「リデンプター」 作:ジョン・ゴリラ
囚人は外にいた。
プライマル・ジャック国立記念公園の芝生に似た草原が辺りに茂っている。
日差しの温もりをまとった風が優しく頬を撫でていく。
心があればどれほど心地よかっただろう。
空には雲が3、4つほど浮かんでいて、風に運ばれるがままどこかへ流れていく。
囚人は何気なくそれを目で追っていく。
「……?」
地平線の消失点に向かう雲を追う目は、いつの間にかある一点にくぎ付けになっていた。
囚人の無機質に透き通った虹彩が捉えていたのはどこにでもいる、一般的な人間の成人女性だ。
この世界に人間は溢れかえるほどいる。
それこそ……連邦政府が間引かなくてはいけない程に。
きっと彼女のような容姿の人間もこの地上には何人もいる。
しかし、なぜ彼女だけがそこにいるのだろう。
彼女はありふれた服装をしていて、柔和な佇まいだった
長く黒い頭髪が風になびかれている
口元は微笑みなのか愛想なのか、口角が僅かに上がっている
目元は日の光で精確に判別できない、背後から太陽の光が差して眩いのだ
健全な市民なら、彼女に対し神々しさを抱くのだろうか
彼女は見つめる私を見つめ返していた。
わからないが、やさしい目をしていたと思う。
わからない、やさしさとはどのように感じるのか……
判然としないはずなのに、半分の肉はこれを知覚しているようだ。
それとも……そうであってほしいのだろうか?
私に残った有機物は、それを望んでいるのだろうか。
「ごめんね。」
彼女は……どこか愁いのある…風にかき消されてしまいそうな声で…誰かに謝っていた。
「………ちがう、どうして。」
それは、私が言わねばならかった言葉。
あなたを想って、誠心誠意を持って口にすべき言葉。
私がこうなったのは、他ならない私のせいだ…か………ら………。
<グロスネスチ州メルタ群刑務所記録保管データベース>
[保管記録
[[特別保管記録ファイル
[[[国有企業音声ファイル
[[[[DTC関連記録
[[[[[DTCインタビュー記録第572号.mp3<<
要求セキュリティクリアランス:ブルー
>>>アクセスが承認されました。<<
「リデンプターは睡眠をとらない。」
「正確に言うなら取れないと言うのが正しいがね。」
「脳と同期したコンピューターの記録管理とデータ処理能力。」
「さらに人工臓器や細胞機器の働きによって疲労を除去し、睡眠という行為そのものが必要なくなった。」
「代わりに、人間だった時に睡眠に充てられていた時間はコンピューターが累積するログの収拾や、刑務作業にて触れた連邦の機密情報を秘匿する作業に割り振られるようになった。」
「これがリデンプターにとっての睡眠とも言える。」
国営社団法人、ダイダロステック・コーポレーションの開発部門特別責任者
ハッシュマン・クロイツマーゲン博士はリデンプターの身体機能の一部に関してこのような言及を行っていた。
>>>連邦機密データ<<<
警告:連邦が保有する機密データへの不正アクセスは連邦法における26総督国家運営評議委員会への反逆とみなされます。不正が確認された場合、アクセスユーザーの生命の保証及び、社会保障、連邦市民権利保護プログラムの対象外になります。
ダイダロステックのインタビューには続きがあった。
それは連邦政府が取り扱う数多くの国家機密の一つ。
クロイツマーゲン博士がこのファイルに残した真実、連邦政府が秘匿していたリデンプターの睡眠にはそれだけ重要な意味がある。
「しかし、刑務作業において優秀な働きを評価されたリデンプターには“報酬”として人間と同じ、睡眠が与えられる。」
「もっとも、我らが総督たちがただの報酬として…まして罪人にタダで褒美を与えることはない……断じて。」
「総督委員会もとい、連邦政府がこれを承認する理由は幾つかある…。」
「まず、リデンプターが見る夢には時々特別な情報が眠っている事がある。」
「道徳性が確認された個体はこれを保有している可能性が比較的高いことも統計学上で明らかになっている。」
「連邦技術開発委員会はこれらを収拾するために、リデンプターを眠らせるのだ。そして我らダイダロステックはこの夢から得られる情報をもとにリデンプターの精神プロセスのマッピングを行う。」
「とまあ…このインタビューで語れる内容はこんなところだろうか…。」
ファイルの中…クロイツマーゲン博士は深く考え込み沈黙していた。
「………実のところ。」
「リデンプターの夢を欲しているのは連邦政府だけではない。」
「それは最近再び活動が確認された宗教団体……」
「エレクトリック・シープ・カルト」
「奴らはリデンプターの夢から生まれた。」
「叶ってはならない夢だった。」
「罪人の夢から神と経典を見つけたのだ。」
「ロード・オブ・サイバネティカ」
「人類に科学技術を与えし電脳の神。」
「奴らは自らをサイバネティカの電気羊と名乗っている。」
「いくつものサイバーミュータントという子羊を従えながら。」
「連邦政府が奴らを野放しににすることはない。」
「必ず凶悪な反逆者、テロリストとして、奴らを殲滅するだろう。」
「私は評議会の決定に賛成している。…今回ばかりはな。」
「奴らが羊なら、我々連邦はいわば………やつらを狩り殺すオオカミだ。」
囚人は決められた時刻通りに目覚めた。
「おはよう、0220。」
「おはようございます。」
「本日の刑務作業現場へと移送する。ついてこい。」
リデンプターの大まかな行動サイクルはたった二つ。
刑務作業と収監。
これを刑期を満了するまで繰り返す。
