あべこべ逆転異世界で孤児院の頼れるお兄ちゃんになるため奮闘する 作:あに
「――どうでしょう。レイト様。
我らライデルの一員になっていただけませんか?」
「……え?」
そんな言葉を聞いた僕は、思わず身を固めてしまう。
反射的に彼女に視線を合わせた僕に対して、毅然とした態度で応対するレジーさんの表情は、実に真剣なものだ。
その瞳を見ると、今の言葉に嘘偽りがないことは容易に分かる。
「アリスお嬢様は、貴方のことを大層気に入ったようです。
最近は毎晩、貴方の作ったぬいぐるみに囲まれて寝ていますから」
「それは、良いことですが……」
少し表情を緩めるレジーさんだが、目の奥にあるギラつきは消えることなく、僕を見つめていた。
「役職としては、お嬢様の教育係になります。
……ですが、我が主は貴方がそれ以上に、私たちの家に根付くことを望んでいます」
教育係。
言ってみれば家庭教師のようなものなんだろうか。
確かに、よく聞く話ではある。
家の外から呼んだ魔術師だったり、剣士だったりに自らの娘を教育させるというのは。
「待遇は言い値を出しましょう。
――どうか、お考えてください」
……ただ、僕という人間にそこまでの価値があるのかは疑問だけど。
「……はい。わかりました」
結局、僕は彼女の言葉に対してハッキリとした返答をすることはできなかった。
背を向けて去っていくレジーさんを見送りながら、ゆっくりと孤児院の方へと足を進める。
……少し、考えた方が良さそうだな。
事務仕事を終え、帰ってきた子どもたちをお風呂に入れた後、僕は若干冷えたお湯へと身を浸す。
魔法で温かくすることもできたけど、今の僕の気持ち的にはぬるいくらいがちょうど良い。
「んー、どうしようかな」
湯船の中、僕はレジーさんの話を考える。
正直、魅力的な話なんだろうなとは思う。
ライデル家はここら辺で最も権力のある大貴族だ。
そこと繋がりを持てるとなれば、お金以上に強いものが手に入る。
例えば、この古びた孤児院を建て直すとか、そういうことにも協力してくれるかもしれない。
「……でも、皆んなと一緒にいる時間が減るのは寂しいし」
言ってみれば出稼ぎだ。
少し前までなら、子どもたちも小さくて、生活にも慣れてなかったからそんなことを考えてる余裕はなかった。
でも、今の彼女たちなら、僕がいなくてもなんとかなるかもしれない。
お金の問題は深刻だ。
僕が少しの間、働きに行くことで皆んなの生活が楽になるなら。
……行ってみてもいいかもしれない。
「――それに、この身体でできる仕事も限られてるし」
視線を下へ落とす。
相変わらず、黒く濁っている肌は見てられない。
随分と長い付き合いのはずだけど、未だこの身体には慣れないままだ。
……たぶん、アリスちゃんたちもこの身体のことを知ったら、受け入れてくれないだろうな。
家庭教師くらいなら、肌を見られることはないだろうけど。
でも、少し不安だ。
仲良くなった人に敵意を向けられるのは、怖いから。
そんなことを考えながら、僕は湯船から出る。
少し早いけど、アリアさんに今日のことを相談しないといけない。
そう思って、外に出たんだけど……
「……服ないや。
忘れてきちゃったな」
いつもはお風呂の前に置いていた服がない。
一瞬ニーナ辺りのイタズラかと思ったが、持ってきた記憶もないので、単純に忘れてしまったのだろう。
「……誰かいるかなぁ」
流石にこの格好で彷徨くのは気が引ける。
裸だから、というより肌を見せたくないという気持ちが強い。
だって、グロいし。
アリアさんとかは事情を知ってるからまだマシだけど、子どもたちは別だ。
こんなのを見たら夢に出ちゃって、泣いちゃうに違いない。
どうしようもなく裸でその場をクルクルしていた僕だが、そのときお風呂場へと近づく足音が聞こえた。
僕はちょっとだけドアを開け、ゆっくりと顔を外へと覗かせる。
「――あ、エリスちゃん」
「……兄さん?」
目の前にいたのはエリスちゃんであった。
軽く頬笑みを浮かべながら歩く彼女の頭の上にはちっちゃな風呂桶が乗っている。
「私もこれからお風呂なんです。
アリアさんのお手伝いで遅くなっちゃったので」
「そうなんだ。
……ところで一つお願いがあるんだけど、えっと、良い?」
「はい、なんです?」
僕はドアから顔だけ出して、彼女に服のことを伝えようとする。
が。
「あの、僕の服を取ってき……あ、ちょっ!?
