ、すいません。

 少し、考えごとをしちゃいました」

 

 レジーさんの声を聞いた僕は、ごちゃごちゃとした頭の中を引っ込めて、彼女に軽い笑みを浮かべる。

 

 ……ちょっと、自分の世界に入りすぎた。

 ああいう真面目なことばかり考えていると、つい、暗くなってしまう。

 

 まだお昼なのだ。

 レジーさんもいる事だし、ここは明るく振る舞うのが得策だろう。

 

「アリスちゃんのことは気にしなくていいですよ。

 あれくらいの歳の子なら、ちょっとお転婆なくらいが可愛いですから」

 

 僕は一つトーンを上げた声で彼女に言葉を浴びせる。

 しかし、それに対してレジーさんから返ってきた言葉は、懐疑的なものだ。

 

「――そうでしょうか。

 一つ下のリリィ様は、立ち振る舞いも、発言も既に、我らライデル家の人間として成熟なさってるというのに……」

 

「……そういう比べるようなことを言うのはやめてあげてください。

 アリスちゃんにはアリスちゃんの良いとこがあるんですから」

 

 レジーさんの言葉を遮った僕は彼女の顔の前に手を伸ばす。

 こういうとこも、アリスちゃんが逃げ出した原因なんだろう。

 

 僕の仕草を見たレジーさんは、ハッとした顔の後、静かにため息ついた。

 その態度は自分を卑下するようで、俯く瞳には暗い感情が宿っている。

 

 そう思ったときだった。

 

「やはり、貴方様が相応しいのでしょうね」

 

 レジーさんが大地に向かって吐き捨てるように言葉を放つ。

 

「レイト様。

 一つ、お話があります」

 

 彼女の声は実に真剣そうである。

 思わずピンと背筋を伸ばした僕は彼女の言葉を待つ。

 

「ですが、まずは礼儀として。

 我ら、騎士による敬意を示さなければなりません」

 

 彼女は片膝を地面につけ、僕に向かって手を差し出す。

 これは、アレだろう。

 先日も、街でやったアレだ。

 

 ……そのことを思い出した僕は差し出された左手へとゆっくりと、視線を落として。

 

 

 ――数分のときが経った。

 

 ん、ちょっと、時間かけ過ぎだねこれ。

 

「……あの、レイト様。接吻は、しないのですか?」

「いや、前回の反応的にしないのが普通っぽいので。

 それに、なんか真面目な流れっぽかったじゃないですか」

「い、いや、そうなのですが。

 その、少しは期待していたといいますか」

 

 ……この流れでアレをやるのは少々気が引けるんだけど。

 ちょっと、変な空気になっちゃいそうだし。

 

「……いえ、しましょう。ここは。

 我ら騎士の礼儀として、手を差し出されたときはその手に向かって接吻をすることになっています」

「ほんとに?」

「ほんとですとも」

 

 ただ、レジーさんの言葉は至って真面目そうだ。んー、仕方ない。

 騎士の礼儀なんて言われたら、従うしかないか。

 

 僕は彼女の手を取り、ゆっくりと顔を近づけ。

 

 ――そっと、唇をつける。

 

「ふ、ふふっ、ありがとうごさいます。

 レイト様」

「えぇ、そうですね。はい」

 

「……」

 

 ほら、やっぱ変な空気になったじゃんっ!

 

 そんなツッコミを頭に浮かべながら、猫耳をぴょこぴょこと動かすレジーさんの顔を見つめる。

 

 結局、彼女が話を元に戻したのは数分後のことだった。

 

 

「それでは、本題に入りましょう」

 

 真面目そうな顔で語るレジーさんだが、先ほどまでの真っ赤な顔を覚えているため、実に説得力がない。

 

 ……しかし、僕のそんな考えは彼女が放った言葉によって掻き消されることになる。

 

 

「――どうでしょう。レイト様。

 我らライデルの一員になっていただけませんか?」

 

「……え?」

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