作業内容は刑務所内に駐在している監督委員会の職員が各リデンプターたちに割り当ている。
与えられた刑務作業を完了し、刑務所に帰還したリデンプターは専用の収容房に再び収監される。
収監中はベッドの上でケーブルを接続し、メインデータベースを介してデータ整理を行う。そして、次の刑務作業が割り当てられるまでただじっとしている。
今回報酬を得て47か月ぶりに夢を見たリデンプターも、目が覚めればすぐさま新たな刑務作業をこなすことになる。
そして今回の作業は昨日よりも危険を増している。
[刑務作業No.7894]
サイバーミュータントにより占領された工業地帯、ブロック
<<ブロック45>>
国有軍事企業「アレス・インダストリアル」が運営していた碁盤上に建造された大規模工場群「ウルトラ-9」、その45番目に建てれた工場だ。それゆえにブロック45と呼ばれている。
かつては強化椎間板インプラントの主要製造工場だったこの工場45の内部も今となってはおぞましいサイバーミュータントの巣窟だ。
「げんばにとうちゃく、さぎょうをかいしします。」
囚人はアレス社のシンボルが掲げられたブロック45のゲートから侵入を開始した。
1階は工場エントランスとなっている。
ここで従業員が証明書を機械に提示し、勤務していた。
従業員たちの作業現場は奥に続く通路の先にある。
「ひろい。」
ここは工場の地上フロアそのものが倉庫となっている。
製品の搬出を効率的に行うため、このような設計になった。
苔むしたチタン製の外壁や使用期限をとうの昔に過ぎた製品を収容しているコンテナ。
<<異常を検出>>
囚人の右目に埋め込まれたアイボール・カメラが施設内で何かを発見した。
ツルに絡まれたコンテナに、サインが残っていた。
電気羊のシンボル
スキャンをかけると、これは最近書かれたものであることが分かった。
観察を続けると、コンテナが開けられている状態だったのを見つける。
中身は蓄積した埃と、大量のダンボールの空箱。
何者かがここの製品を持ち去っている。
ここにいるのはもしかしたらミュータントだけではないかもしれない。
囚人は推測を立てた。
おそらく…電気羊カルトがここに不法侵入を行っている。
そしてサイバーミュータントが以前からここに住み着いていること、そして強化椎間板の窃盗。
カルトはこれらを用いた企みを謀っている。
「ソシキハンザイのカノウセイをテイジ。」
「ツイセキし、ホウムをシッコウします。」
囚人は警戒レベルを引き上げることでセンサー感度を高めて、右腕に装着された換装可能な義手[M-80 サーヴィター・ブラスターアーム]を構えた。
そのまま、地下の製造フロアにある生産施設区画へと向かう。
製造フロアは連邦の化学物質取り扱いにおける安全確保に関する条例により、市街地の一般的な建造物よりも深い震度にフロアが建造されている。通常は従業員用のエレベーターで行き来するのが一般的だが、稼働を停止したこの工場ではそれは利用できない。なので階段を利用するしかない。
半月板の消耗が予想される。
「メッカニックがこまる。」
囚人は帰還後に起こることを予測した。
「つかったじかん17ふんと34びょう…。」
半月板の消耗は微々たるものだった。
任務中に足が機能不全になるリスクはないだろう。
確認を済ませた囚人は左胸部に内蔵されたライトを頼りに前進する。
最初に到達したのは、生産施設を管理する制御室。
工場長と副工場長、生産施設責任者及び責任者補佐役たちが業務を行うエリアだ。
工場内の製造な稼働ができるよう当時は、徹底した管理が行われていた。
施設の外壁の40%を覆っていた制御端末にはマクスタッシュ・システムズ社のOSが使用されていた。
制御端末は最近稼働していたようだ。推測が補強された。
生産施設への通路は開かれていた。さらに推測が補強される。
電力が断たれているにも関わらず端末が動いたのは部屋の隅の発電機によるものだろう。
生産施設へ侵入する前にエリアのクリアリングを行った。
脅威はなかったが、カルトのシンボル複数と、無造作に散らばっている苔むした人間の骨、廃棄された強化椎間板を発見して、複数の記録媒体も押収した。
いよいよ生産施設へ侵入する。
人間一人分ほどに無理やり開かれたエアロックゲートを通り抜ける。
エアロック内を通るダクトにもコケ科の植物が自生している。
通り抜けてようやく、囚人は製造ラインに到達した。
到達直後に内部センサーは移動する物体を確認した。
囚人の周囲を覆う暗闇からソレは観察していた。
カチカチと金属質な足音とモーターの駆動音、そして時折混じる呻くような囁きと肉の音。
報告どおりソレはこの施設にいた。
「イシュマルナァ…イェヴァルカムネッソ………」
「マシュケルペナム……アルガヴァシュ……アウルネズツィ、マルジュマウメン!」
「ネッキゲエ、フルゥムラカアアアーーーールッ!」
{脅威検知…特定完了
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{{<<識別タイプ [メーレレ・バイン]>>
判別できない音声を発しながら現れたのは椎間板で構成された脚部を8本有した肉塊。
顔に相当する部分も人間だったころの原型を維持していない。
前足に相当する部分の付け根の肉には、電気羊のシンボルマーク。
工場のマニピュレーターを取り付けた、サイバーミュータントだ。
グロテスクな風貌にも囚人は動じず銃口を向ける。
「ミュータントと接触、交戦する。」