入っちゃ駄目――」
一瞬のうちに扉は開かれ、必然的に僕の身体が前へと倒れる。
幸い、エリスちゃんが受け止めてくれたけど、でも素っ裸のまま放り出されたのは事実である。
……う、寒い。
「あ、あの、エリスちゃん?
お兄ちゃんのお願い聞いてくれるかな?」
一応タオルで下は隠れてるけど、他のとこは全部見えている。
羞恥心はあまりないけど、でも肌が外に晒されているのは嫌だ。
僕は仕方なく、彼女をお風呂場まで連れ込んで、扉を閉める。
その間もエリスちゃんは僕にひっついたまま、離れなかった。
「え、えっと、僕の話聞いてる?」
「……ん、ちょっと冷たいですね。兄さん。
これは、もう一回お風呂入った方がいいです」
「そ、そうかな?
え、あ、ちょ、手引っ張らないでよぉ!
タオル取れちゃうからぁっ!?」
絶対話を聞いてないこの子。
そんなことを思いながら、僕は服を脱ぎ捨てた彼女とともに、二度目の入浴へと至るのだった。
ということでもう一度湯船の中である。
しかし、狭い。
先ほどまでと違い、ぎゅうぎゅう詰めの船内は実に動きづらかった。
……昔一緒に入ったときは余裕だったのに、やっぱり大きくなってるんだな。
少し感慨深い気持ちになりながら、僕はエリスちゃんと顔を合わせる。
「大丈夫? エリスちゃん?
身体当たっちゃってるけど嫌じゃない?」
「嫌じゃないですよ。
……だって、家族なんですから。
兄さんも、嫌じゃないですよね?」
「うん、そうだけど……」
彼女は僕の傷痕をまるで気にしないかの如く、肌を密着させてくる。
この歳の女の子にしては、少し大胆な行動に思える。でも彼女の言う通り、僕たちは家族だ。
血は繋がってないけど、お兄ちゃんと妹である。だから別に変な気持ちになったりはしない。
ほんとだぞ。
「……ここ、まだ痛みますか?
兄さん」
「最近は大丈夫。
きっと、エリスちゃんがいっぱいお祈りしてくれたおかげだね」
僕の傷痕を指差しながら語るエリスちゃんの顔は、少し憂いを帯びていた。
……エリスちゃんは、僕の身体のことを知っている。
だから、彼女に対してなら傷痕を見せることにそこまで抵抗はない。
「この傷。
私を助けてくれたときのやつですよね」
「そうだっけ?
……んー、あんま覚えてないけど、そうだったのかな?」
正直、どの傷が何の傷だったかはもうよく覚えていない。
治った傷もあるし、治らなかった傷もある。
痛む傷もあるし、未だ魔獣の呪いが解けない傷もある。
でも、そのことをエリスちゃんが心配する必要はない。
お兄ちゃんは強いのだ。
こんなやわな傷で泣いちゃうような小さな男ではないのである。
僕はエリスちゃんの頭にポンと手を置き、撫でる。
こういうとき、笑顔を作るためにやるのはいつもこれだ。
そんなこんなで、僕は彼女と一緒にお風呂を堪能した。
久しぶりに人とお風呂に入ったこともあって、少し、いやかなり楽しく感じたと思う。
そして、身体を洗ってあげた後、再度湯船に浸かった僕に対してエリスちゃんが語りかけてくる。
「あの、兄さんに一つ。聞きたいことがあるんです」
「なに?」
「……その、兄さんは、もう――
えと……すみません、やっぱなしで」
「えー、なにその気になる言い方」
彼女は一瞬だけ僕に疑問をぶつけた後、すぐに言葉を引っ込めた。
……ん、お兄ちゃんに隠し事でもあるのだろうか。
そう思った僕は、彼女の頬にツンと人差し指を立てる。
その瞬間だった。
「へ、エリスちゃん?」
エリスちゃんが湯船から立ち上がって、僕を見下ろした。
当然、服を着てないこともあって、少し戸惑ってしまう。
「――私はもう、大人になりましたよ。
兄さん?」
「は、はい?」
一言、そう呟いた後、彼女はゆっくりと腰を下ろしていく。
そして、視線を僕の湯船の中、ちょうど僕のお腹の下くらいに持っていったあと。
「……兄さんのはまだ子どもですね」
「どこ見て言ったのいまっ!?」
そう呟くのだった。
ちなみに作中で名言されることないと思うのでこっそり書くんですが、主人公くんのアレは魔獣のごちゃごちゃのせいでスタンドアップできません。
そのせいでそういう欲も色々ぶっ飛んじゃってます。
可哀想ですね。
まあ何かきっかけがあれば治るかもしれませんが。