快楽主義者、現代ダンジョンをダイスロールで無双する 作:華厳秋@英国紳士
それは、日常のさなかに何の前触れもなくやってきた。
『――個体名:
泣く子も黙る13日の金曜日も終わりに差し掛かろうとしていた夜。
晩飯の残りをタッパーに詰めていた時に、そんな言葉が頭に直接響き渡り、それと同時に視界にゲームのUIのような半透明ディスプレイが現れた。
「……なんだ、これ? つーか頭痛えェ」
頭の中に直接声が響くという未知の体験に顔をしかめつつ、この現象が何なのかをスマホでパパっとググる。
出てきた情報によれば、この現象は『覚醒』とかいう大層な名前で呼ばれているらしく、それ以外の説明は読むのが面倒だったのでAIに要約してもらった。
そのAIによると、どうやら俺は『スキル』とか言う超スペシャルなハイパーパワーを手に入れることが出来るらしい。
ふーん、なるほど。
「……にしても、今かよ」
余りのタイミングに、思わず率直な感想が零れる。
手元に目線を落とすと、タッパーからホカホカとした湯気を漂わせる肉じゃがの姿。
とりあえずこいつを仕舞って、ついでに食器を洗ってからだな。
もう少し、タイミングというものを考えてほしいものだ。
◇
数分後。適当な缶ジュース片手にイヤホンで音楽を流し聞きしながら、リビングに陣取るソファに座る。
てか、こいつ追っかけてくるんだな。便利ではあるんだが、ずっと視界の端にチラチラされると集中力が削がれて地味ウザい。勉強中にスマホが視界内に置いてある感覚とかに似てる。
んあ?
念じれば消えるんかこれ。なんだよ、普通に便利じゃん。
邪魔だと念じたら消えたので、その逆も試してみたら成功した。
気になったので、可能な限り高速で「消えろ」と「出てこい」を交互に念じたらなんかバグりかけたのでやめた。
「んなことよりだ」
もう夜遅いしさっさと始めよ。
適当にスキルを閲覧する的な感じで念じたら、無駄に解像度の高いディスプレイの表示がぬるっと変わった。
スキル名:
『
希少度:測定不能
再取得:不可
解除:不可
譲渡:不可
―――――――――――――――
……測定不能に、不可不可不可。
なんだこの、テスト放棄みたいな何一つ情報を得ることが出来ない評価は。
希少だの伝説だの書かれるよりかはマシかもしれないが、こういう“よくわかりません”系の表示ってのは、だいたい碌なことにならないか、実は隠れ最強だったりするのがテンプレというかお約束だ。
まあいい。俺が今見たいのは中身だ。断じて、何の情報を得られない外面じゃない。
スクロールを念じると、表示が下に流れていく。
『運命は、ただ転がるだけ』
本スキルは、発動時に指定した対象の結果を「ダイスロール」によって決定します。
・発動対象の指定が必要です
・使用するダイスの種類を選択してください
・結果は出目に完全依存します
―――――――――――――――
「……ダイス?」
思わず声が漏れた。
賭博かよ。
いや、スキル名から予想はしてたけども。
別に嫌いじゃないからいいけどさ。むしろどちらかと言えば好物だし。
個人的な考えだけど、人生とか命とかを賭ける系のやつは、普通もう少し仰々しい理屈をつけてくるものだと思っていた。
転生だの、選ばれし者だの、血筋だの。
それが何だ。
ダイスを振れ、結果は出目次第ですって。
そりゃそうだろ。てか、投げやりすぎるだろ。
もう少しまともな理屈付けなかったんか?
どうでもいいか。
次、行こう。
スキル取得に伴い、あなたの全ステータスは初期値へ強制リセット
通常手段によるステータス成長は不可能です。
スキル効果を除くあらゆる補正は無効化されます。
あなたの能力値は、ダイスロールの結果のみが反映されます。
――――――――――――――――
「…………」
一秒。
二秒。
表示は何も変わらない。
逃げ道も、注釈も、※印もない。
「……what?」
思考が止まった。
いや、意味は分かる。
分かるけど、それをそのまま通していいとは思ってない。
成長不可?
努力無効?
ステータスは出目次第?
――つまり。
「ふっつうに、クソスキルじゃねぇか」
思わず率直な感想が口をついた。
普通は逆だろ。
運要素は“補助”で、努力や鍛錬が“本体”だろ。
それを全部ひっくり返して、お前の強さをサイコロで決めますって。
雑すぎる。
潔すぎる。
そして――ちょっと、面白い。
一部のダイスは「特殊効果」を内包しています。
特殊ダイスロールに失敗した場合、
使用者にペナルティが発生します。
※ペナルティ内容は事前に開示されません。
――――――――――――
「……あー、はいはい」
来た来た。
こういうのはセットだ。
見えない地雷が埋まった草原でドキドキ徒競走。
結果は、踏んでからのお楽しみ。今から入れる保険はありません。
でもまあ、それも賭け事ではよくある話だ。
・d6ダイス ×1
新たなダイスの開放には特定の条件を満たす必要があります。
特殊ダイスは特殊クエストでのみ獲得可能です。
―――――――――――――――――
d6。
六面体の世間一般で言うところの、ただのサイコロ。
最小値は1。
最大値は6。
……ショボくね?
正直、もうちょっとカッコいいで夢見させてほしい。
d100とか。
当たったら人生逆転、外れたら即死、みたいな。
いや、それはそれで困るか。
画面の最下部に、新しい表示が現れた。
あなたのステータスは、これからダイスによって定義されます。
努力ではなく、才能でもなく、選択と出目だけが未来を決めます。
それでも、このスキルを受け入れますか?
▶ YES
▷ NO(選択不可)
――――――――――――――――
「実質、一択じゃねぇか最初の質問の意味どこ行った」
形骸化ってこういうことを言うのか。
よく理解した。
「ふぅ……」
俺はソファに深く座り直し、缶ジュースを一口飲む。
炭酸が抜けた、不味くて甘い液体が舌を濡らす。
――まあ、そうだな。
この世の中は中々に理不尽だ。
でも、その理不尽を嘆いていられるほど、俺の人生は長くない。
だったら最初から、なにも期待せず、自分の好きなように生きた方が楽で楽しい。
てか正直な話、もし俺がこのスキルを手に入れたとしても、ダンジョンに潜って命かけて戦わなきゃいけない訳じゃない。
ダンジョン省の支部に行って、書類書いて、そんでスキルの封印措置でもしてもらえればいつも通りの日常に戻れる。
でも、だ。
少しこの人知を超えた『スキル』には、何処か期待してしまう自分がいる。
己の人生を賭けてもいいと思える、快楽足りえると。
――楽しい。
人生への理由付けなんて、それぐらいがちょうどいい。
ゆえに、論じる余地など存在しない。
回答は、既に決まっている。
「受け入れる、っと」
YESを選ぶと同時に、ディスプレイが淡く発光した。
イヤホンから流れるクラシックの音量が、少し大きくなった気がする。
これは、俺の人生が少しだけ楽しくなり始めてからの、ただの日常の物語。
……に、なることを祈っている。
「あー、クソ眠ぃ。仮免許の申請だけして、さっさと寝よ」
◇
――人生は、快楽を追求するための芸術である――