快楽主義者、現代ダンジョンをダイスロールで無双する 作:華厳秋@英国紳士
どれぐらい落ちていたのかは分からない。知りようがないのだから。
体感時間は長かったが、実際の時間は短かったかもしれない。
ともかく、今は現実を見てみよう。
視界一面に広がるのは、緑が生い茂る森林。
何故か空に浮かぶ太陽のような何かが木漏れ日を作り出し、小鳥の
視界の端に映る“白い何か”以外は、なんの変哲もないただの森だ。
装備品も見た感じ問題はなさそう。
てか、サンダルだったら結構キツかったかもしれん。
いやぁ、でもこのスニーカー新品なんだよなぁ。しかも白だし。ランニングシューズにしとけばよかったか?
若干、泥っぽい地面を踏みながら一番の問題だと思われる“白い何か”へ向かう。
うーん……。
「――こりゃ、やっぱり
木が一本も生えていない
一歩ずつ近づくにつれ、それは100%の確信に変わっていく。
判別がつくものだけでも、頭蓋骨が五つ。十以上はある骨盤が皿のように無造作に重ねられ、肋骨の束がまるで薪のように積まれている。
「……まぁ、確実に一人分ではねぇな」
遺体の山のそばにしゃがみ込み、頭蓋骨の一つを小指で少しだけ小突く。
カラン、と乾いた音を出して転がる頭蓋骨。
軽いな。それに、乾燥してる。
けど、風化しきっているほど古くもない。詳しくは分からんが、死後一カ月から五カ月ってとこか?
よく見ればあばら骨の隙間に、土で汚れた布切れがまだ残っていた。
何とか服の状態を保っているそれは、脇腹と腹の部分だけがぽっかりと欠けている。
視線をそのまま横に滑らせると、土を被った腕時計型のデバイスのようなものが目に入った。
この遺体の持ち物か?
電源ボタンのようなものを試しに押してみるが何も反応しない。
大方、落とした衝撃か充電が底をつきたのだろう。
「……こいつは、持ち帰るか」
デバイスをポーチに仕舞おうと腰に手を伸ばしたところで、腰に掛かったままの救援機器の存在を思い出した。
確かここ、77階層だろ。んなの意味あるか?
物理的な距離がどんだけ離れてんのかは分からないが、地上に届かないことだけは分かる。
……まぁ、なんもせずに死ぬよりかはマシだろ。
トランシーバーのような見た目をした機器についていたボタンを押し、十中八九届かないであろう救援要請を送る。
他にもデバイスが落ちていないか周辺を探そうと立ち上がる。
気付いたのは、その瞬間だった。
風が止んだ。
いや、正確に言うならば
――音がしない。
さっきまで耳に入っていた森の音が消えている。
鳥の囀りも、風が葉を揺らす葉擦れの音もない。
余りにも、静かすぎる。
「――いるな」
背中を冷たいものが走る。
反射的に剣を抜き、魔力を身体に回す。
だが、まだ振り向かない。
まずは確認だ。
周囲へ順に視線を向けていく。
地面。
足跡。
新しい抉れ。
ゆっくりと、視線と同時に体も反転させていく。
九十度ほど視線を滑らした時、ついに
木々の奥、薄暗い影の中でそこだけ、何かに隠されてるかのように暗い。
違う。ように、などという比喩ではない。
「出て来いよ、デカブツ」
俺の声に応えるかのように、影が動いた。
重く、低く、そして湿った息遣い。
バキバキと、けたたましい音を鳴らしながら倒壊する木々。立ち上る土煙の隙間から、異様に長い前肢が覗く。
骨を喰っているからだろうか? 異様に白く、しかし表面はぬめりを帯びている。
土埃が晴れ、そいつが姿を現す。
人の上半身ほどもある頭部に並ぶ目は人のそれよりも一つ多い、三つ。
不気味なほど横一列に並び、濁った黄色を宿している。
「……おぉ、立派な化け物だな」
その生理的な悪寒を覚える気持ち悪さに、思わず声が漏れる。
目が三つある時点でだいぶヤバいが、足が三対の合計六本であるのに加えて、ヒグマも凌ぐ巨体。
気持ち悪さが天元突破してやがる。
「デケェ。てか、キメェ」
化け物は、並んだ三つの目を同時にこちらへ向けた。
視線が交わる。
双方の距離は、倒木一本を挟んで凡そ20メートル弱。
これだけ離れていようと肌に突き刺さるような殺気を感じる。
重く身体に圧し掛かる緊張感が、数年前の記憶を思い起こさせる。
「ハハッ! 懐かしいなァ、この感覚!」
俺の叫び声を威嚇行為か何かにでも勘違いしたのか、前肢と中肢の四本足で立ち上がり威嚇してくる。
「Ugoooooooouooouoooo!!」
化け物の咆哮が静まり返った森へ響き渡る。
森の奥から、反響するかのようにもう一つ、二つと同じ咆哮が重なって聞こえてくる。
僅かに地面が揺れている。
今既に気配を感じ取れているだけで、五匹。
「ハッ、みんなで仲良く
独り言ちながら、目の前の化け物へと駆ける。
俺の動きに合わせたかのように、化け物も巨体を揺らしながら六本の足でこちらへと迫る。
20メートルの程度の距離などモノの数秒で埋まる。
「嬉しすぎて、口裂け女になっちまうぜェッ」
先手は化け物だった。
異様に長い、鞭のような右前肢による振り下ろし。
勢いと体重が最大限生かされた白い鞭を迎え撃つは、漆黒の刀身をもつ片手剣。
白と黒が衝突し、衝撃が俺の腕まで伝わる。
金属と硬質な何かがぶつかり合い、火花が散る。
一瞬のつばぜり合い。
そのたった一瞬だけ、化け物の目に反射して映った俺は――
――心底愉快そうに、嗤っていた。
◆
―――ダンジョンは、化け物共を閉じ込めるための檻だ―――